第389話 キミが笑う未来のために篇㉗ 遅すぎた火急のメッセージ〜模倣・鬼戒族の王アズズ・ダキキ!?

 * * *



「今日は何して遊ぼっかアウラ?」


「……………………かくれんぼ」


「ゴォォッ!」


 ダフトン市の遥か上空。

 ヒルベルト大陸すら眺望できるほどの高高度で、本日の遊びを決定していたふたりと一匹――セレスティア、アウラ、そして飛竜ワイバーンは、とある問題に気づいた。


「…………誰が、鬼?」


「それはもちろん――」


 アウラの問いかけにセレスティアはニンマリと飛竜ワイバーンを見る。


「ゴォ? ――ゴオン、ゴオン!?」


 被膜に包まれた翼をバッサバッサとさせながら、飛竜ワイバーンはその長い首をブンブンと振った。


「…………嫌だ、って」


「えー、でもおまえ、じゃんけんとかできないじゃん!」


 飛竜ワイバーン相手に無茶なことを言う。

 言われた本人(?)も、硬い瞬膜をパチパチとさせながら涙を溢れさせる。言葉を介さない飛竜ワイバーンに許された最大限の拒絶の印だった。


「…………いつも、鬼はかわいそう……」


「公平に決めようとしたら逆に『あんふぇあ』なのにー」


 アウラは風の精霊。元よりこの世界すべての大気はアウラを抱くために存在する。


 セレスティアは水の精霊。その身体を構成する水の魔素は、空気よりも軽く、いくらでも浮遊可能。


 そして飛竜ワイバーンは、元よりこの世界に寵愛されし体内に魔力を宿した特別な魔物族モンスター


 今は失われた超大陸、オルガノンにて絶頂を極めたとされるが、大陸の消失と共に竜種は絶滅し、その姿を見ることはなくなったとされている。


 そんな竜種でさえも高次元生命である精霊には頭が上がらない。お子たちふたりにいいようにされ、理不尽な遊びに付き合わされることもしばしばであった。


「んー、じゃあわかった。ポーズを決めよう」


「……ぽーず?」


「グーチョキパーで決まった格好するの。例えばねー、パーはこれ」


 セレスティアはバッ、と両手を広げて静止した。

 なんというか「オラに元気をわけてくれ!」みたいなポーズだった。


「はい、やって」


「ゴォ!?」


 言われた飛竜ワイバーンは翼竜である己の骨格を生まれて初めて呪った。


 ヒト型であるセレスティアが四肢を四方に伸ばしている姿をなんとか再現しようと試みる。


「ゴォ…………ゴッ!」


 バッ、と翼を広げ、尻尾もピーンと伸ばす。

「おおっ」「わあ……」とお子たちには好評だったが――


「ゴォォォォ――!!」


 当然、羽撃きをやめてしまえば滞空することができず、そのまま落下していく。


「……ぱー、はこれでいい」


「だよね!」


 アウラがクイっと腕を持ち上げる。

 魔力が込められた風の魔素が、飛竜ワイバーンの巨体に絡みつく。


 まるで深緑の腕に包まれるよう、飛竜ワイバーンは空中に停止した。


「……ぐーは?」


「グーはねー、これ!」


 セレスティアがパーの反対、その場にしゃがみこんで手足を縮める。


 飛竜ワイバーンも心得たものと、その場で翼を畳み、尻尾も縮めて、胴体を丸める。なかなかいい感じだった。


「……ちょきは?」


「チョキ……チョキかー。うーん」


 翼竜の骨格的にこのへんが限界なのだが、悩めるセレスティアは、なんとか3つ目を完成させようと頭を捻っている。


 そしてそのうち、自身の髪の一部を藍色の蛇に変身させると、それはみるみる飛竜ワイバーンと比べても見劣りしない大蛇へと変貌した。


「チョキはねー……こう、だね!」


「ゴッ、ゴゴゴッ、ゴアッ!?」


 ガブリ、っと巨大なアギトが飛竜ワイバーンの頭部と尻尾にかぶり付いたかと思いきや、そのままグルリと身体を捻ってきた。


 今まで味わったことのない捻転。雑巾のように全身を絞られる感覚に、飛竜ワイバーンは必死に抵抗する。


「コラ、暴れないの。ねじ切れちゃうよ?」


「…………覚えた?」


「ゴォ、ゴゴォ!」


 首が動かせないので、必死に翼を動かして肯定する。


