第390話 キミが笑う未来のために篇㉘ アウラとセレスティアの冒険〜迫る自然の脅威と純愛の行方・前編
* * *
龍王城で何気に魔族種の王同士が激突をしているのと同じ頃――
「おーい、待たせたなー!」
「おう、待ってだぞ」
ダフトン市の東に現在建設中の中規模商業船専用停泊港――それよりもさらに北に向かった上流に、その
現在ここより下流において、大規模な湾岸工事を行っている。それは言わずと知れた我竜族たちの町に建設されている商業船の停泊所になる港のことだ。
河の水を上流で堰き止めた状態で水位を調節し、大きく内陸を掘削し、さらに桟橋を掛ける工事が進められている。
その水位の調節は全て上流の堰所によって行われており、とても重要な役目を担っていた。
「いやあ、本当に早かったな。もう完成だべか」
「ああ、なにせ人足になってるのが魔族種だからなあ」
堰所と我竜族の町とは頻繁に馬を走らせ、連絡を密にしている。
早馬の連絡係と、堰所の開門係。さらに門の開放のため、人足が交代のため定期的にやってくる。
そして今しがた馬に乗ってやってきた男は、建設中の港湾がもすぐ完成するため、水位の調整を打診しに来たのだった。
「我竜族か。ヒルベルト大陸一の嫌われ者も、ずいぶん変わっだもんだな」
「タケル・エンペドクレスさまさまだよ」
「違いねえべ」
堰所の役割は迂回路の管理も担っている。
大きな河川であるルレネー河を完全に堰き止めることは難しい。
そのかわり、等間隔でいくつもの迂回用の水路を作り、意図的に水を支流に流すことで、下流の水位を一時的に下げているのだ。
「この立派な水路も、全部龍王様がこしらえたんだろ?」
「ああ、あのヒトの魔法は本当に魔法だあ」
「なんだそりゃ?」
連絡係の男は、堰所の男の言葉に吹き出した。
魔法が魔法みたいとは意味がわからなかったからだ。
「いやあ、魔法って言ったら普通あれだべ、才能が無いやつは火種を作るぐらいで、一般の魔法師だったら、ファイアーボールとかウォーターボールとがさあ」
「ああ、まあ魔法師って言ったら戦闘屋のことだからな」
魔法師は単純な火力に優れるというのはこの世界の常識。相手が
だが、
河の主流には一切干渉せず、その脇に水路をみるみる形成していく。言葉で言うのは簡単だが、手も触れていないのに地面が抉れ、支流とも言える水路が造られていくさまは圧巻だった。
雨よけ用に作られた見張り小屋。
切り取られた明り取りから見えるのは動脈から伸びた細い血管にも見える水路である。
「あの支流はどこに繋がってるんだ?」
「聞いて驚け。なんと、港湾の下流の方さ繋がってるんだど。龍王様といつも一緒にいらっしゃるあの小さな精霊様が言ってたんだから間違いねえ」
「へええ、そりゃあすげえな!」
「すげえんだよ! このまま行けばダフトンはヒルベルト大陸の中心になれっぞ!」
ふたりの男たちは興奮気味に話している。雨や風、そして地形さえ操る龍王のチカラに憧憬と畏怖を抱いているのだ。
「でもよ、そんなことができるなら、なんでエンペドクレス様は、今作ってる港湾も魔法で工事してくださらなかったんだ?」
「馬鹿おめえ、ありゃあ我竜族が自分の手でやらねえとよ。俺らダフトンからも手伝ってるけど、一番キツイ仕事は全部あいつらがやってんだど」
それは龍王に逆らった罰、ということではなく。
産みの苦しみは自らが味わわないといけない、ということ。
それは流浪の民だった我竜族もわかっているのか、足りない技術や知識は教えを請う一方で、力仕事やキツくて汚い仕事は自分が自分がと、積極果敢に行っている。
全てが完成した暁にはこの町が自分たちの治める場所になると理解してるのだろう。
「とにかくこれで、新しい港湾ができるし、エストランテとの貿易もできるし、我竜族は積み下ろしやら倉庫の管理やら仕事にありつけて、俺らダフトンの臣民は他国の珍しい品や今まで不足してた物品が手に入ると」
「改めて聞いてもすげえな。なあ、ちょろっと聞いたんだが、あれだ、ヒト種族の王都の方とも、なんか始まるってホントか」
今から二月ほども前、龍王はダフトンを留守にしていた時期があった。
