第421話 生涯最高にして最低の夜篇⑫ さようなら好きになったヒト〜顕現・今世紀最高のド修羅場!

 * * *



 心深が――というよりフェス参加者たちに用意されたホテルは、市内でも指折りの高級ホテルだった。


 最上階には夜景を楽しめるラウンジバーがあり、他のフロアにはフィットネスやスパなどもあるという。繁華街にも近く、交通の便も良い。まさに五つ星のホテルと言えた……。


 などといらない情報を挟むことで僕は心を落ち着かせる。

 ホテルの屋上でビュービュー吹き荒れる札幌の氷雪で頭を冷やす。

 強い風に吹き付けられ、体感温度はすでにマイナスになっている。


 電話の様子は一刻を争うようだった。

 だがそれでも、僅か一分ほどの時間を費やし、努めて自分を取り戻す。


 そうしなければ例えば――心深の部屋に見知らぬ男の姿でも認めた瞬間、その相手を殺してしまう確信があったからだ。


 ただでさえ新婚旅行のため、ストッパーとなる真希奈がいないのだ。

 僕は今、この地球上で最も危ない男かもしれない……。


「ふう……」


 吐き出した息が白く烟り、長く長く尾を引いていく。

 それが消えるのを見届けてから、何の気なしに足を踏み出す。


 ふわっと浮遊感。屋上からのダイブ。

 ズシン、とホテルの正面玄関前へと降り立つ。


「ん?」という顔でドアマンが僕を見て目をしばたたかせる。

 注意を払っていた視界の中に突如として現れ、なおかつ、その格好は寒冷地にふさわしくない常夏の格好だったからだ。


「お客さ――」


 開きかけた口を眼光だけで黙らせる。

 ビクっとひきつけを起こし、ドアマンは硬直して動かなくなった。

 同じく腰を浮かしかけたフロントも視線だけで封殺する。

 人気もまばらなロビー内を突っ切り、僕はエレベーターへと乗り込んだ。


 心深とマネージャーさんが滞在するフロアは高層階だ。

 夜の中をエレベーターが登っていく。


 ゆっくりとした昇降に、冷めかけたはずの脳髄が再び煮え立ち始める。

 腹の底から熱いものが湧き上がり、僕はゴクリとそれを飲み下す。

 ポーンという到着音と共に吐き出した吐息は、モノの例えではなく火傷しそうなほど熱いものだった。


 目的の部屋の前。ドアノブに手をかけ、ノックもなしに押し開ける。

 ミシっとノブが変形したが知ったことではない。


 二十畳はあるだろう、広い室内は暗かった。

 夜景の光が窓から注ぐ以外は、ベッドサイドの小さなランプが灯っているくらいだ。


 僕は僅かに溜飲を下げる。

 とりあえず第三者の気配はない。

 ホッと息を吐き、大きな声で呼びかけた。


「心深、無事か!?」


 対人トラブルではないというなら、急な病気か怪我か。

 ポケットの中に入れたままにしている治癒石。

 恐らく瀕死の重傷であっても生きてさえいるのなら快復可能な特大石である。

 汗ばんだ手のひらでそれを握りしめていると――


「ここよ」


 背後からの声。

 澄んだ湖面が波紋を立てるような凛とした声だった。


 急ぎ振り向いた僕の目に白いものが飛び込んでくる。

 暗闇の中に心深が立っている。

 頭からスッポリとシーツをかぶり、その表情は見えない、と――


 ファサッとシーツが落ちた。

 現れたのはまたしても白。


 心深の素肌。

 一糸まとわぬ裸体を晒し、心深が闇の中に立っていた。


 僕は一瞬、目をそらしかけたがグッと堪える。

 逆に、今度は挑むように心深の裸を凝視した。


「――ッ」


 僕の視線を受けてか、心深が小刻みに震える。

 さああっと、首筋から胸元にかけてが桜色に染まっていく。


 そのさまは、ただただ美しい。

 基準がわからないが、同年代の平均よりもずっと女性らしい魅力に溢れているのではないか。


 ふたつの膨らみは、水蜜桃のように瑞々しいハリに溢れ。

 腰はきゅっとくびれて、腹筋などは程よく引き締まっている。

 お尻は大きすぎず小さすぎず、太ももから足首までのラインは、男の理想とも言える完璧な曲線を描いている。


 と、再び心深の顔を見れば、羞恥に耐えられなかったのか、顔を赤くして固く目を瞑ってしまっていた。


「無事、なのか……」


 彼女が怪我や病気をしていないことは明らかだった。

 僕の言葉にピクンと肩を震わせた心深は、ゆっくりと瞼を開ける。

 その表情はずいぶんと不満そうだった。


「あんたさ、裸の女の子を目の前にして、もっとこう他になにかないの?」


「は?」


 心深の裸身の美醜はともかくとして、元気そうで僕は安堵した。

