第403話 キミが笑う未来のために篇2⑧ 世界がキミを傷つけるだけのものなら〜偏屈男を新天地へとご案内・前編
* * *
「はああああ〜、美味い……!」
甘粕くんは超大盛りカップうどんにコンビニコロッケを浮かべたものをズルズルと啜り上げ、幸せそうな声を上げた。
まる四日、食事はおろか睡眠も殆ど取らず、集中して絵を描いていたのだという。コンセントレーションの妨げになるものは一切排除し、インターホンもスマホも電源を落としていたそうだ。
「本気でバカだろうおまえ、マジで死んだと思ったじゃねーか!」
「甘粕っちの場合は音信不通になったら他に連絡つかんのやで?」
「そうだよー、これからスマホの電源切るの禁止ねー」
「あ、みんなピザが来たよ〜」
先程まで画材だらけで生活感の欠片もなかったリビングに、わいわいとした賑わいと食べ物の匂いが充満している。希さんと夢さんが注文したLサイズピザを二枚、テーブルの上に置く。キッチンから拝借した全員分のコップに並々とコーラが注がれていく。ちょっとしたパーティ気分だった。
「しかし、あのまま僕らが発見しなかったら、本当に危なかったんじゃないの?」
4日前までで甘粕家の食料は尽きていた。今彼が食べているのは、ピザが到着するまでの繋ぎとして、星崎くんが近所のコンビニで買ってきてくれたものだ。
「いや、全くだな。持つべきものは友達だ。みんな、心配をかけてすまん」
ペコリっと、甘粕くんはカップうどんのかまぼこをほっぺたにつけたまま頭を下げる。先程までガーッと説教モードだった針生くんも、素直に謝罪をされては押し黙るしかなかった。
しんみりとしてしまった雰囲気を打破するため、希さんがことさら大きめに声を上げる。
「よっしゃ、みんなコップ持って持って」
「え〜、それじゃあ〜、僭越ながら私が音頭を〜」
「星崎くんお願いー」
「希ちゃん酷い〜」
「アンタに任せるとコーラの炭酸が抜けて砂糖水になっちゃうのよ!」
希さんと夢さんの
「えー、それではみんな、センセとの再会と、甘粕っちの生存を祝して――乾杯!」
かんぱーい! とグラスを合わせてから食事タイムが始まった。
ミックスピザとシーフードピザ。うむ、間違いのないチョイスである。
甘粕くんはピザに取り掛かるべく残りのうどんを急いで啜りだし、針生くんはさすがの食欲でもう一枚目を完食している。星崎くんはどうもエビが苦手らしく、針生くんの二枚目にエビだけ乗っけていた。
希さんもバレー部なだけあってカロリーは怖くないらしい。針生くんに次ぐペースで食べている。夢さんは、両手で1ピースを丁寧に持って、先端から小さく小さく咀嚼している。食べ終わるのに時間がかかりそうだ。
なんなら一瞬、最近料理の腕前をメキメキと上げているエアリスを召喚してごはんを作ってもらおうかと思ったのだが……やめた。
このジャンクなファーストフードと炭酸飲料という組み合わせが、如何にも高校生らしいというか、みんなでお金を出し合って割高な宅配ピザを注文するあたりが、少し背伸びをしている感じがしてワクワクするのだ。ここで我が家の王宮料理人を召喚するのは野暮というものだろう。
「おい甘粕、タバスコかけるなら自分の皿に取ったやつだけにしろ。朝倉と支倉が食えなくなるだろうが」
「おお、それもそうだな。すまん。……ナリは無骨なのに意外と女子に気配りできるんだな針生は」
「僕も思うとったよ。意外と針生っちは女子力高いねん」
「意外とって強調しすぎだ。あと俺は体育会系だぞ。代表候補同士で飯食うことも多いから、必然一番下っ端の俺が気を配ることになるんだよ」
「そうそう、一度聞いてみたかったんだー、代表合宿ってどんな感じなの?」
「あ、私も聞きたいかも〜。テレビじゃ特集してくれないんだもんね〜」
「悪かったな……、空手はまだまだオリンピック競技としちゃマイナーなんだよ」
そうして和気あいあいと話しをしていると、特大ピザがあっという間に消えていく。そうすると今度は先程星崎くんが買ってきてくれたコンビニのお菓子を広げていく。ああ、僕今すっげー青春してる感があるなあ。
「おいそこの、あからさまに年上目線で俺たちの会話を違う星の出来事のように好々爺然と眺めている男」
