第418話 生涯最高にして最低の夜篇⑨ 精霊魔法使い様が水着に着替えたら〜ダブルブッキングを乗り切れ!
* * *
いつも見ている空と違う。
15年間見上げ続けていた東京の空とも、今や自分の故郷となってしまった異世界の空とも……。
白浜の前に広がるディープブルーの海と、その上にどこまでも広がるスカイブルーの空。照りつける太陽は真夏のように強く暑く、季節外れの日差しが注いでいる。
「うわあ、私達以外誰もいないよ……!」
そこはまさに穴場と呼ばれるビーチであり、シーズンを外れていることからも泳いでいるものは皆無だった。
「ふむ。身内以外に肌を晒すのは嫌だったが、これならば問題なさそうだな」
小高い防波堤から石段を降りて小さなビーチへと降り立つ。
セーレスとエアリスは、それぞれパーカー姿であり、腿の半分ほどまでを隠せる大きめのサイズを着ている。
二時間ほど前、那覇国際空港に降り立った僕らは、送迎用のリムジンバスに乗って宿泊するホテルへとやってきた。
オリエンタルな内装が特徴的な高級ホテルであり、フロントを抜けた先には中庭のプールが出迎えてくれる。そして僕らが泊まることになる部屋にも、ベランダにプライベートプールが設置されているという……なんとも贅沢なホテルだった。
エアリスとセーレスからしても、どうやらこのホテルを気に入ってくれたようだ。
そこら中、風と水の精霊がとても元気に溢れているのが好感度高いらしい。
最初は各部屋についているというプライベートプールで泳ごうかと思っていたのだが、フロントのお姉さんに穴場のビーチを勧められた。
季節的に泳げる時期は終わってるそうだが、今日のように真夏並みに日差しが強い日は、僕らのような観光客は海に出かけることが多いそうだ。
沖縄の醍醐味は夏だと思っていたが、オフシーズンにはオフシーズンの魅力がある。特に今の季節はお祭りが多くあり、中でも有名なのは沖縄国際カーニバルだろう。国際色豊かなイベントであり、五万人が訪れる大規模なお祭りである。
最初はそちらの方にも行ってみようかと思ったのだが、普段からヒト種族や魔族種、獣人種を見慣れてるふたりには珍しいものではないだろう。ごちゃごちゃしたイベントも、却って疲れるだけかと思い、静かで落ち着いた時間を過ごして貰おうと予定を組み直したほどである。
「最近は台風も来てなかったし、晴天の日が続いてたから、海も十分泳げる水温になってるってさ」
「よし、それじゃあ泳ご!」
「そうだな。泳ぐか」
ああ、僕が待ち望んでいた時間がやってきた。
白浜の片隅に借りてきたパラソルを差し、着替えを入れたトートバッグを置き、ふたりがそれぞれ、パーカーのファスナーに手をかける。
ふたりの水着姿。
思い起こせば、セーレスと同衾は何度もしているが裸を見たことはない。
逆にエアリスのは何度かあるが、その時の僕はまだ照れが残っていたからか、まともにじっくり見たことはない。
だが今回はハネムーンである。
ホテルの台帳にだって家族と記載している。
成華タケルに成華セーレス、そして成華エアリスだ。
つまり、ここまでお膳立てをしたことで僕にようやく自覚が生まれた。
ふたりと一線を越え、身も心も一つになるための覚悟と度胸がようやく決まったのだ。
ならば水着ごときでおたおたなどしていられない。
夜にはもっとすごいことをするのだ。
いや、しなければならない。
ここまで送り出してくれた家族たちのためにも、そしてふたりのためにも。
そんな風に僕が勢い込んでいるとエアリスが呆れたように声をかけてきた。
「何を思いつめた顔をしている。……貴様、なにか私達に言うことがあるのではないか?」
「おおおっ!?」
気がつけば僕の目の前にはふたりの女神様が水着姿を晒していた。
エアリス――褐色の肌に合わせるのは漆黒のマ、ママママイクロビキニ、だと?
