第405話 キミが笑う未来のために篇2⑩ 甘粕御一行様の異世界旅行〜ようこそマクマティカへ!
* * *
「ここで……間違いないな」
「おいおい、お前んちに劣らずかなりの豪邸だぞ?」
「僕らと同い年でこんなお宅に住めるってどういうことなん!?」
甘粕くんの家での僕の宣言より翌々日。
地球での仮の住まいに集まってくれたのは甘粕くんを始めとしたいつものメンバーだった。
「超ステキー、甘粕くんの家より新しくて清潔感があるよねー!」
「成華くんってお金持ちなんだね〜」
針生くんと星崎くんはおそらく来るだろうとは思っていたが、希さんと夢さんまで来るとは予想外だった。
「というか平日だよ今日。甘粕くんはともかくとして学校はどうしたのさ」
正門まで出迎えた僕は、我が家(借家)の中庭へと友人たちを通す。
「当然ダチの一大事とあっちゃあ放っておけねえっての。稽古なんざサボったところで直ぐ様取り戻してやるぜ」
「あそこまで意味深なこと言うといて、はいさよならなんてできへんよ。あとこれを運ぶのにも人手があったほうがええやん」
電車を乗り継いでやってきたであろう男連中に運んでもらったのは、甘粕くんがアウラをモデルに描いたあの100号キャンバスだ。その大きさは我が家の両開き扉の片面と同じくらいの大きさがある。ひとりで運ぶのはかなり大変な代物だった。
「私達はまあ社会見学みたいな感じー」
「というかすっごく興味あるよね〜、成華くんの住んでる世界ってやつに〜」
希さんと夢さんは野次馬根性を隠すつもりもないようだった。
そう、今回僕は甘粕くんの就職先を世話するつもりでいるのだ。
そのために本人と、本人の履歴書代わりとなる直近の作品を持参してもらったのである。
「アズズ、みんなを呼んできてくれ」
『おう、ちょっと待ってろ』
「なッ!?」
玄関まで到着すると、その脇に控えていた水色の彫像がキビキビと動き始める。言わずと知れたアズズの仮面を装着した水の妖精くんである。
ちなみに家人が出払った日中、暇を持て余したアズズはリビングのソファに寝っ転がりながらテレビを見ることにハマっている。言葉はわからなくとも、連続して絵が動くのがおもしろいらしい。
「い、今の彫像、喋ったぞ?」
「こんなことくらいで驚いてたらこれから行く世界じゃあやってけないよ」
甘粕くんに向かってビッと親指を立てる僕だったが、我が家はかなり特殊な部類だ。
「む。なにやら懐かしい声がするな……」
「あーッ!」
「うおおおおッ!」
玄関扉を開けて最初に現れたのは、みんなとも旧知の中、エアリスだった。ちなみに顔を覗かせたとたん大声を上げたのは希さんと星崎くんだ。
「みな、久しぶりだな。息災だったか?」
まだ学校には早い時間のため、エアリスはメイド服だった。
惜しみない肢体を包むフリルエプロンがついたメイド服姿に、希さんと夢さんは目をまんまるに見開き、星崎くんは無言でプルプル震えながら拳を突き出している。
「エアリス先輩、お久しぶりです。この度はお世話になります」
「おお、甘粕か」
豊葦原学院高等部に通っていた頃は、エアリスは2年生で、みんなは1年生だった。エアリスとの接点も、学校にいたときより、あの校舎裏でのごくごく短時間での出会いに集約されている。
「話はタケルからすべて聞いた。私は貴様に謝罪しなければならない。事情も知らずに貴様という男を勝手に蔑んでいた。どうか許して欲しい」
エアリスは甘粕くんの肩に手を置くと、軽く黙礼をした。その優しい声音と物腰から、針生くんや星崎くんが目を見張っている。希さんと夢さんが「エアリス先輩なんかすごく綺麗になった……」と囁きあっていた。
「いえ、そんな。悪いのは俺の方ですので。エアリス先輩に踏まれたのも今ではいい思い出です」
「はは、今度怪我をしたら私の嫁に治してもらうといい」
「は? 嫁、ですか?」
言っている意味がわからない、という風に甘粕くんは聞き返す。やべ、色々ゴタゴタしていて、みんなに肝心なことを伝えてなかった。
「やっほー、みんなおはよー!」
バターンと玄関を開けてやってきたのは我が家の元気印セーレスさんだった。だがみんなは「あれ?」と首をかしげている。
「セレスティアちゃん、だよね?」
「なんか縮んだような気が……」
星崎くんと針生くんの見立ては正しい。
