第393話 キミが笑う未来のために篇㉛ 究極の魔法師と至高の剣士〜一難去ってまた一難の日?
* * *
それはまるで翼のように。
僕が背後に広げる四本の剣は、四大魔素のそれぞれを極限まで結晶化させた姿である。
真紅の剣は
藍色の湾刀は瀑布の水を同じく
深緑の
漆黒の大剣は土に含有される不純物を全て取り除いた純鉄をさらに高密度で結晶化させている。見た目を遥かに裏切る高重量を有してる。
『なんだそりゃ…………なんなんだそりゃあ!』
水色の巨躯を誇るアズズ・ダキキは、自らが封印された半分だけの仮面から喜色を孕んだ叫びを上げた。
僕は大きく踏み込みながら、まずは小手調べとばかりに、深緑の
翼の一端を担っていた魔力の
『い――よいしょぉーッ!!』
音速で迫るその刃先を見事な反応で切り上げるアズズ。
だがその瞬間、開放された風が大爆発を起こして周囲に撒き散らされた。
『ふはははッ――!』
風の爆発は、周囲の空気を押しのけて四方八方へ波及する。
アズズは三刀を胸の前で交差させ、押し寄せる土埃を受け止めると、そのまま風に乗った。
流れに逆らわず、まるで木の葉のようにヒラヒラ――正確には錐揉みしながら吹っ飛んでいく。それでもヤツは笑っていた。風の刃や
『剣の形をしてるから騙されたぜ! そいつは剣の形をした魔法の塊か! さっきのとは威力が段違いだな!』
魔素励起状態の
前者はあくまで対人対魔法師用。一番の目的は機先を制して相手の魔法発動を封じること。それに比べてこの四大魔素の剣は一撃一撃が、地球で言う巡航ミサイル以上の威力になっている。
『お次はなんだ、何を見せてくれるんだおい!』
アズズはすっかいハイになっているようだった。
仮面だけの姿になってしまった彼が、思いっきり刀を振るえる肉体は久しぶりだろう。果たしてその失楽は人間から魔族種になった僕と比べて如何ほどの差があるのか。
空中を錐揉していたアズズが、無理やり身体を捻って着地する。僕はその瞬間を狙い、炎の剣を投擲した。
『そうくるとは――思ってたぜ!』
炎の剣が爆発する直前、僕は見た。
アズズが下半身を正対に向けたまま上半身を何十回転も捻っているのを。
それは極端な捻転。水の魔素で作られた身体だからこそできる
『弓鬼捻転――』
アズズの上半身がかき消える。
次の瞬間、
『迅雷斬りゃぁぁぁぁ――!!』
アズズが三刀を駆使して放った水平撫で斬りは、本来放射状に広がるはずの炎に劇的な変化をもたらした。
壁。
まるでアズズの振り払った刀の切っ先に透明な壁でもあるかのように、爆発の力全てが左側面へと流されてしまった。解放された炎は指向性を与えられたことで威力を増し、荒野をごっそりと削り取る。
『すげえすげえ。三刀じゃなかったら危なかったな!』
確かにとても効率的な三刀偏差斬りだった。
一刀目が炎の押しのけ、二刀目が空気を押し出し真空にし、三刀目がその真空を切り裂くことで空間回帰現象を誘発させるたのだ。
二刀までだったら恐らく壁があるかのような指向性はもたせられなかったはず。まさか刀の威力だけでスーパー台風並のエネルギーを切り払ってしまうとは……!
