第388話 キミが笑う未来のために篇㉖ 三人が織りなす新たな関係in龍王城〜そのときメイドたちは見た!?・後編

 *


【事例3】


 家族全員の食事も終わった宵のうち。

 エアリスはひとり、入浴中だった。


 龍王城の風呂場は、ディーオ時代は粗末なものだった。


 なにせディーオは滅多なことでは風呂に入らず、魔法で作り出した水を浴びる程度のことしかしなかったからだ。


 エアリスやセーレスは特に気にしなかったが、これはよくないと、タケルが風呂の改修工事を行い、見事綺麗に生まれ変わった。


 風呂は燃やした薪で水を炊き上げる原始的なものだが、タケルやアイティアがいる時は、湯に直接炎の玉を放り込んで沸かしてしまう。


 湯船も広々としていて、大の字になって浮かぶこともできるし、子どもたちなどは少しでも目を離すとお湯のかけっこをして遊び始めるほどだ。


(いかんな……)


 お湯の浮力に全身を預け、ボーッと、天井を眺める。オレンジ色の鬼火が淡い光を、室内全体を照らしている。


(こんな贅沢を覚えてしまっては、もう昔には戻れんな……)


 タケルがよく言う、最低限度の生活の質、という言葉がある。衣食住に加えて、近い内に義務教育なるものも、臣民の子どもたちの間に普及させるつもりだという。


 それは読み書きは愚か、一部の商人や貴族にしか必要とされていない高度な算術、果ては各種族の言語などを、幼い時から総合的に、しかも無料で教えていく。


 そのための費用はタケルはもちろん、ダフトン市全体の税収から賄うことになる。エアリスが驚いたのは、それらは実は無償ではなく、将来に採算を見越した投資だという点だ。


 高度な教育を受けた子どもたちが、将来的には高所得を得られるような仕事――例えば街の行政を司る機関や、他国との貿易を旨とする商会などに就職し、そこから税金を納めてもらえれば、十分にお釣りがくるのだという。


