第401話 キミが笑う未来のために篇2⑥ 懐かしき朋友たちとの再会〜未来を守ることの意味

 * * *



「えー、肘揉みには肘頭部ちゅうとうぶを使うものと、前面の尺側を使う方法があり、これらの方法を使いこなすことで、効果的な指圧と、自身への負担を減らすことができるようになり――」


 その日、東洋医学専門学校の生徒たちは、正直授業どころではなかった。


 十代から四十代、時には五十代の生徒も参加する指圧・按摩実習において、異端と呼べる存在が紛れ込んでいたからだ。


「……まずここまでの説明で問題はないかなー、えー、アリスト=セレスさん?」


「はい、大丈夫です!」


 白衣の天使がニッコリと頷いた。

 異端も異端、本校実習始まって以来の大事件が巻き起こっていた。


 本日は生徒同士で実習室に集まっての按摩・指圧実習の日である。


 全員でケーシージャケット――白衣に着替え、マットを敷いた畳の上で車座になりながら講師の説明を聞いている。


 ここに集まっているのは若い生徒から新たに資格取得や起業を目指す中高年の男女が分け隔てなく講義を聞いている。


 その中にたったひとりだけ、まるでお人形さんのような美少女が混ざっていた。


 サラリと流れる金糸の髪はセミロング。瞳の色は宝石のような翡翠色。見た目は幼く、一見すると中学生に見てしまうが、もうすでに成人年齢を迎えているという。


 医療技術が未熟な発展途上国から留学制度を利用し、この日本で東洋医術を学んで自国の患者たちへと役立てたい――


 カンペを読みながらそう語った彼女の志と合わせて、セーレスは実習クラスの中でアイドル的な扱いを受けていた。


「それでは五人ずつ実習を開始します。まずは誰か――」


「はい!」


「おお、やる気がありますね。ではアリスト=セレスさんと、それから――」


 トップバッターを務めることとなったセーレスだったが、この後意外に紛糾したのはセーレスの患者役だった。


 男も女も老いも若きも、あの細くか細い白魚のような手で肩や背中を指圧してもらえたら、くすぐったいのか、それとも天にも昇る気持ちになるのかと想像し、煩悩まみれで我先にと群がったのだ。


 結局埒が明かないからと公平にくじ引きをすることとなり、実習の開始が大幅に遅れてしまう。それをニコニコ眺めながらセーレスは内心「みんな殺気立って実習前の儀式なのかなー」などと考えていた。


「じゃ、じゃあこんなおじさんが相手で申し訳ないけど、よ、よろしく頼むよ」


「まっかせて!」


 セリフだけながら何やら如何わしい感じがしないでもないが、これはあくまで治療行為の一環である。施術する方もされる方も、卑猥な気持ちは微塵もあるわけがない。


 だが男たちはクジを引き当てた禿頭のおっさんに嫉妬を顕にし、女子たちは歯ぎしりしながらおっさんを軽蔑の眼差しで見ていた。


 そして、ここからセーレスの独壇場奇跡が始まった。


「んん? おじさん、お酒好きでしょう?」


「おお、よくわかったね……でも今日は実習だからいつもより量は減らしたんだよ」


 畳の上に敷いたマットにうつ伏せになりながら、セーレスがその背中に触れていく。按摩と指圧の実習のはずなのだが、他の生徒も講師も、心地よいセーレスの声音に引き寄せられるように注目していた。


「お腹の中がだいぶ疲れてるかなー、全身を巡る水の精も元気がないみたい」


「み、水の精? それって血の巡りのこと……?」


 突如として意味不明な言葉を使い始めたセーレスに、おじさんはもちろん、みんなも首をかしげる。彼の白衣越しでもわかるミチっとした肉付きの背中を触りながら、セーレスがピタッと手を止めた。


「はい、治ったよおじさん!」


「え、治ったって、あれ?」


 うつ伏せになっていた男は、自分の全身がカッカと熱くなっているのに気がついた。身体に沈殿していた昨夜のアルコールの残滓が綺麗さっぱりと消え、滞っていた血管の中を、サラサラの血流がギュンギュン駆け巡っているのがわかった。


