第16話 師匠の洗礼

「名乗るのが遅くなったが、儂の名はアハゲと言う。

 儂のことは“師匠”と呼んでくれい。」

「分かりました。

 アハゲさん。」


 師匠の名前を、つい呼んでしまったハルトに気付いて、少しだけ同情的になるグリフ。

 グリフには、この後に続く師匠の言葉は想像が付くし、聞き飽きる程に聞き飽きているからだ。


「師匠。

 ハルト君の紹介も終わりましたので、僕はこれにて失礼します。」

 師匠に別れの挨拶をして、この場から逃げようとするグリフ。


「まあ、待てグリフよ。」

 師匠はグリフを見て引き止める。

 それから、ハルトに向き直って話し始める。

「ハラハルト君。

 君には、これから武術の手解きをしようと思う。

 君の安全の為にも、指導をする者の言うことには従わなければならん。」

「は、はあ。」

「はあ、ではないぞ。

 しっかり聞きたまえ。

 ハラハルト君。

 今回、君達は危険な場所に行くのであろう?

 君の心構えを聞かせて貰いたい。

 君の行動に因って、仲間の命が危険にさらされるかも知れないのだが、それに付いてどう思っているのかのう?」


 逃げ損なったグリフは、いつもの“お話し”が始まってしまったと思い、

「あー。始まった。」

 と言ってしまった。


 師匠はそれに、すぐさま反応する。

「グリフよ。

 何が“始まった”のか説明したまえ。

 お前にも話しておくことがあったのだ。

 先程も告げた様に、我が孫が会いたがっておる。

 忙しいからと言い、顔も出さないのは不義理だとは思わんのか?」


 師匠にそう言われ、助けて欲しそうな顔でハルトを見るグリフ。

 師匠は更に、その様子を見咎める。

「グリフ。

 何処を見ておる。

 ハラハルト君に聞いても答えは出ぬぞ。

 大体、お前は何時もそうだ。」


 師匠の話しが長くなりそうだと感じ、逃げられないと覚悟したグリフは、師匠に向かい答える。

「師匠。

 申し訳ありません。

 …忙しさにかまけて、足が遠のきました。」

「暇潰しにやっておる様な研究の、どこが忙しいものか。

 孫が寂しい思いをしておることは、承知しておろう。」

「それは…。

 申し訳ないことです。

 今度、ハルトと共にお伺いします。

 それと、興味の湧くものが遂に見つかりました。」


 師匠に不義理を謝った後、珍しくハルトを真剣な表情で見るグリフ。

 その後を追うように師匠もハルトをまじまじと見る。

 ハルトは、グリフの興味の先は来訪者という存在なのかな、などと考えている。


 師匠は、グリフのその様子を見てハルトにも話し掛ける。

「ほう。

 グリフが本気にのう。

 そういうことならば、儂もしっかり鍛えてやるとするかのう。」

「はい。

 宜しくお願いします。

 師匠。」

 ハルトは今度は間違えず、しっかり“師匠”と呼んだ。

 何とか、2人とも追及から逃げられたようだ。


 しかし師匠は止まらなかった。

「ハラハルト君。

 先ほどの質問に、まだ答えてもらっておらんのう。」

「それでは、僕はこれで失礼します。」

 ハルトが掴まっている間に逃げようとするグリフ。


「グリフ。

 お前にも説明してもらってないのう。」

 だが、グリフも逃げられなかった。


 その後も師匠のお話しは続いた。

 日が暮れる前に漸く終わり、精神的にヘトヘトになるハルトとグリフ。

 ハルトとグリフの様子を見ながら、師匠は言った。

「今日は鍛練が出来なかったので、二人とも、少し走ってから帰りなさい。」


 気疲れしてしまったハルトは思わず

「うぇー。」

 と不満の声をあげてしまった。

 グリフはハルトを止めようとして、ハルトの方に手を伸ばしたが間に合わず、そのまま手で顔を覆い上を向いた。

 ハルトをギロリと一睨みした師匠のお話しは更に続くことになり、終わった頃には完全に日が暮れていた。

 鍛練は翌日から始まることとなった。

 当然のことながら、ハルトとグリフは、日が暮れた後、周りを走ってから帰宅した。

「ハルト。

 師匠を名前で呼ぶと面倒になるってことが分かっただろう?」

「ああ、今回で懲り懲りだ。

 もう呼ばないよ。」

 汗をかいたハルトは、身体を綺麗にしてから眠ることにした。





以下は、風呂とトイレの細かな設定です。

読まなくても大丈夫です。


 ついでに、この世界の風呂とトイレに触れておきます。

 ドーム内には、お風呂のような、大量の水や湯に浸かったりする習慣は無いです。


 体全体髪や顔も、洗浄専用の小部屋があり、普段は壁に収納されている細長い蛇腹状のホースから出てくる、透明なジェル状の塊で、立ったままで洗浄となります。

 洗浄後に、下に落ちたジェルは、ダストシュートに吸い込まれていきます。


 調査に出ている間、体の洗浄は個人が持っている腕時計サイズの端末に、光による殺菌消毒があり、全身スーツを着たまま、適宜使用します。

 端末により、光量の調節が出来る様になっています。

 体を擦らないと垢や汚れが落ちない気がしたので、ハルトがグリフに聞いたところ、全身スーツの効果で、老廃物は無害化され、目に見えない大きさにまで分解されてから、適宜排出されているとのことでした。


 グリフが言うには、最悪の場合、排便も着たまま出来るけど、閉じ込められた時などの非常時以外は止めておいた方が良いとのことでした。


 トイレは壁に収納されています。

 トイレは、大概が洗浄部屋と隣接していて、何もない小さな部屋ですが、近付くと壁から蛇腹状のホースが出て来ます。

 そのホースは出てきた直後は直径10センチ程ですが、便座サイズに広がる様になっています。

 部屋に入ると同時に足の長さなどがスキャンされ、最適な高さで固定されます

 基本的には毎回スキャンするのですが、利用する者にとって煩わしいので、自動で登録されるようになっています。

 勿論ですが、入室する際に自動で登録者かどうかが判断されます。


 排便と同時に吸引され、お風呂と同様の、光による殺菌消毒が行われます。

 便は無害化され、ダストシュートに勝手に排出されます。


 ハルトは、トイレの使い方が全く分からなかった為、グリフに頼んでみた。

 グリフはイヤな顔をせずに、笑いながら、スーツを着たまま実際に座って、見本を見せてくれた。


 調査中は、穴を掘り、普通にしゃがんで用を足し、終わったら小型端末で光の殺菌消毒を行うそうだ。

 汚物も光を照射して殺菌消毒する。

 これも、グリフが見本を見せてくれた。

 勿論、スーツは着たままだし、ハルトの前で用は足したりはしない。

 しかし、ハルトには、お尻を拭かないことによる気持ち悪さが拭えず、何とか改善をしたかった。

 ハルトは、結局ウォシュレットに倣い、水を使ってお尻を流すことにした。

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