 タケルはそうした十年先を見据えてことを考えているが、障害も多い。


 貴重な働き手である子どもたちによって、ダフトンの経済は成り立っている。


 そこから子どもたちを切り離し、教育を受けさせるためには、今より以上に世帯収入を上げ、子どもという働き手に依らない、経済的自立を大人たちに促す必要があるのだ。


 そのための新たな事業、新たな産業、新たな投資、新たな雇用。


 それらを推し進めるため、ウーゴ商会のみならず、エストランテや王都ラザフォードも巻き込んだ経済的な連携を現在タケルは模索している。


「もう、あの男なしでは生きられない……」


 自分も、そして臣民たちも。

 一度贅沢を覚えてしまえば、貧乏な生活には戻れないように。


 タケル・エンペドクレス王がいなくなれば、この国はもうディーオを失ったとき以上に活力を失ってしまうだろう。


「あの男ってタケルのこと?」


「――ガボっ!?」


 突然の声に慌てふためき、とっさにお湯を飲み込んでしまった。


 エアリスは「ゲホゲホっ!」とひとしきり咳き込んでから、声の方を見る。


「セ、セーレス。そなた、もう上がったのではなかったのか!?」


 そこには一糸まとわぬセーレスが立っていた。

 透けるような白い肌はエアリスの燃えるような褐色の肌とは対極。


 凹凸が少ない体つきもエアリスとは真逆だが、それでもよく見れば女性的な魅力に溢れている。


 形のいい乳房といい、薄く浮いた肋や、くびれた腰から尻にかけての曲線など。同性のエアリスからみてもゴクリと、思わず生唾を飲んでしまうほどである。


「そうだったんだけど、セレスティアとアウラがふざけすぎちゃって。全然入った気がしないからもう一度ゆっくり入り直そうと思って……」


「そ、そうか、では私は上がろう」


 ザバっと、性急に立ち上がったエアリスだったが、湯船に侵入してきたセーレスが両手を広げて抱きついてくる。まるで逃さないぞ、と言わんばかりだ。


「私と一緒に入るの嫌?」


「そ、そんなことはないが、ゆっくり入りたいならひとりの方が……」


「エアリスと一緒に入りたいなあ」


「う……」


 昼間と夕方のように強引に迫るでなく、おねだりをするように上目に見上げてくる。


 翡翠の瞳が揺れている。その宝石の奥に、自分の姿が映っているのを見て、エアリスはため息混じりに腰を下ろす。


 ややのぼせ気味のエアリスの肌と、すっかり冷めているセーレスの肌。ふたりの体温がお湯を通して溶け合っていく。


 セーレスはエアリス首に手を回したままで、エアリスも諦めの境地で彼女をゆったりと抱きかかえた。


「んー、エアリスぅ」


 むずがるように、セーレスが鳴いた。

 エアリスの手が自然と彼女の頭を撫でていた。


「本当にそなたは……、私は大きな子供ができた気分だぞ」


「エアリスと二人っきりのときは私子どもでいいかも。タケルがよくエアリスのことお母さんに例えているけど、ホントにその通りだと思うなあ……」


 僅か十歳で母を見送ったというセーレス。

 一方幼い頃に戦で両親を失ったエアリス。

 双方ともにもう母の記憶などありはしない。

 そんな彼女たちは今、母という立場にもある。


 自分がお腹を痛めて生んだ子どもではないが、紛れもない自分の分身であるアウラ、セレスティア。


 母になれるかどうか悩む暇もなく、ふたりはある日突然母になったのだ。


「ある日突然王様になるのとどっちが大変かな?」


「それを言うならある日突然魔族種になる方が大変だと思うぞ」


「それもそっか」


「そうだ」


 ふっとセーレスは笑い、釣られてエアリスも笑みを浮かべる。


 立場や環境がヒトを作る。

 まさにタケルがいい例だ。


 あの男はひとりでいてば自堕落の極みだが、状況や環境がそれを許さなければ、いくらでも力を発揮する。


 それは私達も同じ。

 子育てなどしたことがなくとも、子どもたちの手前、自信のない顔など見せられない。母としての振る舞いを、しなくてはいけないという気持ちにさせられる。


「でも、たまにはこうやって恋仲同士になるのもいいよね」


「うん……まあ、それもそうだな」


 セーレスが最近やたらと接触してくるのは、気持ちの切り替えを意図的にしていたということなのか。エアリスだって好いた相手には甘えたい。気を許した者にしか見せたくない顔もある。


 そうだ。

 いつもやり込められてしまうのは反撃しないからだ。こちらからもセーレスになんらかの性的な悪戯をすれば――


「ちゅー」


「きゃっ!?」


 ――などと思っていた矢先、先手を打たれた。

 そしてその性的悪戯は、今までの比ではなかった。


「セ、セセセセーレス、そなた何をして!?」


「おっぱい吸ってるぅ」


 今まで顔を埋めていたエアリスの乳房を下から掬い、お湯の上に露出させるや否や、セーレスは赤子のように口づけた。


 しゃべりながらも乳首を前歯で甘噛し、ちゅーっと吸い付く。


 未だかつて感じたことのない未知の感覚――快感に、エアリスは反撃をするどころではなく――


「バ、バカもの……や、やめぬかっ!」


「んん? だってこんなにおっきなおっぱいが目の前にあるんだもん。挨拶しないと失礼だよ……」


 言いながら吸い付くどころか、今度は舌先を使い、口内でエアリスの敏感な蕾をねぶり始めるセーレス。そのたびに全身に稲妻にも似た未知の何かが駆け巡り、エアリスはビクンビクンと身体を震わせた。