「な、なんだこの身体の軽さは……まるで十代の頃に戻ったみたいな……腰の痛みも肩の痛みもなくなってる!?」


 顔を上げたおっさんを見て、周りの生徒達が「あ」っと声を上げた。


 顔中にあった醜い吹き出物や黒ずんでいた毛穴が消え、つやつやと血色良くなっていたからだ。施術前と後では別人のようになっていた。


「お、お肌がつぅるんつぅるんになってる!?」


「はい次のヒト〜」


 今度はたまたまセーレスと目があった若い女の子が患者役になった。マットの上に恐る恐るうつ伏せになる。


 同じくセーレスはツツツっと彼女の背中を手のひらで触っていき、今度は背中だけに留まらず、臀部を通り越して腿裏から膝の方まで撫でていく。


「ねえ、ここ痛い?」


 足元からかけられた言葉に、彼女はビクッと肩を震わせ、慌てて顔を上げた。


「ど、どうしてわかるの!?」


 セーレスの暖かな手が、右膝の周りを何度も何度も撫でている。彼女は本当に、心臓を鷲掴みにされたように、驚いた表情を浮かべていた。


「そこは昔、怪我しちゃったところで……」


「ふむふむ」


 実は陸上選手だった彼女は、交通事故に遭い膝を悪くした過去があった。選手としての夢を諦め、今はスポーツ医療の道を志しているという事情があるのだが、その心には未だ未練があるのだった。


「痛かったね、辛かったね。でももう大丈夫だよー」


「え」


 セーレスに導かれるまま仰向けになった彼女の膝に、セーレスの両手が添えられる。熱い。人間の体温とは思えないほど、白く小さな手があり得ない熱量を放っていた。


 周りでかたずを飲んで見守る生徒たちの幾人かは、一瞬青い輝きを幻視したものまでいたほどだ。


「い、今、何をしたの?」


 気がつけば膝の痛みが消えていた。

 これから一生涯、付き合っていかなければならない障害だと医師には宣告されていた。それは寝ても覚めても現れる悪夢のようなものだった。


 数年ぶりとなる痛みからの解放に、彼女はただ呆然と、目の前の少女へと問うていた。


「いくら実習でも、まずは本当に痛いところを全部治してからじゃないとね。さあ、次は誰かな?」


 セーレスの笑顔はまさに天使、あるいは女神のそれだった。誰もが授業の趣旨が変わっていることを自覚しながら、それでもセーレスの言葉を否定することはなかった。


 ヒトは、大なり小なり痛みを抱えて生きている。

 それは心という意味だけでなく、肉体に於いても同じである。


 だがその日、セーレスと一緒に実習を受けていた数十名からの生徒たち身体のすべてから、一切の怪我や病巣が消えてしまった。


 自らが負った障害や病気を突然克服した老若男女の生徒たちは、改めて東洋医療の道を志し、あるいは本来自分がいるべき道へと戻ることを決意した。


 彼らはその後、口を揃えて言う。私達は奇跡を見た、女神に出会ったのだと。


「ダフトンに帰ったらバハのおばあちゃんに肘揉みしてあげようっと!」


 本人は全く自覚がないまま、決して安くはない奇跡を量産し続けていくのだった。



 *



「ねえ、誰だろう、ここの卒業生かな?」


「うん、ちょっと格好いいよね?」


「あの金色の目ってカラコンかなあ?」


 ……なーんてこと、今僕をチラ見していった女の子たちが噂してないかな……などとのんきな妄想をしながら、僕は豊葦原学院高等部正門前に佇んでいた。


 時刻は放課後を少し回ったくらいである。授業を終えた生徒たちが、それぞれの予定へと足を向けている。


 部室棟に走っていくのは運動部の男子たちで、ゆっくりと正門に向かってくるのは帰宅部の子たちだろう。これから遊びに行くもの、塾通いをするもの、バイトに向かうものと、その予定は様々だ。


 かつての僕が否定していた光景。

 何故か今は無性に懐かしさを感じてしまう。

 でも、それでも僕は、その場から一歩も前に進むことはできなかった。


 まるで正門前に見えない壁のようなものが立ちふさがっているみたいだ。すでに学校をフェードアウトした者を拒絶する雰囲気のようなものが感じられ、僕は敷地内に立ち入ることを躊躇していたのだ。