布面積が普通のビキニタイプよりも小さくて、ただでさえ彼女の豊かなバストを包み切れていない。ともすれば今にもこぼれ落ちてしまいそうになっている。
「な、なんだ、何を黙っているのだ。頼むから何か言ってくれ……」
僕にただ黙って見つめられているのが耐えられないのだろう、エアリスは両腕で身体をキュッと抱きしめると、恥ずかしそうに顔をそらした。
「いい……とてもすごくよく似合っていますです」
「口調がいつにも増しておかしいぞ貴様。だが真希奈やソーラスたちの意見に従ったかいはあったな」
なんですって?
少し聞いてみると、この水着をチョイスしたのは、ソーラスとアイティアだったらしい。
真希奈がネット通販で購入をする際、ソーラスたちに意見を求めると、「ここで攻めなきゃいつ攻めるんですか!」と発破をかけられたのだという。なんてこった。三人にはたくさんお土産買って帰らないと。
「むー。エアリスばっかり見てるー。タケル、私は私は?」
ぐいっと耳を引っ張られ強制的に振り向かされる。
またしても僕は固まってしまった。
なんということでしょう。
エアリスとはまた違ったベクトルで、セーレスは魅力に溢れていた。
所謂ホルターネックタイプの水着であり、胸の上部や腰回りについたフリルや前留めのリボンなどが可愛らしい。セーレスの白すぎる肌にディープブルーの水着がよく映えている。これもソーラスとアイティアが決めてくれたらしい。
エアリスのセクシー路線にセーレスの愛らしい路線。
この水着を見るためだけに僕はプール付きの高級スィートを予約したのだ。
天候に恵まれ、たまたまビーチに来ることが出来た幸運を感謝しなければなるまい。
「生きててよかった……」
「そこまで!?」
「やれやれ、本当に仕方のないやつだな」
もともとふたりには、公共の場で泳ぐなどという経験はないそうだ。
僕から事前に水着の用意を打診されていたとはいえ、正直に言えば抵抗があったという。
「確かにすごく恥ずかしいけど、タケルにだけ見せるならいいかなあって」
「貴様のそのだらしない顔を見られただけでも良しとしようか」
男なんです。仕方がないんです。
僕の助平なところも笑って許してくれるふたり。
彼女たちは精霊魔法使いとして女神に例えられたりするが、僕にとってはモノのたとえでなく、本当に女神のような存在だ。
慈しみ守り、末永く共に生きていきたい。
そんなかけがえのない存在なのだと、改めて自覚する。
「それでねタケル、水着を見せたあと、これをタケルに渡せって真希奈に言われたんだけど」
「私達で使うものだそうだが、使い方は貴様が知っているというのでな。任せてもいいか?」
「こ、これは――」
セーレスが手渡してきたのは日焼け止めオイルである。
実際、風と水の精霊に守護された彼女たちには不要のものと思われるが、ここでそれを指摘するのは野暮というものであろう。なんて素晴らしいアシストなんだ真希奈。どうしよう、とりあえず帰ったら思いっきり抱きしめてやらねば。
「わかった。これは男である僕の仕事だ。今からこれをキミたちの身体に塗る。僕の手で。隅から隅まで!」
「ええ、今ここでするの!?」
「私達の身体に塗るものだったとは……」
水着は僕に見せる限定でクリアしたが、今度はさらに難易度が高い。
他者の手で、しかも屋外で肌に触らせるという、ある意味プレイのような――いや、これはもはやプレイである。
「ふたりは嫌か。僕に身体を許すのは」
日焼け止めを塗るだけなのに、何か違う意味に取られかねない質問になってしまった。だがセーレスは恥ずかしそうに、エアリスは苦笑しながら言った。
「タケルに触られのは……全然嫌じゃないよ。本当はもっと触って欲しいの」
「私は元々貴様のものだ。今は半分セーレスのものになってしまったがな」
くそ、畜生。満額回答のさらに上を行きやがった。
