第398話 キミが笑う未来のために篇2③ タケル・エンペドクレスの華麗なる休日〜地球でのみんなのご予定は?後編


「そういえばタケルよ、なにやら貴様、またおもしろそうなことを考えているようだな」


 朝食が終わり、アイティアとソーラスが入れてくれたお茶で一服していたときである。エアリスが話題を振ってきた。


「ああ、いよいよドルゴリオタイトによる治癒石を普及させようかと思ってね」


 実は先日、ゴルゴダ平原に新たな地下迷宮――ダンジョンの発生が確認されたのだ。


 一番最初に発見され、冒険者ホシザキ・ナスカとして参戦したダンジョンは、見事に討伐された。


 僕も報告を聞いて驚いたのだが、なんと最奥で大きな魔力の結晶石が発見され、それを破壊することに成功したのだという。


 その魔力石が近くの獣をおびき寄せ、魔物族モンスターへと変貌させていた原因と推測されており、それを破壊したことで、地下迷宮は以降、一切の魔物族モンスターの発生が確認されなくなったという。


 魔力の結晶石は、魔物族モンスターが体内に宿しているのと同等の性質を持っているらしく、破壊した欠片だけでも希少価値が高く、立派な収入源になるとか。


 今度発生した第二のダンジョンでは、まるごと魔力の結晶石を外に運び出せないか試してみることになるという。


 今後第三、第四のダンジョン発生が見込まれる中、急務となっているのが、負傷した冒険者たちの速やかな治療である。


 これには、ダフトン市の冒険者組合から正式に龍王である僕に対して、治癒石の融通が打診されている。


 それに対して僕は、新たな試みとなる治癒石を用いた『皆保険制度』の実施を目論んでいるのだ。


 というのも、前回ハウトさんに託した治癒石は、実はひとつひとつはかなり高額な希少石だった。託した全ての石が使い切られたことからも、その費用はかなり大きな金額になってしまう。


 というわけで、冒険者組合に所属するすべての冒険者たちに月額で皆保険に加入してもらい、一定の金額を納めてもらう。


 そのかわりダンジョン討伐にかかわらず、何らかの怪我や病気をした際の治療を、程度によっては治癒石を使って行えるようにしようというのである。


 これには当然反発が予想される。

 基本的にその日暮らしの冒険者たちには、月額の保険料はやや割高になる。それでも皆保険に未加入で治療石を使用した場合に比べて、その費用は1/10以下になるように設定してある。


 今後根気強く全員の加入と、さらに冒険者家族にも、保険に加入すれば最初より少ない費用で治癒石の治療が受けられるよう、整備をしていく予定である。


「そんなことをして、セーレスの仕事がなくなってしまったりはしないだろうか?」


「それは問題ないよ」


 なんてったって、治癒石に治癒魔法を込めるのはセーレスの役目なのだ。毎日せっせと治癒石を作っていき、ストックしておけば、いつでも安定して卸すことができる。


 さらにセーレスの開いている診療所は今後治療だけでなく、バハのおばあちゃんを始めとした、お年寄りたちの按摩やマッサージ治療なども行っていく予定だ。


「ほう、なるほど。確かにいっときの怪我が治ったとしても、カラダが弱ったものたちには、継続的に治療が必要だ。大怪我をしやすい冒険者たちの治癒を治癒石に、継続的に治療が必要なものたちをセーレスにと分配するのか」


「そのとおりだね」


 エアリスは得心したとばかりに頷いている。

 このことは既にセーレスには相談済みなのだ。


「それに向けて、ハウトさんやパルメニさんには、今後治癒石を用いた専門の治療士として研修を受けてもらう。怪我の具合を即座に判断し、的確な等級の治癒石を効率よく使用する専門の資格を取ってもらうんだ。今、そのためのマニュアルと試験を僕が作ってる」


 このアイディアの元になったのはハウトさんだ。実際ダンジョンで怪我をした冒険者たちに治癒石を使う際、どの程度の怪我にどのくらいの大きさの石を使用していいのか迷ったという彼女の言葉から着想を得た。


 現在はカーミラから紹介された研磨工場で形を完璧に揃えられたドルゴリオタイトを魔法世界マクマティカのリシーカさんによって呪印を施してもらい、最後にセーレスに治癒を込めてもらっている。