 もし今の僕が望めば、再びこの学校に通うことができるだろうか。その時はエアリスだけでなくセーレスも一緒に……。


「いや、それはないな……」


 学校とは、自分の将来の進路を決める場所だ。

 もうすでに自分の道を決めてしまった僕、そしてセーレス、エアリスには、この豊葦原に通う意味はないだろう。


 僕がこの学校の生徒になることはもう二度と無い。でもせめて、本当の僕を知っている友人たちに会うことくらいは――


「うわわ、ホントにいた!?」


 思考の間隙に懐かしい声が響く。

 ふと目をやれば、豊葦原の制服を着た女子生徒がふたり、驚いた表情で僕の顔を覗き込んでいた。


「あ、あのさ、私達のこと覚えてるかなー?」


「そうそう、私たち〜心深ちゃんのお友達で〜」


「もちろん覚えてるよ。朝倉希あさくらのぞみさんと支倉夢はせくらゆめさんだよね」


 どちらも元僕の同級生だ。

 ベリーショートで活発そうなのが希さんで、ゆるふわロングヘアが夢さんだ。


 喋り方も特徴的で、希さんが男勝りでサバサバしているのに対して、夢さんはまさに夢みるみたいにふわっとした喋り方をする。


 ふたりとも、最後に会ったのはこの学校の裏に広がる雑木林に施した結界の中だった。僕はテロリストとして追われる身分であり、セーレスを取り戻す最後の戦いに赴く直前だった。飛び立つ僕のことを、このふたりも快く見送ってくれたのだった。


「いや、ホント久しぶりだねえ!」


「うわあうわあ〜! なんか全然違っちゃってる〜」


 もともと明るい性格の希さんと、どちらかと言うとおとなしい性格の夢さんは、興奮した様子で僕を見上げている。あまりにもふたりが騒ぐため、帰り足だった他の生徒たちが何事かとこちらを伺っていた。


「別に僕はなにも変わってないよ。身体は成長しようもないし」


 なんてったって不死身ですから。今後歳を取ることはないのだ。


「いやいや、以前にはなかったアダルティな雰囲気出ちゃってますよお兄さん!」


「お兄さん!?」


「ねえ〜、そうだよね〜。全然同い年に見えないもん〜」


 自身の変化とは、自分ではなかなかわからないものだ。久しぶりに再会した彼女たちがいうのなら間違いないだろうが、自分ではとんと首を傾げるばかりである。


「あれ? なんだよ、これから呼ぼうと思ってたのに先越されたのか」


 ぶっきらぼうな声に振り返る。

 そこには初めて親友と呼べる間柄になった男子生徒が立っていた。


「久しぶりだな――えっと、成華って呼んだ方がいいのか?」


「うん、それで構わないよ。針生はりゅうくん」


「センセセンセ、僕もおるんですけど!」


「うん、星崎くんも久しぶり」


 僕の胸に懐かしさが蘇る。

 まだ一年も経っていないというのに、彼らとの思い出は遠い昔の出来事のように思えてしまう。


 針生清次はりゅうきよつぐくんと星崎一平ほしざきいっぺいくん。


 針生くんは気合の入ったスポーツ刈りで、一見すると不良のように見られがちだが、武道に邁進する好青年である。


 対して星崎くんは、良く言えば明るく、悪く言えばやや軽い性格をしていて、とにかく好みの女性には積極的に話しかけてお茶に誘うというバイタリティの持ち主だ。


 かつて針生くんは武道家としての勘から僕の強さに興味を持ち、タイマン――一対一の喧嘩をしかけてきた。そして実はその裏で、僕とは別行動を取っていたエアリスをナンパして一緒にお茶をしていたのが星崎くんなのだ。


 希さんや夢さん同様、テロリストとして指名手配され、孤立無援だった僕たちに救援物資を届けてくれ、最後は戦いに赴く僕を応援してくれた。


 世界から憎悪される僕に、それでも彼らは自分の判断で味方になってくれたのだ。あの時の嬉しさは今も胸の奥に残っている。


「久しぶり」


「おう、元気そうだな!」


「センセ、何や男前になったなあ!」


 言いながら僕は二人と握手を交わす。

 ガシッと手を合わせれば自ずと伝わってくるものがあった。


「針生くんは空手続けてるんだね。以前より手が固くなったし、握力も強くなったみたいだ」


「お、わかるか。まあ、人間として常識的な範囲で強さを求めようと思ってな」


「そないなこと言って、夏のインターハイ王者やで」


「うそ、すごいじゃないか!」


 僕が素直な称賛を送ると、針生くんは照れくさそうに明後日の方を向きながら「はっ、巨大ロボットとタイマンして勝つようなやつに言われても嫌味なだけだぜ」などと謙遜する。待ってくれ、それは比較対象がおかしいぞ。


「そうなんだよ、針生くん今度のオリンピックの強化選手になってるんだから!」


「もうすっかり学校の有名人だよね〜」


 追従してきた希さんと夢さんの言葉に、僕は今度こそ目を丸くした。


 正式種目になった空手でオリンピックに?

