第413話 生涯最高にして最低の夜篇④ 猫娘たちの異世界赤裸々トーク〜炎の精霊モリガン再び!中編
*
「なにこの男、なんて言ってるの?」
「えーっと、私達会ったことないかって」
「はあ? あるわけないじゃん。馬鹿なの?」
「そうだよねえ。誰かと勘違いしてるのかも」
「もう行こう」
車に轢かれかけたソーラスとアイティアたちの前に、突如として現れた見知らぬ男。
タイトジーンズにカットソー、上からジャケットを羽織っている。さらに首にはネックレス、腕にはゴツい時計、おまけに指輪まで装着している。
男性がアクセをする文化がまったくない異世界からやってきたソーラスとアイティアからすれば、男のくせにジャラジャラ貴金属を身に着けて非常にみっともない感じに見えてしまう。関わりを避けるよう無視するのは当然だった。
「あれあれ、聞こえなかったかな? いや絶対会ってる、ほら新宿で待ち合わせしてなかった? 六本木だったかな?」
背中を向けてスタスタ歩き出したふたりに男は追いすがる。
ソーラスは最近日本語を勉強し始めたばかり。
アイティアは精霊の翻訳機能を通じてかろうじて日常会話ができる程度。それにつけても男の言動は異常に思えてしまう。
いわゆるこれはナンパなのだが、それすらも獣人種には馴染みのない文化だった。恋とは秘めおくもの。告白とは神聖なるものであり、のべつ幕なし、誰にでも振りまくようなことを獣人種はしない。
というか係累や一族の繋がりを大切にする種族なので、ひとりが変なことをすると家族親戚全員に迷惑がかかるし、全員からいっぺんに叱られてしまうのだ。
白兎族の女の子に好きと言っておきながら、黄犬族の娘にも告白していたら、その情報は即座に共有され、一族の吊し上げを食らい、最悪は追放されてしまう。
さらに男のナンパはふたりにとっては
「どこかで会ったことない」から始まり、適当にどこか行ってそうな場所を羅列していく。残念ながら日本人でもなければ地球人ですらないふたりには縁もゆかりもない場所ばかりだった。
したがって、ソーラスとアイティアの認識は、精神異常の男から付きまとわれているというものだった。やはり無視する以外にない。
「ちょっと待ってよ。さすがにシカトはひどくない?」
しばらく歩いていると、男が前に立ちふさがった。それでも阻まれた進路を迂回しようとするふたりの前に、男は通せんぼする。
「待て、待てって。俺はお茶しないかって言ってるだけだから。そんな警戒することないじゃん」
アイティアは混乱した。
男は一言だって「お茶をしよう」などとは言っていない。
これも当然文化の違いからくる暗黙をふたりが解していないことからくる不幸だった。
「ちょっと、私達に付きまとわないでよ」
気の強いソーラスがズイッと詰め寄り男を見上げる。眉根を跳ね上げ、睨みを効かせているが、男には通じなかった。
「おっほ。綺麗なレッドブロンドだねえ。目が赤いのもカラコンかな。超似合ってるよ!」
噛み合わない。
徹底的に噛み合わない。
さらに男は「どこの国の言葉? 英語じゃないよね〜」などと言ってくる。
ふたりからすれば、怒鳴りつけたのにニコニコしている男の正気を疑った。
「そっちの黒髪の子も超レベル高いじゃん。いいよいいよ、どこでも連れてって上げるよ」
男が手を伸ばし、ソーラスの肩に触れる直前、アイティアはグイッと彼女を自分の方へと引き寄せた。
「や、やめて、ください。放っておいて」
片言の日本語。
以前のアイティアからは考えられないほど気丈な態度だったが、男はニヤリと笑った。
「なんだ、日本語話せるんじゃん。でもそんなたどたどしいと不便でしょ。今日一日俺がエスコートしてあげるから」
ついにソーラスの堪忍袋が切れた。
言葉は分からなくとも、勇気を出して断りを入れたアイティアを無視したことだけはわかる。
こんな戦闘訓練も受けていない男などソーラスの敵ではない。怪我をしない程度に痛めつけてやれば――という決断は少々遅かった。
「あっつ!」
ソーラスが悲鳴を上げた。
肩に置かれたアイティアの両手が灼熱のようだった。
ハッとして後ろを振り返れば、そこには気弱な表情の黒猫の姿はなく、紫紺のバイオレットヘアをした少女の姿があった。
「へ? あれ、キミ黒髪だったよね。いつの間に――」
目を丸くした男の言葉が不意に途切れた。
いや違う、とソーラスは直感した。
男の周りの空気が揺らいでいる。
伝わる熱気から、男の周囲だけが異常なほど熱くなっているのだとわかった。
男は自分の喉を押さえ、目玉が溢れるほど見開き、パクパクと喘いでいる。息をしたくとも肺が灼かれ呼吸できないのだ。粘膜からも出血し、鼻血が溢れるが、地面に触れる前に蒸発していた。
「これが最後だ。我らの視界から消えろ。そして二度と顔を見せるな。次に見かけたら骨も残さず消してやるぞ」
男は頷いた。
真っ赤になった顔面は、急速に水分を失いカサカサのしわだらけになっていた。
「ふん」