 そうして出来上がった治癒石を専門の治療資格者を通じて、保険料を収めてくれた冒険者たちへと使用していく。いずれこの保険制度は、臣民全土に広めたいと思っている。


「すごい、これはダフトン市だけでなく、獣人種やヒト種族でも応用できますね!」


 話を聞いていたソーラスが口にしたことは、僕が考えいてる未来そのものだった。医療技術が民間療法の域をでない魔法世界マクマティカではあるが、その代りに魔法という奇跡の力がある。


 だが残念ながら治癒魔法を使いこなせる魔法師は全体の人口に比べて圧倒的に少ない。的確な治療が欲しいときに、治癒魔法が使える神官ははるか遠くに住んでおり、結局手遅れになるケースが多すぎるのだ。


 ならば、持ち運びがしやすい治癒石と、適切な運用知識を持った資格者を全国に普及させる。各地の神官たちには、治癒石を作ってもらうことで、一定のマージンを支払い、わざわざ巡業して各地を回らなくてもいいようにしていく。


 その下支えとして皆保険加入を推進していけば、落命する生命を減じることが可能になるだろう。


「獣人種はラエル・ティオスを始めとした列強氏族に、ヒト種族にはオットー14世に話を持っていこうと思ってる」


「さらっと口にしてるけど、その両方に顔が効くタケル様半端ないです……」


 愕然とした様子でソーラスが呟く。

 その隣ではアイティアがポーッと顔を赤らめた様子で僕を見つめていた。なんだ、どうしたんだ、大丈夫か?


「……これからも誠心誠意、タケル様にお使えしていくことを誓います……」


 まるで熱病にうかされたように囁くアイティア。僕は「あ、ああ……よろしく」と返すのみであった。



 *



「タケル、今日はどうするの?」


 食器の片付けはアイティアとソーラスに任せて僕らがくつろいでいると、セーレスが聞いてくる。


「うん、いろいろ考えてるよ」


 せっかくの地球、せっかくの日本である。

 僕はこちらでいろいろしなければならないことがあるが、セーレスやエアリスにも予定を考えている。


「とりあえずセーレスにはこれ」


「なになに?」


 僕はクリアファイルからA4用紙を取り出し、セーレスへと手渡す。精霊魔法師である彼女ならセレスティアを通じて日本語の読み書きはおろか会話だって可能ななずだ。


「とうよういがくせんもんがっこうりんしょうじっしゅう……」


「東洋医学専門学校臨床実習な」


 以前からセーレスに与えていた整復師や鍼灸治療、按摩などの教科書は全部その学校のものだった。今回せっかく地球に来たのだから、実習などを体験できないか、と百理に相談した結果、彼女のコネで授業に参加させてもらうことになったのだ。


「行く! 絶対行くよ! いっぱい勉強してくるよ!」


「うん、キミの学習意欲に見合った知識が得られると思うよ」


 医療とはヒトを相手にする仕事だ。

 その点セーレスという無類の明るさと誰からも好かれる天真爛漫さは、ヒトとのコミュニケーションにピッタリである。この性格を知っていたら、リゾーマタで彼女が排斥されることもなかったろうに。


「さて、エアリスはこっち」


「む、私にもなにかあるのか? ……栄養専門学校日本料理コース?」


 僕から渡されたパンフに目を落とし、エアリスは首を傾げた。


「これが一体なんだというのだ?」


「短期だけどね、エアリスが通う学校」


「なんだと……!?」


 前回地球の温泉旅館で食べた日本食に感銘を受けていたエアリスのために、これまた百理の伝を使い、日本料理の授業を受けてもらおうという魂胆である。


「だが、授業ということはあの学校のような、ごちゃごちゃとうるさい者たちと一緒に授業を受けなければいけないのだろう?」


 あー、以前僕は学生の身分を偽って学校に通っていたことがある。僕とエアリスとは一学年違いだったため、同じクラスにはなれなかったのだが、休み時間のたびに彼女は僕の教室へと押しかけてきていた。


