第408話 キミが笑う未来のために篇2⑬ 幕間・口は災いのもと〜元女王と愛すべき馬鹿の邂逅
* * *
「あの子供たちも魔法が使えるのか……!」
この世界に来てからというもの、日本で培った常識を疑うような光景にばかり遭遇してきた。
その中心には必ずタケルという自分たちの友人がいるのだが、今度は土塊の熊やら火の玉やら炎の大剣、さらに空中を飛翔する少年や少女まで現れてしまった。
「もう無理だ、俺は驚くぞ! ちくしょー、あいつ地球にいたときよりもずっととんでもなくなってやがる!」
「僕もやー! 王様とか言われて何イキっとんねんと思うてたけど、聞くのと見るのとでは大違いやん!」
「そりゃあエアリス先輩も惚れるわ、納得だわよー!」
「私達とんでもないヒトと友達になっちゃった〜!」
甘粕の驚愕から針生、星崎、希に夢と、もう驚かないと決めたはずの決意を反故にして、存分にリアクションを起こしている。
一瞬で世界を移動せしめた御業といい、あの巨大な猪豚を倒した魔法といい、身分の高そうな女性に傅かれたり、今はあんな粒ぞろいの子供たちから一身に尊敬を集めている。
『あの子たちは、もともと落ちこぼれだったのを、タケル様に才能を見出され指導を受けた結果、今では学内唯一の特別クラスの生徒になれたのです』
友人のそんな情報は、逐一この人形の少女から齎される。私感を交え、やや冗長ともとれる口調で話すので、最初は眉唾かと思いきや、信頼にたるいくつも事実を目の当たりにし、少女の解説は全て本当のことなのだと理解する。
もはや地球のスケールですら収まらない器となってしまった友人に驚愕しつつ、どこか寂しさも感じながら、今は小学生くらいの子供たちと楽しそうに戯れる彼の姿を感慨深く眺める甘粕たちだった。
*
「久しぶりねラエル」
「おお、クインか! 久しいな!」
甘粕が声の方に目を向けると、羊角を生やした妖艶なる美女がラエルと気さくに挨拶を交わしていた。
「アンティスと三人で会った時以来か」
「ええ、そうなるわね……あなたが来るなんて珍しいじゃない」
「はは、私が創設した魔法学校とはいえ、ここは中立緩衝地域だからな。足繁く通っていれば痛くもない腹を探ろうとする輩がでてくるのよ」
「列強氏族なんてなるもんじゃないわね……。それで、今日来たのは列強氏族を辞めてここの教師にでもなろうというのかしら?」
「それもおもしろいな。だが残念、教師になるのは私ではない」
「どういうこと?」
ラエルの視線が傍らの甘粕に注がれる。
それにつられてクインと呼ばれた美女もまた甘粕の方を訝しむように見つめてくる。
すでに甘粕の実力を知るラエルとは対象的に、クインの視線は胡散臭そうに憮然としたものだった。久しぶりの親友との再会が、こんな少年のついで扱いされたことに不満を持ったのかもしれない。
「真希奈様、翻訳を頼みます」
『かしこまりました。同時通訳をします』
ラエルは立ち上がり、甘粕にも立ち上がるよう促す。彼は目の前のクインの全身を失礼にならない程度に見た。
成熟した大人の女性。ラエルとはまた違ったベクトルで美しいヒトだ――と。
画家としての本能が刺激されたが故の素直な感想だったが、彼の個人的好みからはホームラン級に外れているため、とくに「綺麗だな」以上の気持ちは抱けなかった。
しかし、そんな内心とはつゆ知らず、クインは咎めるように言った。
「何かしら、女性をそんなに無遠慮に見るもんじゃないわよ坊や?」
「む。申し訳ない。習性でな、美しい女性には惹かれるんだ」
甘粕の肩の上に乗った人形の少女が、クインに向けて今の言葉を翻訳する。
まず最初に一緒に聞いていたラエルが「ほう」と驚き、次いで言われた本人が目を皿のように見開く。その顔は熟れた果実のように赤くなっていた。
「しょ、初対面の女性に対してずいぶんと失礼じゃないかしら会ってそうそうまだ名前すら交換していないというのにいきなり美しいなんてなんだか馬鹿にされているようにしか感じないわ私じゃなかったら誤解しているところよ坊や」
ラエルは別の驚きを持ってクインを見た。
こんなに早口で慌てたようにまくしたてる親友の姿は初めて見る。
表情は甘粕を睨んでいるように見えるが、その頬は朱色に染まっていた。
どんなに早口で聞き取りづらくとも、真希奈は正確にその意味を甘粕へと伝える。彼は再び真っ直ぐに曇りのない眼でクインを見つめた。
「俺は坊やではない。アマカス・シロウという。あなたの名前も頂戴してもいいだろうか」
「ク、クイン・テリヌアスよ」
顔を赤らめたまま、チラチラと甘粕の方に視線を送るクイン。その仕草は挙動不審であり、ラエルは固唾を呑んで会話の行方を見守る。
「ではクインさん、美しいものを美しいと言って何が悪い。俺は不純な気持ちでそんなことは絶対に口にしないし、上辺だけの安い言葉も言わない。心から俺はあなたのことを美しいと思う」
「なっ、ななななな、何を言ってるのこの坊やは!?」
ラエルは思う。
クインが美しいなんてことは自分がよく知っている。
メガラーという魔法私塾の名門から一歩出れば、なんにも知らない男どもが自分と歩くクインに街中で声をかけてきたことなど一度や二度ではない。