 だがそうするとますます解せない。あの電話は一体なんだったのだろうか。


「おまえ、一体なにがあったんだ。マネージャーさんから連絡があって……マネージャーさんはどこだ?」


 改めて気配を探るが、僕ら以外には誰も居ない。空調によるものだろう、ゴウン……という小さな振動音が室内を満たしている。


 心深は自分の胸を隠しながら、焦れたように言った。


「マネージャーはさっきの便で東京に帰ってもらった。今ホテルにいるのは私とあんただけよ」


「はあ? すぐに来いって言われて、僕はてっきりおまえが怪我とかしたんじゃないかと……」


「違う。さっき私の身体をジロジロ見てたみたいに、もう一度確かめてみればいいじゃない」


 言いながら心深は己の肩を抱き身体をよじる。

 胸の谷間ができ、お尻と太ももが強調される。

 やっぱりなんでもなさそうだ。


 心深はチラチラと僕を見つつ俯いて、やがて何かを決意するように頷くと、胸元を隠していた腕を後ろへと回した。すると、少女らしい透明感のある突起がふたつ、顕になる。


 心深はまるで全てを委ねるかのように目を閉じ、つっと顎を反らして胸を突き出してくる。シミも汚れも何一つ無い、まさに生まれたままの姿だった。


「……ッ、どうなのよ。いい加減何か言ってほしいんだけど……」


「いや、どうって。その、とりあえずは無事なようでよかった」


「そ、それだけ?」


「それだけって……いい加減なにか着てくれ」


 顔を逸しながらそう言うと、心深は何かショックを受けたように目を見開き、呆然とした。


 僕は彼女の足元のシーツを拾い上げると、それを肩からかけてやる。

 だが彼女は僕の手ごとシーツを振り払うと、裸のまま抱きついてきた。


「んッ――おまえ」


「――まだ」


 性急に唇を求められる。

 引き離そうとする僕に負けまいと心深が首に腕を回してくる。

 僕に全体重を預けぶら下がったまま、貪るように口を啄んでくる。

 勢いがつきすぎてガリッと、唇が噛み切られた。


「いい加減にしてくれ」


 口を拭いながら、焦りと怒りを顕にし、僕は心深の身体を押し返した。

 手のひらが彼女の乳房に深く埋まったが、遠慮している場合ではなかった。


「もう一度言うぞ、僕はおまえが大変だっていうから来たんだ。違うようなら帰る」


 愛しいヒトたちとの大切な夜を放ってきたのだ。

 その怒りと苛立ちを心深を襲う何者かにぶつける目論見は外れた。


 心深自身に重大な怪我や病気があるというなら我慢することもできる。

 だがそのどちらでもないというのなら、無駄足と時間の浪費に目の前が真っ赤になりそうだ。


「ダメ、行かないで!」


 絶叫に近い心深の静止。

 そして女だてらにどれほど力を振り絞ったのか。

 踵を返そうとする僕は、全力でぶつかってきた心深に押し倒された。


「どこにも行かないで! ずっと私の側にいてよ! お願いだから……!」


 僕の上に馬乗りになった心深がポロポロと涙を流している。

 窓から差し込んだ夜景の淡い光と、ルームランプの頼りない灯りだけが彼女をぼんやりと浮かび上がらせている。


「おまえ……、やっぱり全部ウソだったのか」


 もしかしたらと思っていたことを問う。

 心深はしゃくりあげながらコクリと頷いた。


「あんたが悪いんだから……、私の着信無視したままずっと帰ってこないから、だからマネージャーに頼んで……」


 一芝居打ってもらったの、と心深は告白した。


 まんまと騙されてしまった。もしかしてマネージャーさんも演技経験者かな。

 などということを思っていると、心深は僕に馬乗りになったまま、僕が着ているかりゆしのボタンを外していく。


「おい、やめ――」


 胸元をはだけた瞬間、息を呑む声が聞こえた。

 いつかのラブホテルのときのように暗澹あんたんたる気持ちになる。

 僕の身体に刻まれているのは醜い傷跡だ。


 それは拷問の疵だったり、テロリストと戦ったときのものだったり、水精の蛇に貪り食われた跡だったりする。


 半袖から露出した腕の傷くらいなら誤魔化せるが、特に首から下、胸元から腹にかけて、肉を掘り返して焼き固めたようになっている。


 特に僕がまだ人間だった頃や、不死性が失われていたときの傷はしっかりと残っていた。


 ラブホテルでは心深は僕のこの傷を――今よりもずっと生々しく、おぞましい死臭が漂っていた頃のものを見て吐いてしまっているのだ。今また目の前で同じことが起きるのかと思うとげんなりしてしまう。