おもしろくなさそうに鼻を鳴らすと、熱気が消滅する。途端男は流れ込んだ新鮮な空気を吸い込み噎せた。ヒューゲッホゴッホ、ヒューと危険な呼吸を繰り返す。
僅かな時間で50は歳をとった皺くちゃな顔で男が見上げてくる。
少女――モリガンは炎を司る精霊でありながら、どこまでも冷たい目で男を見下した。
俯き、今更震えだした男を無視してモリガンは歩き出す。その後をソーラスは慌てて追った。
「ちッ、見世物ではないぞヒト種族共!」
突然の怒声。
遠巻きにふたりを見ていた通行人たちが慌てて目をそらす。
黒髪の少女が突如紫髪になった疑問よりも、ナンパ男の尋常ではない怯え方から、モリガンのヤバさを肌で感じたのだ。
「どいつもこいつも、おなごが困っているのに助けもせんと。この世界の男どもは全員玉なしか。不愉快極まりない。のうソーラス?」
モリガンが振り返る。
突然話を振られたソーラスはビクッと震えて足を止めた。改めて彼女を観察する。
艷やかな黒髪ロングだったアイティアとは違い、紫がかかったブロンドヘア。光を受ければ白く輝いて見える。
目尻が下がり、やや気弱な印象を受けるアイティアとは対称的な釣り眼で、全身からは自信というか超越的な雰囲気がにじみ出ている。
やっぱりこいつもアウラ様やセレスティア様、真希奈様と同じ精霊――しかも炎の精霊なのだと思い知らされる。
「なんだ、どうした?」
最近すっかりナリを潜めていたので油断した。
自分一人ではどう足掻いてもコイツを抑えきれない。ソーラスは油断なく身構えながら懐に手を伸ばす。
そこには護身用に忍ばせている鉄棒――この世界では折りたたみ式の警棒なるもの――ではなく。タケルから渡されていた携帯電話が入っている。
緊急を要す場合は遠慮なくコールするよう、使い方も含めて言い渡されている。まさに今がその時か。
「なんだ、まだ戦った時のことを根に持っているのか。あのあとの私の醜態は見たであろう。それでチャラにしろ」
「ちゃ、ちゃら?」
「本来はデタラメ、出まかせという意味じゃが、今の使い方は帳消しという意味よ。そう警戒するな。別の世界に来てまで戦いとうはないわ」
「ホ、ホントに?」
「本当だとも」
モリガンはフワっとあくびを噛み殺した。
目覚めたばかりでまだ眠いとでも言うように。
「まあ変なのから助けてもらったし、それはありがとう。もういいからアイティアに戻ってよ」
「イヤだ」
あっさりと否定され、再び警戒心を釣り上げるソーラスだったが、モリガンは「待て待て」と手を振った。
「タケルのアホにも言うてなかったがな、私らは一度入れ替わったら一定時間交代できんのよ。まだしばらくこのままだ」
「嘘じゃないでしょうね」
「心外だ。さっきは助けてやったというのに」
未だ警戒心の塊になっているソーラスにモリガンが近づく。ビクっと震えるソーラスの袖を引っ張り、端へ寄せる。
後ろから来た歩行者の邪魔になっていたようだ。
追い越しながら赤と紫という珍しい髪をしたふたりを中年の女性がマジマジと見てくるが「ちッ」とモリガンが舌打ちすると慌てて立ち去る。
「なんぞこの国のヒト種族は腹が立つのう」などとボヤいている。
「さっきのはって、それはもうお礼いったし」
そもそもそのことと以前戦ったときのことと併せて「ちゃら」にすると言ったのはそちらの方ではないか。
「いや違うのだ。先程のはな、私が出てこんかったら、お主もあの男も死んでおったと言っておるのだ」
「えッ!?」
衝撃の発言だった。
ソーラスはギョッとしながらも、疑うようにモリガンを見た。
「よほどあの男の態度が腹に据えかねたのだろうな。見た目以上にアイティアのヤツは切れてたわ。まだろくに魔法制御もできんからな、あのまま解き放っていたら辺り一面火の海だったろう」
「うそでしょ……」
アイティアは内気で気弱。
だが表に出さないだけで心の中に溜め込んでしまう。先程も度重なる男の態度がアイティアの心に火を焚べ続け、後少しで爆発するところだったのだ。
アイティアに残った僅かな理性が働き、モリガンとの交代を強く望まなければ収められなかったらしい。
「そういうわけで、あの男からもアイティアからも、私はお主を助けたというわけだ。これで貸しひとつだな」
「ぐっ、わかったわよ」
渋々といった様子で認めるソーラスに、モリガンは満足そうに頷いた。
「では行くぞ」
「ちょっと、行くってどこに?」
再び歩き出したモリガンにソーラスは追いつく。
足取りに迷いも一切なく、日本語も操るモリガンは確かに頼もしいが、やっぱり不安は拭えない。
「服を売っている場所だ」
「は? 服って、今着てるでしょ!?」
「アイティアの趣味は私には合わん。こんなヒラヒラしたのは気色悪いわ!」
次第に人通りが多くなるが、モリガンは誰にもぶつかることなく、肩で風を切って進んでいく。それを見失わないよう、ソーラスは必死に後を追うのだった。
続く。
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