第三話 恋敵には塩を送れ

最大最強のライバル登場

 高校生活も一カ月が過ぎ五月になった。最近ため息が多い。


「ふあ~、これが五月病というやつかな」


 アオイさんと同じクラブに入部できて、これでボクら二人の仲も一気に進展するものと思っていたのだが、世の中、そう甘くはなかった。


「残念ながら信頼度はまだマイナスです。でも心配には及びません。休火山大噴火現象を発生させるために、これ以上の上昇は控えたほうがいいのです。現状維持でいきましょう」


 というディアの方針によって、アオイさんへの積極的なアプローチは極力控えていたからだ。しかしそれが完全に裏目に出てしまった。


「新しいステージに移行したと言っても、これじゃ以前とたいして変わり映えしないなあ」


 手芸部の活動は週一回。しかもその内容は黙々と手芸作品制作に励むだけで、部員同士の交流はほとんどない。おまけにボクは部長から厳しい編み物指導を受けているので、アオイさんと会話するどころか近付くことさえできないのだ。

 そうこうしているうちにゴールデンウィークという無駄に休日の多い時期を迎えてしまい、アオイさんとの仲はますます疎遠になってしまった。


「これはちょっと想定外でしたねえ」


 ディアもこの現状に少々焦りを感じ始めているようだ。次のステージへ進むにはボクとアオイさん二人だけの会話が必要らしいのだが、そんな時間を持てる見込みはまったくない。


「今のところ昼休みの食事時を利用するしかありませんね。適当に理由を付けて私は席を外しますから、その間に二人で親密トークに励んでください」


 二人だけになったとしても次のステージへ進めるようなお喋りができるかどうか、いささか不安ではある。しかしここは実行あるのみだ。この閉塞状況を打開するために気合いを入れてアオイさんとお喋りするとしよう。


 ゴールデンウィーク開けの昼休み。数日ぶりに登校したボクら三人は机をくっ付けて着席した。弁当を開く。ディアが目配せする。作戦発動の合図だ。が、


「失礼。私も仲間に入れてくれないかな」


 ディアが行動に移す前にその人物はやって来た。アオイさんと共にこのクラスを引っ張るイケメン高校生、我がクラスの学級委員長様である。


「いいわよ。どうぞ」


 即答するアオイさん。拒否するタイミングを失ったボクとディアは顔を見合わせた。まさに青天の霹靂だった。


(どうするディア。これじゃおまえが抜けても親密トークなんかできないよ)

(作戦中止です。ひとまず様子を見ましょう)


 キャラとプレイヤーだけが遣り取りできるゲーム内チャットを使う。これはなかなか有用で最近は頻繁に使っている。


「それでは遠慮なく。あ、この机、ちょっと借りるよ」


 誰も座っていない机をボクの横にくっ付ける委員長。その正面にはアオイさん。実にわかりやすい男だ。こいつの標的もまたアオイさんと言うわけだな。


「君は実に幸福な男だなあ、ヒフミ君。この教室で、いや学年で一、二を争う美少女二人と一緒に毎日昼食を楽しめるのだからね。その幸福、少しくらい分けてもらっても罰は当たらないよね」

「えっ、そんな美少女だなんて、褒め過ぎデスヨ、委員長サン」


 ディアのやつ、両頬を押さえて恥ずかしがっているが目は笑っていない。さすがに本命はアオイさんで、自分はそのついでに褒められただけってことに気付いているみたいだな。


「幸福? 不幸の間違いではなくて。私と一緒にいても楽しくなんかないでしょう」


 相変わらずアオイさんは辛辣だな。まあ確かに最初の頃は不幸だった。味がわからなくなるくらい胃が痛かったあの日々が懐かしい。


「またまた御冗談を。君のような美少女と食事をご一緒できるのなら、悪魔に魂を売り渡してもいいくらいだよ」


 ううっ、歯が浮きそうだ。この日本にこんな臭い台詞を吐ける男子高校生が存在していたのか。背筋がぞわぞわする。


「そうそうヒフミ君、聞いたよ。君、アオイさんと同じ中学出身なんだって。アオイってあだ名も源氏物語の葵の上から付けたとか」


 こいつ、相当アオイさんの周囲を嗅ぎ回っているみたいだな。こんな情報まで仕入れていたのか。執着度が半端ない。


「それ、誰から聞いたんだい」

「アオイさんが教えてくれたんだよ。彼女とは委員の仕事で一緒になることが多いだろう。その時に教えてもらったのさ」


 意外だった。アオイさんがボクを話題にするなんて思ってもみなかった。彼女を見ると知らん振りをして食事を続けている。


「アオイさんってね、暇ができると君のことをよく話すんだよ。中学の時は全然勉強ができなかったのに同じ高校に合格して驚いたとか、手芸部初の男子部員になったとか。君、凄いね。手芸部に入ったのはアオイさん目当てなんだろう。私にはとても真似できないなあ」

