最終指令「ターゲットに愛を告白せよ」

 愛の告白、それは片思いのゴール地点であると同時に両思いのスタート地点である。もちろん告白を受け入れてもらえた場合に限るが。


「告白における最大の懸念は『相手に拒否されたらどうしよう』だな。拒否された瞬間、普通の片思いが地獄の片思いに変貌するんだから。で、この指令なんだけど、結果はどうでもいいのか。告白の返事が『ごめんなさい』でもステージはクリアできるわけ?」

「何を寝惚けたことを言っているのですか。これは恋愛シミュレーションゲームなのですよ。受け入れてもらわなければクリアできないに決まっています。そんなのわざわざ言わなくてもわかるでしょう」


 なんだ。だったら正しくは「ターゲットに愛を告白して受け入れてもらうべし」じゃないか。そこは正確に言ってもらわないとなあ。


「これが最後の試練です。頑張ってくださいね」

「簡単に言ってくれるじゃないか。女子に告白するってことがどれだけ大変か、わかっているのかい」


 中学の時は一緒に受験勉強するという絶好の機会に恵まれていたのに、結局告白できなかったんだ。あの頃に比べれば心臓に生えている毛は格段に濃密になってはいるが、それでも一世一代の大仕事であることに変わりはない。振られることへの不安が嫌でもつきまとう。


「大丈夫ですよ。今のアオイさんなら拒否するようなことはないと思いますよ。最近はほぼ毎日一緒に下校しているし、昼もお喋りに加わってくれるし、試験前は勉強を見てあげようかって声まで掛けてくれたのでしょう。付き合っている男子もいないみたいだし、告白すれば絶対にうまくいきます」

「そうか。じゃあお昼を食べながら告ってみるかな。ディアやトウノが一緒にいれば心強いし」

「はあ? 馬鹿ですか?」

「いや、冗談だよ」


 と言いながらも半分本気だ。他に誰もいないアオイさんと二人だけの空間で告白なんて、想像しただけで体中が緊張してしまう。雑踏の中でさりげなく告白する、そんな状況が理想だな。


「冗談にしたっておふざけが過ぎませんか。あ~、もうこれだから男子は嫌なのです。お弁当食べながら告白されたって全然嬉しくないでしょう。女子は雰囲気を大切にしますからね。そんな井戸端会議をしているような状況で告白なんかされたら、信頼度はたちまち最低値のマイナス五〇に爆下がりです。告白に相応しい時と場所と状況の下で決行しなくては、休火山大噴火は起きません」


 告白に相応しい時と場所か。難しいな。アオイさんの性格が今一つわからないからな。わざとらしく演出しても興醒めするだけだろうし、だからと言って直球で勝負しても「ここ一番の大勝負にしては安直すぎるわね。もう少し頭を使ったら」とか言われそうだし。あれほど扱いにくい女子はいないだろうな。


「アオイさんを恋愛モードにさせるには相当な工夫が必要だと思うぞ。これまでのステージみたいにイベントチケットは使えないんだろ。自力でそんな状況を作り出せるかな」

「ふふふ、すでに考えてありますよ。体育祭を利用するのです」


 体育祭、それは中間試験と期末試験の狭間に挙行される一学期最大のイベント。このイベントを境にして部活動からも生徒会からも三年生は引退し、大学受験の準備に入るのだ。


「体育祭なんて色恋沙汰とは無縁すぎるだろう。汗と感動のスポ根ドラマしかないぞ。むしろ文化祭のほうが利用価値は高いんじゃないか。定番のお化け屋敷で『キャー怖い』とか」

「ゲーム攻略の期限は六月中旬なのですよ。文化祭では間に合いません。それに体育祭にも恋愛系の種目はあります。ハッピー・ダンス・タイム、これを利用するのです」

「ああ、そう言えばあったな。そんなのが」


 ハッピー・ダンス・タイム略してハピダンは体育祭を締めくくる種目である。全校生徒から選ばれた百名の男女が、学年、クラス、性別に関係なく運動場の真ん中で数分間踊り狂うという、いかにも進学校らしい風変わりな種目、と風の噂に聞いている。


「あんまりロマンチックじゃないだろう、百人入り乱れての馬鹿騒ぎの中で告白なんてさ。まあ、こっちとしてはそのほうが気が楽だけど」

「馬鹿騒ぎ? 違いますよ。どこから仕入れた情報なのですか。ムーディーな曲が流れる運動場に集まった男女百人のペアが、体を密着させて燃えるように熱いダンスをする、それがハピダンなのです。これを切っ掛けに多くのカップルが誕生しているという話ですよ」


 おい、聞いていた話と全然違うぞ。誰だ、とんでもないデマを流したヤツは。危うく信じ込むところだった。


「きっと応募者を減らすために間違った情報を広めたのでしょうね。参加者の百名は抽選で選ばれるらしいのですが、倍率は毎年五倍を超えるそうです」


 ほぼ全校生徒が応募している計算じゃないか。ダンスをして恋人を作ろうという魂胆か。それとも恋人がいるから見せつけたいのか。どちらにしても競争率高過ぎだ。


「しかしそうなると運頼みだな。ボクとアオイさんが百人の中に入ればいいけど、もし抽選から外れたらどうしようもない」

「はい。だから私とトウノ君も応募します。そうすれば少しは当選確率が上がるでしょう。二人が落ちても私たちが選ばれていれば、当日は都合が悪くなったとか理由を付けてダンス参加の権利を譲ってあげますよ」