ガランと灯が消えたような龍王城の寂しい佇まいは、かつての王・ディーオが不在だった頃を誰もが想起するものだったが、タケル・エンペドクレスは戻ってきた。
風の噂によれば、ダフトン市をも襲ったあの地震は、聖都と呼ばれるヒト種族の北の都で起こったものらしく、そもそも呪いによって汚染されていたという場所だったため、それを浄化するために、我らが精霊魔法師であるエアスト=リアス様も連れてそれを成し遂げてきたという。
「んだなあ……、ヒト種族の一番でかい国に恩を売ってきたんだから、普通に考えれば感謝されるべなあ」
「は、始まりすぎだろう……一体どうなっちまうんだ俺たちの国は!」
そんな世間話をしているうちに、あぜ道の向こうに馬車が見えた。荷台には数十人の筋骨たくましい男たちの姿が見える。我竜族の若い男たちだ。
「来たど、じゃあ始めっか」
「ああ」
これから彼らは屈強で力自慢な男たちを使い、支流の水門を閉じていく作業に入るのだ。そうすると、完成した港湾に元の通り水が流れ込み、想定していた船が係留できるくらいの水位が確保できるようになるのだ。
連絡係と堰所の男たちは、見た目が厳つい我竜族の力自慢たちに気軽に挨拶する。「っス……」「ども」と彼らは言葉少なげだったり、無愛想だったりするが、ここ数ヶ月の付き合いで、それが照れ隠しであることも知っている。長いこと多種族と関わらない生活をしていたのでどう返答していいのかわからないのだ。
その点、彼らの王、ミクシャ・ジグモンドは真逆と言っていい。
まだ若いからだろうか、自分の知らないことには積極的に興味を持ち、我先にとヒトの輪の中に果敢に入ってくる。そんな王の後ろでハラハラしながらも、新しい知識や聞いたことのない話に、彼らは興味深げに耳をそばだててたりするのだ。
そんな素朴な我竜族の姿は皆に受け入れられつつあった。
「それじゃあいくど!」
「――っせーのっ!」
川幅の両脇に立って、鋼鉄製の両扉を閉じていく作業。流れに逆らって、水の重さを遮って閉門していく作業はまっとうなヒト種族では不可能である。だが十人力の我竜族たちが十人ずつもいれば問題はない。
注ぎ口を閉じられた支流は途端に流れが穏やかになり、そして静かになる。
ひとつ、ふたつ、みっつと、橋を渡って移動しながら、閉門作業をしていく。
作業を続けていくうち、連絡係の男と堰所の男は首を傾げた。
「うん、ちょっとなんか……」
「ああ、こりゃあ……」
自分たちの予想以上にルレネー河の水かさが増している。まさかここより上流の方で大雨でも降ったのだろうか。
二股に別れたルグルー河の上流――テルル山脈の方で雨が? いや、そんな話は聞いていないのだが……。
「お、お、おおお、こりゃあ不味いぞ!」
支流が閉じた途端、河の流れがずっと早くなった。まるで目詰まりを起こしたようにどんどん水かさが増していき、やがて岸辺を上がって溢れ出てくる。その勢いとても早く、あっという間に水が目の前まで迫ってくる。
「に、逃げろ、みんな早く――」
「いや、お前は早くこのことを港湾に知らせて――」
いかな屈強な我竜族たちであっても、災害には勝てない。そしてただのヒト種族ならなおさらどうしようもない。
迫りくる水に足を取られ、そのまま転倒、成すすべなく流されていく。濁流の中、口を上向け空気を取り込みながら必死に抗う。
彼らの失敗は、河の状態をきちんと見極めてから水門を閉じなかったこと。そして自分たちの行動の結果がどのような被害を齎すかの想像力が足りなかったことだろう。
想定より遥かに巨大となった大水が、下流にできたばかりの港湾施設に迫ろうとしていた――
*
「わあ……なに、これ」
「いつのまにこんな町ができたの!?」
父であるタケルや母であるエアリス、セーレスが、仕事をしているヒト達の邪魔になるからと、西のゴルゴダ平原での遊びを推奨したが、かくれんぼをするなら、今まで行かなかったところに隠れよう、ということになったのだ。
「ヒトいっぱい……」
「ヒト種族だけじゃないよ。獣人種もいるし、あの大っきい連中はが、が、がー」
「がりゅうぞく」
「そう、それ!」
「パパに……ガッツンってされた」
「あー、じゃあアイツらお父様の家来なのね!」