 なんてことだ。友人の成功が我がことのように嬉しいなんて……こんな気持ち初めて知った。


「まあ、なんてったって上には上がいるって知ってるからな。おまえと戦ったのがいい意味で戒めになってるんだ。いくら鍛錬しても足りないくらいだぜ」


「だからそれは比較対象がおかしいってば」


 僕は魔族種であり、人間よりずっと強い種族だ。しかも真希奈のサポートや、魔力による補助効果だってある。彼に見せたのはたった一撃だけの本気だったけど、まさかあの姿を追いかけて超高校生級の実力を身に着けてしまうとは。


「はあ……針生っちはそうやって女の子にもモテモテで、ホンマに学校のヒーローや。それに比べたら僕なんてまだ彼女もできへんしなあ……」


 苦笑しながら自虐的に自らの近況を教えてくれる星崎くん。彼女ができない云々はまあしょうがないけど、でもさっき握手した感じでは、彼だって頑張ってるものがあるようだった。


「でも、キミだって指にペンだこができてるんだけど、勉強しっかりしてるんじゃないの?」


「あら、わかってもうた?」


「ああ、こいつもチャラチャラしてるのは相変わらずだけど、成績はかなり伸びたんだよな」


 バシっと星崎くんの背中を叩きながら、まるで自分のことのように自慢する針生くん。「ちょ、やめてーな。針生っちのツッコミきついねんから!」などと抗議しているが、照れ隠しなのが見え見えだった。


「まあせめて大学くらいはそこそこのところ行っておこう思うてね。今頑張れば、あとは花の女子大生と合コン三昧でウハウハできるしね!」


 言ってることは不純の塊だが、そのために正道で努力しているのは認めなければならない。ただ隣で聞いてる希さんと夢さんがツツツっと距離を空けたのは黙っていよう。


「希さんや夢さんは進路決まってるの?」


「まあねー、私はバレーボールで推薦取れそうなんだー」


「私はね〜、獣医さんになりたいから、勉強がんばってるよ〜」


「そうなのか……!」


 針生くん、星崎くん、そして希さんと夢さん。

 それぞれがそれぞれの進路や夢に向かって歩み始めている。ああ、本当に今更だけど、僕は彼らが生きるこの世界を救うことができたのだ。


 御堂百理が唱える厄災の日。

 アダム・スミスが百年以上をかけて準備していたサランガとの戦い。


 セーレスを奪還するため、半ば流れでこの星を守ることになった僕だったが、当時の僕はここまで想像はできていなかった。


 即ち、僕が守ったこの星の未来に生きる友人たちの姿だ。


 いや、友人たちだけではない。

 僕らを遠巻きに眺める豊葦原の生徒たちも、今日街中ですれ違った人々も。誰も彼もを僕は守り抜くことができたのだ。


 改めて、我ながらどエライことをしてしまったものだと自覚してしまった……。


「俺たちにばっか聞いてねえで、今度はおまえの番だぜ」


「せやせや、今までずっと音沙汰なかったんやから根堀葉掘り教えてもらうで〜」


「今日はエアリス先輩は来てないのー?」


「あの小さくて可愛い、アウラちゃんとセレスティアちゃんだっけ、ふたりもいないのかな〜?」


 未来へと進み続ける彼らに負けないよう、僕もまた進んでいるのだと報告せねばなるまい。だがその前に、ひとつどうしても聞いておかなければならないことがあった。それは――


「甘粕くんは、どうしたの?」


 それは当然の疑問だった。

 針生くん、星崎くん、そして甘粕くんと合わせて豊葦原の三馬鹿、などと揶揄されていた彼らなのだ。


 先程からずっと甘粕くんの姿を探していたが、校舎の方からやってくる気配もない。そして、僕が彼の名前を口にした途端、遠巻きに僕らを眺めていた生徒たちから「ちっ」などと舌打ちが聞こえてきた。一体なんなんだ?


