キミが笑う未来のために篇2
第396話 キミが笑う未来のために篇2① 金髪と褐色の勧誘撃退法〜地球の逗留先は懐かしき邸宅!?
* * *
「んん? ここって空き家じゃなかったか……?」
その日、新聞拡張員草加昌茂(21)は、豪奢な邸宅の前で足を止めた。
夏も終わり、過ごしやすい季節になったとはいえ、日がな一日外にいれば、まだまだ暑さを感じざるをえない。
販売店から借りてきた自転車は今どきレトロな丸石サイクルのアトラスという、重量が23キロにもなる重くて無骨な自転車で、契約の際にお客に渡すサービス品――洗剤や石鹸、タオル、映画の割引券や優待券、金券などを全て積んでいるため、重さは優に30キロを超える――を引いて歩いている。
日がな一日カード(契約書)を求めて配達区域を一軒一軒訪ねていく地道な仕事は、心が折れることも多い。
特に昨今では新聞を新たに購読しようとする年代は五十代以降が圧倒的に多い。若いお宅を訪ねていくと門前払いや居留守をよく使われるのだが――
「ほほう洗濯物の数から考えても結構大所帯だな」
高い塀をよいしょとジャンプすれば、そこには物干し竿にはためく様々な衣類があった。男物――はない。そのかわり女物と子供服がかなり干してある。
「女所帯なのか……どのみちあたって砕けるしかねえ」
急ぎ草加は正門に向けて自転車を押していく。
立派な門構えが現れ、自転車を停めると、カゴに入れておいたタオルで顔や首周りを拭いて襟元など身なりを整えていく。そしていざインターホンを押そうとして気づく。
「ない。今どきこの規模の家でインターホンがないってマジか」
多少愕然としながらも草加は気を取り直し、そっと門扉を押した。キィっと僅かに音を立てて、あっけなく開く。ずいぶんと無防備だが好都合だ。おそらくこの家は上客の部類に入る。インターホンがなかったくらいで諦めるわけにはいかない。
門扉から玄関まではかなり距離があるので大声で叫ぶのも現実的ではない。むしろいらぬ警戒心を与えたり、近所に通報される可能性もある。ここはあくまで紳士に。それでいて大胆に……。
「なんだここ、めちゃくちゃ広いな……!」
中庭に足を踏みれいた瞬間、草加はキョロキョロとあたりを見渡してしまった。一面綺麗に整えられた天然の芝生が広がり、外壁の側にはポツポツとジューンベリーの木が植えられている。だが、あまり樹形が整えられている感じはしない。引っ越してきたばかりだからか。
そして中庭の中央には、白亜の邸宅が建っていた。三階建てで全体が白で統一されている。とてもではないが一億二億程度で建てられないほどの高級感が漂っている。
いつもは外壁の歩道を通り掛かるだけだったが、実際目の前にするととんでもない金持ちが住んでいるのだとわかる。
これは半年どころか一年契約だってできるかもしれない……。期間が長い契約ほど草加の取り分も多くなる。半年なら一万、一年なら二万円といった具合だ。満額懐には入らないが、それでも草加には大きい額だった。
邸宅の玄関を目指しながら気合を入れていると、おや、と草加は足を止めた。
「なんでこんなところにこんなものが置いてあるんだ?」
玄関の両脇にはそれはそれは立派な彫像が置かれていた。
左には白銀と漆黒のヒト型鎧甲冑である。鬼の顔を模した面と、たてがみのように伸びた漆黒の髪が特徴的だ。全身隙間なくぴっちりとした作りで、一見するとつなぎ目にビスや留め金が使われていない。金持ちの道楽にしては実用的っぽくて妙な迫力があった。
その反対側には、これまたヒト型なのだが、優に2メートルは超える偉丈夫を模した彫像である。何故か全身が光沢のある水色で、透明感がある樹脂っぽい素材で造られている。
見上げるばかりのヒト型の顔の部分に目鼻はなく、何故か半分だけの白い仮面が埋まっているのみだ。あとは意味不明なことに何故か腕が三本もあった。両手に加えて右肩の後ろからニュッと二本目の右腕が生えている。
金持ちの趣味はわかんねえなあ……、そう思いながら玄関扉の前で足を止める。
木目が美しい両開き扉の周りにはやっぱりインターホンなどは見当たらない。草加はひとつ息を吸い込むとコンコンと強めにノックした。
「ごめんくださーい!」
まだだ。この時点で○○新聞でーすなどとは名乗らない。名乗るのは素人。新聞の勧誘とわかっただけで、途端応対もせずに居留守を使われることもある。
「こんにちはー、ごめんくださーい!」
大きな声だが決して威圧的にならないよう、優しく聞こえるように声音を調節する。これもまたこの仕事を始めて草加が覚えてきたテクニックのひとつだった。
とにかく相手に出てきてもらわないことには交渉のしようがない。逆を言えば、面と向かい合う状況さえ作れれば、草加には契約を取れる自信があった。
特に相手が年配の女性だった場合の契約成功率は7割を超える。拡張団内での草加の二つ名
『マダムス・キラー』は伊達ではないのだ。
息子かあるいは孫くらい年の離れた草加がしおらしい態度で下から下から甘えるようにお願いをすれば、落ちないマダムはまずいない……そう思っている。
(早く出てこい。この家で確実に契約を取る。そして今夜はビールに焼き鳥をつけるのだ……!)
