男子禁制ではありませんが女子ばかりです
木曜日の放課後、ボクとディアとアオイさんの三人は第二校舎四階にある家庭科室の前にいた。さすがに緊張する。しかしここまで来たら後には引けぬ。覚悟を決めて引き戸を開ける。
「こんにちは。このクラブへの入部を希望いたします」
室内の視線が一斉にこちらへ向けられた。調理台を兼ねたテーブルがずらりと並んだ室内には、十人ほどの女子生徒が椅子に腰かけている。その中の一人が立ち上がった。部長のようだ。
「ようこそ。三人とも一年生? 入部届は持って来た?」
「はい。どうぞ」
最初にボク。続いてアオイさん。最後にディア。部長は一枚ずつ丹念に確認した後、はっきりとした口調で言った。
「はい。確かに受け取りました。手芸部へようこそ」
手芸部……その単語を聞いただけで頬が上気するくらい恥ずかしくなる。先日、放課後の校門前でアオイさん部活動参加決定の朗報を受け取った時もそうだった。
「なんだって。アオイさんが入部したのは手芸部なのか」
「はい。私と二人で決めマシタ」
悪夢だと思った。このボクに編み物や裁縫やぬいぐるみ作りをやれと言うのか。女々し過ぎる。男子としての面目丸潰れではないか。
いや、別に針仕事は女子の仕事だと決め付けているわけではない。織布や和紙や組紐を使った伝統工芸は職人の手によって今に伝えられているのだ。その担い手の多くは男性だ。高校生男子が手芸部に入ったとしても何の不思議もない、と頭ではわかっているのだが気持ちはわかってくれない。
「どうして手芸部にしたかと言うとデスネ……」
「いや、その続きは家で聞く。少し気持ちを整理したいんだ」
その後は無言で駅まで歩き、車窓を眺めながら電車に揺られ、腹八分目に夕食を済ませ、風呂でじっくりと体を温め、ようやく気持ちの整理がついたところで戦略ミーティングの時間となった。
「では伺おうか。アオイさんが手芸部を選択した経緯を」
「はい。実に単純明快な理由です」
ディアの話によるとこんな状況だった。本日のアオイさんは教室の掃除当番。清掃が終わるのを廊下の片隅で身を潜めて待っていたディアは、掃除を済ませたアオイさんが廊下に姿を現わした瞬間、抱きついて懇願したのだ。
「お願いしマス、アオイさん、私と一緒に部活動に参加してくだサイ」
「えっ、でも前にも言ったように、私、副委員長で忙しいし……」
「ありマス。副委員長の仕事をしながらでも続けられるクラブがきっとあるはずデス。一緒に見付けマショウ。探しマショウ。OKと言ってくれるまで放しマセン」
「仕方ないわね」
根負けしたアオイさんは教室に戻って、ディアと二人で部活動案内小冊子を物色。その結果、手芸部こそが最適と結論付けたのだった。
「まず文科系であることが絶対条件です。体育会系は朝練とかありますからね。そして活動日が少ない、もしくは全然顔を出さなくても活動できるクラブがいいです。最後に男子が少ない、もしくはひとりもいないクラブがいいです。この条件に当てはまるのは手芸部しかありませんでした。活動日は週一回木曜日だけ。裁縫仕事は家でも教室でも可能なので、わざわざ部室へ行く必要はありません。そして部員は全員女子です」
実に納得のいく理由である。これでは異議を申し立てることもできない。それにディアが体を張ってようやくアオイさんをその気にさせてくれたのだ。文句などを言っては罰が当たる。
「そうか。本当にご苦労だった。本来ならゲーム内のキャラである自分がやらなきゃいけない仕事だったのに、余計なプレイをやらせてしまったな」
「能力値の低いキャラを選択してしまいましたからね。これもゲームの醍醐味ですよ。馬鹿な子ほどカワイイって言うでしょう。低レベルなキャラほどプレイヤーは燃えるのです」
ああ、わかるぞ、その気持ち。高レベルのキャラを使ってクリアするより、低レベルのキャラでクリアしたほうが、段違いの達成感を味わえるからな。
「よし。次の木曜日は三人で手芸部へ乗り込もう。新しい高校生活の幕開けだ」
こうしてボクたち三人は本日家庭科室へ足を運ぶことになったのである。部長に手渡した入部届は、現在、他の部員たちが順番に閲覧している。
「さてと、では手始めに三人の簡単な自己紹介をしてもらえないかしら」
部長の言葉を聞いてディアが直ちに反応した。
「お任せくだサイ。私はディア。イギリスから来マシタ。現在、従兄の家に御厄介になっていマス。こちらアオイさん。我がクラスの副委員長デス。そして最後はヒフミ君。座席は私とアオイさんの間にありマス。ちなみに将棋は全然強くないそうデス」
どうして他の二人の紹介までするんだよ。出しゃばり気質は相変わらずだな。
「おい、ディア。自己紹介は自分だけでいいんだぞ」
「えっ、でも三人の紹介って言われマシタよね」
とぼけているのか、それともわざとやっているのか。どうにも掴みどころのない娘だ。
「別に構いませんよ。ひとりがまとめて三人分紹介しても。でもひとつ教えて。ディアさんはわかるけど、アオイさんとかヒフミ君って何。入部届に書かれた氏名とは違っているわよね」