「よし、じゃあいくよー! じゃーん、けーん」


「…………ぽん」


「ゴォ!」


 アウラ→パー。

 セレスティア→パー。

 飛竜ワイバーン→グー。


「はい決まりー。それじゃあ100数えてから捕まえてね!」


「…………よろしく鬼さん……」


「ゴォ…………」


 結局いつもと変わらない役回りに飛竜ワイバーンはハラハラと涙した。余計なことを覚えさせられた分、痛い思いをしたのだから当然だった。


 そして飛竜ワイバーンが時間を数える暇もなく、アウラとセレスティアは魔素に溶けて見えなくなってしまう。精霊であるふたりにとっては、この星の大気すべてが隠れ場所なのだ。そんなの一体どうやって見つけて捕まえればいいというのか。


「…………ゴォォ……」


 貴重な竜種は、こうして一匹、空の上で途方に暮れるのだった。



 *



「おはようございます、ハウト・エマニエルです!」


 朝から元気よく龍王城の門戸と叩いてくれたのは、冒険者組合の紅一点、ハウト・エマニエル嬢だった。


『おはよう、ハウト・エマニエルよ。ゴルゴダ平原の地下迷宮から帰還したのか』


 慌ててプルートーの鎧を身に着けた僕は、応接室に通したハウトさんの元へ、さも大物ぶって余裕しゃくしゃくで現れる。すると――


「あ、はい。おとといようやく交代になりまして。今は第四陣が向かってまして――って、私が地下迷宮に行ってたこと、ご存知だったんですか?」


『ギクっ』


 しまった。冒険者ホシザキ・ナスカとして仕入れたはずの情報を、タケル・エンペドクレスのときにしゃべってしまった。い、言い訳しないと。


『当たり前です。タケル様が街のことで知りえない情報はないのです。冒険者ナスカから様々なお話も聞いていますからね!』


 僕の肩に停まった真希奈(人形)がえっへんと胸を張る。ハウトさんは「なるほど!」と納得してくれた。ホッ。


「あ、そうでした、タケル・エンペドクレス様、この度はナスカさんを通して、治癒石のご提供をありがとうございました。なんでも内部には今巷で噂になっている、精霊魔法師様の治癒を込めてくださったとか。本当に助かりました!」


『ああ、お役に立てたのなら我も嬉しい。だが――誰もタダとは言ってないぞ』


「――ブーッ!」


 僕がそう告げた途端、タイミング悪く茶を啜っていたハウトさんは吹き出した。「げっほ、ごほっ」と咽ながら、ペローンと鼻汁を垂らしている。


「もももも、申し訳ありません、たた、確かに今当ギルドは地下迷宮のおかげで空前の利益が出ていますが、いろいろ溜め込んできたツケを払わなければならず、それでようやく余ったお金で、今回の特別手当が出ればいいなーなんて思っていた次第で、だからそのあの――やっぱりタダより怖いものってないんですね!?」


 ブワッと涙を溢れさせながらハウトさんがまくし立てる。最後には「うえーん!」とマジ泣きした。たまにこのヒトって情緒不安定だよなあ。


『誤解するな。何も強権を発動して民間から僅かな利益を掠め取ろうなどとは思っていないさ』


「そ、それじゃあ………………私のカラダが目当てですか?」


『断じて違う』


 テンパりすぎだ。そもそも僕は新婚だぞ。いい加減安心させよう。


『あの治癒石はまだまだ改良が必要なのだ。実際に使用した者たちから、後日怪我の経過具合を聞いておいて欲しい。また実際に治癒を実行したキミからも、なにか気がついたことがあれば是非教えてくれ。それが対価だ』


「そ、そんなことでいいんですか?」


 ズズズっと洟を啜り上げながら、ハウトさんはキョトンと聞き返してくる。あまりにも簡単な対価にこちらにまだ裏があるのではないかと思っているようだ。


『自分ではない第三者のカラダを癒すという行為は、水の精霊魔法師にとっても熟練の業が必要になるという。ましてやそれを全く専門知識のない者が治癒石の力を借りて代行するのだ。どの程度の怪我に、どれほどの治癒を実行すれば最も効率がいいのか、幾度もそれを試していくことはコストの削減――ひいては治癒石の普及にもつながる』