「え、僕のこと……?」
気がつけば、甘粕くんも針生くんも星崎くんも、希さんや夢さんも僕の方を見ていた。
「本当に久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「まあなんとか。そっちは色々大変だったみたいだね」
冤罪を被せられて、イジメみたいなこともされていた甘粕くん。
そのまま無理に学校に通い続けるより、キチンと避難できる場所が彼にあったのは幸いだろう。
「いやいや、おまえの方がよほど大変だったのではないか?」
コーラをグイッと飲み干し、タンとテーブルにコップを置いた彼は、真剣な表情で問うてきた。
「そうだぜ、甘粕のせいで話が逸れていたけど、おまえの方こそ、どこでなにしてたんだ?」
「いきなり連絡もらったときはビックリしたで。そ、それでエアリス先輩やセレスティアちゃんは一緒じゃないん?」
「便りがないのは元気な証拠とはいえさー、やっぱ心配だったよー」
「今日久しぶりに顔を見て、すっごくホッとしたもんね〜」
針生くん、星崎くん、そして希さんに夢さん。彼らと最後に会ったのは、もう去年の暮れの話だ。その後、僕は肉体が崩壊しかかっていたセーレスを救うべく、すぐに
地球での戦いで疲弊していた僕は一月以上も休養し、その後、ラエル・ティオスに尻を叩かれながら魔法学校で教鞭を取ることになってしまった。それからも何度か地球に帰還はしていたのだが、殆どが物資調達が目的であり、みんなの安否を確認する以上のことはしてこなかったのだ。
「成華、おまえは、自分の目的を果たすことができたんだな?」
簡素だが実に核心をついた質問である。
甘粕くんを始め、緊張したみんな緊張した面持ちである。
僕はうっすら笑みを浮かべながら首肯した。
「もちろん。彼女を救うために直ぐ戻らなければならなかったんだ。みんなには長いこと音沙汰がなくて申し訳なかった」
「いや、謝る必要はない。正直、答えはわかっていたんだ。おまえをひと目見た瞬間に、学校にいたときは違う、自信に満ち溢れた顔をしていたからな。万事自分の人生が上手くいっていないと出来ない表情だ。向こうの世界ではよほど充実した暮らしをしているようだな」
自信に満ち溢れた顔。
今言われてからハッとする。
確かに地球でニートをしていた頃と今の僕とでは、まるで違うだろう。
現在の僕の立場からすれば、嘘でもハッタリでも、自信はなくてはないものだ。
今はできなくとも『できる』と断言して、後付の努力で嘘を現実に変え続けてきた。おそらくその積み重ねが、僕を良くも悪くも変えたのだろう。
「充実か、そうだね……実は僕、今は王様やってるんだ」
バイトのシフトリーダーになったんだ、くらいの気軽さで言ってみる。
案の定みんな「ん?」という顔になった。
「えーと、なんだ……。ゲームとかの話じゃねえよな?」
「いやいやいや、おかしいやん。僕らまだ高校生やで?」
「王様ってリアルな王様ってことー……?」
「成華くんってば白馬に跨ってるの〜?」
夢さんの王様のイメージは幼稚園生くらいで停まってるようだった。
まあ自分たちと同い年の子が、一年足らずで王様になるなんて、やっぱり信じられないよなあ。
「エアリスの養父が治めていた国があるんだ。そこがとある敵対的種族に侵略されて困っていたから助けに行ったんだよ。そしたらそこで王様をすることになっちゃって……」
根源27貴族という魔族種たちがひしめくヒルベルト大陸は、王が頂点に立ち、係累を従えて領地を治める豪族社会である。
本来なら王様から領地を与えられる形で領主は貴族を名乗り、その土地では比類なき王として君臨する。言ってしまえば、貴族だけがいっぱいいて、その天辺にいるはずの王様がいない感じだろうか。
特に、僕が治める龍神族の領地は特殊で、臣民のすべてが外部からやってきた魔神族、獣人種、一部ヒト種族で構成されている。強力な王の庇護下に入ることで、多種族からの侵略に遭わず安心して暮らしていけるため、民たちは税を収め、王を慕うようになっていくのだ。
今にして思えば、ディーオ・エンペドクレスは王様としては失格と言わざるを得ない。だがもともと、ディーオが住んでいた土地に、彼の名声と力を当て込んで勝手に住み着いてきたのは臣民たちの方だ。そうしていつの間にか町が街になり、国へと発展していった。
僕、というよりエアリスがその国や民たちを大切に思っており、僕は自分の好きな女の子のために国を救ったというのが根源的な動機だ。でも今では王としての自覚を持ち、できる限り臣民たちにいい暮らしを、そして子どもたちには教育を施していきたいと考えている。
――などということを説明し終わったときのみんなの表情はかなりおもしろいことになっていた。全員がポカンと口を空けてしきりに瞬きを繰り返す姿は笑いをこらえるのが大変だった。
「マジなんだな。マジで王様なんだな……! うおおお、すっげえ! 俺らの元クラスメイトが王様だってよ! っかー、たまんねえ!」
「僕らの中じゃあオリンピック代表候補の針生っちが一番の出世株やとおもてたけど、こりゃあかなわんなあ……」
「なんか立派になりすぎてここにいる成華くんは偽物じゃないかと思えてきた……」
「さすがにそれは酷すぎるよ希〜。とはいえ私もビックリしすぎて信じられない〜」
いやまあいいんだけどね。
それにしても男はすぐに夢のある話に乗ってきて、女子は現実的な考えから疑ってくると。いつかネットで見た男女の考え方の違いって本当なんだなあなどと思った。
「信じるさ。立場や環境がヒトを作ることもある。おまえはその歳でもう立派にヒトの上に立つ人間になったんだな。友人として誇らしくもあり、羨ましくもある」
「うん、ありがとう」
甘粕くんの言葉に謝意を述べる。
果たしてかつての僕だったら、こんな風に誰かの賛辞を素直に受け取ることができただろうか。
ましてや礼を言うことなどもなかったはずだ。友人たちと再会することは、過去の自分と向き合うことでもあるのだと気づく。自分の成長を確認できて嬉しい反面、やっぱり気恥ずかしくもあるのだった。
「でもまあ、これでみんな進路は決定してるんだねー。」
「そうだね〜、成華くんは王様だし、希ちゃんはバレーの推薦、私は獣医学部のある大学、針生くんはオリンピックを目指して、星崎くんも進学するんだもんね〜」
もうみんな高校二年生。当然受験や進路に向けての準備をする時期に入っている中、甘粕くんひとりだけが学校を退学してしまった。だが、希さんと夢さんの声は明るいものだった。
「甘粕くんはさー、もちろんアレで食べていくんでしょう?」
希さんが指をさすのはリビングの隅っこの方。
僕らの身長より大きな100号キャンバスに描かれているのは……アウラだった。
正確にはアウラが成長した姿を夢想して描かれた完全なる別人なのだが、知っているものからすればすぐにわかってしまうだろう。
とはいえ、そこに描かれているのはあくまで美人画である。写実的で繊細なタッチで描かれた褐色の女性。背景には風に揺れる平原と深緑に彩られた空。およそこの世の風景とは思えない絵だった。
甘粕くんは学校に通いながらコツコツとアレを描き続け、その仕上げとしてここ一週間は寝食を忘れて没頭していたという。風の精霊というアウラから受け取れるイメージを彼が独自に練り上げてキャンバスの中に落とし込んだ傑作と言えた。
「なんていうんだっけー、有名な絵の大会があるんでしょう?」
「画家の登竜門、二科展だよ希ちゃん。甘粕くんならきっと入選できるよね〜」
「いや、悪いがアレを世に出すつもりはない」
きっぱりと断言する甘粕くん。
針生くんと星崎くんは難しい顔で押し黙っている。
まるでこれから甘粕くんが何を口にするのか知っているようだった。
「えー、そうなのー? 勿体無いなくないー?」
「でもでも、甘粕くんほど絵の才能があればきっと将来は画家になれるよね〜」
「うん、なんたってあの有名な
友人の華々しい未来を思い、希さんと夢さんは大盛り上がりだった。
甘粕くんは、口の中を濡らすよう再び注いだコーラを飲み込むと、女子二人に冷水を浴びせるように言った。
「俺は画家になるつもりはないし、絵を仕事にすることもない。アレは俺の最後の作品になるだろう」
続く。
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