「あ、それはあだ名デス。副委員長は源氏物語の葵の上に似ているからアオイさん。従兄君は将棋が全然できないからヒフミ君。あれっ、何だか変ダナ」
「馬鹿、それじゃ理由になっていないだろう。すみません。本当の理由は幼稚園の頃、ボクが数を数える時は必ずひいふうみいと言っていたからです。将棋は関係ありません」
「あっ、そうでシタ」
キャラの識別名char一二三号から名付けられた、なんて言えないからな。ここは適当にごまかしておこう。
「ああ、本名ではないのね。あだ名はあまり好きではないけれど、あなたたちが呼び合う分にはかまわないわ。それではこちらも自己紹介するわね。私は部長の
それから手芸部の皆さんの自己紹介が始まった。と言っても名前と学年だけの単純なものだ。たまに好きな手芸の種類や製作中の作品について話す生徒もいたが、まるで興味のない話題なので聞いた途端に忘却の彼方である。
「部活動紹介の小冊子にも書いてあるように、活動は基本的に木曜日だけ。もちろん毎日顔を出してもいいし、活動日に来なくても構わないわよ。手芸なんて場所を選ばずどこでもできますからね。ただし、文化祭までに必ず一作品仕上げること。これだけは守ってちょうだい」
「はーい!」
手を挙げて返事をするディア。手芸の作品か。雑巾くらいなら作れるかな。手芸として認めてくれるかどうかはわからないが。
「それからもうひとつ訊かせて。三人とも入部の動機は『手芸に興味があるから』になっているけど、手芸の経験はどれくらいあるのかしら」
「全然ありマセーン!」
真っ先にディアが返事をした。威張って言うようなことじゃないだろ。
「私はパッチワークのミニポーチを手作りしたことがあります」
おお、さすがはアオイさん。思った以上に女子力は高いみたいだな。
「えっと、ボクは家庭科の授業で裁縫を習ったくらいです」
ここは見栄など張らず正直に答える。絶対にどこかでボロが出るからな。
「わかりました。うちは初心者大歓迎です。ディアさん、先輩の皆さんに色々教えてもらえばすぐに上達しますよ。頑張ってね」
「はい。頑張りマス!」
「それから、ヒフミ君、だったかしら。悪いけど現段階ではあなたの入部は認められないわ」
「へっ?」
聞き間違えたのかと思った。耳の穴をほじってから訊き直す。
「失礼、今、何とおっしゃったのですか」
「あなたの入部は認められないと言ったのです」
いきなりの入部拒否宣言。これにはボクだけでなくディアも驚いたようだ。
「な、なぜデスカ。これでもヒフミ君は手先がすっごく器用なのデスヨ」
いや、どちらかと言うと不器用だぞ。あんまりいい加減ことを言うもんじゃない。墓穴を掘りかねん。
「器用かどうかは関係ないの。彼が男子生徒であることが問題なのよ」
「どうしてデスカ。入部案内には男女に関する制限は書かれていませんデシタヨ」
「そうね。男子の入部を禁じてはいません。でもね、ここはホラ、女子部員しかいないでしょう。だから毎年良からぬ考えを持った男子が入部届を持ってきたりするのよ。高校生活三年間を女子生徒に囲まれて過ごしたい、そんな邪悪な野望に染まった男子生徒がね、必ず一人は家庭科教室の戸を叩くのよ」
「ヒフミ君はそんな人間ではアリマセン!」
キッパリと否定するディアではあったが、そんな考えを本当に微塵も持っていなかったのかと問われると、正直つらい。こちらも年頃の男子だからな。ちょっとだけハーレムな空想を抱いてはいた。すまんディア。
「あなたの言葉を信じたいのは山々だけれど、無条件で受け入れるわけにはいかないわ。目に見える形でそれを証明してもらいたいの」
「と言いますと?」
訊き返したボクに向かって糸車部長の有無を言わさぬ命令がくだされた。
「次の木曜日までに手芸作品を手作りして持参してください。未完成でも構いません。言っておきますが雑巾のように手軽にできる作品ではダメです。もちろん他人に手伝ってもらうのもダメです。持参した作品を部員全員で審査し、さらにこちらが課した実技試験をクリアできれば入部を認めましょう。これが男子生徒入部の条件です」
「作品提出と実技試験、ですか」
これは厳しいな。しかも期限は一週間か。遊び半分の男子が合格できるとはとても思えない。どうりで女子しかいないわけだ。
「フフン。そんなのお安い御用デスヨ。ヒフミ君なら簡単にパスできるはずデス」
だから安請け合いはやめろって。こっちは手芸の経験なんかないんだぞ。小学校の時に購入した裁縫セットってまだあったかな。
「ちなみに、これまで入部試験に合格できた男子生徒って、どれくらいいるんですか」
「私は一年の時から在籍していますが、入部を希望した男子生徒の中で一週間後に作品を持参した者は一人もいませんでした。過去の部誌を読んでみたら十五年前に一人だけ、作品提出をして実技試験を受けた者がいたようです。もっともその男子生徒は不合格でしたけどね」
やる前から結果は見えているじゃないか。この恋愛シミュレーションゲーム、難易度が高すぎるんじゃないか。この辺でゲームオーバーにしたくなってきたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます