第414話 生涯最高にして最低の夜篇⑤ 猫娘たちの異世界赤裸々トーク〜炎の精霊モリガン再び!後編
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「え――タケル様がセーレスさんとエアリスさんとお泊り?」
服を買い替え、手頃な喫茶店を見つけたアイティア――モリガンとソーラスは雑談の真っ最中だった。
「どうやらようやく重い腰を上げたらしい。なんぞ高級なホテルを予約していたぞ。昨日アイティアに見つかって白状していた」
テーブル席の対面に座るモリガンとソーラスだったが、すでにモリガンは着替え済みだった。
「ここがいい」と適当に入ったブティックだったが、一着の値段を見てソーラスは飛び上がった。ふたりの小遣いを併せても、シャツ一枚買えない値段だったからだ。
渋るモリガンを引っ張って、ようやくたどり着いた量販店で、その豊富な品ぞろえから、なんとか精霊様の眼鏡にかなう服を購入し現在に至る。
ちなみにモリガンが気に入った服はパンク系ファッションだった。派手派手なアナーキーシャツに下はホットパンツとブーツである。
最初に被っていたキャスケット帽子とのコーディネートは抜群だったが、もうそれだけでタケルからもらった二万円という予算ギリギリだった。
だというのにモリガンは鋲ジャンまで欲しがったので、ソーラスは必死に止めた。当然現在の飲食代は全てソーラス持ちである。
「ホテルって旅籠のことよね。ああ、ってことはついにお世継ぎ様が生まれるのね!?」
ソーラスは目を輝かせ、祈るように両手を組み、喜色満面に叫んだ。
ふたりの前にはチョコレートパフェといちごソースのパフェが置かれ、モリガンは手を止めることなくいちごパフェをかっ込んでいる。
「それはさすがに気が早いと思うがな。大体あの男、そういう経験があるのか?」
いちごパフェを完食したモリガンは、尊大な態度で店員を呼び、さらにアイスが乗ったパンケーキを注文する。もう一度言うが代金はソーラス持ちである。
「まっさか〜。あれほどのお力を持った方だよ。今やヒト種族からも獣人種からも、魔族種からも注目されているほどの方なのに童――――まだそういう経験がないなんてあり得ないでしょう」
パンケーキが来るまでの間、チョコレートパフェに手を伸ばすモリガン。ソーラスはパッと器を持ち上げ、ガツガツと食べ始めた。
「ちッ――さてどうかな。お主も私も手付かずというのがいい証拠ではないか。あの男は間違いなく童貞だ」
「いやでも私、撫でられただけでその、……達しちゃったことがあるんだけど?」
「なんだそれは?」
モリガンが未練たらしくスプーンを舐めていると、「お待たせしましたー、こちらキャラメルハニーパンケーキ・トールサイズになります」と店員が現れる。自分の皿に夢中になるモリガンにホッとしながら、ソーラスはパフェをテーブルに戻した。
ソーラスは語る。
一番最初にタケルと出会ったのはラエル・ティオスの屋敷にあった牢獄の中。
魔族種の少年を世話するために牢獄に入ると、少年は必死な表情で猫耳を触らせて欲しいと申し出てきた。
胸や尻ならいざしらず、猫耳を触りたいなどとは珍しいと思い、されるがままに身を任せていた。
労るようでいて探るような手付きに、ソーラスも知らない快感が呼び起こされた。それは生まれて初めての体験だった。
「何だ、お主はすでに手篭めにされていたのか?」
「いや違うって、タケル様に触られるとホント気持ちいいんだって。他の男共って自分が気持ちよくなるだけでしょう。でもタケル様は女を気持ちよくしようとしてくれるんだって。あの時も――」
それはラエル・ティオスの腹心となって一番過酷な任務のときだった。聖都御用聞きの大商会アナクシア。その正体は、聖都は愚かヒト種族の貴族や好事家に獣人種を卸す奴隷商だった。
数多くの同胞たちが聖都の中にはいたが、高い城壁に囲まれ、出入り口の限られた聖都に侵入するのは容易ではない。
そのためラエル・ティオスは自らのケモミミを切り落とし、ヒト種族の奴隷商と称してアナクシア商会と接触を図った。
結果的に売買は成立し、奴隷解放作戦を携えたソーラスたちを聖都内部へと侵入させることに成功したのだが、その時、アナクシア側の用心棒をしていたのがタケルだった。
「興味深い話だな。なんだお主、
「そこは上手くちょちょっと躱してたから! って、問題はタケル様の方なんだって!」
白昼堂々と公共の場所で猥談をしているのだが、ふたりの言語は獣人種のものであり、なおかつ見た目も美しいとあって、クレームを入れてくるものは皆無だった。ただ事あるごとに声を大きくするソーラスは注目の的だったが。
