第17話 鍛練の日々

 師匠の洗礼を受けた翌日から、ハルトは、ひたすら走った後、重い樹脂製の剣の素振りをする毎日を過ごしていた。


「剣の扱い方には時間が掛かりそうだの。

 ハルト君が多少なりとも触れたことのある杖とやらに近い、槍の方が良いのかも知れんのう。」

 ハルトは師匠の言葉に従い、剣だけでなく槍の素振りを続けていく。


 最初の鍛練の時に師匠はハルトに告げていた。

「やはり何をするにしても体力作りは基本だからの。

 しばらくは走り込みと素振りを続けるようにの。」

「はい。

 師匠。」


 訓練開始から2週間が経過した頃、ハルトは体力が付いてきたことを実感していた。

(初めの頃は、走るだけで体が動かなかったのに、今は少しだけ余裕が出てきたな。

 こんなにも早く実感出来るというのは、何か変だな。)

 ハルトは不思議に感じているが、実際は、ハルトが訓練中に何気なく飲んでいる飲み物のお陰だった。


 ハルトが口にしている飲み物は、移動式自動販売機の様な小型のドリンクサーバーが提供している。

 この機械は、自販機の様に見えるが、利用する個々人に対して最適な飲み物を配合する機械である。

 運動をしている者には疲労回復と体力増強の効果がある飲み物が提供される。

 ハルトのデータも入っており、バロメーターやセンサーで感知した身体状況に合わせた飲み物が出てくる仕組みになっている。

 飽きさせないように、味も数種類あり、柑橘系のさっぱりしたものが多い。

 ハルトはあまり気にせずに、思っている。

 (随分と気が利く自販機だな。科学技術が進んでいるだけのことはあるな。)


 ハルトが訓練をしている間、グリフ達は、出発の準備に追われていた。

 自警団の団長であるザグレブは、その本部である詰め所で、机に置いてある報告書や嘆願書という書類を見つつ、目の前にいるグリフに問い掛ける。


「グリフ。

 調査の準備は、どの程度進んでいるのだ。」

「団長。

 物資の用意は、ほぼ完了しています。」

「そうか。

 ご苦労。

 しかし、お前が率先して行動するとは珍しいこともあるものだな。」

「失礼な物言いではありますが、全くその通りですね。

 漸く、ここから出られるのですよ。

 楽しみで仕方ありません。」

「そうか。

 それでは引き続き、準備を頼むぞ。」

「はい。

 了解しました。」


 グリフが詰め所から退出したのと入れ替わりに、副団長のザックが巡回から戻って来た。

 ザックは、いつも通り定例となった報告をする。


「扉や設備等、全て異常ありません。」

「巡回と報告、ご苦労。」


 ザックと簡単な遣り取りをしてから、ザグレブは呟く。

「師匠が言っていたことは、本当だったようだな。

 珍しく、あのグリフがやる気になっている。」


 備え付けのロッカーにパッド入りのジャケットを戻し終え、報告書を記入しているザックが応じる。

「グリフの楽しそうな笑顔を見たのは、初めてのことだと思います。」

「それもハラハルト君のお陰なのだろうな。

 その彼は、訓練中か…。」


 ハルトが真面目に訓練を続けているのを、師匠は少し離れた位置から見つつ、一人ごちる。

「決定的に何かが足りぬのう…。

 それはともかくとして、そろそろ組み手に移るとするかのう。」

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