 だが――


「怖くないよ。言ったでしょう、あの時は突然でビックリしただけだって……」


 やや声を上ずらせながらも、心深は落ち着いた様子で僕の胸元を優しく触れている。赤ん坊の頭を撫でるよう、どこまでも自愛に満ち、包み込むように。


 実際にはゴツゴツどころではない、おろし金に触れているような手触りのはずだが――


「ホントだよ。こんなこともできちゃうんだから……」


「お、おい……!」


 ピチャっと、淫靡な音がした。

 僕の胸元に顔を寄せた心深が、僕の身体に舌を這わせたのだ。

 ぺろ……ぺろっと慣れていないことがわかる、拙い愛撫だった。


「……あのときのこと、ずっと後悔していたの。なんであのとき私は、こんなになっちゃったあんたのこと、ちゃんと受け止めてあげられなかったんだろうって」


 懺悔のつもりなのだろうか。

 心深は自分の舌を使って僕を慰めようとする。

 痛ましいくらい動物的な本能に根ざした愛情表現だった。


「もういい、わかったから。やめてくれ」


 僕は身体を起こしながら、手を伸ばしてシーツを手繰り寄せる。

 それを肩にかけてやりながら心深と向かい合う。


 綺麗な涙に濡れた、裸の女の子。

 僕の幼馴染で、今は大きなステージにも上がれるアイドル声優。

 ニートだった頃の僕なら眩しすぎて、まともに顔すら見られなかっただろう。


「おまえの気持ちは十分伝わった」


「ほ、本当? あんたみたいな鈍感ひねくれ元ニートにもちゃんと伝わった?」


 あんまりな言い草だと思うが自業自得だと諦める。

 そして次の台詞をはっきりと口に出すのはものすごく勇気がいった。


「その、前々からのおまえの行動やら、昨日今日の態度を鑑みるに、えっと………………綾瀬川心深は僕のことを好きってことでいいんだよな?」


「は? 何いってんの?」


 途端剣呑な表情で心深がメンチを切ってくる。

 嘘、違うの!? だとしたらものすごく恥ずかしい。

 はしごを外された気分だ……。


「好きじゃない…………もうずっと昔から大好きだったの」


 心深は甘く囁くと、チュッと軽く触れるように唇を吸ってきた。

 さらにキスの雨を降らせようと顔を近づける彼女の肩をガシッと抑える。


「そうなのか……いや、実は中学に入ったくらいのときから、そうなのかなーとはちょっとだけ思っていたんだが」


「そんな昔から気づいてたならとっとと告白してきなさいよ!」


 元ニートにそれはハードル高すぎるんだってばよ。


「無理に決まってるだろう。プロの声優としてどんどん大人の世界に入っていくおまえに、僕みたいなのが近づいちゃダメだって、むしろそんな風に思っていたぞ」


「バカじゃないの!? こっちはあんたと釣り合うためにいろいろ頑張ってきたのに!」


「僕と? どういう意味だ?」


「…………」


 心深が言うところによれば、子供の頃から己を曲げず、自分の意を貫き通す僕の姿に憧れていたそうな。そしてそんな確固たる己の世界を持つ僕が孤高に見えたという。


 そしてそんな僕に近づくために彼女自身も、自分だけの世界を持とうと頑張り始めたのが演技の世界だった。中学くらいからは声優に挑戦し、そちらの仕事がどんどん増えていく度に僕へとアピールを繰り返していた。


 どう、あんたの女はどんどんすごくなっていってるわよ。

 誇らしいでしょう? 嬉しいでしょう?