「私あんなすごいの知らなかった……!」
ラエル・ティオスが連れてきた奴隷――ソーラスたちが買い取られた理由はいくつかある。一番は初期教育をラエル側ですでに終えていたことが大きい。
ほとんどの獣人種はある日突然拐かされて無理やり奴隷に落とされる。だがそれは本当の商品価値のある奴隷とは言えない。客の前に出して恥ずかしくない礼節と言葉遣い、そして相手に奉仕するための性知識。それらを身に着けて始めて性奴隷と呼ばれるのだ。
そして性奴隷となる女はまな板の上の魚であってはならない。自ら捌かれるのを待つのではなく、捌く男を奮い立たせてこそのなのだ。
「ほう……一体何をされたのだお主」
精霊の中では一番の年長者――姿を現すようになってからは僅か数ヶ月だが、アイティアの中で共に成長したのなら15歳程度にモリガンはなっている。思春期相応にエロい話にも興味津々の様子で、パンケーキをガフガフ食べながら身を乗り出してくる。
「ラエル様や奴隷商の男もいる目の前で気をやっちゃた……手だけで」
アイティアほどではないが年相応に膨らんだ胸と、引き締まった脚、やや小ぶりだが形は自慢のお尻。それらには一切触れることなく、ケモミミと尻尾のみを手で愛撫し、強制的にイカされてしまったのだ。
「冗談だろう? そんなことがあり得るのか?」
「ホントホント! あの時の手付きが正直忘れられないもん私! 今でも思い出して夜な夜なひとりで――あ、いや」
口を滑らせかけてやめるが、モリガンはニィィっと口端を釣り上げていた。
「それはますます罪な男だなタケルとは。もしやお主、そういうことも期待してタケルの従者になったのではないだろうな?」
「うっ」とソーラスは詰まった。しばし目を泳がせてからモリガンを見るが、その目はすべてお見通しと言わんばかりに笑っていた。
「正直言えばね。毎日は無理でも、たまにお相手することは覚悟してたわ」
「はははっ、それは残念だったな。今まで一度も寝屋に呼ばれたことはないだろう。アイティアもそうだ。おそらくあの男はエアリスとセーレス以外に興味がないのだろう」
声を上げて笑うモリガンに、周りの客はビックリした目を向けるが、美少女が朗らかに笑っていて眼福としか思わなかった。
エアリスとセーレスにしか興味がない。
やっぱりそうなのかな、とソーラスは思う。
獣人種の列強氏族はもちろん、ヒト種族の王侯貴族、大商会の番頭などもそうだ。金と権力を持った男が色遊びをするのは当然のことだ。
でもタケルは違う世界からやってきた男であり、違う世界の価値観を持っている。おそらくそれに照らし合わせれば、色遊びをするという発想自体無いのかも知れない。
そして、契を結ぶのは自分の伴侶と決めた女性とだけ。その伴侶にソーラスが選ばれることだけは絶対にない。
夢にまで見たタケルの御手から直接お慈悲をもらうことは一生ないだろう。
「いんだけどねそれでも……」
溶け切って液体になってしまったパフェをかき混ぜる。すっかりぬるくなってしまっていたが、口に入れれば味わったことのない甘味が染み渡った。
今更ラエルの元に戻るつもりはなかった。
女としての幸せはなくとも、従者として、メイドとしての幸せはある。
獣人種やヒト種族を相手に大きな仕事を動かしていくタケルを側で見続けることは、己の生涯を捧げるに値すると確信している。
その手助けができるように、公私に渡ってタケルを支え、もちろんエアリスやセーレスだけでなく、やがて生まれてくるお世継ぎの乳母となる。これはこれで女冥利に尽きるというものだった。
「まあお主の言いたいこともわかる。タケルのヤツは童貞でアホだが、面白いからな。アイティアの中に閉じ込められていたときのように退屈だけはしないわ」
モリガンを殺すのに刃物はいらない。
ただタケル専用のあの黒い鎧に閉じ込めておくだけで勝手に消滅するのではないかと思う。
それくらいモリガンにとって刺激のない日々というのは過酷だったのだ。ソーラスも奴隷解放作戦に参加を志願するだけあって、危険な仕事に魅力を感じる性質でもあるのだ。
「とにかく4日後だ。グズるアウラとセレスティア、あと真希奈のヤツをなだめる仕事が待っているぞ」
「わかったわ……タケル様を煩わせないようがんばりましょう」
「それはなんとでもなる。問題はタケルの方よ。本当にあの男、あれ程の器量を持った女ふたりを同時に相手にして、ちゃんと胤を注げるのか?」
露骨な言い方に眉をしかめるソーラスだったが、案外大丈夫ではないかと思う。
少なくとも自分だけが果てて終わるような聖都の貴族たちとは違う。タケルが本気で真心を込め、ふたりもそれを心から受け止めればなにも問題はないだろう。むしろ覚醒したタケルに足腰立たなくなるまでやられてしまうがいい。
