[短編(市場)・創作論]それは幸福を満たすもの

 一人の青竜が身体をしならせつつ、道を歩いていた。これといったものも身につけず、観光にきたふうでも、市民の一人であるふうでもない。

 群れからはぐれたのか、それとも自ら望んで、ここにいるのか。当人にしかわからないことだ。

 きょろきょろ。じぃ。

 時折、通行者と身体がぶつかるが、思い思いの表情を互いに浮かべるのみで、そこに会話は存在しない。相手がいるという認識はあれど、誰であるか、など気に留めていないようだ。

 右往左往としているうちに、青竜は人通りの少ない通路を見つけ、邪魔にならない場所で脚をたたむ。ふぅと息をつきながら、来た道を振り返る。

 まだまだ、者はいる。

 一人で首をかしげるような仕草をした竜は、ふと鼻を効かせる。視界を動かしながら、ふんふんと鼻息が鳴る。

 鼻につく、べったりとした、ぬるい空気。これから向かうことになるだろう道から漂ってくる。

 休息を始め、ほんの少ししか経っていないというのに、彼はまた立ち上がる。匂いに誘われるがまま、道を行った。


◆◆◆◆


 好きな食べ物の匂いを思い浮かべてください。初めて食べた時、思い出せますか?


 「それが美味しいものである」と認識されるまで、どういった工程を私たちは踏むのでしょうか? 少なくとも、初めて、改めて口にすることがなければ、美味しいものである、と肉体は認識しないわけで……。

 先述では、リエ君と揚げ物の出会いの直前までをイメージしてみましたが、難しいですね。少なくとも私は「食料が余るほどある」日本世代なので、嫌いなものを口にしなくても生きていける。故に食に対する飢えというインプット情報が少ないのでしょうか?


 例えば、エビフライ。これを初めて食べた人はどう思ったのでしょうか? 尻尾に生来の形を残しつつ、粉上にしたパンをまとわりつかせた細長いもの。香りは油と付け合わせの青臭さばかり。

 いざ食べてみると、サクッとした衣とプリっとした身が口内を楽しませ、熱い油とパン粉の香りが鼻を突き抜けて……。

 うーん、食べたいですね。


 しかし、実況するまでもなく、それはエビフライなんです。これが美味しいものである、と脳が覚えるのは、先天的なものなのか、後天的なものなのか……。学習という意味では後天的ですが、美味しいと思うのは先天的な要素。

 これらの対比による生態設定……面白そうですねぇ。

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