第409話 キミが笑う未来のために篇2⑭ 消えた若き天才画家の行方〜彼の人生は今ここから始まる!

 * * *



「えー、みんなに紹介します。こちらがキミたちの新しい先生になる甘粕志郎です」


「甘粕だ。こんなナリで申し訳ないがよろしく頼む……ケホ」


 獣人種魔法共有学校の特別教室の生徒たちを前に挨拶をする甘粕くん。



 彼の今の格好はまるで古いコントのようだった。

 全身ススだらけで頭はアフロヘア。正直不審者を疑われてもしょうがない。


「なーんだ、てっきりナスカ先生が姉ちゃんと一緒に来てるっていうから、結婚でもすんのかと思ったの――いでっ」


 不穏な発言をしたのはクレスだ。

 赤猫族の少年で赤毛に赤い尻尾が生えている。

 そしてうちのソーラスの弟に当たる。


「アホなこといいなさんな。タケル様にはちゃんとエアリスさんとセーレスさんがいるんだから」


 叩き慣れた様子で弟の頭をひっぱたいたソーラスだったが、叩かれた本人は目を丸くした。


「なんだ、ナスカ先生、エアリスさんとセーレスさんと結婚すんのか?」


 ザワッと、子供たちに衝撃が奔った。

 特にセーレス信奉者である黄犬族のケイトは恐ろしいくらいの眼光で僕を見ている。


 亜麻兎族のレンカや赤鼠族のピアニといった女子組はすべからくふたりになついていたので、クレスの発言の真偽を眼力で問いかけてくる。


「あ、ああ、一応、今度婚姻の儀を行う予定だ……」


「よしっ!」


「やったの!」


「ひゃっほーです!」


 女子たちは拳を振り上げてガッツポーズだった。

 何か長い長い旅を終えたように感無量の様子で空を仰ぎ、お互いの肩を抱きながら健闘らしきものを称え合っていた。


「おお、ホントか!」


「すごいね、おめでとう」


「けっ、ようやくかよ」


「おめでとうでござる先生!」


「婚姻の儀には呼んでくださいね」


 赤猫族のクレス、熊青族ゆうせいぞくのペリル、鳥緑族のコリス、灰猿族のハイア、そして赤猫族のネエムと。


 男子たちからも喜びの声が上がり、僕は照れくささを感じながらも「ありがとう」と返すのだった。


「はー、やれやれ、いい話聞いたな。さ、飯にしようぜ」


「もう僕お腹ペコペコ」


「今から寮に帰っても飯残ってねえしな」


「ござるござる。いい匂いでござるなあ」


「すごく大きな塊肉だね、なんの肉かな」


「いやいやいや待てって、話終わってないから!」


 本日一番の吉報を聞いて、みんな満足そうな顔で食事に向かおうとする。別に食べながらでもいいが、本番はこれからなんだって。


「いいかおまえら、特にペリル、おまえにとってこの甘粕先生は実に得難い先生になるんだぞ」


「え、僕?」


 クリっと、大きなお腹ごと振り返るペリル。

 まるっきりその姿は青い熊そのものだった。


「この中ではおまえが一番絵が達者なんだろう?」


「え、うん……まあ」


 獣人種の中では僕は伝説の教師とまで言われている。


 僕が考え、目の前の子供たちを相手に実践した『明晰夢魔素対話方法』、そして物体の見えない部分も想像して描き取る『デッサン方法』により、クレスたちは固有アビリティに近い独特の魔法を発現させるに至った。


 そして魔法師進級試験において、クイン先生やメガラー私学塾のアンティス・ネイティス女史、そして騎族院の審議官といった一流の魔法師たちを相手に実にいい戦いを繰り広げたのだ。


