第4話 見慣れぬ天井
ハルトが意識を取り戻すと、見慣れぬ天井が目に映った。
さらに、検査の機械か何かなのだろうか、触手の様なチューブ状のものがチキチキと音を立てながら、ハルトの体を這い回っていた。
「うおっ。気持ち悪っ!」
思わず手で払いのけようとするハルトだったが、体が上手く動かせない。
すると、部屋のどこかから声が聞こえる。
「まだ、動かない方がいいぞ。
体調は万全では無いだろうからね。」
白衣を着た銀髪の六十代の医師らしき男は、機械を操作しながら、ハルトに声をかけていた。
「我々の仲間が失礼した。
深く謝罪する。
後で、本人にも謝罪させよう。」
年嵩の男は、ハルトに向き直り頭を下げる。
「酷い目にあったな…。」
ハルトは、ゲオルグという若者にやられたのだということを思い出し、憤ったが、目の前の人物からの謝罪を受けた為、とりあえず気分を落ち着かせた。
「謝罪ついでに伝えておくが、君の身体を色々調べさせてもらったところ、“ここの環境”に適応していなかった。
君の意識が無い状態で申し訳が無かったのだが、少々調整させてもらったよ。」
その医師は、安心させようとしてか、にこやかにハルトに声を掛けてきた。
「治療して貰ったことには感謝しますが、私の体を調整…。
調整ってなんですか?」
「気圧による影響と、細菌への抵抗力を少し高めさせてもらったよ。
外部から訪れた者は、不調を訴えることが多いのだ。
君は、外部から訪れたんだろう?
細菌などに感染していたら、厄介なことになるのでね。
君の身体は環境の変化に強くなるし、ここのような閉鎖された空間で、有毒な細菌が蔓延する可能性も低くなる。」
矢継ぎ早に医師に伝えられ、ハルトは少し面食らいつつも応えた。
「んー…。
そういった事情は理解できます。
仕方ない…のでしょうね。」
ハルトは、そう応えつつも考える。
病院でも、インフルエンザ患者は隔離されるが、そこまで警戒するようなことなのだろうかと。
そこでハルトは、医師が先ほど言った言葉に気が付いた。
「閉鎖…空間?…ですか?」
「ここは、ドーム状の設備になっているのだ。
君の生まれ育った場所とは違うということだね。」
その医師は、さらっと重要なことをハルトに伝えた。
「ここは、外国の研究施設なんですか?
って、ちょっと待ってください!
言葉が通じてますよ?
あなた方は、日本語を話しているのですか?」
その医師との会話は、ハルトに混乱をもたらした。
「日本語?
珍しい響きの言葉だね。
私達はバンナム語を話しているよ。
そして、私には君もバンナム語を話している様に聞こえるのだがね。」
その医師の言葉から、幾つかの言語があることがわかるが、今のハルトには、そこまでの余裕は無い。
「バンナム語?
ちょっと、聞いたことが無いみたいですね。
私は日本語しか話せないのですが…。
因みに、ここは何処なのですか?」
「ここかい?
ここは、ガダにあるシオンだよ。」
ハルトは、少ない知識から思い出そうとするが、バンナムという言語も、またガダやシオンという国名や地名も耳にしたことがない。
最もハルト自身が、全ての言語や国名を把握している訳ではない以上、大まかな位置でさえも見当が付けられない。
考え込んでいるハルトを見て、医師は軽く咳払いをし、ハルトの注意を向けさせた。
「ここは診療所で、私は医者をしているユーギンという。
君の名前を聞かせて貰っても構わないかな?」
「ええ、構いませんよ。
私の名前は、ハラハルトです。
会社員です。」
ハルトの名前を耳にした瞬間、ユーギンは非常に驚いた様子だった。
「!済まないが、もう一度名前を聞かせてくれないか?」
「?ハラハルトと言います。」
「…」
今度は、ユーギンが深く考え込んでいる。
「ユーギンさん、でしたか?
私の名前に、何かおかしな所でもあるのですか?
極々、普通の名前だと思うのですが…。」
ハルトに声を掛けられ、ユーギンは、ハッと我に返った。
「いや。済まなかった。
我々の国では、珍しい響きなのでね…。
さあ、もう少し休むと良い。
君が先程出会った、自警団の者が話しをしたいと言っていた。
君が目覚めてから、声を掛けることにしよう。」
ユーギンの対応にどことなく不自然な所を感じてはいたものの、まだ身体を動かしづらいことも事実だったので、ハルトは、ユーギンの言う通りに、一眠りすることにした。
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