キンキンに冷えてやがる――などと夢想したところで「うん?」と草加は両隣を見やる。なんだ、白銀の甲冑と水色の巨人の彫像が動いたような……?
「やー?」
反応あり。バタバタと扉の向こうで足音が近づいてくる。だが声がだいぶ若いような……?
草加は改めて作った笑顔を貼り付けながら扉が開かれるのを待ち――客の前では絶対しないような間抜け顔になった。
「んー? モルニン……?」
え――金髪――人形――コスプレ――超絶美少女!?
草加を出迎えたのはなんと外国人の女の子だった。まるでそれ自体が光を放っているような金色の髪と、宝石を宿したようなエメラルド色の瞳。肌は透き通るような白さで、何故か白衣をまとっている。あと気のせいか耳の先端がピンと尖っているような……。
「あー、ウェルメストゥ・ダバ?」
開きかけの扉に隠れるよう顔を覗かせながら、困ったようにはにかむ金髪の美少女。そのあまりのインパクトに、草加は用意していた挨拶からセールストークまでの全てを失ってしまった。
彼のこれまで生きてきた人生すべてがひっくり返るほどの衝撃。美しいとか綺麗とか、そんな言葉では表しきれないほどの神々しさ。こんなにも目鼻立ちが整いながらも、コケティッシュな愛らしさを見せる生き物が存在するなど、とてもではないが信じられない。
金髪の少女は困った顔をしながらもだんだんと警戒心をつのらせているのか、草加を見上げながら首を傾げ始める。いけない、早くなにかをしゃべらなければ――
「――ッ、スロップン!」
突然のことだった。少女が眦を釣り上げ大声を出した。凛とした意外な迫力に草加は驚き、一歩二歩と後ろに下がる。ドン、と背中に誰かがぶつかった。
「え――えッ!?」
白銀の鎧甲冑だった。
ポッカリと空洞になった鬼面に見つめられ、草加は飛び上がって驚く。
さらに、隣にあった三本腕の巨人の彫像も明らかに元いた位置から動いていて、草加のすぐ後ろにまで迫っていた。なんだなんだ、なんなんだ!? ただの置物じゃないのか!?
「ノルトン! ジー・ワウル、ムビワカ・ノルトン!」
どうやら少女の怒りの矛先は鎧甲冑と水色の彫像に向けられているようだ。愛らしい少女然としていた先程までとは違い、今はまるで母親が子供を叱りつけているような、抗いがいがたい迫力があった。
「あ、あの……あい、あいむ……」
とりあえず英語で挨拶を試みようとしたときだった。
「セーレス、朝から何を騒いでいるのだ?」
金髪少女の背後から新たな声。
よかった、こっちは日本語だ。
そう思ってホッと胸を撫で下ろした草加だったが……。
「なんだ、客か?」
「ッッ、――――ッ!?」
今度は長身の褐色美少女が現れたではないか。
青みがかかったシルバーブロンドに金色の瞳。
そしてその装いはメイド姿であった。
アキバで戯れに入ったメイド喫茶のメイドとは断じて違う。接客業の延長としてのメイドではなく、日常の炊事洗濯をこなすための作業着としてのメイド服。腕まくりした袖や、シワの寄り方、手に持った洗濯カゴなどが本物の働くメイドを感じさせるのだ。
なおかつ、もっとすごいのは褐色美少女のプロポーションである。
しっかりとした作りのメイド服越しにもわかる、恐ろしいほどに自己主張をする双丘や、まろやかな腰のライン、スラッと伸びた脚……。こんな美少女はハリウッド女優にもいないだろう。
草加はその場で立ち尽くし、ポカンと口を半開きにして呆けていた。すると褐色の少女が訝しげに問うてくる。
「客人、何用か。ここがタケル・エンペドクレスの仮住まいと知っての来訪か」
「エルエル、タケル、エルメット・ハウワ――」
「セーレス、まだ寝ぼけているのか。ヒト種族の言葉になっているぞ。地球では現地の言葉をしゃべらないか」
「あっ――と、ごめんなさい。あはは、すっかり忘れてた」
なんと、褐色の美女に続き、今まで意味不明の言語を話していた金髪美少女もまたネイティブな日本語を話し始めた。それにしてもふたりとも、なんて澄んだ声をしているんだろう。彼女たちが発するなら、例え口汚いスラングであっても聞き惚れてしまいそうだ……。
「それで客人――今一度問うぞ。この屋敷に何用で現れた。返答次第ではそなたには無理矢理にでもご退場願わなくてはならない」
ドサッと足元に抱えていた洗濯かごを落としながら、褐色メイドが近づいてくる。草加は慌てて勧誘目的ではない、自己弁護のための挨拶をした。
