[短編]その身崩して、ある者

 ある日、彼女は言った。

 あなたを取材をしたいっていう人が来たの。もちろん、こっちへの見返りも用意してくれてる、変わった人。曜日の指定とかあれば、合わせてくれるみたいなんだけど、受ける?

 見返りの額も聞いてから、引き受ける。働けもしないこれについて話をすれば、当面の生活はできるのだから、受けないだけ損だから。


 軽い挨拶を済ませ、記者は椅子に座る。初めの質問は、

「現在腐食病の患者は、約100万人、世界総人口の1%にも満たないですが、これから広がると思われますか?」

 まぁ、それだろう。健常者にしか見えない記者たちの、尋ねる特権だ。

 腐食病。身体の一部分が突然腐り始める病、とされている。だが死ぬのを待つ病ではない。

 例えば、あるときは指先が、またあるときは背中が、腕が、腿が、腹が、どこか数ヵ所の部位が、再生できる程度に腐るのだ。急速に。

 腐って落ちたかと思えばそこは侵食されず、他の場所が朽ち始める。そこが終わる頃には、初めの箇所はほとんどもとに戻っていて、気持ち悪いにもほどがある。

 次の問いは、

「今、世界で特効薬の開発が進んでいますが、臨床試験者として登録される予定はありますか?」

 さあ、どうだろう。治ったとして、生きていられるのか。

 この生理的な忌避感は、進行がなくなったとしても一生に付きまとってくるだろう。まさしく、呪いとして。いわれのない物語をつけられて、追い詰められるのは明白だ。

 きっと、この病にかかったすべての人がそういう道を辿るのだ。治る病となっても、腐ったという事実が変わることはないのだから。

 それで、

「奥さんは、旦那様をどう思われていますか?」

 決まった質問だ。檻の外から放水するような、不愉快な。

 彼女と同棲するようになって間もなく、侵された。それでもなお甲斐甲斐しく生かしてくる彼女は、文句をいいながらも、変わらず接してくれてる。

 いわく、人間なんてただの動物で、腐るものでしょう? 正直、笑顔でそう言った彼女の神経がどうなっているのか覗いてみたい。腐臭の漂うゴミを片付けてくれる。おかげで、施設に入らなくてすむ。

「もし、治ったら、何をされたいですか?」

 そうだな。治ればいいよな。

 おきもしない夢を見るとすれば、川原か海で釣りをしたい。その日暮らしで、適当に生きて、死にたいな。いつ頭や心臓が腐るのか分からないこの命で、のんびりとした時間を過ごしたい。

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