第392話 キミが笑う未来のために篇㉚ ふたりの王・荒野の一騎打ち〜因縁を超えた男同士の強さ比べ
* * *
『真希奈、コンバットマネジメント!』
『――虚空心臓レディ! ――ビート・サイクルレベル上昇中! プルートーシステム起動!』
『装甲強度を最優先――』
『了解しま――』
キン――、と。
光の線が通り過ぎた。
僕の背後を通過した線に沿って、城の廊下と壁が左右にズレていく。
『プルートーシステム起動完了! ビート・サイクルレベル20! 装甲強度、
真希奈の報告を受けながらも、僕には返答する余裕がない。目の前には水色の大男が立っていた。
身の丈2メートル以上はあろうかという巨躯。
体表面はノッペリとしていて、目も耳も口もない有様だが、その代りに厚い胸板や野太い手足が見て取れる。
その腕は左右と右の肩の後ろから伸びた合計三本。手には細く長い刀が握られている。
顔、と思わしき頭部には、アズズの仮面が埋まるようハメこまれている。
リゾーマタへと帰郷したパルメニさんが連れ帰ったという水の妖精。
それがどういう理由かは不明だが、元鬼戒族の王、アズズ・ダキキを取り込むことで、彼の肉体と技の記憶を再現し、今僕へと襲いかかって来ていた。
「タケルさん!」
「パルメニさん、来るな!」
ヤツの繰り出す剣の威力は、正直パルメニさんがアズズの仮面を被ったときより以上だ。なんの戦闘経験すらなかった冒険者職員だったパルメニさんを、ヒト種族の中でも指折りの実力者へとアズズの仮面は跳ね上げてしまった。
肉体を失ったアズズが宿るという謎の半仮面。
適合するものが装着することで、剣の一族である鬼戒族の術理を使うことができる。
そして、水の妖精という精霊には及ばないまでも、シーラームなどの
水という自由自在に形を変えられる妖精は、恐らくアズズを取り込み、アズズがまだ肉体を持っていた頃の姿形を模倣している。あの三本の腕が何よりの証拠だ。
「そ、そいつは――その妖精はセーレスさんとは友達だったって……突然いなくなってしまったセーレスさんを求めてここまでやってきたみたいなの!」
『へえ……、じゃあもしかして――――こんな顔に見覚えはないか?」
そういうと僕の顔を覆っていた鬼面がガシャンと上下にスライドする。
『おっとッ!?』
回答は攻撃という、言葉よりも明確な手段によって返される。僕はそれを辛うじて躱しながら確信していた。
コイツは僕を知っている。
そして僕も、コイツに会っている。
正確には毎日のように会っていたのだ。
あの川辺は生活の拠点だった。
飲水から洗濯、洗い物、そして風呂まで。
当時人間だった僕には感じ取ることはできなくとも、この妖精は僕のことをじっと観察し、覚えていたのだろう。
だからある日突然現れた僕という存在によって、セーレスが変わっていったことも知っているのだ。
水辺の森で何十年もひとりぼっちだったセーレスが、次第に明るく笑うようになっていった一部始終を……。
「一応言っておくぞ。おまえの前からセーレスを連れ去ったのは僕じゃない。そして彼女は今も健在だ」
地球から帰還したセーレスは、しばらく療養していたが、今ではすっかり元気になった。元気になりすぎて朝からご飯をお代わりしまくって我が家の食料をひとりで食い尽くす勢いだ。
水色の大男はセーレスという単語に一瞬動きを止めたものの、再び動き出した。身体を半身にし、刀を振りかぶる。左手の一刀を右脇の下に、右手の一刀は方に担ぎ、三本目の一刀は大上段に掲げられる。
同時に――三刀が振り下ろされた。
僕は両腕をクロスさせその攻撃に耐える。
光の線の正体は刀身の先端から放射された『水』である。セーレスやセレスティアのアブレシブ・ジェットカッターはチェーンソーのように刀身部分を流体加速させ、絶対の切れ味を実現する技だが、恐らくこの妖精自体にはそれができるほどの力はない。
つまりこれはアズズの剣技なのだ。
振り抜いた刀身から射出された水が、ジェットカッター並の切れ味を持つほど高速で叩きつけられていることを意味する。
まさに水の妖精とアズズの仮面の相性は抜群。
鬼に金棒な状態だった。
『タケル様!
『もちろんだ――魔素選択
僕の内面世界に大量備蓄されていた
通常、魔法師が己の体外から掻き集める魔素を、虚空心臓に予め溜め込んでおき、瞬時の展開が可能である。
その効果は主に魔法への転化と魔素への干渉。
これを用いれば、対魔法師戦闘において僕は無敵となる。魔法師が真っ当な手順を踏んで魔法を行使しようとするその手順を、僕はもうすでに用意してあるからだ。
相手の魔法師は自分が繰り出そうとする魔法をことごとく無効化され、何もできなくなってしまう。そしてその干渉は水の妖精であろうと免れることはできない。
炎の
分子星雲という名前の通り、その見た目は雲か霧に近い形状をしている。水の魔素が煌めく濃藍の霧に包まれた妖精は途端もがき苦しみながらガクリと膝をついた。
それは当然の帰結。
妖精は水の魔素の塊。
それに干渉され、無理やり魔素を剥ぎ取られているのだ。まさに今彼(彼女?)は劇薬の中に身を置いているのと同じ状態だった。
『殺しはしない。セーレスの友達だからな。とりあえず無害になるまで、お前にはサイズダウンしてもらうぞ』
妖精のアウトラインが粒子となって徐々に解けていく。さすがに魔法師が意志力で集めただけの魔素とは訳が違う。削り取るのに多少時間がかかって――
『なっ、そっちは――!?』
妖精の首がグリン、とあさっての方を向いた。
そして刀を振りかぶり、攻撃の体制を取った瞬間――僕は炎を吹き上げ、全力の体当たりを敢行する。
『このォっ――!!』
一切の手加減抜きで大きな身体を抱え、城内の壁をいくつもぶち破り、屋外へとまろび出る。地面を滑りながら僕は魔力を込めた拳を叩き込み妖精を吹き飛ばす。
『上等だ。そんなにやりたいなら徹底的に付き合ってやる!!』
先程、妖精はよりにもよってディーオの寝室の方へ向けて刀を振り下ろそうとしたのだ。他人にとっては無価値なものであっても、エアリスにとっては養父との大切な思い出の品である。
それを傷つけようとした妖精を――
『タケル様――!!』
『来るな、真希奈!』
『え、は、はい……!』
真希奈(人形)が城に開けた大穴から飛んでくるのを制する。
改めて見なくても龍王城はひどい有様だった。
およそ全体の1/3が破壊されている。
それでもセーレスやエアリスなど、応接室にいた者以外は外出していたのが幸いだった。
『ここじゃ狭い。場所を変えるぞ。いいな
コクリと、頷く素振りを見せた瞬間、僕は足元で魔力を爆発させ肉迫。接触の直前で身体を捻ると、地面を蹴り上げ後ろ足を突き出す。
『おおッ!!』
ドンッ、と、ものすごいインパクト音。後ろ回し蹴りを叩き込まれた妖精の巨体はくの字になって遥か彼方へと吹っ飛んでいく。僕は真希奈の方に一瞥投げると、『行ってくる』と呟き飛んで行ったヤツの後を追うのだった。
*
到着した先は龍王城の北側に広がる荒野。ゴルゴダ平原である。
ゆうに数キロも吹き飛ばされた妖精は地面を削りながら着地したのだろう、未だ瓦礫に埋もれたままだった。
僕はそれを滞空しながら見下ろすと、容赦なく特大の火球を落とした。
地面が紅蓮に染まり、爆発する直前、火球は真っ二つに切り裂かれて雲散霧消する。
炎の魔素が色濃く漂うさなか、刀を振り抜いた格好のまま見上げてくる妖精に僕は告げる。
『いい加減、猿芝居はやめろ――アズズ・ダキキ!』
『ああ、バレてたか……』
妖精の頭部、半分だけの仮面から
適応する者が装着することでしか身体を得る手段がない彼が、今は水の魔素で構成された立派な肉体を操っていた。
『なんだ、いつからわかってた……?』
『最初から、なんとなく違和感はあった。だが確信したのはついさっきだ』
最初は水の妖精がセーレスを奪われた恨みから、僕に襲いかかって来ているのかと思った。取り込んだ仮面から、アズズの能力を読み取り、戦いを仕掛けて来ているのだと。
だが仮にも魔族種の王だったほどの男が、なんの抵抗もなくただ取り込まれ、いいように利用されるとは考え難かった。
そしてつい先程だ。
今しがた到着したばかりなのに、ディーオの書斎の位置を正確に攻撃しようとしたのだ。
まるで是が非でも、僕に止めさせるためにそれをしたようだった。ディーオの書斎が僕たちにとってどのような意味を持つ部屋なのかを、予め知っていなければできない行動といえた。
『おまえ、本気で僕とやる気だな?』
『はッ――、話が早くて助かるぜ。そうよ、この妖精とは利害の一致よ』
『お互い同意の上だっていうのか?』
『ここに来るまでの道中、お前から聞いてたこれまでの事情ってやつな、話す時間はたっぷりあったから聞かせてやってた。どうやらコイツも自分からセーレスを奪ったのがお前じゃねえってことは理解したようだ。だがな――』
『だが?』
『果たしてお前はセーレスを任せるに値する男なのかどうか、とよ。まあ俺もな、あの遠見の魔法でお前の実力はわかってたが、ならなおのこと、尻尾を巻くより戦ってみてえって思ってたのよ――!』
なるほど、アズズは根っからの戦闘狂らしい。
彼だけが特別そうなのか、それとも鬼戒族という種族がみんなそうなのかはわからない。ただ言えることは、これは避けられない戦いというやつだろう。
『ひとつ聞くが、もうお前にとってパルメニさんは不要ってことなのか?』
『あん? なんでそんな話になる?』
『僕にとっては大事なことだ。答えろ』
妖精――の身体を操るアズズはダラン、と構えていた腕を下げると首を傾げる動作をした。
『正直に言やあ現時点じゃあこっちの身体の方が力は出せる。鬼戒族の肉体に近いのはこっちだな。だがパルメニの身体は
『なんだと?』
『どんなに逆立ちしてもヒト種族である以上、肉体の脆さは言うまでもねえ。女ならなおさらな。だがそれを補ってあまりある技の冴えがパルメニにはある。リゾーマタでこの妖精をとっちめた技は、俺の奥義のひとつではあるが――不完全とはいえパルメニはそれを再現してみせたほどだ』
アズズはぶっきらぼうに刀を担ぐと、恐らく笑っているのだろう、肩を小刻みに揺らした。
『これからの鍛錬次第じゃあアイツはヒト種族でありながら、鬼戒族の剣の頂に立つことができるかもな――はははっ!』
その口ぶりは、うまく説明できないが、まるで娘を自慢する父親のようだった。パルメニさんの肉体だけを操り、自分の都合のいいように振る舞う――などという邪心は微塵もなく。自分の技をヒトの身で収めていくパルメニさんの行く末を見守りたいと、そう願っているようだった。
『だがまあ、細かい業前なんぞ男の喧嘩には不要だろう。能書きが長くなったが――おら、来いよ』
クイクイっと手招きしながらアズズが笑ったような気がした。熱い展開だ。暑苦しいほどまである。僕はやれやれと、ため息混じりに首を振った。
『正直、僕がお前と戦う利点がまるでないのだが』
『ああん? シラけるようなこと言うなよ』
久しぶりの肉体を得たためか、過剰なオーバーアクションで肩を落とすアズズ。だが僕は『それでもな』と続けた。
『もうお前は城を破壊してくれてるからな。後には引けないか』
『おうよ! 魔法師対剣士の究極対決を始めようぜ!』
『とりあえずは――』
『ッ、――!?』
アズズの身体がブレる。
次の瞬間には、彼の足元から鋭いグランド・ランスが飛び出していた。
アズズは僅かな身体の返しだけで殺傷圏内を逃れるとすぐさま刀を閃かす。
根本からランスを断ち切ると、彼は素早く空中の僕を見上げた。
『油断も隙もねえ……魔法師と戦うのは別に初めてじゃねえが、どいつもこいつも敵じゃなかった。何故なら魔法の発動がトロすぎて、悠長に呪文を唱えてる間にバッサリだったからな。お前の魔法はもはや近接格闘や居合の域にあるぜ』
そんなことは当たり前だ。