 一度は落ちこぼれの烙印を捺された彼らだったが、その目まぐるしい活躍により、今では特別教室入りを果たして、魔法学校でも人気者になっているとか。


 そして僕の魔法教育は学校に改革を起こし、その方法は校内全体で共有されることとなった。


 子供たちは自然にふれあいながら、四大魔素と対話をし、自身の魔力と魔素を組み合わせて形を成すために紙に鉛筆を走らせている。


 ちなみにスケッチブックと鉛筆は僕が提供したものだ。安くない出費だったが、子供たちの笑顔には代えられなかったのだ。


「スケッチブック――紙束は持ってきたか? ぜひお前の絵を見せてくれよ」


「ええ〜、嫌だよ〜。恥ずかしいからクレスたちにも見せないようにしてるのに」


「大丈夫だよ、笑ったりしないから」


「本当?」


「ホントホント」


 絵を描く練習をしていく中で、飛び抜けた才能を発揮する生徒が現れ始めたと耳にした。


 今度選択授業で、特に絵の才能を伸ばすべく、達者な生徒たちのために美術の授業を設けたい。ついてはそのための教師を探している。


 いつかラエルから聞いた魔法学校校長ハヌマ・ラングール氏の言葉だった。


 だが教師探しは上手くいかなかったようだ。少し考えればそれもしょうがないことだ。


 芸術とは娯楽の部類に入る。まず人々は衣食住が満たされて初めて、娯楽という余暇に目を向けることができるようになるのだ。


 ヒト種族の方が芸術の分野、絵画や舞台劇などが発達しているが、それもやはり都市部など裕福層が多い場所に限ったことである。魔族種領? 聞かないでくれると嬉しい。


 とにかく、そんな話を聞いていた折に、学校を辞めて才能を活かす道を諦めていた甘粕くんと再会したのだ。


 これはもはや天の導きと言えるほどタイムリーなめぐり合わせだと思ったのだ。


「じゃあ、いいよ。はい」


「おお……結構上手いじゃないか」


 恥ずかしそうにペリルが差し出したスケッチブックを開くと、真っ先に目に入ってきたのはアルプという見た目は100%りんごの食べ物だった。


 どれどれ、とラエルも首を伸ばして僕の手元を覗き込んでくる。ペリルはもう両手で顔を覆って恥ずかしそうに縮こまっていた。


 でもこれはしょうがない。ヒトに見てもらい、評価されないことには上達しないのだから。


「ほう、私は絵のことはよくわからんが、これは達者な部類ではないのか」


「まあ僕よりかは上手いと思うよ。甘粕くん、見てあげてくれる?」


「ああ……」


 メイドさんたちから受け取ったおしぼりで顔や手足を拭いてた甘粕くんがアフロヘアはそのままに、僕からスケッチブックを受け取る。パラパラとページを捲っていく。


「食べ物が好きなんだな、この子は」


「まあ如何にもって感じだけど、ダメかな?」


「好きな気持がストレートに伝わってくる。いい絵だぞ」


 日本語で行われる僕らの会話を、真希奈がみんなの前で翻訳していく。


 いい絵と言われ、クレスたちがニヤニヤしながらペリルを突いている。ペリルはもう真っ赤になっていた。


「技術的なことを言うなら、モノの形そのものを捉えるのは上手いが、まるで立体感がない絵になっているな……ふむ」


 甘粕くんはすこし考える素振りを見せたあと、かたずを呑んで見守っているペリルを見てから、僕に尋ねてくる。


「この子の名前はなんと言うんだ?」


「ペリルだ」


「ではペリル、キミのこの林檎か? この絵を俺にくれないか?」


 A3の大きなスケッチブックいっぱいに描かれたりんご――アルプを見せながら、甘粕くんは優しく笑いかけた。


 自分の絵がクレスたちに晒されて、一瞬ペリルは悲鳴を上げそうになっていたが、甘粕くんの穏やかな表情に安心したのだろう「い、いいよ」と頷いていた。


「ありがとう。もっと美味そうにしてやろう」


 そういうと甘粕くんは、自分が持ってきたカバンの中からペンケースを取り出す。DVDのトールケースのように左右にパカっと開くタイプのペンケースだ。


 その中にはズラリと各種硬さの違った鉛筆が入っている。子供たちはその豊富な種類の鉛筆に目を輝かせ、大人たちも職人を思わせる見事な道具に感心しているようだった。


「ペリル、もっと近くに。よく見ていてくれ」


 その言葉を真希奈が伝えると、椅子に座り、スケッチブックをテーブルに広げる甘粕くんのすぐ隣にペリルがやってくる。


 クレスやケイトたちも一緒だ。僕らは必然子供たちに場所を譲ることとなるが、ラエルもクイン先生も、これから甘粕くんが何をするのか興味深そうに見守っている。


「いいかペリル、キミは見たもののアウトライン――形を描くのがとても上手い。だがまだまだモノの形を平面的に捉えている。どんなものにも、奥行きがあり高さがある。そして必ず光が一定方向から当たり、明るい部分と暗い部分、そして中間の部分ができる……」