ふたりの言葉に、僕の心に初めての感情が溢れる。
それは歓喜のようでもあり、醜い独占欲のようでもあり、庇護欲のようでもある。
とにかく。
僕はこのふたりのためなら神にでも悪魔にでもなれる。
必要なら殺人すら厭わないだろう。
そんな世界の命運を左右しかねないことを、僕は軽く胸に誓っていた。
さて、パラソルの下、白浜にレジャーシートを敷いて、セーレスとエアリスにはその上に乗ってもらう。
うつ伏せになって肘をつき、僕を見上げてくる水着姿の美少女ふたり。
理性が焼ききれる度、無限の魔力でそれを再生させながら、僕は口を開く。
「まずはエアリス……いや、セーレス……ふたりいっぺんに塗ろうか」
僕の助平心が天元を突破した。
セーレスとエアリスがお互い顔を見合わせ「たはは」「ふっ」と笑っている。
このイヤらしい気持ちを見透かされながらも、それを許容され受け入れられる快感たらもう癖になってしまいそうだった。
「大丈夫、優しく、優しくするからね……」
この台詞は夜まで取っておくはずが早々に使ってしまった。
自分のボキャブラリーの貧困さを呪わずにはいられない。
クタッと、ふたりの身体から力が抜ける。まるで僕に全てを委ねるように。
ゴクリと、生唾を飲み込んだときだった。
――ピリリ、と無粋なコール音が響く。トートバッグの中に放り込んでいた僕のスマホからのようだった。
「タケル?」
「何やら鳴っているぞ。貴様のではないのか?」
「……そう、ですね。そのとおりです。ちょっと待ってて」
僕はもう何度目になるのか、げんなりした気持ちになってスマホを手にとった。
案の定、画面には彼女の名前がデカデカと表示されていた。
「はい、もしも……」
『――あんたね、いつまで油売ってるのよ! もうすぐ出番なんだから早く来なさいよね!』
通話の向こうではカンカンになった幼馴染様が僕を呼んでいた。
今から来いと。亜熱帯の沖縄から亜寒帯の北海道まで戻れとおっしゃっている。
「昨晩僕が渡したペンダントがあるだろ。あれがあれば魔力が漏れることはないって言ったじゃないか!」
僕はキョトン顔のセーレスとエアリスに背を向けて、血の涙を流しながら抗議する。今はそれどころではないのだ。僕は今から嫁たちにサンオイルを塗らなければならないのだと。
『はっ、こんなアクセサリーひとつで何かしてやった気になってるんじゃないわよ。私はあんたが居ないと歌えないって言ってるの』
僕は今後のことも考えて、昨夜彼女に手持ちのドルゴリオタイトを渡していた。魔法を付加していない、ブランク状態の石であり、研磨もカッティングもしていない状態のものにヒモをつけただけのものである。
それを身に着けている限り、僕が
『あーあ、こんなに集まってくれたお客さんが可哀想だなー。肝心の私のモチベーションがだだ下がりになっちゃって歌えないなんてー』
「微妙に棒読み臭いのは気のせいか?」
『うっさいわね。いいから今すぐ来なさいよ』
「無理だ」
『無理もへちまもないの! 絶対来るの!』
もう無茶苦茶だった。
心深がどうにも幼くなってしまった感じがする。
僕がうっかり頼りがいを身に着けてしまったがために、幼馴染が幼児化するなんて誰が予想し得ただろうか。
『そういえばあんたさ、今どこにいるの。本当に近所で暇つぶししてるの?』
ギク。まさか通話越しに背後で奏でられる潮騒が聞こえるはずはないと思うが、僕の背中に嫌な汗が伝う。
「あ、当たり前じゃないか。今ちょうどお腹空いたから石狩鍋でも食べに行こうかと思っていたところだぞ」
まさか今夜のディナーはラフテーにソーキそばなど沖縄料理三昧なんです、とはいえない……。
『あんたバカぁ? ひとりで鍋つつくなんて寂しいだけでしょ。いいわ、フェスが終わったら私も一緒に食べに行ってあげる』