セーレスは今一度玄関扉の中に入ると、「ほらほら、お呼びだよ」と促した。
「うう、やっぱり
セーレスに背中を押されて現れたのはセレスティアだ。その姿は、セーレスの年齢を肩代わりしていたときとは違い、本来の子供のものになっている。
セーレスとは血縁を想起させるほど似ているセレスティアだが、よくよく見ればセレスティアの方がやや険がある顔つきをしている。そんな幼女セレスティアを見たまま固まること数秒、星崎くんが悲鳴を上げた。
「セ、セレスティアちゃんやん! どどど、どないしてん、あのバインバインのナイスバディはどこにいって――いったー」
「自重しろてめえ。人様んちだぞ」
針生くんのナイスなツッコミが炸裂する。
うむ。これからも彼が暴走しそうになったら頼むよ。
「紹介するよ、こっちがセーレスで、こっちがセレスティア。あのときは事情があって、大人の姿になっていたけど、本来はこれが正しい姿なんだ」
「そ、そうなん……?」
すっかり守備範囲外になってしまったセレスティアの姿に、星崎くんはガッカリの様子だったが、ここで逆にやる気を出すものがいるのを忘れてはいけない。
「お嬢さん、あのときは気づかなくて失礼した。俺の名前は甘粕志郎。是非絵のモデルになってくれないか?」
「やー、なんか怖いのが増えたー!」
即座にしゃがみ込み、セレスティアと同じ目線でスマイルを炸裂させる甘粕くん。
セレスティアはセーレスの後ろに隠れて出てこようとしない。うん、本当に彼はペドじゃないんだよね。この迷いのなさを見てると不安になってくるけど……。
「お前も自重しろ。これから世話になるんだろうが!」
以前より鋭さを増した針生くんの正拳が甘粕くんの後頭部を直撃。やっぱり今日彼に来てもらったのは大正解だったな。
「ふわー、キリッと凛々しいエアリス先輩もいいけど、こちらも方も超綺麗……」
「ホントだ〜、まるで妖精か女神様みたいだね〜」
美しさや愛らしさに関しては奇跡の集合体であるセーレスを見て、希さんと夢さんは顔が火照りっぱなしのようだった。
「タケルのお友達っておもしろいヒトたちばっかりだね!」
「だろう? 自慢の友人たちさ」
僕が世界の敵となっていたときでも、彼らだけは僕の言葉を信じて味方になってくれた。あの時感じた嬉しさは、多分これから先、何百年経っても忘れはしないだろう。
「それにしても、エアリス先輩はともかくとして、おまえら一体どんな関係なんだ?」
一通りツッコミを入れ終わった針生くんが、全員を代表して質問してくる。そうやって改まって聞かれると恥ずかしいものがある。だけど黙ってるわけにもいかないだろう。なんて思っていると――
「セーレスお母様とエアリスは今度結婚するんだもん! そしてお父様とも結婚するんだよ、いーでしょ!」
物怖じしない我が家の切り込み隊長が、全部あっさりとバラしてくれやがった。
「それはつまり……」
「成華とそっちの金髪のヒトと……」
「エアリス先輩とを合わせて……」
「多重結婚ってやつ!?」
「きゃああああ〜! 成華くんやる〜!」
ああ、ようやく伝わった。そして当然、そういうリアクションが返ってくるよね。
同い年の僕がエアリスとセーレスという破格の美少女を娶るという事実に、男三人は口を空けてポカンとし、女性ふたりはハイタッチの後、手をつないでその場でくるくる踊り始めた。
「ちょっとちょっとみんな、誤解してないでね。エアリスはタケルのお嫁さんじゃなく私のお嫁さん。そしてその私がタケルのお嫁さんになるんだからね!」
セーレスの中では一番とか二番をなくすために、それはすごく重要なことなのだ。でも結局はふたりを僕が娶ることに変わりはない。みんなが混乱するまえに話を進めよう。
「おや、そういえばあと一人は――」
もうひとりの精霊娘、アウラの姿が見えないので探してみると、なんと彼女は既に庭木に立てかけておいたキャンバスの前にいた。白いカバーがかけられた大きなそれをジーッと見上げている。
「わかるかアウラ」
「パパ……なんか、すごい」
「そうだ。ただのヒトがこんなものを描いちゃうんだ。甘粕くん、みんなに見せてやってくれないか」
「ああ、承知した」
針生くんや甘粕くんも手伝い、大きなカバーを外していく。
絵が顕になったとたん、何もしていないのに風が吹き抜けたような気がした。
「これは……見事な!」
