最終話 二つの世界、二人の心
お誕生日会はお別れ会
体育祭から六日後の日曜日。ボクら四人は高校最寄り駅近くにあるお洒落なレストランにいた。
今日は夏至、そしてディアの誕生日。そのお祝いのために、低料金の割に品数が多く味も良いと評判のランチビュッフェを訪れたのだ。
「ワオ! 御馳走ばかりデス。朝ご飯を抜いてきた甲斐がありマシタ」
「そ、そうなんだ。でも朝はきちんと食べたほうがいいよ、ディアさん」
一食抜いたディアの食欲は台風並みの破壊力だろうな。食べ放題にしてよかった。ファミレスなんかに行って「ディア、今日は好きなだけ食えよ。ボクらのおごりだ」などと言った日には、三人の財布を空にしても満足してくれないだろう。
「お誕生日が夏至の頃なんて、いつも太陽みたいに明るいディアさんらしいわね。私とは正反対だわ」
アオイさんの誕生日は冬至の頃だ。「なるほど」と言いそうになってしまった自分を慌てて引き留める。
「でも今日は晴れてよかったよ。梅雨の真っ最中だから心配していたんだ。安積山に登った時も晴れていたし、私たちは天から愛されているようだね。そう思うわないかい、ヒフミ君」
「おまえ、晴れ男なんじゃないのか、トウノ」
安積山か。あの日を境にして全てが変わったな。ゲームをクリアして安積山から帰宅した夜、いつものようにボクの部屋を訪れたディアは上機嫌だった。
「ヒフミ君、遂にやってくれましたね。あなたは必ずやってくれる男子だと私は信じていました」
実に嘘くさい言い方だ。しかし喜んでいる姿を見るとこちらも嬉しくなる。その褒め言葉は額面通りに受け取っておこう。
「それで、ゲームをクリアした今、おまえはどうなるんだ。今夜にでも元の世界へ帰るのか」
「いいえ。夏至まではこの世界に留まるつもりです。見届けたいことがあるので」
「見届けたいことって何だよ」
「それは……まあ、言わないでおきましょう」
なんだよ。クリアしてもまだ言えないことがあるのか。そう言えばどんな理由でどうやってここに来たのかもまだ聞いていないな。
「ゲームが終了すれば全て教えてもらえると思っていたんだがな」
「う~ん、今はもう教えても問題はないのですけれど、ヒフミ君が知ったところでどうなるものでもないですしね。このままお別れしたほうがいいと思いますよ」
お別れか。ここに来た時は鬱陶しいだけだったのに、やがてそれが親しさに変わり、好意に変わり、今は別れをつらく感じる。人の心はどうしてこうも移ろいやすいのだろう。
「おまえに関する記憶が消去されるとわかっていても、居なくなるのは寂しいものだな」
「あらら、いつも私にだけは手厳しいヒフミ君の言葉とは思えませんね。それなら盛大にお見送りしてください。元の世界へ戻る夏至の日はちょうど私の誕生日なのです。誕生日を祝う名目でアオイさんやトウノ君も呼んで賑やかに見送ってください」
それは誕生日を祝ってもらう名目で飲み食いしたいだけなんじゃないのか。だが、それくらいのことはしてやってもいいかもな。結果的にボクとアオイさんをくっ付けてくれたんだ。このまま何のお礼もせずに元の世界へ帰られてしまってはこちらも気分が悪い。
「そうだな。トウノたちにも話してみよう。ところでおまえ、何才になるんだ」
「女性に年を訊くなんて失礼ですよ、ヒフミ君」
ディアが膨れっ面になった。そう言えば以前、祖父の数倍は生きているとか言っていたな。知らないほうが幸せなこともあるし、これ以上追及するのはやめておこう。
二日後、予定通り挙行された体育祭の日にこの話をした。トウノもアオイさんも
「誕生日のお祝いだね。よろしい、私に任せてくれ」
そうしてトウノに任せた結果、本日、お洒落レストランに足を運んだボクら三人は、牛のように飲み、馬のように食うディアの姿を見ることになったわけだ。
「今年の誕生日は最高デス!」
そうか、よかったな。おまえが喜んでくれてボクも嬉しいよ。
ディアが満腹したところで雑談になった。話題はやはり六日前の体育祭である。
「あれは強烈な体験だったな。本音を言うと命の危険すら感じたよ」
同感だ。あの騒ぎの中、トウノはよく無事に生還できたものだと思う。
体育祭は大きな事故もなく順調に種目をこなしていった。
しかし最後のハピダンで異変が発生した。
凄まじかった。
トウノとディアが手を取り合って踊り出した瞬間、運動場は嘆きと絶望と怨嗟の悲鳴で大きく
トウノが女子生徒と踊っている、この事実が他の女子生徒に与えた衝撃は計り知れないものだったらしい。ほぼ全ての女子生徒が泣いていた。