「委員長さん。下らないお喋りはそれくらいにしていただけないかしら」


 アオイさんの目が怖い。向けられているのが委員長でよかった。この眼光を浴びると味がわからなくなるからな。まだ弁当は半分くらい残っているし。


「おお、怖い怖い。それにその委員長って言い方、やめてくれないかな」

「では何とお呼びすればよくて」

「そうだな。私も君と同じく源氏物語由縁のあだ名がいいな。とうの中将なんかどうだろう」


 頭の中将……葵の上の兄か。光源氏と親友でありながら女性を巡って争ったりした男だ。設定上も委員長にピッタリなあだ名じゃないか。


「それではトウノ君、食事中のお喋りはなるべく控えてくださいね」


 アオイさんが冷ややかな声で言った。トウ君ではなくトウノ君にしたところに彼女の皮肉を感じる。


「オウ! 委員長さんはトウノ君になったのデスネ。私はディアデス!」


 いや、それはわざわざ言わなくても知っているだろう。いつも一言多いなあディアは。それにしてもアオイさんのこの冷淡な態度は何だ。少しトウノが気の毒になってきたぞ。


「ヒフミ君、君も異存はないよね」

「あ、ああ。よろしくな、トウノ」


 向こうと同じように君付けで呼ぼうかと思ったが、性に合わないので呼び捨てだ。それでも嫌な顔ひとつしない。トウノもディア同様、何を考えているのかわからないところがあるな。


「ふふ、これからお昼休みが楽しみだな。これぞ高校生の青春って感じだね」


 何を大げさな。そもそもトウノのほうがアオイさんと一緒にいる時間は長いだろう。おまえの楽しみが増えた分、こちらの楽しみは減ってしまったよ。


「本当にそうデスネ。三人で食べるより四人で食べたほうが美味しいデスからネ。あっ、トウノ君、そのおかず美味しそうデスネ。ひとつくだサイ。パクリ」


 いや、トウノの参入を歓迎しちゃ駄目だろ。ボクとアオイさんの親密トークはどうなるんだよ。しっかり問いただしてやらんといかんな。今夜は荒れるぞ。



 予想通り、その夜の戦略ミーティングは大いに荒れた。


「ディア、どうして反対しなかったんだよ。ただでさえ手詰まり状態なのに、強力なライバルが現れちゃったじゃないか」

「同じ言葉をそっくりお返しします。ヒフミ君が断固としてトウノ君の昼食会参加を拒否すれば、こんなことにはならなかったのですからね」


 うっ、いきなり反論か。確かにこちらに全く非がないとは言えないか。


「そ、それはそうだけど」

「今更あれこれ言っても仕方ありません。今考えるべきはこれからどうするかです」


 ディアにしては建設的な意見だな。普通のゲームみたいにセーブ機能があればもう一度やり直しもできるのだが、この恋愛ゲームには実装されていない。つくづく残念だ。


「わかった。過ぎたことは忘れよう。で、トウノはどうする。アオイさんを狙っているのは間違いない。あいつに勝てる見込みはあると思うか」

「ありません。トウノ君の全てのパラメーターはヒフミ君の数値を上回っています」


 ああ、そうだったな。ゲーム嫌いの猿芝居をした夜にそんな話をしたっけな。

 そもそも向こうのほうが優れていて当たり前なのだ。委員なんて本来は立候補か投票で決まるもの。しかし余程の物好きでなければ立候補なんてしないし、投票と言っても初対面同士では誰に投票すればいいのか分からない。よって一学期の委員は基本的に担任が指名する。担任は入試成績の優れた者を選ぶに決まっているので、学級委員に選出されることはクラストップの称号を得るのと同義なのだ。


「男子の一番がトウノ。女子の一番がアオイさん。どうしてこんな男子がライバルで、こんな女子がターゲットになっちゃったのかなあ。このゲーム、ひょっとしてナイトメアモードの難易度になってるんじゃないのか」

「いえ。難易度は固定です。選択できません。被害妄想は見苦しいですよ、ヒフミ君」


 そうなのか。しかしライバルを倒さない限りゲームクリアはあり得ないはず。これほどの強敵をどうやって打倒するというのだ。


「トウノ君のことはひとまず脇に置いておきましょう。幸いアオイさんはトウノ君に対してさほど好意的ではないようです。このまま二人を放置してもアオイさんがトウノ君になびく可能性は非常に低いと思われます」

「今はな。だがこの先どうなるかはわからん。こちらだって信頼度はマイナスなんだ。時間が経てばトウノへの信頼度も上昇してくるだろう」

「はい。ですからそうなる前に次のステージへ進むのです。ステージを上がれば上がるほど休火山大噴火現象は起きやすくなります。一発逆転を狙うにはこの方法しかありません」


 ふむ、さすがはゲームプレイヤー。必勝法も熟知しているわけか。


「で、どうやって次のステージへ進む。何か作戦はあるのか」

「二人だけの親密トークが可能な場所を探しましょう。授業中の教室は無理。週に一度の手芸部部室もダメ。お昼休みはトウノ君によって潰された。どうやら学校の中には存在しないようですね」

「となると学外か」

「はい。ここで第二の指令を発動します!」


 自信たっぷりに第二指令を命ずるディア。命じられたボクの心は一気に重くなった。それは第一指令と同じく極めて遂行困難なクエストに思われた。

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