 その際にはクラスメイトからのお誘いは全てブッチするという徹底ぶりで、それでも彼女が嫌われたりイジメの対象にならなかったのは、その類まれなる容姿と雰囲気によるものだろう。


「確かに日本の学生とキミは合わないかもしれない。育った環境が違いすぎるからね。でも今のキミには相応の立場と目的がある」


「も、目的……立場?」


「そう、この僕の奥さんとしての立場。そして自身の料理の腕をより高みへと昇華させ、その技術を魔法世界マクマティカへと持ち帰る目的がある」


 自分で言ってて恥ずかしいことだが、結婚は厳然たる事実なので慣れていかなければならない。ちゃんと第三者を前にしても「僕の奥さんです!」って堂々と言えるようにならないとなあ……。


「な、なるほど……! あの学校でも一番にうるさかったのは男どもの下卑た視線と無遠慮な誘いだった。だが今の私はもう結婚しているのだ。確か他人の妻に手を出せば死刑になるのだったなこの世界では!?」


「さすがに死刑はないけど、社会的には死ぬことはあるかもね」


「ならば恐れるものはなにもない。私は無敵だ!」


 エアリスは天井を仰ぎ高笑いを始めた。

 そんなに男どもの誘いがウザかったのか。

 でも許してやってくれ。キミの見た目はあまりにも魅力的すぎるんだ……。


「えー、お母様たちいなくなっちゃうの?」


「なっちゃうの……?」


 口を揃えて不満を述べたのはセレスティアとアウラだった。食後のアイスを食べながら(しばらくの間、ご褒美として毎食のデザートを付けることになった)、ブーッと不満気な様子だ。


「大丈夫、ふたりは今日、ベゴニアとお出かけです」


「お出かけ?」


「ベゴニア……?」


「そう、原宿とか新宿とか、とにかく色々なアイスのお店に連れて行ってくれるってさ」


「ッッ!?」


「――ッ!?」


 ふたりのお子はまさに天にも昇り、その場(空中)で小躍りを始めた。ふたりで手をつないでくるくると螺旋を描いて着地しては飛び上がっている。うん、家の中ではいいけど外ではそれダメだからな。


「その際に、ふたりにはお願いがあります」


「お願い……?」


「なになに、なんでも言ってお父様!」


「えー、ベゴニアのことは是非『ママ』『お母さん』と呼んで上げてください」


「ベゴニア……ママ?」


「ベゴニアお母様?」


 お子たちの反応は決していいものではなかった。

 自分たちの母親がちゃんといるのに、他人を母と呼ぶのに抵抗があるのだろう。


「大丈夫、地球のお母さんみたいな存在って意味だから」


「そうだぞ、本人がそう呼ばれたがっているのだ。呼んで上げなさい」


「セレスティアとアウラの気持ちは嬉しいけど、私達がお母さんであることには変わりないからね」


 エアリスとセーレスから援護射撃をもらい、アウラとセレスティアはにっこりと頷いた。他のヒトをお母さんと呼んでエアリスやセーレスが嫌な気持ちにならないかと心配したのだろう。なんていい子たちなんだ。


「あと、ベゴニアは頻繁にふたりの写真を撮ると思うけど、是非笑顔で応えて上げて欲しい」


「しゃしん……?」


「お父様が持ってるスマホみたいなヤツ?」


「いや、多分これよりもっと大きくてごっついやつだと思う」


 本当にすまん、と僕は心の中で子どもたちに謝罪する。


 今回、この邸宅を格安で借り受ける条件のひとつが、カーネーションブランドキッズ部門の新たな宣材写真の提供なのである。


 アウラの写真を使用したカーネーション・キッズブランドは空前の利益を出す結果になったとか。そのため、事あるごとに新たな写真素材を提供して欲しいと依頼が来ていたのだ。


 有名なアイスやスウィーツの店を周りながら、カーネーションブランドの洋服を着たアウラとセレスティアの写真は、いずれ様々なメディアに登場することだろう。だがその頃には本人たちは魔法世界マクマティカにドロンしているため後腐れは一切ない、という寸法だ。


 僕も最初は難色を示していたが、もうすでにアウラがモデルとして使用されていることと、現在の我が家の経済状況を鑑みて泣く泣く了承した。だって水害復旧と龍王城修復のために蓄財の殆どが吹っ飛んだんだもん……。