 不快ではない。

 仮にも尊敬と愛情を抱くセーレスが相手だ、不快なはずがない。


 だがこれは強烈だった。

 口づけや手による愛撫など比較にならない。

 このまま流されるのは危険だと、エアリスの本能が告げていた。


「んんっ、セーレスっ、やめよ……くっ、やめるのだっ!」


「どーして? エアリス気持ちよさそうだよ?」


 言われてから気づく。

 上ずった声に上気した顔。

 懇願するように垂れ下がった眉に潤んだ瞳。

 心の臓はバクバクとがなり立て、荒い吐息を繰り返す。


「こっちも寂しそう」


 セーレスは「チュピ」っと乳房から離れると、反対側の乳房へ吸い付いた。


 既に固く尖った蕾を口に含み、甘噛し、舌先で転がしていく。そして空いた方の乳房には手を這わせ、指先で蕾をつまみ上げる。


「んああっ! ……やめ、やめてセーレス……!」


「うわあ……エアリスの今の顔、とっても可愛い……!」


 押し寄せる快感に恐怖を抱いたエアリスは、常にない気弱な面相を見せてしまった。

 それがセーレスの中に隠れた嗜虐心に火をつけてしまう。


 もっとイジメたい。もっともっと知らないエアリスを見てみたい。そしてそれを独り占めにしたい。


「タ、タケルに教える前に私が味見しないと……」


「待て、なんの話だ!?」


 その時、エアリスは気づいた。

 動けない。手足が四方から何かによって拘束されている。


 お湯に浸かったセーレスの金髪の先が藍色に変化し、水精の蛇となってエアリスをがんじがらめにしていた。


「ひッ――」


 怖い。

 これ以上のことをされてしまったら自分はどうなってしまうのだろう。あるいはもう戻れなくなってしまうのではないか。


 だが、結婚とは、夫婦とは、結ばれることとは、決して戻ることなどできない間柄になることをいう。戻ってしまうことは、不誠実なことなのだ。


「はあはあはあ……おかしいな。エアリスとこういうことしてると、私、どんどん知らない自分になってくの。こんなにドキドキしてゾクゾクすることなんて初めてなの。ああ、今度はタケルと一緒にエアリスを――」


 イジメたい。

 そう呟いた先の出来事を、エアリスは知らない。


 気がつけば全裸で自室の寝台の上にいたからだ。

 そして腕の中には、同じく全裸のセーレスがいた事実を噛み締め、エアリスは一人涙を流した……。



 *



「――ということがあったのだが……タケル、どうした?」


「どうしたってちょっと、やんごとなき事情が」


 ここ最近、セーレスがエアリスに対して行うセクハラの頻度が上がっているのは知っていた。何故なら、セーレスは毎日事あるごとに、それを僕に報告しにくるからだ。


 だが同じ内容でも、明るく素直に話してくる毒のないセーレスと、主に被害者側のエアリスから聞くのとでは生々しさが違った。


 彼女の口から「乳房が」とか、「乳首を」などと、実際服の上からおっぱいを持ち上げながら滾々こんこんと説明された僕は、不甲斐ないことにこみ上げる鼻血を抑えながら前かがみになっていた……!


「それはきっとセーレスも嬉しいんだよ。エアリスのことも大切に思えるようになって、子どもみたいにはしゃいでるんだと思う……」


 エアリスは私の嫁。

 そう豪語して憚らないセーレスだが、それは彼女なりの優しさだろう。


 誰が一番とか二番とか、世間的に見ればフェアではない多重婚の差をなくそうとしているのだ。


「そんなことはわかっている。正直初めてセーレスの告白を聞いたときには開いた口が塞がらなかった」


 ――私、エアリスと結婚する、というアレである。僕もだ。僕も自分の好いた女の子の正気を疑ったものである。


「だが、今ではその言葉によって救われたことも事実だ……」


 エアリスは僕を壁際に押し付けたまま、苦渋の表情を浮かべている。


 誰もが幸せになれる方法を考えていたセーレスと違い、さっさと切り捨て、身を引こうとした自分が不甲斐ないとでも思っているのだろう。


「なら、別にいいじゃ――」


「それはいい。確かにいいのだ。だが、私が納得できないのは、どんなに足掻いても、私がセーレスに一方的に手篭めにされてしまうということなのだ!」


「そこなのかよ!」


 つまりベッドの上で主導権を一切握ることができないのが悔しいと、エアリスは言っているのか。ああ、僕らは大分遠くに来てしまったようだ。成長したなあ……。


「いつもいつもいつもいつも……、私ばかりが一方的に鳴かされる。一方的に気持ちよくされる。負け戦ばかりだ……!」


 き、気持ちいいんだ……。

 ゴクリ、と僕はつばを飲み込んだ。


「従って私の欲求不満は溜まるばかりだ!」


 ダンっ、と壁を叩き、エアリスは叫んだ。

 確かにな、と僕は思う。SかMかで言われれば、エアリスは前者かもしれない。


 ――と、思っていた時期が僕にもありました。


 出会ったばかりのエアリスなら間違いなくその攻撃的で嫌味な性格から『ドS』を信じただろう。


 だが、実際に一緒に暮らすようになってわかったのは、彼女は間違いなく『M』であるということ。しかも総受け系の超がつく『ドM』だ。


 そんでセーレスは出会った時から変わらず『S』っぽい基質があった。それが隠されたエアリスの被虐性を垣間見て、少しずつセーレスの嗜虐性が目覚めていったのだと考えられる。


