第399話 キミが笑う未来のために篇2④ 未来のイヴ・ザ・バースデイ〜鋼の檻で目覚める人工少女

 * * *



【首都圏近郊、人工AI進化研究所地下第八ラボ】


「ついに完成したわ……!」


『こ、これが夢にまで見た……!?』


「ホントに造っちゃったわよ……」


 御堂財閥が100%出資する研究所、人工AI進化研究所は、いずれ来る大厄災を未然に察知するために設立された。


 去年の終わり頃、本当に現れた宇宙からの侵略者により、地球は未曾有の危機へと陥り、日本でも大きな被害を被った。


 そんな折り、当研究所は所長、安倍川マキ博士指揮の元、多くの日本国民の生命を救うという貢献を果たした。


 大厄災を乗り越えた地球人類――引いては日本には平和が戻った。


 そして人工AI進化研究所もまた、当初の目的を終え、ごくごく普通の研究所へと姿を変えることとなる。


 安倍川マキ所長兼主席研究員は、自身が開発した強制避難指示プログラムにより、結果的に多くの市民生命を救った功労者として讃えられ、紅綬褒章を贈られた時の人である。


 だが本人は変に有名人になって、婚活で不利になったと嘆き悲しんでいるのが実情だ。


 そんな彼女は広大な地下施設、第八ラボにてとある発明品の完成に立ち会っていた。


 彼女の他にいるのはイリーナ・アレクセイヴナ・ケレンスカヤ――イリーナと、アンティーク人形の姿形をした真希奈である。


 イリーナは特殊な生まれ故に、ずっと外の世界を知らずに育った少女で、タケルとの邂逅を機に日本へ来日。


 御堂百理と年齢を超えた無二の親友となり、彼女の出資する人工AI進化研究所客員研究者という肩書を与えられてここにいる。


 その実は大人顔負けの天才少女であり、マキ博士が努力の天才とするなら、イリーナは生まれながらの天才ということになる。


 年齢も見た目も小学生になったばかり、という感じだが、恐ろしく大人びていて頭が切れる。少しでも油断するとマキ博士は自分のお株を全て彼女に奪われるとして恐々とした日々を送っていた。


「さー、最後はマッチング作業だよ。真希奈ちゃん」


『はい、お願いします!』


 三人しかいない空間にはまさかの四人目が存在した。否、正確にはヒトにカウントすることはできないのだが、その姿はどこからどうみても人間である。


 等身大のカプセルの中で目覚めの時を待っているのは少女――年の頃は十代も半ばを過ぎたくらいの――つまりは女子高生だった。


 前髪がパッツンとした黒髪ミディアムショートで、体つきは同年代の平均よりやや上、といったところだ。


 イリーナが卓上からパソコンを操作すると、カプセルの上蓋がスライドし、外気と触れた中身が真っ白いもやを作り出す。人形の真希奈は靄が晴れるのはまだかまだかとそわそわしながら待っている。


「おそらく現在地球上で製造できるなかで、最も人間に近い素体――アンドロイドだと思うわ」


『すごいです! まさに真希奈の理想的な姿です!』


 自分の仕事の成果として満足気に頷くイリーナと、そして自身が発注し、依頼の品が完璧に造られたことへの興奮に声を弾ませている真希奈。


 それを一歩引いたところからマキ博士は眺めていた。科学者としては大いに興味があるが、正直今のふたりのテンションにはついていけそうにないからだ。


 去年の暮れ頃から、真希奈は地球に来るたびに人工AI進化研究所へと脚を運んでいた。運んでいたと言っても、実際に来ていたのは、インターネット回線を通じてやってきていた真希奈の何割分かの意識のみである。


 人工精霊として科学の元で生を受けた真希奈は、タケルの魔法制御を完璧にサポートする以外にも、世界最高の人工知能であり、世界最強のスーパーコンピューターという側面も持っている。


 そんな彼女がなにより欲してやまなかったのが、人間となんら変わらない自身の受け皿となる生の肉体だった。


「それじゃあ、お腹のところが開くようになってるから、そこにすっぽり入ってくれる?」


『了解しました!』


 アンドロイドの見た目は眠れる森の美少女といった風情で、人工的に作り出されたとは思えないほどの質感を持っているが、お腹の周りにだけ四角くつなぎ目が見て取れる。イリーナの操作によってお腹が開閉し、ちょうど人形が一体入れるくらいの空洞になっていた。


『それじゃエントリーします!』


「はーい、じゃあ調整するから少し待っててね」


 お腹のエントリーハッチが閉じられ、真希奈の人形が見えなくなる。イリーナは慣れた手つきでパソコンを操作し始めた。


「それにしても、本当にこんなSFじみたアンドロイドを造っちゃうなんてねえ……」


「まあ私昔からこういうの造ってみたかったし、精霊であるアウラちゃんやセレスティアが魔素で造られた仮初の肉体を持っているんだから、真希奈ちゃんが生身の肉体を持ったらどんな精神的影響があるかとか色々興味が尽きなかったんだよね」