男子生徒も例外ではなかった。ボクの知らぬ間に「ディアちゃんファンクラブ」なるものが結成されていたのだ。彼らは「練習中は見に来ないでください」というディアの言い付けを忠実に守っていたので、トウノの取り巻きのように体育館に来ることはなかったらしい。
ところが予想に反してディアがトウノと踊り始めたため、十日間我慢していた不満が爆発。通常の倍の威力で発せられた彼らの怒号は、女子生徒たちの悲鳴と共鳴して運動場を襲い、さながら阿鼻叫喚地獄の如き様相を呈するに至ったのである。
「以上でハッピーダンスタイム終了です」
このアナウンスと共に大量の生徒たちが運動場に雪崩れ込んだ。教師たちの制止も警告のアナウンスもまるで効果がない。
「君たち、こっちだ」
このような事態になることはすでに生徒会も予想していた。そこであらかじめ逃走経路を用意し、ダンス終了と共にボクらを校舎内へ逃がし、校長室に避難、待機する手はずになっていたのである。おかげで暴徒から辛くも逃れることができた。トウノのキャラ設定、最強すぎる。
「さあ、そろそろお開きにしようか。まだ二カ月半しか経っていないのに、君たちとは随分長い間付き合ってきたような気がする。これからも仲良くしていこう。よろしくね、ヒフミ君、アオイさん、そしてディアさん」
トウノの締めの言葉が胸に刺さる。ディアとは今日でお別れなのだ。だがトウノはそれを知らない。
「そうデスネ。また美味しい御馳走をたくさん食べさせてくだサイ」
ディアもこう答えるしかないのだろう。真実を話してトウノを悲しませる必要はないからな。
店を出たトウノは一人で駅の改札を通って行った。ボクたちの乗る電車の時刻にはまだ時間がある。
「ねえ、ディアさん。これから何か予定がある?」
「イエ、帰って寝るだけデス」
食べてすぐ寝ると牛になるぞ、と言いたくなるが元の世界に帰ってから何をしようがディアの勝手だ。実際に牛になってしまってもボクらには関係ないしな。余計なことを言うのはやめておこう。
「それなら付き合って欲しい所があるの。いいかしら」
「いいデスヨ」
アオイさんがこちらを見て小さく頷く。ディア、今日こそは全てを話してもらうぞ。
やがて急行が来た。それに乗り込む。
「こちらは私たちの家へ向かう電車デスネ。でも普通ではないデスネ。私、急行に乗るの初めてデス。どこへ連れて行ってくれるのか楽しみデス」
無邪気な顔のディアを見ていると不思議な気分になる。明日になればもうこの姿は見られない。それどころかこの姿の記憶さえも消えているのだ。ディアは今、どんな気持ちで電車に乗っているのだろう。
「この恋愛ゲームが終わった今、また次のゲームを始めるのかい、ディア」
驚いてこちらを見るディア。アオイさんの前でゲームの話を持ち出されるとは思っていなかったのだろう。
「エ、エエ、そうデスネ。たぶん始めると思いマス」
「じゃあボクも始めて構わないね。ディアの言い付けを守ってずっとゲームをしなかったんだから」
「も、もちろんデス。でもヒフミ君、どうして今ここでそんなことを言うのデスカ。アオイさんに嫌われても知りマセンヨ」
その理由はすぐわかる。この急行を降りればすぐ。
「着いたわ」
駅を出た後はアオイさんを先頭にして歩く。ディアの顔から陽気さが消えた。用心するように辺りを見回しながら歩いている。住宅街に入って少し進んだところでアオイさんが立ち止まった。
「ここよ」
「ココは……」
そこは民家の前だった。平凡な二階建ての一軒家。その門柱に取り付けられた表札を見た瞬間、ディアの表情は困惑に変わった。
「まさか、アオイさんの家デスカ」
「そうよ。あなたたち二人を招待するわ。さあ、入って」
ディアが後ずさりする。まるで何かに怯えているようだ。
「ダメデス。ここはダメなのデス。入れマセン。私は入りマセン」
逃げ帰ろうとするディアの腕を掴む。なるべく優しい口調で話す。
「騙すような真似をしてすまない。実はアオイさんに全てを話したんだ。おまえが別の世界から来たこと、ここはゲームの世界であること、そしてアオイさんはゲームを嫌っているとおまえが言ったことも。彼女は全て知っている」
「そう……ですか。それなら隠し立てしてもムダですね。行きましょう」
ディアは観念したようだ。言葉も流暢な日本語になっている。アオイさんが門扉を開けた。ボクら三人は静かにその中へ入っていった。
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