 みんなに注目される綾瀬川心深は全部あんたのものなのよ。

 だからいつでも告白してきなさい――と。


「いや、そんな風に思うわけないだろ!」


「思いなさいよ! あんた以外の男子はみんなそう思っていたわ! 心の中で私のことメチャクチャにする妄想をしていたはずよ!」


「それはさすがに暴論過ぎる!」


「うるさい! 意気地なしのヘタレ! ひねくれ童貞ニート!」


 もうなんとでも言ってくれ。

 その罵詈雑言が逆に心地良いぜ。


 お互い半裸と全裸で対面座位的に向かい合いながら息を荒げる。

 僕は一旦深呼吸すると、気持ちを落ち着ける。

 そして改めてすぐ目の前にいる女の子を真摯に見つめた。


「告白するのが遅れて悪かった。僕もなおまえのことが好きだったよ・・・・・・


 心深が、一瞬喜びの表情を作り――凍りつく。

 ギギギっと油が切れたみたいに首をかしげた。


好きだった・・・・・・?」


「ああ、そのキツイ性格は苦手だったけど、普通におまえのことは好きだったと思う」


「今は、違うの?」


「わかるだろう?」


 いや、こういう言い方は卑怯だ。

 もっとしっかりと、偽らずに告げるべきなのだ。


「僕な、実は………………結婚するんだ」


 凍りついていた心深の表情がみるみる強張っていく。

 皿のように見開かれていく両目には、溢れんばかりの涙が湛えられていた。


「やっぱり……エアリス先輩と?」


「エアリスだけじゃない。セーレスともだ」


 心深が歯を食いしばった。

 大粒の真珠みたいな涙が千切れ、次の瞬間僕の目の中で星が散った。

 いい右を持っている。世界が狙えるだろう。


「どうしたら……よかったのよ……、ねえ教えてよ……私はどうしたらよかったの?」


 歴史に『ifイフ』などない、という言葉があるが、起こってしまった事象の積み重ねが現在を形作るのだから当たり前のことだ。


 そして、僕たちが今こうして歩み寄り、お互いの偽らざる気持ちを告げ合うことができたのも、起こってしまった事象から導かれたひとつの結末にすぎない。


 つまり、現代ではどうしようもなかったクソみそニートだった僕が、異世界で人間を辞めることでようやく精神的にも成長することができた、ということだ。


 この過程を経ることなくして、僕は綾瀬川心深の気持ちには気づかなかったし、こうして彼女の気持ちをおもんばかることもなかっただろう。


 だがしかし、それは綾瀬川心深にとっては不幸でもある。

 僕が彼女を受け入れられるまでに成長するためには、彼女以外ふたりの女性と気持ちを通じ合わせる必要があるからだ。


 僕に初めての感情をくれたセーレスと、ずっと側で心を支え続けてくれたエアリス。


 もし異世界で目覚めず、ずっとニートだったら、僕と心深は決して交わることのない平行線を続けていたはずだ。


 いや、心深の猛烈なアタックに負けて、僕はきっと自らの死を選んでいたはずだ。それくらい最悪な形で僕はひねくれていた。


「大丈夫だ。おまえはみんなの人気者なんだから、僕なんかよりずっといい男と出会える」


「いないもん、私がここまで本気になれる男の子なんて、あんた以外いないもん……!」


「今はそう思えるかもしれないけど、時間が経てばきっと気持ちも落ち着くはずだ」


「時間が経てば経つほどもっと好きになるもん! 絶対他の男なんか好きにならないから……!」


「僕みたいな薄情者のことは早く忘れて欲しい。演技派のおまえなら、きっとこの失恋を糧に成長していけるはずだ」


