魔王と勇者

 ディアの言葉はあまりにも予想外だった。洞察力五〇のアオイさんでさえ想像の範囲を超えていたようだ。


「意味がわからないわ、ディアさん。あなたとは別の世界にいる私が、どうしてあなたの世界を滅ぼせると言うの」

「わからないのも無理はありません。アオイさんにはそんな意識は少しもないのですから。けれども意識のない行動が、結果的に私たちの世界を滅亡へ招いてしまうことになったのです」


 ボクもアオイさんももう何も言えなかった。考えてもわからないことだったから。あとはディアの言葉を待つしかなかった。

 そうして重苦しい沈黙がしばらく続いた後、ディアはゆるゆると話し始めた。それは次のようなものだった。



 少し長い話になります。私がいた世界とあなたたちの世界は、元々何の繋がりもありませんでした。どちらも無数に存在する世界の中のありふれたひとつに過ぎないかったのです。

 今、アオイさんのパソコンで起動しているゲームの中で、私たちの世界はこう表現されていますよね。

「常に争いに明け暮れ、心休まらぬ日々などない世界」

 と。


 確かに私たちの世界において戦いは日常茶飯事です。けれどもそれはゲームの娯楽性を高めるための誇張された表現に過ぎません。

 争いが絶えないのはこの世界でも同じです。人類の長い歴史の中で争いのなかった時代があったでしょうか。現代の日本が平和な国であっても諸外国の様々な地域では今も紛争が続いています。

 私たちの世界の争いもそれに類する程度のもので、実際には魔の力によってある程度の平和は保たれているのです。


 平和を保つ役目を負わされたのが魔王です。こちらの世界では魔王は悪の側の存在として描かれることが多いようですね。

 私たちの世界における魔王は「魔の力によって世を統べる者」という意味でしかありません。悪も善も関係ないのです。

 私は何代も続く魔王の役目をこの身に引き受け、世界の平和と安寧のために力を尽くす日々を送っていました。

 そんなある日、


「ディアモン様、一大事です!」


 側近の一人が魔王城の謁見の間に飛び込んできました。無作法な振る舞いを見て隣に座る宰相が眉をひそめました。


「何事だ。王の御前であるぞ。礼をわきまえぬか」


 側近はすぐさま叩頭こうとうすると、こう述べました。


「異界より多数の蛮族が出現いたしました」

「異界からだと!」


 常に冷静な宰相もこの時ばかりは色を失っているようでした。封印された魔法術の中で最も禁忌とされたのが、この世界と他の世界をつなぐ魔法術です。異界から蛮族が出現したのは、誰かがこの禁忌魔法術を使用したからに違いありません。


「あの封印を破って異界の門を開けるほどの魔の使い手となれば、あの者しかおらぬ」

「恐らくそうでしょう。ジイ=ユーシャ、最悪にして最強の魔導師。再び動き出したようですね」


 異界の蛮族が出現する数年前、私たちの世界は一人の魔導師の出現によって大きな混乱に陥っていました。その者の名はジイ=ユーシャ。彼がどこから来たのか、何が目的だったのか、それは未だにわかりません。しかしその者が私たちの世界を破滅へ導こうとしていたことだけは確かでした。


「全魔法力を以ってあの者を倒すのです」


 私は全軍に指令を出しました。ジイ=ユーシャがいかに強大な魔導師でも、魔王たる私が全力を出せば敵うはずがありません。

 破れたジイ=ユーシャは何処いずこともなく姿を消しました。それから数年後、今度は異界の蛮族を引き連れて再び現れたのです。


「臆することはありません。私たちはあの者に一度勝利しているのです。此度こそ息の根をとめてやりましょう」


 魔王軍は異界の蛮族と対峙しました。不思議なことに蛮族の大軍の中にジイ=ユーシャはいませんでした。戦闘の際には必ず先頭に立って皆を鼓舞していたのに、今回に限ってその姿がないのです。


「指揮する者がいない軍勢など烏合の衆にすぎません。蹴散らしてしまいなさい」


 私たちはジイ=ユーシャの居所を捜索しながら戦闘を開始しました。しかし思った以上の苦戦を強いられました。ジイ=ユーシャが戦いに加わらなくても蛮族の戦力は圧倒的だったのです。それは他には類を見ない彼らの特性によるものでした。


 私たちがもっとも苦しめられたのは死からの復活です。蛮族が占領した地域には「キョウカイ」なる施設が建造され、復活の儀式によって死者は再び命を取り戻し戦いに参加できるのです。

