第397話 キミが笑う未来のために篇2② タケル・エンペドクレスの華麗なる休日〜地球でのみんなのご予定は?前編
* * *
その後の話をしよう。
どうも、タケル・エンペドクレスです。
その後、というは水害後のお話です。
現場に居合わせたアウラとセレスティアのおかげで、未曾有の災害だったにも関わらず、死者はゼロという結果になりました。
アウラとセレスティアが救出した者たちは言うに及ばず、水門の開閉をしていた現場でも、ミクシャを始めとした我竜族たちの活躍により、怪我人程度で済んだようです。
今思い出しただけでも寒気がします。
自分が不死身だからと他者の生命を軽んじていたわけではありませんが、それでも一歩間違えば取り返しのつかない事態になっていたかもしれません。
僕はこの通り、大概のことはなんとでもなるチート野郎ですが、それでも死者を生き返らせることはできません。
本当に、アウラとセレスティアには感謝しなければならないでしょう。
ヒルベルト大陸は広大です。
ですが上流の気象状態を把握しておかなくてはまた同じ悲劇を繰り返してしまいます。
今後の課題として、定期的なルレネー河上流の偵察や、水位の変化を記録する気象観測班の設立は急務かも知れません。
我竜族たちの町は、速やかに回復しつつあります。完成は遅れそうですが、それでも一度はすべて破壊されてしまった施設を急ピッチで建て直しています。
誰一人として死ななかったことと、僕やウーゴ商会を始め、多数の有志たちによって補填費用が出資されたこと。
そしてなにより、自分たちには風と水の精霊の加護がついている。その事実が、全員の心に再び火を灯したのです。
すっかりみんなにも認知されたアウラとセレスティアは、蝶よ花よと讃えられ、今では町に顔を出しただけで感謝され、崇め奉られる存在になってしまいました。
でも正直に言えば、アウラとセレスティアはつまらなそうでした。僕のように、彼女たちをごくごく普通の子供として扱うものがいなくなってしまったからです。
精霊信仰が根強い
*
さて、慣れない説明口調はこのへんにして。
町の復旧はお金と時間さえあれば確実に進んでいくだろう。
僕たち家族にとって最も深刻だったのは、半壊した龍王城の方だった。
なんとかディーオの書斎は守ることが叶ったが、そのかわりエアリスの城であるキッチンが破壊されてしまった。
一部調味料と、彼女が手入れを重ねてきた竈が完全に破壊されてしまい、目に見えて彼女は落ち込んでいた。
その元凶となった水の妖精は超がつくほどのごきげんだった。長年一緒にいたセーレスと再会することができたからだ。
だが改めて龍王城の有様を見たセーレスに叱られると、彼女の手のひらの上でスライム然となった妖精は気落ちしたようにドロドロと溶けていたりした。
『よー、セーレスよ、そこまで叱ることはねえんじゃねえか。そいつだって好きでやってたわけじゃねえかもしれねえし』
見かねたアズズが擁護に入ったりするが、ホント一番悪いのはお前だからな。
というわけで、新たな仲間も加わり、さらなる大所帯となってしまった僕らだったが、困ったのは住む場所がなくなってしまったことである。
龍王城はダフトンのランドマークなので、当然修復することとなった。でも、エストランテからの商船がやってくるまでもういくらも時間がない。
どうしても優先的に我竜族の町の方へ人員が割かれてしまうため、龍王城の修復はかなり遅くなることが予想された。
僕の方としても、お客さんを出迎えるための港をちゃんとしておきたいので、そちらを優先するよう打診した。それでも、ダフトン市街の臣民たちの協力により、少しずつでも城の修復が進められることになった。
さて、ここで問題になったのは、先程も言った通り僕らの仮住まいの場所だった。
市内の宿屋を利用してもよかったのだが、正直言って王を滞在させるとなると、他の利用客たちにはみんな出ていってもらうハメになるというのだ。
それじゃあ、誰か別のところをと考えたとき、市長であるパオ・バモス氏や、警備長を務めるホビオ・マーコス氏のお宅にお邪魔する――ということも考えたが、とてもではないが僕ら全員を泊まらせるだけのキャパシティを氏たちの家は有していなかった。