「もしかしてアウラ、なのかな」
「え、うそ、これをあの変態が……?」
甘粕くん入魂の一作は、普段芸術など見慣れていないエアリス、セーレス、セレスティアをも唸らせ、釘付けにする威力を持っていた。
この三人をしてこれほどのリアクションを引き出せるなら、おそらく
「……私?」
草原と深緑の空に抱かれる褐色の乙女。
まるでアウラがそのまま大人になったような容姿だ。
「そうだアウラさん。あなたをイメージして描かせてもらった」
「……私、こんなにキレイ、じゃない」
「そんなことはない。しょせん絵は絵だからな。本物のあなたには敵わないさ」
アウラは珍しく顔を赤らめてもじもじとしたあと、ふわっとその場に浮かび上がる。甘粕くんと目の高さを合わせると、そっと手を伸ばした。
小さなアウラの手が、甘粕くんの頭を撫でる。
本人はよほど虚を突かれたのか、目を見開いたまま固まっていた。
「風の……しゅくふく……あげる」
「アウラさん、ありがとう……」
甘粕くんは何かをこらえるように、ギュッとまぶたを固くつぶったあと、掠れそうな声でそう囁いた。
そうして顔を上げた彼の表情は、晴れ晴れとしたものに変わっていた。
まるで地球への未練を断ち切ったかのような、これから自分が向かう新天地へと臆さず進む覚悟を決めたような、そんな清々しい表情になっていた。
「善い顔つきです。これから己の未来へを掴もうとする男子に相応しいですね」
そう言って僕らの前に現れたのは、久しぶりの和装姿、百理だった。
セーレスやエアリスとはまた違ったベクトルの純和装美人の登場に、「センセ、このごっつ可愛い子は何番目の奥さんなん?」と星崎くんが恨めしそうに言ってくるが馬鹿言っちゃいけない。
「あー、紹介するよ。地球で僕がよくお世話になってる御堂百理さんだ」
「皆様、どうぞよしなに」
ペコリと頭を下げる百理。真っ白い髪がさらりとこぼれ、和装の上を滑っていく。その所作のひとつひとつに洗練されたものを感じたのか、エアリスやセーレスのときの興奮とは違い、みんなはゴクリと息を呑んでいた。
「今回、甘粕くんの異世界渡航に際して、地球に残すことになるお家のことなんかを相談してたんだ」
「甘粕志郎さんが後顧を憂うことなく旅立てるよう、この御堂が後ろ盾になりましょう。ご実家と資産の管理は御堂の名にかけて私が責任を持ちます」
「え、いや、ちょっと待って欲しい。成華、御堂って、あの御堂のことなのか?」
「うん、多分みんなが思ってる日本で一番有名な御堂さんだよ。だから信用してくれていい」
やはりこの日本に於いて御堂財閥の名前は絶対だった。何故ならみんなの今日一番の驚き顔を拝むこととなったからだ。
「成華、おまえってマジですげえんだな……」
「さ、さすがの僕もこのヒトにセクハラしたらどんなに不味いかは想像できるで」
「いやいや、最初からセクハラなんてしなきゃいいでしょーが。とはいえ私もびっくり……」
「なんかここまですごいヒトが出てくると笑えてきちゃう〜、アハハ」
全員の反応に、百理は気を悪くするどころか、袖で口元を覆ってホホホと
「まあまあ、みなさんそんなに固くならないでくださいまし。しょせんは親の七光りを当て込んでいる小娘に過ぎないのですから。幸い歳もみなさんと近いですし、もっと気軽に接してください」
「いや、歳が違いって嘘も大概に――」
「何かおっしゃいましてタケル様?」
あ、いけない。
ことさら百理に年齢の話はいけない。
彼女の袖口からこっそり符が覗いている。
これ以上この話題はいけない。
「百理は年齢の割に大人びてるからなあ。僕でさえ慣れるのに時間がかかったもんなーって」
「まあ、私とタケル様の間には、初めてお
あれ、気の所為かな。今「お会いした」って変なイントネーションに聞こえたんだけど。
「何はともあれ甘粕さん、あなたの家や残してきた作品は、私が何人たりとも我欲にまみれた者共の好きにはさせません。新天地でその才能を発揮し、そして疲れたらいつでも羽を休めに帰ってくるといいでしょう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます。どうぞよろしくお願いします」
甘粕くんは丁寧にお辞儀をするが、百理はあくまでちょっと年上ぶった同年代の女の子だからね? あんまり目上扱いすると怒っちゃうよ?