僕が目指した戦闘スタイルは魔法と格闘能力の融合。この鎧を纏う以上、魔法は息を吐くよう、そして手足のように扱えなくては話にならない。
『それもこれもあのマキナって精霊のおかげなのか? なんで連れてこなかったんだ?』
『万が一にも戦闘に巻き込まないためだ。真希奈が近くにいなくても支障はない』
いや、それは嘘だ。
真希奈がいることで、僕は完全に魔法のコントロールを彼女に丸投げにすることができる。そして徒手空拳で僕が存分に戦うスタイルこそが本来の姿なのだ。だがまあ、本来の肉体を持たないアズズにはちょうどいいハンデだろう。
『へ――、それを聞いて安心したぜ。どうだ、そろそろ下に降りてきて直接やり合わねえか?』
『そうだな。だがその前に準備が必要だ』
『おいおい、これは戦いだぜ。俺がそんな暇与えると思うのか?』
『いや……。だが、暇がないなら作るだけさ』
『なッ――コイツは!?』
悠長におしゃべりしている内に、仕込みは終わっていた。辺り一帯に緊急散布していたのは
魔法師ですら欺く隠密性の高いフィールドは、ましてや剣士のアズズが見破れるはずもなく。僕は十分な量を見渡す荒野いっぱいに展開し、全てを
『おいおい、見渡す地平の彼方まで全部ってか――!?』
アズズが驚愕の声を上げる。
そう、あえて極彩色のフィールドに変化させたのは心理的に優位に立つためだ。つまり、お前は最初から僕の手のひらの上にいるのだと思い知らせたのだ。
『僕の準備が終わるまで、しばらく踊ってろよアズズ』
『てめえ――!!』
アズズが吼えたのを合図に、僕は敷き詰められた極彩のフィールドを攻撃魔法へと変化させる。自分の足元、見渡す限りが地雷原のようなものだ。そこかしこからアズズめがけてグランド・ランスが殺到し、浮かび上がったファイアー・ボールが炸裂する。エア・カッターによる波状攻撃を刀で切り裂いたアズズに、ウォーターバレットが降り注ぐ。
『は――忘れたのか!? この身体は水の魔素の集合体だぜ! そんなのは全部取り込んで――』
ウォーターバレットに貫かれた瞬間、ごっそりと身体を構成する水の魔素を削り取られたからだ。
『がはッ、な、どうして――!?』
『お前、魔法師でもないくせに、僕の魔法から魔素だけ都合よく奪えると本気で思ってるのか?』
例えば龍王城からこの荒野まで蹴り飛ばしたとき、僕はアズズの身体が見た目より以上の重さを有しているのを感じた。恐らくだが、旅の途中川辺などで、ふんだんに水の魔素を取り込んできた結果だろう。
だが、川辺で水の魔素を蒐集するのと、魔法の魔素を分解するのはわけが違う。魔法師でもなんでもない剣士のアズズにはできない芸当である。
そうこうしている内に準備は終わった。
僕はズシャっと音を立てて地面へと降り立つ。
目の前には四大魔素による攻撃魔法に晒されたアズズ――水色の大男がいる。
その体は水の魔素を削られた分、若干構成密度が落ちているが、未だ戦闘には支障がないようだった。
『どうする。まだ続けるか?』
『あたりめえだろうが。それに、そんな面白そうなもん用意してもらったら、じっくり味わわせてもらわなきゃなあ――!』
僕の背後には魔力フィールドによって保持された剣が四本、翼のように広がっていた。燃える炎の剣に、波紋を立てる水の湾刀、風を纏った
それを無色透明な魔力という
『魔族種・龍神族の王、タケル・エンペドクレス――お相手仕る』
『ふ、ふはははッ、いいぞ、わかってるじゃねえか! 俺はこういうのがやりたかったのよ! 鬼戒族の元王、アズズ・ダキキ様だ!』
アズズは再び左右背後の三刀を振りかぶる姿勢を取り、僕はただ愚直に最短を最速で駆け抜けるための構えを見せる。
『往くぞ――!』
『来いやァ――!』
なんの因縁も恨みもない王ふたりが、ただ純粋な力比べのために激突した。
続く。
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