 マキ博士の呟きに応えたのはイリーナ。その口元に咥えているのはロリポップキャンディだ。


 もしこの子が成人したらキャンディがタバコに変わってしまうのだろうか、などとどうでもいいことをマキ博士は思った。


「せっかくつなぎ目のないフルスキンで肉体を包んでいるのに、わざわざあんな大きなメンテナンスハッチを造ったの? 真希奈ちゃんの人形からコアだけ取り出して組み込むことは考えなかったの?」


「もちろん考えたけど、真希奈ちゃん自身が宿った賢者の石シード・コアの解析だけは現状の量子コンピューターを並列処理しても不可能なレベル。そんなブラックボックスを取り出す勇気なんて私にはないわよ」


 ガリッ、ボリっとキャンディを噛み砕きながら、マキ博士の疑問に答えていくイリーナ。キーをタイプする手さばきはいささかも衰えず、ますます速くなっていく。


「それに万が一、素体が破壊されるようなことになっても、人形の真希奈ちゃんだけ脱出すればいい話しだし……」


「マトリューシカみたいに?」


「そうそう。わかってんじゃんおばさん!」


 おばさん、とこの少女に言われてもむかっ腹が立つどころか心はずっと凪いだままだ。これは成長なのか退化なのか、もうマキ博士には判断できなかった。


「じゃあ本体だけここに於いて、リモートコントロールするのは?」


「それも考えたけど、やっぱり今回の肝は、素体の人工神経から受け取った外部刺激を、搭載された新型CPUで処理して真希奈ちゃんにフィードバックすることだから、リモートよりかは直結してた方がより感覚がダイレクトに伝わるはずなんだよねえ」


「なるほどね。それで私が造ったアレを搭載してるわけか……」


「そうそう。偶然の発見セレンディピティとはいえ、発明者はおばさんだからね。いずれタケルにも話を通して大々的に売り出そうよ」


「いやいや、まだ待ってよ。現状のスペックだと世界中で混乱が起こっちゃうから。影響評価アセスメントはもっと慎重にならないと」


「えー、じゃあ売らないの?」


「……いずれ、性能を落としたものを初期モデルとして、年々バージョンアップしていく形で売っていくつもり」


「はっ、ちゃんと考えてるんじゃん。それならいきなり売り出すより継続してお金が入ってくるね。さすが年の功だよ!」


 ふたりが会話に登場するアレとは、今回真希奈の素体にも組み込まれている新型CPUコアチップのことだった。


 もともと、真希奈は地球で秘密のアルバイトをしている。それは、インターネットを通じて彼女の能力が遺憾なく発揮されれば、容易に高額を稼ぎ出すことのできる類のバイトである。


 だがいかんせんタケルと共に魔法世界マクマティカに帰還してしまう彼女には、バイトを継続することが難しいという欠点があった。


 それを補うために真希奈の思考――ロジックを組み込んだPCに、仕事を肩代わりさせようという試みが行われた。結果からいってこれは失敗に終わる。現行のCPUの処理速度では、真希奈が望んだ結果を得られないことが判明したからだ。


 時を同じくして、タケルを通じてドルゴリオタイトという異世界の鉱物を受け取ったマキ博士は、魔力が込められたドルゴリオタイトを砕き、粉末状にして精密な分析を行っていた。


 その際、取りこぼしてしまったドルゴリオタイト・パウダーが分析機の内部に入ってしまうというミスをやらかしてしまう。


 分析機は暴走し、最後には壊れてしまうのだが、その原因となったのが、組み込まれていた演算ユニットへの並々ならぬ負荷と、通常を凌駕する速度で処理を行った結果による自壊だということが判明したのだ。


 何故そのようなことが……。

 マキ博士は仮説を立て、それを実証した。


 即ち、ドルゴリオタイト・パウダーは精密機器のCPUに対してドーピング的な効果をもたらしたのではないか、と。


 それは正解だった。

 CPUを構成するシリコン基板、億を超える電子素子トランジスターに、製造過程でドルゴリオタイト・パウダーを混ぜ込んだものと、そうでないものとでは、コアチップが完成したときに雲泥の性能差を叩き出したのだ。


 そうして偶然の産物から作り出された新型CPUは、現行のものを遥かに凌駕するバケモノスペックを有しており、これを発表した日には、100年後の未来からやってきたCPUと言っても誰も疑わないほどの逸品となったのだ。


 その新型CPUが三基、目の前のアンドロイドには組み込まれている。


 それら全てを合わせた処理速度でも真希奈ひとりには敵わないが、肉体を得た彼女を適宜サポートしてくれることは十分に可能だった。


「おばさんすごいよ。私脱帽したね。私が逆立ちしたって作れないもの造っちゃったんだから」


「別に……、私が第一発見者ってだけで、アンタだって見つけられたはずよ」


「まあ多分そのとおりだよね」


 このガキめ……。

 作業はいよいよ佳境に入ったのか、イリーナの受け答えもテキトーになってきた。


 最後にイリーナは一際大きな動作でエンターキーを押しこむ。彼女の操るパソコンの画面には『boot up complete』の文字が。


 いよいよ、人類史上初となる人工精霊を搭載したアンドロイドが起動した――!


