たったひとつのウソ

 ボクがアオイさんの家を訪れるのは、これが初めてではなかった。

 先週の土曜日安積山で、トウノとディアが気を利かせてアオイさんと二人きりにしてくれた時、ボクはこれまでの経緯を全てアオイさんに打ち明けた。いつも冷静なアオイさんも驚きを隠せないようだった。


「そんな話、とても信じられないわ」


 無理もない。ボクだって今でも完全に信じているわけではないんだから。けれどもアオイさんは何か思い当たるふしがあるようだった。


「ねえ、ヒフミ君。ディアさんはどんな世界から来たと言っていたの」

「ボクも詳しく教えてもらったわけじゃないんだ。多くの種族やモンスターの間で何年も戦いが続いている、魔の力によって全てが支配されている世界、そんなようなことを言っていた気がする」

「その世界に魔王は居るの?」

「ん~、居たんじゃなかったかな」


 アオイさんには申し訳ないがうろ覚えだった。貧弱な記憶力が恨めしい。


「そう……ならもうひとつ教えて。あなた、中学の時はアプリゲームにのめり込んでいたでしょう。それなのに以前、お昼を食べている時に今はもう全然ゲームをしていないって言っていたわよね。あれ、本当なの」


 部活について話していた時の会話だな。まだ覚えていたのか。確かに言った。ディアの指示だったからな。どうする、嘘をつき通すか。


「それは……」


 いや、もうゲームはクリアしたんだ。正直に話したほうがいい。


「すまない。あれは嘘だ。高校生にもなってゲームなんてカッコ悪いと思って、つい見栄を張った。嘘をついて申し訳ない」


 ディアの名は出さなかった。彼女に責任を押し付けるような気がしたからだ。しかし次にアオイさんの口から出たのは、そんなボクの心すら見透かしているような言葉だった。


「もしかして、ディアさんに嘘をつくように指示されたのではないの?」

「えっ!」


 アオイさんの洞察力の値は五〇、ゲーム内のキャラが取り得る最大値、ディアはそう言っていた。だとしてもディアとボクのこれまでの経緯を話しただけで、どうしてここまでわかるのだ。もはや驚愕を通り越して恐怖さえ感じる。


「なぜ私がそう思うのか、知りたい?」

「あ、ああ」

「それなら私の家に来ればいいわ。そんなに時間は取らせない。明日の日曜日、二人で会いましょう」


 告白をした翌日に彼女の部屋訪問イベント発生か。願ったり叶ったりな展開だ。と言っても楽しい時間を過ごすことなく終わりそうだけどな。


「わかった。明日、一人で君の家へ行くよ」


 安積山へ行った翌日、ボクは初めてアオイさんの家を訪れた。彼女の部屋は驚きだった。ボクの嘘を推察できた理由もわかった。あとはディアから詳しい話を訊くだけだった。


「トウノはどうする。教えたほうがいいかな」

「ディアさんが居なくなった後に全ての記憶が消失するのなら、敢えて教える必要もないわ。私たちだけで彼女と話をしましょう」


 そうして夏至の日の今日、ボクらはディアをここに、アオイさんの部屋に連れてきた。パソコンやゲーム機が並ぶアオイさんの部屋に。ディアは気まずそうな顔でそれらを眺めていた。


「初めてこの部屋へ入った時は驚いたよ。ディアは以前ボクに言ったよね。アオイさんはゲームが嫌い。話題にするのも嫌い。だから彼女の前でゲームの話をするな、そう言われたからボクはゲームをやめた。それを利用してアオイさんの信頼度を上げようとした。でも、それは嘘だった。アオイさんはゲームを嫌ってなんかいない。むしろボクを上回るくらいゲームをやり込んでいる。そうだね」

「ええ。子供の頃からお人形やままごと遊びのような女の子らしい玩具にはまったく興味がなかった。物心ついた時にはもう電子ゲームで遊んでいたわ。だからあの時、ヒフミ君が最近はゲームをやっていないと聞いて少し失望してしまったのよ。それからは私自身もゲームを控えるようになったわ。手芸部にも入部したことだしね」

「アオイさんにゲームの話をした夜、ディアはアオイさんの信頼度が少し上がったと言っていたよね。でも、あれも嘘だったんじゃないのか。ボクにはステータスが見えないのをいいことにして、本当は下がっているのに上がったと言ったんじゃないのかい。アオイさんのゲーム嫌いを信じ込ませるために」