心深の本日のイベントは、札幌で行われているアニソンフェスのゲスト参加だ。そこで彼女の持ち歌を何曲か披露し、新しい映画の宣伝もしてくるのだという。僕が付きっきりでいなければならない理由はないはずなのに。
「おまえいい加減に――」
『あ、成華くん!?』
通話の向こうで人が変わる。
昨日出会って以来、すっかり僕を心深の彼氏と認知してしまった例のマネージャーさんである。
『お願いよ〜、早く戻ってきてぇ〜。うちの事務所の命運は心深に、引いてはキミにかかってるのぉ。キミが近くにいるだけで心深のモチベーションが上がるっていうんだから居てくれないと困るのよ〜』
ニートだった頃なら知ったことかという感じだったが、自分で仕事もするようになれば、彼女の立場にも同情的になってしまう。心深の奴め、僕が断りにくいと思って卑怯な手を使いやがる。
「あのですね、何度も言いますが僕は本当に心深の彼氏ってわけではなくて――」
『あんなチュッチュ好き放題乳繰り合っておいてそれって酷くない? もちろん心深に彼氏がいるなんて全力で隠すけど、うちの綾瀬川を弄んでるなら、顧問弁護士に相談して社会的に殺してやるから』
大人って汚い。いきなりドスを効かせた声で脅しをかけてくるマネージャーさんに僕は言葉を失った。
『ここで心深が歌わなかったら事務所も倒産。私は3歳になったばかりの娘と一緒に路頭に迷うことになっちゃう。それもこれも全部キミのせいだから』
ぐぐぐ。僕もアウラやセレスティア、真希奈という娘を持つ身。そして子供たちを東京に置いてきてバカンスをしているため、罪悪感がチクチクと刺激される。かつてこれほどまでに断腸の思いをしたことはない。本当に腸がねじ切れそうなほど悔しい。
「わかりました……すぐ行きます。行けばいいんでしょ!」
通話を終えて振り返ると、セーレスとエアリスが不安そうに僕を見ていた。
ああ、ふたりにこんな顔をさせるなんて……。
「ちょ、ちょっと僕飲み物買ってくるよ。先に泳いでてくれるか」
まさか今から妻を置いて別の女のところに行くとはとても言えなかった。
「それはいいけど、今のって誰からだったの?」
「昨夜も帰らなかったことといい、また問題を抱えているのか?」
「違う違う。たいしたことじゃないよ」
いつの間にかふたりはパーカーを身に着けてしまっていた。
その下にある素肌に触れる機会は逸してしまったが、それでもふたりには羽を伸ばしてほしい。
「大丈夫、すぐ戻るよ。この後もふたりのために色々考えてるから、楽しみにしててくれ」
そう言って僕は走り出す。
音も姿もなく石段を駆け上り、ホテルのスイートルームに戻ると、昨晩、羽田空港で買ってもらったスーツに着替える。沖縄の陽気にこのスーツ姿は暑かったが、これから向かう先に比べれば寒いくらいだ。
「聖剣よ」
心の鞘から刃を引き抜くと、部屋の中それを大上段から振り下ろす。
空間が極彩に切り取られ、異界に繋がる門が口を開いた。
僕が沖縄から北海道までノータイムで移動するためにはこのチート・スキルを使用するしかない。今朝方も札幌のホテルから羽田空港まで戻り、セーレスとエアリスと合流し飛行機に搭乗。実は機内からもトイレに行くふりをして札幌まで戻ったりもしていた。
七色の極光を放つ『ゲート』に身を投じる直前、そういえば――と昔読んだ古い漫画を思い出す。その漫画の主人公もふたりのヒロインとデートがブッキングしてしまい、自身の超能力を駆使してふたりの間を行き来していた。
「今の僕は優柔不断じゃないんだけどなあ……」
あくまで心深にあるのは義理人情の類であり、僕の気持ちは揺るがない。
もうこれ以上彼女に時間を使うわけにはいかない。
はっきりと結婚の報告をしなければ。
その決意を胸に、僕は『ゲート』へと飛び込んだ。
続く。
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