「あー、アイツはちょっと今は、な……」


「……まさか、あの災害で怪我でもしたとか?」


「いやいや、それはない。ピンピンしとるよ。多分今も」


「どういうこと?」


 針生くんも星崎くんも、そして希さんも夢さんも気まずそうに視線を落としている。だが、覚悟を決めたようで、針生くんが代表して教えてくれた。


「アイツな、ちょっと前に学校辞めたんだ」


「え――どうして?」


「辞めたっちゅうより、辞めなアカンように仕向けられたちゅうか……」


「うん、甘粕くんもいさぎよいというか、見切りが早いからねー」


「私達になんの相談もなかったから、止める暇もなかったの〜」


「一体何があったの?」


 守ったはずの未来で、大切な友人が辛い目に遭っていたなどと、僕は知るよしもなかった。



 *



 おまけ。


「か、風が――」


「風神様だ、彼女は風神様なんだ!」


 エアリスが調理実習をする教室内では、彼女の絶技が惜しみなく披露されていた。


 エアスト=リアス。

 この世全ての大気を支配せしもの。


 彼女が意を以て振るう刃(包丁)には風がやどり、尋常ならざる切れ味で食材の下ごしらえをしていく。


 大根の桂剥きで包丁さばきの基本を見るテストでは、ミクロンの薄さで皮を剥いていき、鯵の三枚おろしでは、中骨だけになった鯵の頭が息を吹き返したりと、常識ではあり得ないミラクルが続いていた。


 ただひとつ、調理を行うエアリスの姿はどうしようもなく神々しく美しく、それでいて料理に対する真剣な姿勢は、彼ら生徒ひとりひとりと何ら変わるものではない。


「私は、私が仕えるべき主――私の夫と、その家族に、ここで学んだ技術を用いて、毎日の料理を作ってやりたいのだ――」


 彼女が既婚者であるという事実は、雷撃のそれとなって周りの生徒たちへと炸裂した。


 それほどの衝撃を以てしても受け止めきれない事実だったが、同時にエアリスほどの美少女を娶ることができる男とはどれほどのものなのか、興味も尽きなかった。


「私の養父から王位を継いだ男である」


 さらりと告げられた事実は、先程より以上の激震となって生徒たちを襲った。


 彼女の夫はとある小国の王様だという。

 いや、その前に養父から位を継いだというからには、今目の前にいるエアリスはお姫様ということになるのでは、と気づいてしまった。


 まさかそんな止事無やんごとない身分だったとはつゆ知らず、授業が終わったら飲み会に誘おう――などと思っていた不埒者どもの思惑は完全に砕け散った。さらに――


「なにせ我が夫は、私以外にもうひとり妻がいるからな。子どもたちや従者も合わせると、なかなか大所帯なのだ我が家は」


 三度の衝撃。エアリスほどの妻を娶りながら、さらにもうひとり妻がいると。そして子供まで……!


 彼女の口ぶりから「もうひとりの妻」と言う時、一切の影がなかった。つまり夫を挟んでもうひとりの妻とは良好な関係を築いているということ。


 なんて羨ましい――!


 料理の基礎力はすでにあるエアリスは、恐ろしい速度で和食の基本を吸収していく。特に繊細な出汁の取り方は、彼女の料理を銀から金へと昇華せしめる技術である。


(私は愚か者だ。たかがヒト種族と侮っていた自分が恥ずかしい。彼らから学ぶべきを学び、尊敬すべきところは素直に尊敬するべきなのだ……)


 タケルと出会い、アウラを授かり、そしてセーレスと絆を結んできたエアリスもまた大きく成長していた。


 かつては蔑んでさえいたヒト種族を、対等な存在と認めて真摯に向き合うこと。


 その姿勢はまるで精霊の祝福のように、エアリスの料理の腕前を急速に高めていく。今の彼女は一を学んで十を知るという、ある種の超集中状態ゾーンへと突入していた。


(今夜、タケルたちに料理を振る舞うのが楽しみだ。セーレスの喜ぶ顔が目に浮かぶ。アウラやセレスティアもきっと喜ぶだろう……!)


 自分が作った料理を食べてくれる家族がいる。

 ディーオが存命だった頃には叶わなかった幸せに思いを馳せ、エアリスは自然と笑みをこぼすのだった。


 続く。

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