 あとは他の治癒魔法師――神官職にあるものたちとの交渉にも役立つ。


 いずれ治癒魔法を込めるばかりになった加工済みドルゴリオタイトを、希望する神官たちに提供する用意があるのだ。


 これに予め治癒を込めておけば地方巡業――町を回って治癒を施す負担がずっと減るだろう。


 おそらく年配の者ほど直接神官の顔を見ながら治癒を施されることを希望し、若く仕事を抱えている者ほど、早く効率的に治癒石などで治療されることを望むと予想している。


 治療によって得られた対価のうち何割かをバックマージンとしてもらい、神官たちの治療にかかる手間を軽減するというメリットを提供する。そんな新たなビジネスモデルを現在模索中なのだ。


「な、なるほど、そんなに深いお考えがあったなんて驚きです! すごすぎです!」


 彼女にもわかりやすいよう簡単に説明すると、ハウトさんは目をキラキラ輝かせて興奮した様子を見せた。


『そんなわけで、忌憚のない意見を希望する』


「そういうことでしたら……えーと、あ、そういえば、ちょっと怪我の具合に対して、どのくらいの大きさの石を使用していいのか判断に迷うことがありました」


『そう、そういう意見は貴重だ。なるほど、ある程度こちらで石を研磨加工し、大きさを揃えた上で、怪我の程度に等級をつけ、使用ガイドラインを作成するか……』


「がいどらいん……難しそうな言葉だけどさすがですね龍王様!」


 ハウトさんの僕に対する尊敬の眼差しが止まない。とってもいい気分なんだが、それはあくまで龍王としての僕への尊敬だ。


 冒険者ナスカだとモーホー疑惑を持たれたままなんだよなあ……はあ。


 僕はガイドラインが指導目標という意味だと教えると、ハウトさんは意外なことを口にする。


「なるほど……あ、それでしたら是非その指導、私も受けたいです。治癒石治療の専門家っていいかもしれませんね」


『ほう……』


 今ハウトさんはいいことを言った。

 なるほど。誰にでも使えるが、専門的な知識を持ったアドバイザーなどはいたほうがいいかもしれない。


 そのための資格、あるいは免許などを公式に発行すれば……。ヒトの命にかかわることだ、それくらいした方がいいだろう。


『おっと、話に夢中になって気が付かなかった。そのままではいけないだろう』


「え、あっ――申し訳ありません、私ったら粗相をしたままで!?」


 盛大にお茶を吹いたままだったので、テーブルの上が汚れていたのだ。このままの状態で会話を続けるのはよろしくない。


『よい、慌てることはない。――おい、いるか?』


「失礼します」


 僕の呼びかけで入室してきたのは、応接室の扉の外で待機していた黒髪に猫耳のメイドだった。


「お拭きいたします」


「ああ、申し訳ありません――って、こんなメイドさんいらっしゃいましたっけ?」


 どこからともなく取り出した手布巾でテーブルを綺麗にしていくメイドさん。静かに素早く。汚れた茶器も回収する。その手際は見ていて気持ちいいほどだ。


『ふむ。顔を合わせるのは初めてか。ちょうどいい、紹介しよう。アイティア』


「はい、お初にお目にかかります。この度タケル・エンペドクレス様の元でメイドをすることになりました、アイティア=ノードと申します。今後ともよろしくお願いいたします」


 アキバのメイド喫茶の衣装などではない、やんごとなき身分の者に仕える本物のメイド服に身を包んだアイティアが、ハウトさんに向けて深々とお辞儀をする。


 腰元まである見事な黒髪が、シャラリと肩口を滑り、毛先がシャンと反動で上向く。


 その後は漆黒のカーテンさながらに静謐と佇んでおり、ハウトさんは一部始終を食い入るように見つめていた。うーん、サスーンクオリティ。


「ここ、こちらこそ、よろしくお願いをいたします!」


 ハウトさんはある意味僕と対峙するとき以上に緊張した様子で頭を下げた。


「こ、こんな綺麗なメイドさん、私初めて見ました……!」


 美しい女性には異性も同性も引きつける魅力があるのは異世界であっても共通のようだ。


 確かにここ最近のアイティアは、今までの子供っぽさが鳴りを潜め、急速に大人びてきている。


 それに比例するようにアイティアの魅力は日々増しており、正直何気ない仕草にドキっとすることも少なくないのだった。


『うむ。だが彼女はキミと同じ獣人種だ。とある事情があってね、さる列強氏族から我の元で預かることになったのだ。街で見かけたときなどは気軽に声をかけてやってほしい』


「れ、列強氏族様から!? とある事情、ですか……?」


 ゴクリ、と息を呑み、居住まいを正したハウトさんの目がものすごい勢いで泳ぎだす。ああ、何を考えているのか丸わかりだよ。


『誤解しないでほしい。彼女は決して我の妾というわけではないぞ』


「え! あ、ちが、そんなこと思ってもないですよっ、あはは!」


 ウソつけ。この世界じゃ珍しくもないことだからしょうがないんだけどさ。


『我にはもうふたりも婚約者がいる。新婚の身分で妾の話など、あのふたりが許すわけがあるまいよ』


 どちらかひとりでも僕にはもったいないほどの器量よしだというのに、それをふたりいっぺんに嫁にしようというのだ。他の誰かに浮気しようなどと、考えるだけで罰が当たるだろう。


