[短編(市場)]狐と騎士のお昼時

 坊っちゃんが台所に立っていらっしゃる。普段と異なり、私服を身につけ、槍ではなく刃の短い包丁を握り、野菜を刻んでいらっしゃる。

 急に休みを取られた坊っちゃんは、昨夜帰るなり、僕が昼食を作るよ、と言い出したので、私は寝室で昼寝でもしようかと考えていましたが、どうにも心臓が跳ね、いらぬことが思い浮かびます。なので、こうして調理室の出入り口にて、隠れるようにして様子を伺っているのです。

 なぜここまで不安なのかを、ここでこそこそと考えてみましたところ、そういえばお兄様と異なり、坊っちゃんはここに立ったことがあまりないことに気づきました。早くに両親をなくし、私たちと共に暮らすようになるまで、お兄様が簡単な食事を作ることはしていらしたようです。しかし坊っちゃんはそれを口にするしかできないまま、私と出会ってしまいました。

 それ以来、どうにか家を見つけて、お二人は騎士となり、クトゥールのやつは引きこもり、私は家事に踊る。私は家族と同等だと考えておりますが、皆さんはいかがなのでしょうか。

 おや、坊っちゃんが私に気づいたようです。物思いに耽っていたせいか、隠れることは間に合いませんでした。

「あ、タマモ。教えて欲しいことがあるんだけど」

 少し目を丸くしているところを見るに、料理の経験がないことに気づいたようですね。はい、と調理室へ脚を踏入れる。坊っちゃんを見上げながら、何でしょうか、と伺う。

「こんな料理、知ってる?」

 なるほど。思いでの味、というやつですか。私の頭の中のレシピを開いて、坊っちゃんのお目当てのページを、探し始めました。


◆◆◆◆


 あー、楽しい。一人称視点のいいところですね。彼らになりきれば筆は止まりづらい。


 思いでの味って、思い出せますか? 少なくとも、おいしい、まずいの一言で済まされるものではないのでしょう。

 それは思いで補正なのか、当時の味覚だからこそ感じた感動なのか、はたまた、格別に美味だったのか。定期的に食べないと、すぐに忘れてしまいそうですよね。


 実は、今日はそういうものを書こうとしたのですが、タマモさんの母性が出すぎて……まぁいいでしょう。

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