「……ごめんなさい。その通りです」


 ディアはしょげ返っていた。いつもの明るいディアはすっかり影を潜めていた。ちょっと言い過ぎたかな。可哀相になってきた。


「別におまえを責めるためにここへ連れてきたわけじゃないんだ。ボクやアオイさんの仲を取り持ってくれたことは本当に感謝している。でもどうして嘘をついたんだい。プレイヤーキャラであるボクにだけは嘘をつかないと言ったじゃないか。それにこんなつまらない嘘をついたところで、ゲーム進行には何の役にも立たなかったじゃないか。教えてくれ。この嘘にはどんな意味があったんだ」

「これだけは、どうしても隠しておきたかったのです。アオイさんのゲームに関してだけは、どうしても……」


 ディアの言葉はそこで途切れた。まだ全てを話す気にはなれないようだ。仕方がない。


「アオイさん」

「ええ、そうね」


 アオイさんはパソコンデスクに近付くと、ボクのマシンより数倍パワーのありそうなハイスペックゲーミングパソコンの電源を入れた。


「ディアさん、見て欲しいものがあるの」


 冷却ファンの音が部屋に響く。起動したパソコンのアイコンをアオイさんがクリックするとゲームタイトルが表示された。ディアの表情は変わらない。何を見せられるのかわかっているのだろう。


「これはネット界隈でも有名なゲームなの。どこにでもある剣と魔法のファンタジーRPG。シナリオもシステムも平凡そのもの。ただひとつだけ他のゲームとは違う突出した特徴がある。それはまだ誰もこのゲームをクリアしていないこと」


 アオイさんは手慣れたキータッチで入力を済ませていく。その無駄のない正確な挙動はまるでアオイさん自体がマシンであるかのようだ。ログインが終了しゲーム画面が開く。


「今、私のキャラがいるのは最終ステージの魔王城。城の最上階にいるボスキャラを倒せばゲームクリア。ここまで来るのは大変だったわ。そしてここまで来て、ようやく最後のボスキャラの正体がわかった。城の最上階にいるのはこの世界を魔の力で統べる魔王、ディアモン」


 アオイさんがマウスをクリックすると、画面には魔王ディアモンの胸像画が映し出された。名前から連想される禍々しいイメージとは正反対の姿。艶のある金髪のツインテール、陶器のような白い肌、秘境の湖を彷彿とさせる碧い瞳。

 身にまとった魔界の雰囲気を漂わせる装束を除けば、それはよく見掛けるありふれた西洋の少女のイラストに過ぎなかった。

 だが一度ディアの姿を見た者ならば、魔王ディアモンが誰をモデルにして描かれたのか瞬時に理解できるはずだ。それほど二人の容姿は似ていたのだ。


「このボスキャラを初めて見たのは手芸部に入部した頃だったかしら。最後の敵である魔王が若い娘なんてちょっと奇抜な設定ね、その程度にしか思わなかった。もちろんあなたのことも全然頭に浮かばなかった。それからはヒフミ君にゲームをやめたと聞かされて。私もこのゲームをプレイしなくなった。思い出したのは安積山に登った日。ヒフミ君からあなたとこの世界の関連を聞かされて、それでようやく気が付いたのよ」


 この部屋に連れて来られた日を思い出す。パソコンの画面に映し出されたボスキャラを見た時の衝撃。あまりにもディアに似すぎている魔王ディアモン。いくらボクの能力値が低く設定されているとは言っても、この画像を見た瞬間に全ての事情が理解できた。


「これはおまえなんだろう、ディア。おまえが居たのはこのゲーム世界。そうなんだろう」


 それまで俯いていたディアが顔を上げた。ようやく心が定まったようだ。


「こうなれば全てをお話するしかないですね。そうです。私の本当の名はディアモン。このゲームによって表現されている世界から来ました」

「もしよかったらその理由も教えてくれないか。まさかボクとアオイさんをくっ付けるためだけに、魔王がわざわざこの世界へ来たとは思えないんだけど」

「いえ、そのためだけに来たのです。ヒフミ君にはどうしてもアオイさんの恋人になってもらわなくてはならなかったのです」

「私とヒフミ君を恋人にするために……それは、なぜ?」


 そう尋ねたアオイさんをしっかりと見据えながら、重々しい口調でディアは答えた。


「私たちの世界が滅亡するのを防ぐためです。今日、夏至の日に私たちの世界はアオイさんによって滅ぼされます。それを阻止するために私はここに来たのです」

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