 まあ被虐とか嗜虐とか言葉は強いが、所詮はどっちが攻めで受けか、という程度なので安心はしているが。


「わかったよ。僕の方からセーレスに少し抑えるように言っておくから――ってあれ、エアリスさん?」


 いつの間にかエアリスは、僕の両手を壁に押さえつけていた。


 存外に強い力で動くことができない。

 ふと、彼女の顔を見てみれば、据わった目で口を半開きにし、「はあ、はあ……」と息を荒くしていた。


「私も気づいたのだ」


「な、なにをでしょうか?」


「私達三人の関係についてだ」


「か、かかか、関係ですか?」


 初めて見るエアリスの表情。

 興奮状態にあるその顔を見て、言い知れない恐怖がこみ上げてくる。


「私ではきっとセーレスには勝てまい。だがそれと同じく、セーレスは貴様に強く出られれば逆らえないと思う……」


「そ、そうかな……?」


 確かにセーレスは、僕の前ではしおらしい態度を取ることが多い。


 だから、セーレスがエアリスに対して『Sっ気』たっぷりに迫ると聞いてビックリしたほどだ。


「私はセーレスには勝てない。だが何故かな、貴様になら勝てそうな気がするのだ」


「ええッ!?」


 そういうとエアリスは「くわ」っと歯を剥いて僕の唇に噛み付いた。


 ブツっと切れた部位を舐め取り、血のついた舌を口内に侵入させてくる。


 傷はゼロコンマの間に消え去り、血の味もしなくなる。


 それでも彼女は口内を蹂躙することをやめず、しばらくの間それだけに僕らは没頭した。


「……私はセーレスには勝てないが、貴様には勝てる。セーレスは私には勝てるが貴様には勝てない。そして貴様は何故か私には勝てないな……?」


 それは僕らの出会い方とその後の付き合いに依るところが大きい。


 何十年もの孤独を僕に癒やされ、さらに異世界に攫われてから救われたセーレス。


 養父の死の原因として僕を憎みながらも、その後は献身的に支えてくれたエアリス。


 僕はセーレスには『してあげる』ことの方が多く、そしてエアリスからは『してもらう』ことのほうが多い。そんな在り方が、今日の僕たちの関係性を決定してしまおうとは……!


「私はこれから極力貴様を嬲りものにしようと思う。大の男子おのこが女に甚振いたぶられるのは屈辱の極みだろう。そう思ったら今度は貴様がセーレスに同じことをしてやればいい……!」


「何その歪んだ三角関係!?」


「大丈夫だ、天井のシミを数えている間に終わる……」


「待て待て待て――あっ」


 こうして僕たちの新たな日常は幕を開けた。

 むろん、その後に僕がセーレスをいじめるなんてことはあるはずもなく。


 これは三人で色々と話し合う必要があるなと、改めてそう決意するのだった。


 そして――



 *



「す、すごいです、いつもは逞しい龍神様があんなになって!?」


「アイティア静かに。あんまり騒ぐとバレちゃう」


「ソーラスさん、もう少しつめてください。よく見えません」


「前の、鼻を押さえんか! 血が滴っておるぞ!」


 小さく開いた扉の隙間から、真っ昼間っから睦み合う我らが王と妃の情事をのぞき見て、興奮するメイドと客分たち。


 アイティアは顔を真赤にしながらも目が離せない様子で、ソーラスは食い入るように見つめている。


 前オクタヴィアはいつもと変わらぬ表情だが、興奮から鼻血が止まらない。オクタヴィアは純粋に後学のために勉強中だった。


「昨晩のお風呂場でのセーレスさんとエアリスさんもすごかったけど、こっちもなかなか……!」


「アウラ様とセレスティア様が遊びに行っててホントによかった……」


「オクタヴィア、今の行為の意味がわかりますか?」


「まったくわからん。アレは本当に気持ちいいのか?」


 などなど……。

 昼下がりの龍王城には、新婚特有の桃色の空気が充満し、他の者たちはそれを肴に密かに盛り上がるという、新たな娯楽の形が完成しつつあるのだった。


 続く。

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