なんならその辺の荒野で自給自足でも――と最終手段を口にしたのだが、それはさすがに体裁が悪すぎる、とパオ氏やホビオ氏に全力で止められた。
あとは――市街地の外れで今も黙々とドルゴリオタイトに呪印を施してくれているリシーカ氏のところや、獣人種列強氏族のラエル・ティオスのところなどが候補にあがったのだが、結局セレスティアの一言が決め手となった。
「私地球に行きたいな!」
地球。
そうすると必然的に僕の生まれた日本に滞在することになるのだが、正直気が進まなかった。
何故なら僕に人生最大級のトラウマを植え付けてくれたカーミラさんが住んでいらっしゃるからだ。
告白のことを思い出すと、今でものたうち回りたいくらいの羞恥に襲われてしまう……。
「ダメ? ねえ、お父様……?」
「いいとも。なんとかしよう」
ふ――僕も親バカになったものだ。
セレスティアは本当に子供らしく、可愛らしい表情を見せるようになった。
そんな上目遣いでおずおずとお強請りされてしまっては逆らえる男は存在しないだろう。
というわけで僕は早速、地球へと単身赴き、真っ先に百理のところへ相談した。これがカーミラでないのはどうか察して欲しい。
事情を話すと百理は、まず先日御堂邸にお邪魔したさいの自分の非を詫びてくれた。ああ、百理の母である御堂命理さんと親子喧嘩を始めたあれか。
『私の自宅でしたら大人数でも全員をお迎えできるのですが、そうすると母の干渉も大変なものになると思いますので……』
電話口で申し訳なさそうに声を落とす百理。
確かにあの強烈なおばあちゃんと毎日顔を合わせるのはご勘弁願いたい。
かと言ってカーミラのところに世話になるのも僕が精神的にきついものがある。
というわけで間を取った結果、僕らには懐かしい邸宅が貸し与えられることになったのだ。
この赤い屋根に白亜の邸宅は、新しく建て直されたものである。
以前、地球に来たばかりの僕が、まだ真希奈を創生する前に、魔法と武術の修行をしていたときに使用していたカーミラ所有の邸宅である。
修行初日で、風の精霊アウラの登場により破壊されてしまった邸宅は綺麗に作り直され、そしてまたここを使用させてもらうことになった。
龍王城より手狭ではあるが、その分機能的でデザインも優れている。概ね女性たちには大好評で僕は複雑な気持ちになった。龍王城よりこっちに住みたーいとか言われたらどうしよう、とつい恐々としてしまうのだった。
*
「むむ。悔しいがやはり地球の
コンロの前で調理をしているエアリスがポツリとこぼした。
彼女が今立っている調理場は、最新のシステムキッチンが導入されており、その使い勝手の良さは龍王城の台所の比ではない。
ひねれば水が出る蛇口や、安定的な火力調節が可能なコンロ、万能包丁から出刃、柳、ペティと一通り揃った包丁郡、そして世界中から集めた調味料の数々と。まさに料理をするものにとって夢のような環境である。
「できたぞ。
調理の完成をさも不満そうに言うエアリス。
器具の有無や性能によっていつもより美味しくなってしまうのは、料理人として自分の腕に疑いを持ってしまうものなのかもしれない。
「えー、ではみんな席について、いただきます」
いただきます、と全員が揃っての食事である。
今日は近くのスーパーで買ってきた食材を使っての、ごくごく日本的な朝ごはんである。
真っ白いごはんに味噌汁、焼鮭に大根おろし、ほうれん草のおひたしと厚焼き玉子である。どれか一品二品は龍王城でも食べていたが、完全和食は久しぶりのことである。
「ああ、美味いよエアリス」
僕は味噌汁をひとすすり、ホッと息をつきながら言った。
「ふん、竈と違ってこちらのガスコンロは優秀だからな」
同じく味噌汁を上品に飲みながらエアリスは不満そうだ。
「いや、そうじゃなくて……地球にいた頃、この献立を作ってれたことあっただろ」
「む……、そういえばそうだったか」
「その時より全然美味くなってるよ」
「そ、そうか……ありがとう」
エアリスは赤くなって俯いてしたまった。
おお、照れてる照れてる。こういう日々のねぎらいを大事にしていくことが夫婦円満の秘訣だってネットに書いてあったからな。これからも実践しよう。