「さて、それじゃあ最後に……」
もうとっくに玄関扉の前で控えていたのだが、空気を呼んで待機してくれていた三名を紹介する。
「今回同行してくれる獣人種のアイティア、そしてソーラスだ」
「みなさまのお世話をさせていただきます、アイティアです」
「ソーラスです! いやー、年もそんなに離れてないし、気軽に接してくれていいですよー」
以前は人見知りが激しかったアイティアだが、今は僕の従者として丁寧に挨拶もするし愛想笑いもする。実にメイド然としているのだが、逆にその態度が一枚バリアーを張っているようにも見えてしまう。
対するソーラスは、やや自分が歳上なこともあってすっかりお姉さん気分だ。甘粕くんたちを自分の弟か妹みたいにフランクに接している。メイドとしては問題ありだが、今はこちらの方がみんなも気がラクだろう。
「猫耳……! 本物なの?」
「さ、さわってもいいですか〜」
「うふ、感じちゃうから優しく触ってね」
ノリのいいソーラスが、夢さんの前に頭を垂れる。
おそるおそる手を伸ばした夢さんは、つんつんと指先でつついたあと、ふわっと手のひら全体でケモミミを撫でていく。
「あったか〜い。これ本物の生きてる耳だ〜!」
「これから向かう場所は獣人種と呼ばれる亜人が住む領域だからね。彼女たちの故郷でもあるからついてきてもらうことにしたんだ」
「いやいや……もう何が起こっても驚かないぞ俺は」
「俺も。いちいち驚いてたらきりがねえ」
「僕もや」
「私もー」
「もふもふ〜」
「あ、もうそろそろ勘弁して、あっ、強く握りすぎですからー!」
夢さん、そろそろ許してやってくれ。
『みなさん、これから向かう先はタケル様と縁のある場所ではありますが、勝手な行動などは取らぬよう、最大限の注意を払ってくださいね』
もう驚かない。そう宣言したばかりのみんながもう幾度目かの放心をする。そりゃあアンティーク・ドールがいきなり浮かび上がって言葉を話したら驚くだろうさ。
『改めて自己紹介します。真希奈は真希奈といいます。タケル様の手によって造られた人工生命と言えば思い出していただけるでしょうか』
「ほら、スマホとかパソコンとかに写ってた黒髪の女の子だよ」
などとフォローするが、みんなの反応はかなり鈍くなっていた。そろそろキャパシティが限界なのかもしれなかった。
「さて、それじゃあ行きますか」
甘粕くん、針生くん、星崎くんが三人で支えるように巨大キャンバスを持つ。その前に希さんと夢さんが緊張した面持ちで立っている。そしてそんな全員の両脇に控えるのがアイティアとソーラスだった。
「行って来い。おまえならやれる」
「がんばってきてねー」
「おまえ変態だけど、絵だけはすごいわ」
「ふぁい、と……」
エアリスとセーレス、セレスティアにアウラも甘粕くんへとエールを送る。
「旅立つ若人に幸多からんことを」
若人って言っちゃった。歳がバレるぞ百理。
『タケル様、魔力フィールドを展開完了。いつでもいけます』
「了解」
自分の定位置である僕の肩の上に乗った真希奈が、みんなに防護壁を張ったところで、僕はすばやく己の内側に意識を埋没させる。身体と心の一番深い部分に宿った異物を引き抜く。
唐突に僕の手の中に現れたのは白銀の刃。飾り気を一切廃したむき身の剣だ。
みなが呆気にとられるのに苦笑しながら、全員の頭上に向け切っ先で円を描く。
するとどうだろう、青空が突如として切り裂かれ、極彩の空間が顕になった。
「行ってくるよ」
最後に、僕らを見送ってくれる家族を振り返る。
極彩の空間はゆっくりと僕らを覆い隠すよう降りてきて、地面と接地した瞬間、目の前の景色が唐突に変化する。
「こ、ここは……」
甘粕くんが呆然とつぶやく。
空気が違う、景色が違う、星の位置が違う、真昼の月がふたつある。
何もかもが地球と異なる別の世界。
僕はみんなを振り返りながら、ちょっとドヤ顔で言うのだった。
「ようこそ
続く。
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