「忘れられるはずないでしょう! あんたみたいな大馬鹿野郎、忘れられるわけがない……! あんたが側にいてくれないと、声優続けていく意味なんてないよ……!」


 涙ながらに切々と訴える心深に胸が傷まないと言えば嘘だった。

 隙あらば僕に抱きつき、縋り付いてこようとする彼女を、僕は制し続ける。


 こればっかりは仕方がない。

 いい思い出で終わるつもりなどない。

 誰も傷つかない失恋がないように、僕のことは憎んでくれてもいい。


 だけどどうか、つまづいても立ち止まっても、いつかまた声優の仕事はして欲しいと思う……。


 僕は振り払うように心深の肩を押す。

「あッ」とカーペットの上を滑っていく彼女に背を向けると、急ぎ聖剣を引き抜く。


 切り取った空間に極彩の『ゲート』が出現すると「さよなら!」と叫びながら身を投じた。


 そうして僕は沖縄のホテルへと帰還する。

 どうやらホテルのロビーへと続く玄関前に出現したようだ。

 極寒だった北の大地に比べると、夜でも沖縄は過ごしやすい。

 僕は部屋で待ちぼうけているだろうふたりの元へと歩き出す。


 心深の気持ちを切り捨てて、僕はセーレスとエアリスを選んだ。

 ならばこそ、僕はふたりを愛し、幸せにしなければならない。


 図らずも心深を振ったことで、僕の中にあった浮ついた気持ちは消え、深い愛情が溢れてきた。


 もう迷わない。

 もう躊躇わない。

 僕はセーレスとエアリスと愛し合うのだ。


「ふたりとも、待たせてごめん……!」


 扉を開け放ち、室内に入るなり、セーレスとエアリスに告げる。

 ふたりは送り出してくれたときと変わらずキングサイズのベッドの上で盃を傾けていた。


 アルコールのせいで上気した肌。

 赤くなった顔で僕を見つめる。

 そして、カクンと首を傾げた。


「おかえり、タケル……」


「ああ、ただいま」


 セーレスに頷く。


「綾瀬川は、その、大丈夫だったのか?」


 エアリスの問いに、僕はぐっと詰まった。

 今はその名前を聞くだけでも辛い。

 でもちゃんと答えなくては。


「ああ、本人は至って元気だった。でも、結局は辛い思いをさせてしまった。こればっかりはどうしようもない。きっとあいつは大丈夫だ……」


 そう大丈夫だ。

 そうなのだと信じたい。

 心深は強い女の子だ。

 僕の前で弱音を吐いても、周りの支えできっと立ち直れるはずだ。


 エアリスはキョトンとしたあと「ふむ……」と呟き、視線を僕から僕の背後へと移す。そしてしきりに瞬きをしながら言った。


「本人の顔を見る限り、とてもそうは見えないのだが……」


「え………………えッッッ!?」


 後ろを振り返って飛び上がった。

 そこには、シーツを被ったミノムシみたいな心深が立っていた。


「お、おま、どうして……!?」


 まさかまさかまさか――――飛び込んだというのか、あのヘンテコ極彩空間の『ゲート』に!?


 恐らく別の宇宙に繋がっているだろう超常空間に、その格好のまま身を投じたのか。僕を追いかけるためだけに……!


「なる、ほど……着ている服の特徴からそれっぽいと思ってたけど、そういうことだったんだ……」


 シーツと前髪の奥から、全裸の心深が仄暗い瞳を向けてくる。

 僕は背筋が泡立つのを感じた。


「…………今夜は、三人の初夜なのね」


 そのとおりでございます。

 そしてどうか、帰ってください。お願いします。

 声にならない声で、僕は内心そう叫ぶのだった。


 続く。

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