「もし四人全員が選ばれたら?」

「そしたら四人でダンスすればいいのです。ヒフミ君はアオイさんと。私はトウノ君と」


 途端に胸が苦しくなった。体を寄せ合ってダンスをするディアとトウノ。その姿を想像しただけでもやもやした感情が湧き上がってくる。


「べ、別にディアたちはダンスをする必要なんかないだろう。こちらに付き合って無理しなくてもいいんだぜ」

「無理なんかしていませんよ。トウノ君はこのゲーム中屈指のイケメンキャラですからね。彼とダンスをしたがっている女子生徒は百人を下らないはずです。そんな相手とダンスできる機会を見逃す手はないでしょう。私だって青春を謳歌したいのです」


 ディアの惚気顔を見ていると無性に腹が立ってくる。トウノは確かに好男子だがプレイボーイだ。これまで何人の女子を泣かせてきたかわからないようなヤツなんだぞ。遊ばれているだけだって気付けよ。


「あんまりトウノに深入りするのはどうかと思うぞ。おまえが思っているのと同じくらい相手も思ってくれているとは限らないんだからな」

「ふふふ、恋愛下手のヒフミ君が忠告ですか。御心配には及びません。私はトウノ君以上に恋愛経験豊富なのです。それにあと一カ月もすれば私はこの世界を去る、つまり問答無用でトウノ君を捨てるのですからね。むしろ遊んでいるのは私のほうと言えるでしょう」


 むむ、さすがは海外育ち。ディア自身もプレイガールだったのか。だが、そうだとしてもトウノと仲良くするディアは見たくない。自分勝手なわがままだとわかってはいるがこの感情だけは抑えられない。


「ではさっそく明日の昼食会でこの話を二人にしましょう。アオイさんもトウノ君も快く引き受けてくれると思いますよ」

「う、うん。そうだな」


 心に何かを引きずったまま、その夜の戦略ミーティングは終わった。



「ああ、ハピダンね。もちろん応募するつもりさ」


 翌日の昼、いつものように机を並べて弁当を食べるボクら四人。ディアがハピダンを話題に上げるとトウノはすぐに反応した。


「今は学校中その話で持ち切りだからね。私も行く先々で『トウノく~ん、お相手は決まったあ~?』って声を掛けられているよ。応募用紙も持っているけど見るかい」


 さすがはゲーム一の遊び人に設定されているだけのことはある。見せてもらうとディアからは聞かされていない注意事項が書かれていた。


 応募の際、希望する相手の名を記入する。ただし当選後の変更は可。

 ダンスの相手は別のクラス、別の学年でも可。さらに同性でも可。

 ダンス練習は十日前から実施する。一定のレベルに到達できない者は参加を拒否する場合がある。

 などなど。

 ダンスを希望する相手の名を書いて応募するとは意外だったな。この時点で告白しているようなもんじゃないか。


「応募時の個人情報って厳重に管理してくれるんだろうね」

「もちろん。でも自分から相手に漏らす生徒も多いみたいだよ。君と踊りたいからボクの名前を書いてくれ、みたいにね」

「自分だけが当選して希望する相手が落選してしまッタ場合、どうなるのデショウネ。悲劇デスネ」

「そのために当選後の変更を可にしているんだよ。辞退して権利を他人に譲るか、あるいは同じように相手のいない同類を探し出して、互いに悔し涙を流しながら踊るか。それもまた楽しみ方のひとつなんだそうだ」


 なかなかシビアだな。四人応募してボク一人だけが当選したら迷わず辞退だ。相手なんか見付けようがないからな。


「で、君たちもハピダンに応募するつもりなんだね」

「ハイ。この四人で応募すれば当選確率も上がるはずデス。貴重な青春の思い出作りを致しマショウ! ヒフミ君、アオイさん、よろしいデスネ」

「ああ。当選するかどうかわかないけどな」

「私は……遠慮したいわ」


 驚いた。いつもハッキリと答えるアオイさんにしては珍しく歯切れの悪い口調だった。ボクだけなくディアもトウノも同じように驚いた顔をしている。


「どうしてデスカ。年に一度のイベントなのデスヨ。参加して楽しみマショウヨ」

「私からも頼むよ、アオイさん。四人で応募すれば一人くらいは当選できそうだからね。私を当選させるために君も応募してくれないか」


 ディアもトウノも勝手な言い草だなあ。特にトウノは酷い。


「衆人環視の中で男子とダンスなんて、恥ずかしくてできないわ。それに希望する男子なんていないもの」

「ヒフミ君でいいではないデスカ。中学の時からの友人なのデショウ。ある程度気心だってわかっているハズ。ヒフミ君の名を書いて応募してくだサイ」

「私はよくても、ヒフミ君がどう思うか……」

「ヒフミ君は大歓迎に決まっていマスヨ。だって中学の時からアオイさんが好……」

「ディア!」


 大声でディアを制する。こいつ何を言い出すつもりなんだ。


「もうやめろよ。アオイさんの気が進まないのなら無理強いすることはないだろう。ハピダンについては諦めよう。ディアもトウノとダンスをするなんて考えは捨てたほうがいい」

「ヒフミ君、何を言っているのデスカ! それでは話が違いマス!」


 血相を変えてボクに食い付くディア。そうだろうな。こんな言葉を吐いてしまった自分でさえも、この心変わりに驚いているんだから。


「ふうん、なるほどね」


 トウノだけは冷静だ。まるで何もかもわかっているかのような表情をしている。


「ねえ、アオイさん。ダンスの相手は同性でも構わないんだよ。だから君はディアさんの名を書いて応募すればいい。私はヒフミ君の名を書くよ。そして当選したらディアさんと踊ればいい。どうだい」

「そうね。それなら応募してもいいわ」

「よかった。一件落着だね」


 安堵の笑顔に変わるトウノ。まだ戸惑った表情のままのアオイさん。そして親の仇にでも会ったような目付きでボクを睨み付けるディア。


(間違いなく今晩の戦略ミーティングは荒れるな)


 心の中でそうつぶやいた。

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