 ベゴニアにはふたりの写真が不正利用などされないよう、取扱を厳格に頼んであるから大丈夫だとは思うが……。


「わかった……」


「いいよ、大丈夫だよ」


「うん、気楽に美味しいものを食べてくるといいよ」



 *



「さて、ふたりは……よければ、家の外に出て色々と見てくるといい」


 最後の締めと言わんばかり、残ったアイティアとソーラスへと提案する。洗い物を終えたふたりは手を拭きながらビックリしたように目を丸くした。


「え、私達にもお暇をくださるのですか?」


「嬉しいけど、こっちの言葉わからないですよ私」


「でも、アイティアにはモリガンっていう精霊がついてるし――『日本語はわかるだろう』。どうかな?」


「あ、意味がわかります」


 僕は途中から獣人種の言葉ではなく、普通の日本語で話した。すると問題なくアイティアはその意味を理解したようだ。


「話すのもすぐに慣れると思うよ」


「で、でも、私達はメイドとしてお留守番してないと……!」


「それはアズズにでも任せるから大丈夫」


 尚も食い下がるアイティアの逃げ道を塞ぐ。アズズは今回邸内に限っては水の妖精の肉体を使って好きに動き回っていいと言ってある。


 パルメニさんが一緒に来てたら仮面の状態で外に出てもいいだろうが、流石に水色の肉体は日本では目立ちすぎるから遠慮してもらおう。


「よし、じゃあアイティアが先導してよね。私はどこまでもアンタについていくよ! ああ、異世界の街を歩けるなんて楽しみだなー!」


 ダメ押しとばかりにソーラスが乗っかってしまう。ここまで言われたらアイティアはもう断れないだろう。


「うう〜、わかった……。がんばってみる……!」


「よしよし。じゃあふたりにはこれな」


 僕はふたりにそれぞれ帽子と紙幣を差し出す。


「帽子、ですか?」


「この紙ってなんですか?」


「こっちの世界じゃあ猫耳は目立つからな。尻尾も服の中に隠していくといい。あとそれはお小遣い。全部キミたちのものにしていいから」


 帽子は猫耳がすっぽりと入るキャスケット帽だ。商品提供はカーネーションブランドからである。そしてお小遣いはひとりニ万円だ。街を見て回って食事をするには十分だろう。


「あ、ありがとうございます、行ってきます」


「タケル様、ありがとうございます!」


「うん、この世界には車っていうものがあるから、それには十分気をつけてね」


 揃って頭を下げてくるアイティアとソーラスに、僕はいかにも主らしく鷹揚にうなずくのだった。



 *



「さて、私達の予定はいいとして、貴様は今日どうするのだ?」


「そうだね、奥さんとしては予定を把握しておかないとねー」


 エアリスとセーレスがニッコリと微笑みながらも、どこか迫力のある笑みで問うてくる。


「一応ね、こっちにいる知り合いに、久しぶりに会ってこようと思う」


「ほう、するとマキ博士やイーニャか?」


「いや、そっちは真希奈が朝から会いに行ってる」


 そう、地球に到着するなり、真希奈はとっくに別行動を取っている。


 珍しいことだが、以前から地球に来た際には人工AI研究所に行く約束が決まっていたという。


 そこでイリーナやマキ博士と共同でとある実験をする予定だとか。僕は一抹の不安を感じていたが、ひとりの方が動き易いので渋々了承していた。


「よし、では料理の修行が終わったら、イーニャやマキ博士も招いて食事会を開こう!」


「賛成! 私もがんばって、バハのおばあちゃんやダフトンのみんなに、もっとすごい治療ができるようにする!」


 エアリスとセーレスが気合も新たに立ち上がる。

 うんうん、この機会に予定を組んだかいがあったというものだ。


 やがてひとりひとり、それぞれの場所へと各種交通機関を利用し、でかけていく。残ったアズズと水の精霊に邸宅の警備を任せると、僕もまたでかけることにする。


 まずは三馬鹿――甘粕、針生、星崎くんたちに連絡を取ろうか。一番簡単だし気楽だからな――と、スマホのコールボタンを押すのだった。


 続く。

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