 ハウトさんはようやく納得したのか、「そうですよね、遅ればせながらご結婚おめでとうございます!」と満面の笑顔を見せる。僕は鎧越しでも伝わるよう、穏やかな声で『ありがとう』と返した。


「あら、ということは、アリスト=セレス様とエアスト=リアス様のご許可さえいただければ、私もタケル様のご寵愛を賜ってもよろしいのですね?」


『なっ!?』


「えっ!?」


 突然アイティアがそんなことを言い出した。

 僕はハウトさんと一緒に素っ頓狂な声を上げてしまう。


 後ろを振り返れば、そこには見たこともない妖艶な笑みを浮かべる美少女が。嘘、これ、本当にアイティア?


「私はこんなにもタケル様のことをお慕い申し上げているのに、これまで一度たりとも夜伽に呼ばれたことがないんです。それどころかこれから先、きっと生まれてくるお世継ぎ様のお世話をしていくと、きっと婚期だって逃してしまうに違いありません。誰も貰い手がなくなったときには、いよいよタケル様の側室かお妾にしてもらうしかないのです……」


「はわ、はわわ! 新婚の龍王城に第三の影! 私のたわわなカラダは主を想い夜な夜な濡れる! 猫耳メイド・アイティアの禁断羞恥欲求!?」


『なんだその安い惹句キャッチ題名タイトルは!?』


 ハウトさんにツッコミを入れながらも僕の内心は大荒れだった。


 何この子? 今までこの手の話題で他者にからかわれることはあっても、自らネタにすることはなかったのに。一体全体どうしたっていうんだ!?


「ふふ……冗談です。可愛いメイドの戯れです。おもしろかったですか?」


「え、なんだぁ……驚かさないでくださいよもう!」


 艶めいた笑みが消え、いつもの人懐っこい笑みを浮かべるアイティア。ハウトさんはホッと胸を撫で下ろしながら、パタパタと赤くなった顔を手で扇いでいた。


「これから主に街へのお買い物などは私の担当になると思います。その時は仲良くしてくさいね、ハウトさん」


「も、もちろんです、こちらこそよろしくです! なんでも相談してくださいね!」


「はい、是非相談したいことがあります。…………恋の相談とか」


 最後の呟きはハウトさんには聞こえなかったようだ。何故なら小さくポツリと、僕にだけ向けて囁かれたものだから。


『は、はは……』


 笑いながら肩に停まる真希奈を見やる。

 彼女は微妙な表情で両手を広げ、フルフルと首を振っている。これも僕の自業自得というやつなのだろうか。


 いつの間にか女として成長してしまったアイティアを喜ぶべきか。それとも引っ込み思案で小動物みたいだったアイティアを懐かしむべきか。


 僕はしばし頭を抱えるのだった。



 *



『――ゴホン。それで、すっかり話題が逸れたが、本日は我にどのような用向きで来たのだ?』


「あ、はい、そうでした! 実はタケル・エンペドクレス様宛に速達の伝書鷲が来てまして……」


『速達?』


 自分で言った意味を彼女はわかっているのだろうか。茶など飲んでる暇があったらそれを最初に言ってほしかったぞ。


『……まあいい。一体誰からだ?』


「あ、はい……えっと、こちらすべてパルメニ・ヒアス様からになります」


『何だって!?』


 一月半前から遠く、ヒト種族はリゾーマタへと里帰りしているパルメニさん。そんな彼女から緊急の伝書鷲だって?