「真希奈ちゃん、気分はどう?」


「……はい。今、真希奈の心を占めている感情は感動であると、真希奈は告白します」


「おおっ! すごい、人工的に造られたっぽいしゃべり方だ!」


 イリーナは茶化しながら手を叩いているが、これは事実ものすごい瞬間だった。人間となんら遜色のない精神を持った真希奈と、人工的に造られた人間と代わりない肉体。その融合。


 人間でもない、タケルのような魔族種でもない、百理やカーミラのような亜人とも違う、まったくどのカテゴリーにも該当しない、新たな生命体の誕生だった。


「空気がひんやりしています……肌に感じるこの感覚が冷たいなんですね。うわあ、足の裏に感じる床の方がずっと冷たい。ああ、なんて膨大な数の感情クラスタ。これが感じること、生きるということ――」


 美しい容姿を持った黒髪の少女は両手を広げ、くるくるとその場で踊りだした。目覚めたばかりで危なっかしいが、案の定、足を滑らせて尻もちをついてしまう。


「いたッ――あ、ははは、今私、痛いって! これが痛みなんですね!?」


「はいはい、私も今実は人生で最大級に興奮してるけど、いい加減落ち着こうね」


 差し出されたイリーナの手を取り、真希奈(人間)はグイッと自分の元へ引っ張り込んだ。


「わっぷ――」


 体格で勝る真希奈(人間)の胸元へ倒れ込んだイリーナを真希奈はギュウっと抱きしめる。そして顔を鼻を耳を髪を首を、確かめるように触っていく。


「これがイーニャさんの形……。そして匂い……。見るのと触れるのとではこんなにも得られる情報に違いが……!」


「もーくすぐったいってばー! ほらお返しにこちょこちょー!」


「わっ、なんですかこれ!? ムズムズして叫び出したいような――あっはっは、ダメ、無性に笑えてきちゃう!」


 かしましい限りだった。

 生まれて初めての五感をこれでもかと味わう少女は、どこまでも無垢で愛らしい。見守るマキ博士も自然と口元が綻ぶのを感じていた。


「待って待って、ストップ。本来の目的に戻ろうよ」


「はあ、はあ……そ、そうですね。この時のために計画を練ってきたのですものね!」


「計画? なにか臨床実験でも予定してるの?」


 イリーナと真希奈の会話に、マキ博士が割って入る。その手には大きめのバスタオルを持っており、未だ全裸のままの真希奈(人間)にかけてやる。


「そう、計画よ! 名付けて『突然目の前に現れた美少女に心を奪われて〜僕には心に決めたヒトがいるのにキミを好きになっちゃった』計画よ!」


「なにその説明になっているようで全く意味不明な計画は?」


 またぞろ何か漫画の話だろうか、とマキ博士は思うが、ことは一層深刻だった。


「イーニャさん、現在タケル様はメトロを利用して移動中です! 豊葦原学院高等部最寄りの駅に向かっていると思われます!」


「よし、さっそく車で先回りするわよ! 着替えは車内で済ませるのよ!」


「らじゃーです!」


 慌ただしく動き出すふたり。

 マキ博士は引き止めずにはいられなかった。


「ちょっと、アンタたち何する気なの!? 真希奈ちゃんもカラダを得てそうそう無茶なことはダメよ?」


「大丈夫だって、これも貴重なデータ収拾の一環だから。というかなんのために巨額を投じて真希奈ちゃんの肉体を造ったと思ってるのよ?」


「なんのためなの?」


「もちろん、真希奈ちゃんの恋を成就させるためよ!」


 真希奈の手を引きながら、ビシッと指をさして断言するイリーナ。そういう気取った仕草を見ると、まだまだ子供なんだなあと安心する――じゃなくて。


「ほ、本気なの?」


「当然よ!」


「イーニャさん、急がないと間に合いません!」


「ちょちょ、私も行くわよ!」


 こうしてイリーナとマキ博士は、真希奈の恋を成就させるべく、彼女の創造主にして父親にして想い人であるタケル・エンペドクレスとの接触を画策するのだった。


 続く。

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