「ち、違います、私は毎朝新聞のものです! 本日奥様のお耳に入れたいのは、今毎朝新聞を契約いただくと、映画の優待券やお得な洗剤セットをおまけにつけて――」
みっともなく狼狽えながら草加がそう言うと、何やら金髪美少女も褐色メイドも「ほわ〜」っとした顔で目をつぶり、感じ入っているようだった。
「お、奥様か。初めて言われたが悪くない響きだな」
「ヒトから言われて改めてわかるっていうか、そうだよね。私タケルの奥さんだもんね」
「ん?」
「え?」
キョトンとした顔で金髪美少女を見たのは褐色メイドだ。金髪美少女は真顔になって褐色メイドをじっと見つめている。
「エアリス?」
「いや、その、わかってはいるのだ。私の伴侶がそなただということは。だが実質それは方便というものだろう? 私はもともと第二妃でもよかったのだから――」
「まだそんなこと言ってるの? 第一も第二もないってあれだけ言ったのに。別にエアリスがタケルの奥さんでもいいけどさー、じゃあなに、私のことはどうでもいいの?」
「そんなことは言ってないだろう!」
すねた様子を見せる金髪美少女に対し、即座に否定する褐色メイド。
「じゃあさあ、たまにはエアリスの方から言葉にして欲しいなー?」
「な――、それはまさか、今ここでか?」
「場所なんて関係ないよね。本当に好きならさー」
なんだ、一体何が始まったのだ?
草加は混乱の極地に達した。
自分のセールストークなどそっちのけで、金髪と褐色がなにかを始めてしまった。その内容は信じられないことに、ふたりのただならぬ関係性を想起させるものだった。
え、まさかこのふたりって、そういうことなの?
「バ、バカか……そんなこと言葉にしなくとも、私とそなたの、その……モニョモニョ……の時の、私の態度を見ればわかるだろう!?」
「ええ……あれで? エアリスって結構気持ちいいことに弱いよね。最初はあんなに抵抗してるのに、すぐ従順になっちゃうんだからあ。ただ快楽が欲しいだけなのか、それとも愛なのか、いまいちわからないなー」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら金髪美少女が褐色メイドに近づいていく。
褐色メイドは褐色の肌ツヤながら顔が真っ赤になっている。業腹とばかりに唸りながら地団駄を踏むと、プイッとそっぽを向きながら口を開く。
「あ、あい、愛しているに決っているだろう。私の今はタケルとそなたがいなくてはもはや成り立たないようになってしまった――」
「ああーん、エアリスぅ〜! もうなんて可愛いのッ!」
最後まで言わせず、金髪美少女は褐色メイドへと飛びついた。全身から好き好き全開オーラを発散しながら、何のためらいもなくメイドの唇を奪う。
「そ、そなた、こんな朝っぱらから……!? 昨晩もあんなに……!」
「別にいいでしょう? ほら、口ではそんなこと言ってても身体のほうはさあ……」
「バカ、やめぬか! ――あっ」
「ね、今度ふたりでいっぺんにタケルに――」
もはや草加の存在など忘れたふたりが、今どきのLGBTも真っ青なジェンダーフリーっぷりを発揮する。それはもう万金を払ってでも見たいと思えるほどの最高のショーだった――が。
爛々と血走った瞳でふたりを凝視していた草加の肩が叩かれる。振り返れば妙な圧を放つ白銀の甲冑と水色の彫像が揃ってこちらを見下ろしていた。っというか完全に動いていた。
クイクイっと親指で遥かなる鉄門扉を示している。だが今自分の後ろでは極上のレズビアンショーが――
「冗談です、はい、すぐに帰ります……」
ビシッと水色の彫像の指先が刀に変化し、鎧甲冑の右拳が真っ赤に赤熱化していた。
これ以上ここに留まっていては本気で殺されてしまう。正直生命を賭して背後のふたりを見たい気もするが、まあやめておこう。
バタンと、両開きの玄関扉が閉じられ、一瞬艶っぽいふたりの声が漏れ聞こえる。
だが扉の前には敢然と立ちふさがる甲冑と水色の姿が。その無言の圧力に耐えられず、草加は足早に退散することにした。
途中、何度も背後を振り返りながら、そのたびに鎧甲冑にシッシッ、と手を振られる。ホントどうやって動いているんだろう。
こうして新聞拡張員・草加昌茂は、本日の
そしてその夜、彼が近くのレンタルDVD店でレズもののAVを借りてしまったのは無理からぬことだった。
続く。
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