『これが全てそうだというのか!?』


「は、はい、立て続けに今朝方届きまして、どれもこれもちょっとおかしいというか」


 伝書鷲が運んできたメッセージは四通もあった。

 固く結ばれた羊皮紙を開いて行けばそこには――


『何だって……【逃げろ】?』


『タケル様、こちらも【今すぐその場を離れたし】になっていますね』


「こちらも、『事情は後で話す。身を隠されたし』となってますタケル様」


 危急を伴うため、気を利かせた真希奈とアイティアがそれぞれメッセージを開封する。そこには同様の警告が書き綴られている。しかもそのどれもが、よほど急いでいたのか殴り書きのような、かすれた文字ばかりだった。


『ううむ。これだけでは判断しかねるな……最後のひとつは』


『むむッ、タケル様!?』


「これって……!」


「ど、どうしたんですか!?」


 驚愕する真希奈とアイティアに、ついに我慢しきれなくなったハウトさんが身を乗り出す。僕が広げた羊皮紙に全員が目を落とす。


『【怪物】……。これだけか』


 怪物。

 一体それはなにを表しているのか。

 だがひとつだけわかったことは、今パルメニさんは危機的な状況に陥っているということだ。


『真希奈、行くぞ!』


『畏まりまし――警告・水精の魔素、急速増大!』


「えッ!?」


「はッ!?」


 僕はとっさにアイティアを抱き寄せ、ハウトさんを突き飛ばす。

 次の瞬間、見えざる何かが、今まで僕がいた空間を通り過ぎた。


『なッ、これは――!?』


 ガコンッ、と僕が座っていたソファが真っ二つになる。

 それだけに留まらず、窓も外壁も――城そのものが切り裂かれ、ズズズっと壁も机も後ろのドアも上下にズレる。


『ば、馬鹿なッ、一体誰が!?』


『タケル様、来ます!』


 上下にズレた窓の向こうに青空が見える。

 その奥から太陽サンバルを背負い、水色の巨鳥が急降下してくるのが見えた。


「タケルさあああああああん!」


 そしてその巨鳥の背にしがみついているのは誰であろう、パルメニ・ヒアスそのヒトで――


『うおおおッ!?』


 ガキンッ――と、魔力を漲らせた両手で受け止める。

 水色の巨鳥は翼を畳み、ミサイルのような速度で僕へと攻撃を仕掛けてきた。


 その姿はまるで槍。鋭い嘴で僕を串刺しにせんとする水精の槍のようだった。


 受け止めた瞬間、僕の足元がズシンと沈み込み、その威力の程を物語る。不味い。アイティアとハウトさんがいるこの場では戦えない――


『って、パルメニさん、こいつは何なんですか!?』


 鋭い嘴を両手で挟み込む僕の真正面、巨鳥の背にしがみついたままのパルメニさんに問いかける。


「ごめんなさい! コイツ、リゾーマタの川辺にいた水の妖精なの!」


『なんだって!?』


 妖精?

 精霊とはまた違った四大魔素を触媒とするエーテル体の塊だ。精霊が高次元にそのルーツがあるのとは逆に、この世界にルーツを置く想念の結晶体とも言える存在。それが妖精である。


 一時期、真希奈を妖精と言い張って誤魔化していたことがあったが、人形の身体に宿った妖精と言って周りには説明していたのだが――


「どうしてもセーレスさんに会いたいっていうから連れてきたんだけど、何故か途中からあなたに対して激しい敵愾心を抱くようになっちゃったの!」


『な、なんだよそれ!?』


 それがあの伝書鷲のメッセージ警告の理由だっていうのか!?


『よー坊主、久しぶりだな』


『アズズ!?』


 不意に巨鳥が形を崩す。

 水槍のように尖っていた身体は、スライム――シーラームのような丸い粘体となり、僕の足元に落ちる。


 これ幸いにと、呆けたままのアイティアとハウトさんを回収。いったん距離を取ると、みるみるうちにその形状が変化していく。


『あー、すまねえ。妖精ってのを甘く見ていたぜ。まさか俺の方が支配されることになっちまうとはなあ』


 団子餅のように丸まった水の妖精は、体内にアズズの仮面を内包したままグググっと持ち上がり、そのままヒト型へと収束していく。


 頭がひとつの直立歩行生物。

 ただ一つ、腕が左右に一つずつ。

 そして右の背筋あたりから鎌首をもたげるように三本目が――


『意識が沈む……こいつ、俺の記憶を読み取って……いいか、こいつにあるのは嫉妬……セーレスを奪ったお前への……』


 二メートルはあろうかという巨体。

 三本の腕にはそれぞれ、水で創られた刀を構えている。


 初めてお目にかかるが、これこそが鬼戒族の元王、アズズ・ダキキ――それを再現した姿だというのか!?


『嫉妬? 僕がセーレスを奪ったって? なにを馬鹿な――』


 そんな言葉など虚しく、アズズを模倣した水の妖精は、唸りを上げて僕へと飛びかかってくるのだった。


 続く。

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