人々には知覚できないほどの高みから町の様子を観察していたアウラとセレスティアだったが、ウズウズとしたものを感じ始めていた。その内セレスティアが我慢の限界を迎える。
「ねえねえ、ちょっとさ、降りてみようか?」
「おりたい……」
「だよね、行ってみようよ!」
「でもママにおこられる……」
「大丈夫だって、私達のことなんか誰も知らないし、ちょっと見て回ってすぐ帰ればバレないって!」
「ホント?」
「ホントホント」
「わかった……」
セレスティアに説得されたアウラはふたりの間に風の魔素を密集させる。するとふたりの姿は忽然と消えてしまう。
その状態で町へと降り立ったふたりは、人々の目に止まらない道端のさらに片隅で不可視化を解いた。
「わあ」
「うわあ」
人々の活気に圧倒される。
未だ土がむき出しの道路。
露天商ばかりの市。
そこを歩くのはダフトン市では見かけることのない背丈の大きい我竜族たちばかり。
アウラとセレスティアはお互いに手をつなぎ合いながら、人々の流れに身を任せた。
はじめての町。
はじめて会う人々。
小さな胸はドキドキと高鳴り、そうかこの気持が『冒険』なのかと自覚する。
「ヒトいっぱい……」
「いっぱいいるねえ」
「みんなわらってる」
「ニッコニコだね!」
そう、道行く人々は誰も彼もが笑顔だった。
ダフトン市よりも洗練はされていない。
ダフトン市よりも身なりは素朴。
ダフトン市よりも市の規模はずっと小さい。
でも皆笑っていた。彼ら彼女らの目に映る全てに意味があり、それを心の底から祝福しているのだとわかった。
そんな明るい陽の気は精霊娘たちにも伝播する。繋ぎあった手をブンブンと振りながら、キョロキョロと当たりを見渡し、いつしか鼻歌など口ずさんで、アウラとセレスティアは知らない町の探索を続けた。そして――
「うん? くんくん……」
「どうしたの……?」
「なんかお母様の匂いがする」
「セーレスママの?」
「うん。この近くから……」
ふたりは導かれるように、人混みをかき分け、大きく開けた広場のような場所とへと進んでいく。そこは一際陽の気が強い場所だった。
見れば並べられた大きな鍋から湯気が沸き立ち、美味しそうな匂いを放っている。多くの人々がその前に列をなして器を受け取り、立ち歩きながら汁物を口に運んでいく。
アウラとセレスティアは食べ物の方には行かず、広場の外れの方へと向かっていく。そこでは、人々から回収した器と木さじを受け取る少女の姿があった。
「はーい、食べ終わった食器はこちらに戻してちょうだいなー」
獣耳に飴色の髪を後ろで束ねた少女――年の頃はセーレスと同じくらいと思われる――が、人々から受け取った食器を水につけ、たわしでガシガシと洗っている。
ひとつ洗い終わる端から無慈悲にも返却された食器は積み重なっていく。それでも人々に「ごちそーさん」「美味かったよー」などと声を掛けられるたび、少女は顔を上げ、笑顔で受け答えをしている。
そんな獣耳少女の側へと近づいた精霊娘たちは、その首に下げられている美しい首飾りを見つける。セレスティアが「これこれ」と指をさし、アウラも「あー」と頷いた。
「ん? どうしたのお嬢ちゃんたち。お父さんとお母さんは……?」
獣耳少女はパッと顔を上げ、一瞬でアウラとセレスティアを上から下まで目でなぞり、怪訝そうな顔をした。
「この辺の子じゃないわね。貴族……どこかの商会のお嬢さんたちかしら?」
獣耳少女がそういうのも無理はない。
アウラとセレスティアが普段身につけている服は地球産で、カーネーションブランドの上等な洋服なのだ。
アウラやセレスティアの洋服は、始めから子供用に作られた装飾の凝ったものであり、こんな服を作る技術は世の母親たちにはないのだ。
「貴族? 私たちはそんなのじゃないよ」
「ないよ……」
「ああ、うん。そうだね。貴族の娘さんがこんなところ歩いてるわけないよね。私とおんなじ商家の娘さんかな……」
最後の言葉は聞き取れないくらい小さなものだったが、アウラとセレスティアには丸聞こえだった。ただ、本人たちは気にした様子はなかったが。
「ねえねえ、そのペンダントどうしたの?」
「どうしたの……?」
「ぺんだんと? ああ、この首飾りのこと?」
少女は自分の胸元を飾る美しい水色の石に目を落とす。汚れた指先で触りそうになり、慌てて手の甲でそっと持ち上げる。
「いいでしょー、これはね、私の大切なヒトからもらったの。婚約の証なのよ」
「婚約?」
「こんやく……けっこん」
「そうそう。結婚してくださいっていう印なのね。まあでも、あのヒトもお金がないから、この首飾り自体は、ホシザキ・ナスカって友人からの借り物なんだけどねえ」
「借り物〜?」
「なすか……」
精霊娘たちはわかったようなわかってないような、微妙な表情を見せる。獣耳の少女は気にした風もなく、頬を赤らめながら幸せそうに微笑んでいた。
「あ、ごめんごめん。私の名前はイオ。イオ・フォン・ロイダーズっていうの。あなたたちは?」
「アウラ……」
「セレスティアだよ!」
「アウラちゃんにセレスティアちゃんか。お腹空いてない? 炊き出しがまだ残ってるからもらってきてあげるね」
汚れた手を前掛けで拭いながら、イオは列の方ではなく奥の調理場へとふたりを連れて行く。そこでは年かさで恰幅のいい女性たちが休憩中の様子だった。
「ねえ、まだ
「おや、イオちゃん。ああ、まだあるよ」
「この子たちにも分けてあげてよ」
「まあまあ、一体どこの子たち?」
「可愛いねえ。あ、ちょっと待ってよ。今用意するからね」
おばさんたちは可愛らしいアウラとセレスティアに相好を崩して、新しい器に山盛りに汁を装っていく。小さな両手にそれを手渡されると、アウラも、セレスティアも口をそろえて「いただきます!」と言った。
イオもおばさんたちも一瞬「ん?」と首をかしげるが、「食べ物をいただきます」という感謝の言葉だとわかり、「どうぞお上がんなさい」と返した。
「ずいぶん身なりのいい子たちだねえ」
「そうなのよ、多分視察に来てる商家の子供だと思うんだけど」
ハグハグとこぼさず木さじで綺麗に食べているアウラとセレスティアを見つめながら、おばさんの疑問に答えるイオ。
「そうかねえ、私には貴族様のお子さんに見えるんだけど……」
「今この町に来てる貴族なんていないわよ。来てたとしても、護衛も連れ歩かないなんて考えられないから」
それもそうか、とおばさんたちは納得し、改めてアウラとセレスティアの愛らしい姿に笑みを浮かべた。
「それじゃアウラちゃん、セレスティアちゃん、私まだ仕事残ってるから、また後でね」
「うん……」
「ばいばーい」
自分の持ち場に戻り、改めて水仕事に精を出し始めるイオ。おばさんたちは遠目にイオを見守りながら感心したように息をついた。
「あの子も、元冒険者なんて言ってるけど、結構いいところのお嬢さんだろうに」
「ほんにねえ。ヒトの嫌がる仕事を率先してやりよるよ」
「まあでもいいヒトがいるみたいだからねえ。女は強くなれるんよ」
「つよく?」
器から顔を上げたアウラに、おばさんたちはニッコリと微笑んだ。
「そう。結婚して子供を生んでお母さんになるんよ。泣き言なんて言ってられんもんねえ」
「あの子のいいヒトも、今日は仕事の面接やったっけ。元冒険者なら問題ないと思うけどねえ」
言いながらよっこらしょっと立ち上がる。
炊き出しの列も大分減ってきた。鍋を片付けたら、今度は夜の仕込みをしなければならない。
「ごちそうさま……」
「ごちそうさまー!」
「おや、綺麗に食べたねえ」
「どれ、お父さんとお母さんのところに送っていくよ」
「……へーき」
「大丈夫大丈夫」
「そうかい?」
などというやり取りをしているときだった。
向こうの方からガシャーン、と食器を落とす音が聞こえた。
何事かとアウラとセレスティア、おばさんたちが見てみれば、イオが複数の男たちに絡まれているではないか。
「まあ、大変!」
「ちょっと私、親方たちを呼んでくるよ!」
「は、早く、誰か周りの男連中に助けを――」
おばさんたちが血相を変えて慌てふためく中、お子ふたりはどこまでも冷静だった。
「……せれすてぃあ」
「うん、アウラ」
ふっ、と。おばさんたちが目を離した瞬間に、アウラとセレスティアの姿がかき消える。そしてその姿は、いつの間にか渦中のイオの傍らにあるのだった。
続く。
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