 甘粕くんの説明は専門用語をあまり使わないかなり優しいものだったが、それでも美術の予備知識が圧倒的に少ない子供たちにはちんぷんかんぷんのようだった。


 だがそれも、甘粕くんが筆を走らせ始めた途端に変わる。言葉で説明されるより、実際に見せられれば、子供たちの目の色が変化するのがわかった。


 その筆さばきは精緻にして大胆。

 ペリルの描いたアルプ――りんごが、みるみる立体的になっていく。


 濃淡の付け方に、こんなに種類があったのかと驚かされる。


 何度も何度も鉛筆を走らせ、陰影を重ねていき、暗い部分はより暗く。明るい部分はより明るく。明暗がくっきりと別れていく。


 鉛筆だけではなく指の腹を使い、ときには練り消しも使いながら、ペリルのりんごに生命が吹き込まれていく。


 そうして出来上がったのは、赤々とした色さえ見えるような超リアルなりんごの絵だった。


「な、なんだ今の……魔法か?」


 クレスが思わずつぶやいてしまった言葉は、その場の誰もが抱いた感想だった。


 僕でさえも、甘粕くんの技術には改めて驚愕せざるを得ない。これが天才画家、山本黄赤の孫の実力なのかと。


「ふう、まあ鉛筆だけならこんなものか。どうだペリル?」


「う、うん……これ本当に僕のアルプ? すっごく美味しそう。まるで本物みたい!」


 真希奈に翻訳されるまでもなく、ペリルの表情を見て、甘粕くんは満足そうに笑っていた。


 ペリルは手渡されたスケッチブックを受け取り、目をキラキラさせながら、上に下に、近づけたり遠ざけたりしながら見つめている。


 他の子たちはどこか羨ましそうにペリルと絵を見比べていた。


「いやはや、絵の腕前もさることながら、なかなか子供たちとも上手くやっていけそうではないか?」


 遠巻きに甘粕くんと子供たちを眺めながら、そっとラエルが僕に耳打ちをしてくる。


 今でこそ言葉の壁があるが、来期まで時間がある。その間に甘粕くんにはこちらの言葉を勉強してもらおうと考えている。


「ふん、まあ本人は失礼きわまりないやつだけど、子供を指導していけるだけの実力はあるようね。だからと言ってあの男のことを許すつもりはないけれど……!」


 甘粕くん自身のことはともかく、確かな技術を持っているとクイン先生も認めてくれたようだ。


 ホッ、これで甘粕くんの獣人種共有魔法学校への就職は問題ないだろう。


 僕は隣のテーブル席から心配そうに見守っていた針生くんたちに向けてグッと親指を立てて頷いてやる。


 星崎くんや希さん、夢さんがドッとテーブルに突伏する。友人が上手くやったことで気が抜けてしまったのだろう。


 だがみんな泣き笑いみたいな顔で喜び合っている。良い友人たちだ。


「ちょ、ちょっと待って、これ、俺?」


「え、え、どうして、なんで?」


 甘粕くんの方に目を向けると、今度は子供たちの似顔絵を描いているようだった。ケイトが紙の上とクレスとを何度も見比べながら、しきりに瞬きしている。


「瞬間視といってな、モノの特徴を一瞬で覚える技術がある。先程からキミたちを何度も見ているし、大体の似顔絵は描けるぞ」


「そんなの嘘なの! ホントだっていうなら今度はレンカを描くの!」


「あ、ずるいです! 私も描いて欲しいです!」


「まてまて、順番に描いていくぞ……」


 その指先は本当に魔法のようだった。

 レンカとピアニの顔はあっという間に画用紙の中に収まり、続いてケイト、ペリルが描かれていく。コリスまで来た時、甘粕くんの手が不意に止まった。


「む。キミは男か。じゃあ凛々しく描いてみよう」


「――ッ!?」


 いつもは悪態をつくばかりのコリスが大人しくなった。


 真っ白いスケッチブックに見る見る描かれていく自分の顔をまじまじと見ている。


 初対面の場合、殆どが女の子と勘違いされるコリスのことを、甘粕くんはその観察眼から一発で男の子と見破った。


 そのことが内心嬉しいのだろう、ページが破られた画用紙を受け取るコリスの顔は堪えきれない笑みがこぼれていた。


 そして拳を突き出したポーズのハイアと、土塊の剣を構えたネエムを描き終え、それぞれの絵を本人にプレゼントする。子供たちのはしゃぎようはとんでもないものとなった。


「そなたにとっては複雑な心境ではないか? そなた以外の男に子供たちが懐いてしまうのは」


 ニヤニヤとしながら僕の肩に肘を乗っけて聞いてくるラエル。


 クイン先生が苦虫を噛んだ顔をしているのは自分にも覚えがある感情だからだろう。


「まあ、ちょっとはね」


 素直に認めながら今後の話を煮詰めていく。


 甘粕くんが今後住む場所がネックだったが、それはあっさりと解決した。


 ナーガ・セーナ郊外にあるケイトの生家、彼女の父であるリシーカさんが残していった家に住むことが決まったのだ。


 もともと護符職人だったリシーカさんの工房であり、少しボロいが広さは申し分ない。ケイトがちょくちょく掃除をしに帰っているというので衛生状態も大丈夫そうだ。


 昼食後に向かうと、作業場の広さを見て甘粕くんは即住むことを決めた。


 何より小高い丘の上で、庭から海が見えるのが気に入ったらしい。


 ああ、確かに見える。海が、ではなく、庭にキャンバスを置いて、水平線を眺めながら絵筆を走らせる甘粕くんの姿がだ。


「できるなら、今日からでもここに住んでいいだろうか?」


 甘粕くんの申し出は唐突だった。

 予定では一度地球に帰還するはずだったからだ。

 だが、申し出たときの彼の表情はやる気に満ちていた。


 自分の将来を諦めるしかなかった地球とは違い、意欲に燃えるだけのものを彼自身がこの世界に見出してくれたことが何より嬉しかった。


 そこからはもう時間との勝負だった。


 ケイトを連れてダフトン市郊外で軟禁――もとい缶詰状態で、一年先まで予約が埋まっている超人気商品、ドルゴリオタイトの原石スールに呪印をしているリシーカさんのところへと『ゲート』で赴き、ナーガ・セーナの家を借りる交渉をする。