だがクインは今でこそ落ち着いてはいるが、少し前までは『女王』と
それが、タケル・エンペドクレスとの出会いをきっかけに彼女は変わった。いや、メガラーの中で揉まれ擦り切れていく以前の、本来の彼女自身の心根を取り戻したのだ。
つまり、優しく思いやりがあり、真面目で責任感がある女の子へと……。
彼女にこっぴどく振られてきた男どもからすれば『誰のこと?』と言われかねないが、クインとは本来そのような純粋で真っ直ぐな女性なのだ。
だからこそ、今の彼女には湾曲した口説き文句よりも、甘粕のような歯に衣着せぬ物言いの方が効果的なのかもしれない。
「ラ、ラエル、なんなのこの子、一体何者なの!?」
ガシッと強い力でラエルの腕を掴んでくるクイン。まるであの頃――引っ込み思案で自分やアンティスの後ろに隠れてばかりいたあの頃のような弱々しさ。『女王』の面影は完全に消え失せていた。
「この者は来期からそなたの同僚になる男だ」
「な、なんですって!?」
クインは顔を赤くしたり青くしたりしながらラエルとアマカスを交互に見やる。
「タケル・エンペドクレス王たっての願いでな。ほら、魔法の形を想像して紙に起こす授業で、なかなか達者な絵の才能を発揮する子供たちが出てきたと言っていたであろう。本格的な絵の心得があるアマカスこそが適任と思い連れてきたのだ」
「そんな……この男が私の同僚ってことは――毎日顔を合わせるってことじゃないの!?」
なにを当たり前な……とラエル思うが、クインにとってはとんでもない事態らしい。
「話の途中ですまないが、会話の流れから、そこのクインさんは俺が務めることになる魔法学校の教師ということでいいのだろうか」
列強氏族と元メガラー派閥魔法師の会話に無理やり割って入る甘粕。
もちろん、地球人である彼にとってはなんのこっちゃの話ではあるが、クインにとってはそれが堂々とした男らしい態度に見えたとかなんとか。
「ああ、そのとおりだ。クインはあの子ら、特別教室の教師を務めている。魔法師としての実力は教師陣の中でも飛び抜けている。その厳しい性格と魔法師としての腕を見込まれ、かつては『女王』などとも呼ばれて――」
「よけいなことは言わないで!」
クインはラエルの口を両手で塞ぎ、恐る恐る甘粕の方を見ている。
だが彼にはそんなことは関係がない。
ただひたすら「優秀な教師なのだな」と感心していた。
「あ、あなた、アマカス? シロウ? どちらが家名で名前なのかしら?」
「シロウ、の方が名前だ」
「そ、そう、ではシロウ。私をそこらの安い女と思ってもらっては困るわ。先程は久しぶり――そう久しぶりに麗句を言われたものだから動揺してしまったけれど、本来私にあのような
女王時代を彷彿とさせるキツイ眼差し。
魔法師の
これが魔法学校の関係者なら、反射的にすくみ上がるところだろうが、よく見れば赤らんだ顔はそのままである。威厳もなにもあったものではない。
「軽薄とは心外だ。俺は本当に自分がいいと思ったヒトにしかこんなことは言わない。そもそもあなたに取り入るなどと…………ああ!」
再びクインの頭に血が上りそうな台詞を吐き出しつつあった甘粕が、唐突に手を打つ。納得がいったとでもという風に。
「すまないすまない、俺はよく女性を勘違いさせてしまうことが往々にしてあるのだ」
「は?」
「なに?」
クインとラエルがポカンとする。
ふたりには構わず甘粕は続ける。
「俺があなたを美しいといったのは、あなたに取り入るためでも、ましてや口説いているわけでもない。単純に絵の
ことの成り行きを見守っていたのはラエルやクインだけではない、アイティアや針生たちもなのだが、特に針生たちは彼の物言いに「あちゃー」と頭を抱えていた。
「あなたは見た目はいいが、確かに中身はキツそうだな。その内面から滲み出る心の歪みを描き切れるかと問われれば、俺をしても難しいだろう」
いい加減黙れと、本来針生も星崎も突っ込みを入れそうなものなのだが、今回に限っては不可能だった。なぜならクインの瞳からは完全に光が消え失せていたから。そしてメラメラと、可視化された魔力が炎のようにたちのぼっていたから。
「そもそも俺は13歳以上の女性はみんなババアと認識していて、恋愛対象には――」
「そろそろ黙りなさい坊や」
ゴッ、と最大瞬間風速のように、突如として熱風が吹き荒れる。砂浜が紅蓮に包まれ、全てを飲み込んだ。
結果から言うと誰も被害者はいなかった。
クインの一番近くにいたラエルは持ち前のスピードで即座に離脱し、針生たちやラエルの家令はアイティアが守りきった。
そして爆心地にほど近かった甘粕は、肩に乗っけた真希奈が守ってくれそうなものだったが、彼女のさじ加減により、ほんのり焦げ焦げにの有様になっていた。体表面の産毛はチリチリになり、頭はアフロという絶妙な有様である。
「一体何してるんだよ」
子供たちとじゃれ合っていたはずのタケルが、件の甘粕を紹介しようとやってきたとき、そこにいたのはまっ黒焦げになった元
続く。
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