『炎はいまいち工夫がねえぞコラぁ。次だ次ぃ、次は――あ?』
ようやく僕の方を見て気づいたようだ。
僕の背中にはもう四枚羽のうち一枚しか残っていない。
藍色の湾刀だけである。
では漆黒の大剣はというと――
「何――!?」
アズズが炎を斬ったその瞬間、すでに僕は次の行動に移っていた。
切り払いで注意が逸れた瞬間に、漆黒の大剣を全力で放り投げた。
見られていないのをいいことに、全力全開で真上に打ち上げたのだ。
『炎は最初から捨て石か――!?』
上空を見上げながらアズズが驚愕の声を上げる。
何故なら成層圏まで達した超高密度・超質量の大剣は、今や断熱圧縮により真っ赤に焼け爛れながら彼へと迫っていたから。
純粋な質量爆弾と化した流星が着弾するまで数秒たらず。
直撃を避けて殺傷圏外まで移動できるかどうかの瀬戸際。
そんな暇など与えるものかと僕は動き出す。アズズが頭上を警戒しながらも注意を払わざるを得ないよう、これ見よがしに最後に残った藍色の湾刀を投げつける。
さらにその脇から、僕自身も拳を構えて弾丸の如く飛び出した。
天からは流星。
側面からは湾刀と僕。
いくらヤツの腕が三本あってもとても手が足りるはずもなく。
僕は全力の魔力を拳に集中させ、叩きつけるように咆哮した。
『超特急・快・音速拳――!!』
『ダサえ! なんじゃそりゃ――!?』
うるさいよ。
一際巨大な爆発が、ゴルゴダ平原を焼き尽くした。
*
結果から言えば、この勝負は僕の勝ちだった。
だが思っていた快勝とまではいかなかった。
まず、頭上からの攻撃を捌くのは至難の技と言われるが、そこはさすが鬼戒族の元王。素早く的確な判断を下した。
『鬼戒族奥義・転召流転』
それは緩慢にも見える振り下ろし。頭上に刀を掲げ、地面へ払う。だがたったそれだけで、着弾の直前ごくごく僅かに大剣の軌道が逸れたのだ。
即死となる質量爆弾を
『鬼戒族奥義・無常破断――!!』
残り二刀を交差させ、拳を突き出した僕の鎧へと打ち込んできた――!
それと同時に藍色の湾刀がアズズの腹に突き刺さる。
着弾した流星が地面を抉り、噴出したエネルギーが顕現する。
プルートーの鎧が十文字に切り裂かれる直前――アズズの刀が消滅した。
『――――、――!?』
驚愕の声は爆音に塗りつぶされた。
度重なる魔法の炸裂で脆くなっていた地盤が陥没し、さらに連鎖反応を起こして地崩れを起こしていく。
自身の刀が消滅したことで驚愕冷めやらぬアズズ。
その原因は僕の鎧――プルートーの鎧は今極細に彩られていた。
体表面に薄皮一枚まで絞り込んだ魔素分子星雲により、あらゆる魔法攻撃を即座に無効化する対魔法用・近接防御装甲である。
アズズ本来の刀――生まれながら角を持った鬼戒族が、元服とともに切り落とした後、研磨加工するという本来の武器ならば、魔素分子星雲装甲は役に立たなかっただろう。だが、今彼の手にある刀は、水の魔素によって生み出された即席武器だ。装甲に触れた瞬間、魔素は解かれ、露となって消えていた。
僕は突き出した拳を開くと、水色のアズズの首を掴み取り、崩壊する大地から離脱した。
度重なる大魔法の解放で脆くなっていたのだろう、崩れ去っていく様は、地獄の釜の蓋が開くのに似ていた――
*
『あー、負けた負けた。お前奥の手多すぎ』
『ほとほと全部、出し切った感はあるけどな』
僕らの背後には僕らの戦闘によって壊滅した地平が広がっていた。
地盤が砕かれ、崩壊した大地。荒野は大きく数十キロにも渡ってクレーター状に抉れ、そこには粉々になったり、溶け崩れたりした岩石が延々と転がっていた。
それらの光景を臨む僕の足元には、仮面だけになったアズズが地面に横たわっている。妖精の内部に蓄積された水の魔素がようやく空になり、肉体を維持できなくなったのだ。
『よー、最後俺にトドメを刺したあの湾刀は何だったんだ?』
先程までの覇気は既になく、力の抜けた声でアズズは疑問を口にする。
最後、離脱した直後から水精の肉体はボロボロと解けていき、最後には手のひらサイズのシーラーム――スライムとアズズの仮面だけを残して完全に消滅してしまったのだ。
『あの時、空から降ってきた流星を一割の力だけでいなし、残りの九割をお前への攻撃に振り分けた。土手っ腹に刺さった湾刀はどうみても水の魔素でできたからな。水精の肉体とは相性がいいからそれほど傷は負わねえと思ってたんだが……結局アレにトドメを刺されちまった。ありゃあただの魔法じゃねえよな。なんなんだ?』
『超臨界水だ』
『なんだそりゃ?』
獣人種の魔法学校でネエム少年相手には水の魔素を結晶化させるところまでしか披露しなかったが、さらにその上に進んだ攻撃手段――それが水の『超臨界化』である。
水――H2Oは647ケルビン、22メガパスカルという温度と圧力にあるとき『超臨界水』と呼ばれる状態になる。液体に近い密度と気体の粘性を持ち、また、強力な酸化反応剤としての特性も併せ持つ。
そのような状態を
『妖精は水の魔素の加護を受けてはいるようだが、精霊のように魔法を操るわけじゃない。自分で生み出したのでなければ、大方身体を構成する魔素と水は川辺から吸収してきたものだろう』
その水の中には多くの有機物が含まれ、超臨界水はそれらを分解してしまうのだ。
『ただの水がそんな……まるで聞いたこともねえ』
『当然だ。これは僕のいた地球の知識だ。僕が生まれた世界に魔法はない。その代わり科学という魔法に似た力はある。
『ッ、かー、ただ愚直に誰よりも刀振ってりゃあ強くなれると思ってたのによう、賢者並みに学が必要ってか。勝てねえ勝てねえ……!』
僕の足元で仮面のアズズがカタカタと震える。悔しがってはいるようだが、再びリベンジをしてやろうという薄暗さは感じられない。どこか晴れ晴れとした爽やかな口調だった。
『俺の負けだ。全力じゃなかったなんて言い訳はしねえ。制限はあったが、今持てる全ては出し尽くした。お前もそうだろう?』
『まあな……』
最後の一撃。
二刀を交差させたアズズの奥義と僕の全力の拳。
僕は拳を当てることよりも防御を優先させた。
結果的に、予備として突き立てていた水精の湾刀がアズズの身体を崩壊させる決定打にはなったが、それでも自分の拳を振り抜けなかった時点で、僕は男の勝負では負けていたのかもしれない。
不死身だとか水精の身体とかは関係ない。
恐らくあの瞬間己本来の肉体であっても、土手っ腹に湾刀が刺さったまま、アズズは刀を振り抜いた。僕は不死身でありながら自分と鎧を守った。これが経験の差というものだろう。いくら強くても、そういうとろこが僕はまだ足りないのだ。
『だいぶ無茶させちまった。そいつ、大丈夫だよな?』
アズズは珍しく心配そうに声を絞った。
僕の手のひらのシーラーム――水の妖精の本体である。
小さくて丸くて、手のひらに乗っかるスライムサイズになっている。
溜め込んでいた魔素を完全に使い切ってしまったようだ。
『ああ、今僕の方から水の魔素を補強してる。消滅なんてさせないさ。セーレスの友達だしな』
『そいつはよかった。おい、俺をそいつに触れさせてくれるか?』
僕はアズズの仮面を拾い上げると、その表面にちょこんとシーラームを乗っけた。
『おーう、悪かったな付き合わせて。どうだ、こいつらなセーレスを任せられんだろう? ――ああ、まあまあ気持ちはわかるぜ』
何やらコミュニケーションが成立しているようだ。しばらくアズズはしゃべり続けていた。僕がその様子を見守っていると――
「タケル――!」
「タケルさん!」
上空から白亜の巨人――ラプターの肩に乗った白衣姿のセーレスと、手のひらに掴まったパルメニさんとが現れた。
「大丈夫、タケル!?」
『まあな。――全部終わったよ」
ガシャンと、鬼面をオープンにする。
僕の素顔を見て、ホッとセーレスもパルメニさんも胸をなでおろした。
『おう、そうだぜ。奇妙な服装だがセーレスだ。元気そうだろ?』
僕の手の中のアズズがそう言う。
目を落とすと、仮面の上のシーラームがプルプルと震えているようだった。
「んー、あれ、タケル、その子が?」
「ああ、ほら、友達だったんだろう」
僕が差し出した手から、そっとシーラームを受け取るセーレス。
会話をしているのだろう、シーラームはプルプルっと震え、ビシっと固くなったり、ドロっと柔らかくなったりを繰り返していた。
「うん……うん……そっか。ごめんね、心配かけたね。あなたのこと忘れたわけじゃないんだよ、あなたはきっとあの水辺から離れられないと思ってたから。……いいの? 本当に大丈夫?」