 ケイトの後押しも手伝い、あっという間に許可を取り付けると、今度は僕が単独で地球へ飛び、甘粕くんの屋敷からありったけの画材を持って帰還する。


 その間にクイン先生やソーラス、アイティアたちは街で必要な物資や食料を買い込んでくれていた。


「みんな、本当にありがとう。特に成華、おまえには感謝してもしきれない」


「礼にはまだ早いよ。これからが本当に大変だ。通訳はいないから、言葉も全部覚えて行かなきゃならないし、地球のときみたいになっちゃダメだからね」


「わかっている。この家も好意で貸してもらっているのだ。ちゃんと掃除もするし、飯だって自分で作って食うさ。なんてったって俺は子供たちの手本になるんだからな」


 ヒトとはここまで変わってしまうのか、と僕は思った。


 地球では自分のこともおざなりにして絵を描いていた甘粕くんからこんな言葉が聞けるなんて。希さんや夢さんが涙目になっていた。


 そして別れの時が来る。


「がんばれよ甘粕! 変態発言は程々にな!」


「ああ、針生も金メダル取れよ」


「気が早えよ。でもまあてっぺん取ったら報告にくるぜ」


「言ったな? 是非待ってるぞ」


 ガシッと甘粕くんと針生くんは固い握手を交わした。


「正直甘粕っちが教師とか不安だらけやったけど、さっきの光景見とったらなんや羨ましうなったわ」


「星崎、そういうならお前も教師を目指せばいい」


「へ、僕が? ああ……まあ、選択肢のひとつとして考えてみようかな」


「そうだ、高校教諭になったら女子高生とずっと一緒にいられるぞ」


「それええねえ!」


 本気なのか冗談なのかわからない会話の後、甘粕くんと星崎くんはは肩を組んで笑い合っていた。


「甘粕くん、がんばってね。マジで応援してるからねー!」


「ありがとう朝倉」


「甘粕くん、ちゃんと周りのヒトに相談してね〜、なんでもひとりでやろうとしちゃダメだよ〜。ここは地球じゃないんだからね〜」


「わかってる。大丈夫だよ支倉」


 急に大人びてしまった甘粕くんに笑いかけられて、たまらなくなってしまったのだろう、希さんと夢さんはポロポロ涙をこぼしながら甘粕くんへと抱きついた。


 それを優しく抱きとめながら甘粕くんは「ありがとう、ありがとうな」と呟き続けた。


「時々様子は見に来るから、必要な画材やなんかがあればその時に」


「ああ、これからもよろしく頼む。画材も大丈夫だ。いずれはこの世界由来の材料だけで絵が描けるように試して行こうと思う」


「そっか、そうだね」


 弘法は筆を選ばず、ということか。

 一刻も早くこの世界に馴染もうという覚悟が伺える発言だった。


「それから、もう一つ頼みがあるんだが……」


 そう言って甘粕くんは、工房の中に運び込んだ巨大キャンバスを指さした。


 結局あの後、子供たちの前には披露されることがなかった風の精霊の祝福を受けたあの絵である。


 当の甘粕くんが「いや、これは見せなくていい」と言ったためだ。


「あの絵を見せることで、子供たちが俺に対して恐れ多くなってしまう気がする。大人を相手にハッタリを効かせることはできても、子供たちには必要のないものだ」


 確かに、甘粕くんと子供たちは、僅かな交流だけでとても仲良くなった。今更こんな他者を圧倒するような絵など必要はないだろう。