 しかも死ぬ前の強さと知識をそのまま保持しているため、戦えば戦うほど死ねば死ねほど強くなっていくのです。これは私たちの世界では考えられないことでした。


「この特性の謎を解かなければ私たちに勝利はありません。直ちに調査に当たりなさい」


 私は彼らの弱点を探らせました。謎はすぐに解き明かされました。ジイ=ユーシャは禁忌魔法術によってこの世界と他の世界を繋ぎました。その時同時に、私たちのこの世界を、繋いだ先の世界のゲーム空間と同調させてしまったのです。そしてその繋いだ先の世界というのが、今、私がいるこの世界なのです。



「ちょ、ちょっと待って、ディア」


 まだ話の途中だが、つい声を掛けてしまった。


「ってことは、ディアの世界は本来、ゲームとは何の関係もなかったんだね」

「はい。全てはジイ=ユーシャの仕業です。この世界におけるパソコンのゲーム空間を通して私たちの世界を認識し、ゲーム空間での出来事がそのまま私たちの世界へ反映される、そのようなシステムをジイ=ユーシャは構築してしまったのです」

「そしてそのゲームというのが、今パソコンに表示されているこのゲームなわけか」

「そうです。異界から押し寄せる蛮族とは、この世界でプレイヤーが操作しているゲーム内のキャラクターだったのです。無限に発生し無尽の命を持つのは当然でした。実体がないのですからね」


 実に巧妙なやり方だと思った。リアルな世界をゲーム世界に置き換えてしまう魔術か。禁忌にされるはずだ。


「わかった。話を続けて」

「はい」


 ディアは頷くとまた話し始めた。



 蛮族の謎を知った私たちはすぐに二つの世界の繋がりを断とうとしました。しかし世界の結合力は途轍もなく強く容易には切断できません。そうしている間にも異界の蛮族たちは数を増やして攻め込んできます。

 せめて彼らの特性を弱体化できないかと考えた私たちはゲーム空間に介入しました。その結果、復活特性の消去に成功し「キョウカイ」という施設は消滅しました。これで一度死んだ蛮族は二度とゲームに復帰できなくなります。

 蛮族の戦闘力は大きく低下しました。この機に乗じて私たちは次々に策を講じました。蛮族を孤立させて協力戦闘を不可能にし、各々の蛮族に異なった世界を出現させて他の蛮族の知識を無価値にする、こうして時間を稼いでいる間に二つの世界の繋がりを断つ魔法術を構築していったのです。


「ディアモン様、ついに逃亡先を突き止めました」


 そんな折、朗報がもたらされました。最悪の魔導師ジイ=ユーシャの居所がわかったのです。


「よくやってくれました。それでどこにいるのです」

「あの者は繋いだ先の世界へ転移しております」


 魔王城謁見の間は沈黙に包まれました。他世界への転移、それもまた禁忌魔法術のひとつだからです。

 そして彼が向こうの世界にいる以上、二つの世界の繋がりを断つことはできませんでした。そのようなことをすれば彼を他世界に、あなたたちの世界に押し付けることになります。ジイ=ユーシャは己の魔力を保持したまま転移しているはずです。私たちの世界を救うためにあなたたちの世界を危険に晒すような真似はできません。

 それに勇敢に戦って散っていった者たちのためにも、あの男だけは何としても自らの手で息の根を止めたいと私たちは思っていました。今、二つの世界の繋がりを断てばその機会も失われてしまうでしょう。


「ならば世界全体の繋がりを断つのではなく、ゲーム世界との同調だけを断ちましょう。根本的な解決ではありませんが、取り敢えず此度の蛮族の来襲だけは終わらせることができます」


 宰相の提案はすぐ採用されました。それは二つの世界の繋がりを断つ魔術よりも容易なため、ひと月もあれば成し遂げられるはずでした。

 ところが、


「あ、あの蛮族は何者だ!」


 恐るべき蛮族が出現したのです。圧倒的な力と技を持ったその蛮族は、たった一人で私たちの軍勢を次々に撃破して魔王城へ迫りました。その蛮族の名は「勇者アルスちゃん」これまで私たちの世界に出現した中で最強の蛮族でした。


「えっ、それって……」


 突然アオイさんがパソコンを操作し始めた。魔王ディアモンの画像が消えてステータス画面が表示された。そのキャラ名は「勇者アルスちゃん」だ。


「まさか私のキャラが……」

「そのまさかです。アオイさんのプレイしていたキャラが私たちの世界を危機に陥れたのです」


 ようやく話が見えてきたぞ。本気を出したアオイさんって人間離れした能力を発揮するからな。アオイさんのキャラもまた然りというわけか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る