自分が長く生活したリゾーマタのことを心配しているのだろう。
だがもうあの町は、ヒト種族の要衝として機能しており、本来そこを守る役目はヒトだけで行うのが正しい。数十年もの間、セーレスひとりがその役目を担っていたことがおかしいのだ。そして妖精とは、土地の守り神でもなんでもない。きまぐれに自分の生態に合った場所に根付き、自然の一部となっていくものだ。
「え、ああ、うん……」
チラっとセーレスが僕を見る。
心なしか頬が赤い気がする。
「うん。そうだよ。私今とっても幸せだよ……!」
なるほど。そういう会話ね。
なんとなくセーレスの手の上のシーラームがしょんぼりしたような……。
「え、うん、もちろんいいよ。ね、タケル!」
何がいいのかはわからないが、セーレスがいいと言うものを僕が否定することはできない。それに大体内容はわかるし。
「ああ、大丈夫だよ。ただし街中で暴れたりするのは絶対ダメだぞ」
「そんなことしないもんねー?」
ピョンピョンとシーラームは飛び跳ね、セーレスは頬を寄せて彼(彼女?)にスリスリとした。やれやれだな……。
「アズズ、あんたは大丈夫だったの?」
『ん? あ、ああ……俺の方は特になんとも』
「なんともって――でも、アレってふたりが戦ってできたんでしょう?」
パルメニさんが指差すのは、僕らの背後に広がる広大な戦闘跡である。
崩壊した大地はあとで魔法で整地しておかねば荒野の生態系が狂ってしまうかもしれないほどだ。
「でもまさかあんたが乗っ取られちゃうなんてね。これからは気をつけないと」
『いやあ、多分もう大丈夫だろ。お前が気にするこっちゃねえよ……!』
「どうしてそう言い切れるのよ」
ダラダラダラと、無機質な仮面が汗を流すという妙技を披露するアズズ。
パルメニさんに臭いものみたいに仮面をつまみ上げられ、答えに窮しているようだ。
「まあまあ、パルメニさん。どうやらアレは長いこと一体化していると精神が同調して起こる乗っ取り現象だったみたいですよ。それに妖精の方は当のセーレスと出会えたので、もう僕に襲いかかるつもりもないみたいですし」
「え、そうだったの? まあタケルさんがそういうなら……」
僕はヒョイッと彼女の手から仮面を受け取る。
パルメニさんはジーッと腰に手を当ててアズズを睨んでいたが、後ろの方でサイズダウンしたシーラームにセーレスが魔素を与え始めると、そちらの方に興味が移ったのか離れていった。
『……助かったぜ』
「まあ、大惨事になるのは目に見えてたからな」
ただ単に僕と戦ってみたかった、ストレス解消だった、なんて口にしたら、アズズは今度こそ仮面ごと粉々にされてただろう。
『貸しでいいぞ』
「なんだ急に。別にいいよ」
『…………じゃあしょうがねえ。俺様が特別に家来になってやらあ。負けちまったしな』
「それこそ……仲間とか友達でいいよ」
『はっ――そうかよ。ふははっ!』
やれやれ――なことが本当に多い日だな今日は。
さて、大地の修復はまあなんとかなるとしても、城の方はそうもいかない。
エアリスが帰ってきたら超怒られそうだが……。
「げっ」
『うお』
僕とアズズが呻いた。
遥かな空の高みから、メイド服を着た褐色の美女――エアリスがやってきたからだ。
絶対城を壊した件で怒られる。でもディーオの書斎だけは守ったから許してください。
「大変だタケル!」
「うん、そうだよね、ごめんねお城……」
「何を言っているのだ!」
こわ。超怒ってるよ。
「我竜族たちの町で水害が起きた!」
「え――?」
「河から反乱した大水が町に流れ込んだらしい」
僕はエアリスにアズズを押し付けると、ガシャンとフェイス・オフ。炎を吹き上げてすぐさま飛び立つ。背後で「あ、待てタケル――」と聞こえた気がしたが、かまってる場合ではなかった。
今日は上流を開放する日だったはず。
あとで様子を見に行こうとは思っていたが、いろいろありすぎて忘れていた。
せっかく建設した港湾施設――何より怪我人や死者がでているかもしれない。
僕は内心で焼け付くような焦燥を感じながら、マッハの速度で我竜族たちの町まで急ぐのだった。
続く。
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