「俺は芸術家だ。紙と筆さえあればいくらでも描いていける。この絵は地球にいながら、どこか別の世界を夢想しながら描いたものだ。でも俺は今本物の異世界にいる。だからこの場所で、ここから見える景色に、またあの風の少女を描きたいんだ」


 そうして僕らは来たときと同じように、針生くんと星崎くんに巨大キャンバスを抱えてもらい地球へと帰還した。


『ゲート』をくぐる直前に甘粕くんが見せた心からの笑顔が忘れられない。


 それはみんなも同じだったのか、僕の屋敷の中庭へと降り立った針生くんたちは、言葉少なげながら、各々が決意を秘めた表情で帰途についた。


 わずか半日の異世界旅行は、甘粕くんだけでなく、針生くんや星崎くん、希さんや夢さんにとっても、得るものの大きな旅になったようだった。



 *



 おまけ、というかなんというか。


 甘粕くんが僕に――正確には御堂百理に管理を委託した例の絵。


 アウラという精霊から祝福を受けた風の乙女の風景画は、百理とも相談した結果、甘粕志郎の名の下、有名な絵画コンクールへと出展することになった。


 結果は審査員満場一致で最優秀賞を受賞。見るものの心を鷲掴みにする精緻な画風から、国内だけでなく海外からも注目されて大きなニュースとなった。


 そして、受賞した当の本人が行方不明という事実も話題となった。


 百理は山本黄赤と交流のあった(これは本当)祖母からの伝で、甘粕志郎本人から絵を託され、それを出展しただけだとコメントした。


 マスコミは挙って豊葦原学院へと押しかけ、ろくに親しくもなかった自称甘粕くんの友達を名乗る生徒たちから、適当極まりない人物像を聞き出していく。教員たちも手のひらを返したように彼を褒め称えたが、案の定天罰は下るものだった。


 何者かのリーク・・・・・・・により、甘粕くんが濡れ衣を着せられ、学校を退学させられていた事実が判明したのだ。


 マスコミはこの話題に食いつき、学校側を激しく追及した。さらに甘粕くんを糾弾した生徒たちの実名がSNSに流失するなどの事件も起こった。


 連日ワイドショーには『悲劇・失踪した若き天才画家』なる見出しが乱舞し、様々な憶測が飛び交った。


 今一番主力な説は、日本に限界を感じた彼が、海外に留学をし、創作を続けているというものだ。


 中には元FBIの超能力捜査官を使って甘粕くんを探そうという試みまで行われた。


 彼はフランス郊外の小さな村で海を眺めながら絵筆を走らせている、とテレビで言っていたときはちょっと笑ってしまった。


 本当の甘粕くんの現状を知るものは、僕も含めてわずか数名。


 そして彼は今頃、自宅にやってきた子供たちを相手に青空教室を開きながら、本格的に美術教師となるための準備をすすめていることだろう。


 テレビもスマホもネットもない、一切のしがらみがない世界で、夜明けと共に目を覚まし、自分で作った朝食で腹を満たしてから掃除をし、海が見える中庭にイーゼルを立て、感性の赴くまま自由に絵筆を走らせているはずだ。


 甘粕志郎という男の人生は、まさに今始まったばかり。


 願わくは、これからの彼の生に、幸多からんことを切に願う。


 おわり。


【キミが笑う未来のために篇2】了。

 次回【生涯最高にして最低の夜篇】に続く。

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