「エアリスは私の奥さんなのに、早くも浮気されてる……!」
僕の右隣のエアリスに対して、左隣のセーレスが態とらしく愕然とした様子で言う。いや浮気ってキミね……。
「別に浮気ではない。それよりも今日の卵焼きは甘めにしてみた。食べてみてくれ」
なんだか最近セーレスのあしらい方も慣れてきたエアリスが、一際大きくカットされた厚焼き玉子を勧める。セーレスは未だ箸の使い方が慣れていないので、お子様みたいな握り箸でグサっと突き刺し、ぐわっと大口を開けて頬張る。
「ほいひぃ! ひょっぱいのもいいけど、こっちもひゅき〜!」
それは良かった。でも飲み込んでから感想は言おうな。
子どもたちは子どもたちで、お子様用の箸を使って器用に食べている。精霊という世界に寵愛された存在であるが故か、みるみるうちに箸使いが上達している。
それに対して不器用ながらゆっくり丁寧に食べているのはアイティアとソーラスだった。席は僕の対面、下座側に位置している。
「エアリスさんの料理はいつ食べても美味しいですね〜」
そう感想を述べたのはソーラスだ。
実は彼女は諜報や戦闘以外にもメイドの仕事も完璧で、掃除や料理もキチンとこなせるらしいが、それでもエアリスのような味は出せないという。
「これがタケル様の故郷の味……何故かこのスープは香りからして胸が踊ります」
こちらはアイティアの感想だ。味噌汁が入ったお椀を両手で持ち、ゆっくりと口をつけている。一瞬猫の獣人種だからかな、と思ったが、別に猫は魚好きというわけではない。たまたま港に近い猫が魚食いになっただけと、どこかで聞いたことがある。単純に彼女の好みだろう。
さて、今回地球にやってきたメンバーを紹介しよう。
僕とエアリス、セーレス、真希奈、そしてアウラとセレスティア。
さらにアイティアとソーラス。
そして水の精霊とアズズの仮面。以上である。
パルメニさんは僕(龍王)の紹介で、普段はダフトン市の冒険者組合で働くこととなった。
とりあえず何か行事ごとや公式な場では僕お抱えの剣士として護衛の任に就くことになるが、普段は過去の経験を生かして働くことになったのだ。なので今は研修中であり、同じ女性職員のハウトさんの家に泊まっている。
今回地球に来たのはアズズだけである。一緒に行かなくていいのかと聞いたが、あくまで今回の研修は冒険者職員になるためであり、かえってアズズは邪魔なんだとか。
邪魔と言われてアズズは舌打ちばかりしていたが、まあ水の精霊という第二のカラダが手に入ったのだ。たまにはパルメニさんにも自由な時間があってもいいだろう。
そしてさらに、オクタヴィア母娘も地球には来ていない。彼女たちは現在、久しぶりに帰郷をしている。つまりは広大な魔の森の秘境中の秘境である自身の城へと
もともと地球に行くと決まったときに、飛竜の扱いに困ったのだ。まさか平和な日本に怪獣みたいな飛竜を連れて行くわけにもいかない。さてどうしようかとなったときに、オクタヴィアはこう言った。
「おう、ならばちょうどいい。ずいぶん長く家を空けてしまったからな。ここらでちと帰っておこうと思うのじゃが……のう前のよ」
これに大反発したのはなんと前オクタヴィアだった。あのダウナー系の光のない瞳を細めて、「私は反対、です……オクタヴィア」と強い口調で反論したのだ。だがそれを予想していたのか、オクタヴィアはこう言った。
「タケルよ、すまんが土産にこーらを買っておいてくれるかのう」
「オクタヴィア……信じていました。どこまでも、あなたについて、いきます……」
さすが自身の分身の性格をよく把握している。
以前から前オクタヴィアが地球のスカッとさわやかコ○・○ーラにドハマリしていたことから、彼女の狙いがそれにあるとオクタヴィアは看破していたのだ。
こうして、「くれぐれも、お忘れなく……」と、もし忘れたら呪われそうな執念じみた呟きを残して、オクタヴィア母娘は魔の森へと帰っていった。こりゃあダース単位で買っておいてやらないとなあ。
続く。
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