「……なにそれ羨ましい」
「なにか言ったか?」
「いや――って、アンタまだ食べるの!?」
気がつけばモリガンは再び店員を呼び止めていた。流暢な日本語でスラスラと注文をしている――と、持っていたメニューをソーラスへと差し出した。
「話し込んでいるうちにすっかり夕餉の時間だ。お主も好きなものを選べ。このハンバーグがおすすめだぞ」
「お金出すのは私でしょうが!」
文字は読めなかったが、精細な絵があるおかげで指差しでなんとか注文できた。
目玉焼きが乗っている大きなハンバーグだ。味付けが濃そうだったが、今夜は帰っても食事はない。
タケルはエアリスとセーレスと、アウラとセレスティアは朝方やってきたベゴニアいうデカイ女と、それぞれ外食をするとのことだ。ここで腹を満たしてから帰らねばならない。
「さっきの話だがな、今が狙い目だと思わないか?」
「狙い目って、なにが?」
無限に色水が湧き出る蛇口から、シュワシュワする黒い飲み物を注いできたモリガンが唐突に切り出す。ソーラスは意味がわからず首をかしげた。
「タケル様、お話は聞きました。失礼ながら寝所での女性の悦ばせ方を私の身体で練習されてはいかがですか――とな」
「なッ――!?」
そう言われれば今が千載一遇の、そして最初で最後の機会ではないだろうか。すべてが終わったあとに「今夜のことは私達だけの秘密ですよ」などと囁やけば完璧だ。
もし一発当たって懐妊したら、そのときこそ適当な理由をつけてラエルの元へ帰ろう。
そしてタケルの子供を生んで「あなたのお父様は大変立派なお方なのよ。今は会えないけれど、いつか胸を張って会いに行けるよう、お勉強をしっかりしないとね」などと言い聞かせながら女手一つで育てるのだ。
「いい。それすごくいいかも……!」
「そうかそうか。はは」
モリガンはやたら上機嫌でニヤニヤとしている。
その顔つきは不気味だったが、案外話しやすいやつかも、とソーラスは思い始めていた。
「さて、そろそろいいか」
「いいって、何が?」
「なに、先に謝っておくぞソーラスよ。すまなかったな」
「だから、何が?」
モリガンの口元は笑っているが、その目には憐憫が浮かんでいた。言葉の意味が分からず聞き返すが、ソーラスの優れた野生の勘が全力で警鐘を鳴らし始める。
「私はな、歩み寄ったのだ。この肉体の主と上手くやっていくためには仕方のないことだ。そして私が表に出て自由にしていられる時間というのは万金にも匹敵するのだ」
「えーっと、それってつまり?」
「今までの会話はすべて、アイティアに筒抜けよ」
ドッ、と汗が滲み出した。
スゥっと波が引いていくようにモリガンの髪が黒に戻り、釣り上がっていた目もトロンとよく見知った少女のものへと変貌する。
「……うふ、うふふふ」
暗闇の底から響くような笑い声だった。
周囲の客たちは「あれ、紫髪の子どこいった?」とキョロキョロしていた。
「そっか。そんなこと考えてたんだねソーラスちゃんは……」
「あわわわわ……アイティアさん、ちょっと待って……!」
可哀想なくらい震えるソーラスを、腕を組み顎をしゃくりあげながら見下ろすアイティア。似つかわしくないパンクルックスタイルだというのに、今の彼女にはピッタリの態度と格好だった。
「まさか本当に泥棒猫だったなんて。あとタケル様に触っていただいて? それではしたなくもなに? 気をやったとか私初めて聞いたんですけど? もっと詳しく教えて欲しいなあ……!」
「ひぃぃぃ!?」
アイティアの瞳の奥に、無限の闇が渦巻いているような気がして、ソーラスは震え上がった。そんなふたりのテーブルに料理が運ばれてくる。
「お待たせしました、こちらデミソースの目玉焼きハンバーグとライスセット。こちらハンバーグのカレードリアとサラダのセットになります。ごゆっくりぞうぞー」
冷え上がったソーラスの肝とは対照的に料理はホカホカと湯気を立てて暖かそうだ。
「さ、冷めないうちに食べましょう。まだまだお話しなきゃならないから、腹ごしらえしないとね」
怖い。目の前のアイティアがひたすらに。
もはやタケルへの私募は、この黒猫相手に秘めおくことは不可能と判断し、ソーラスは赤裸々に全てを語り尽くしていくことになるのだが、それは日付が変わる直前までかかり、心配したタケルが迎えにくるまで続くのだった。
本日の教訓。どんなときでも油断はしない。あとアイティアはモリガンより怖い。以上を胸に深く刻み込むソーラスなのだった。
続く。
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