第387話 キミが笑う未来のために篇㉕ 三人が織りなす新たな関係in龍王城〜そのときメイドたちは見た!?・前編
* * *
「最近、私に対するせ、せせせ――『せくしゃる・はらすめんと』が酷すぎる!」
どん、と僕ことタケル・エンペドクレスを壁に押しやり、鼻先にまで迫ったエアリスは、地球で覚えた言葉をたどたどしく使いながら、そのように訴えてきた。
ここはディーオの書斎。
所謂ディーオコレクションが納められている部屋である。
本来ディーオの書斎は最上階の一番日当たりのいい部屋にあった。
だが現在その部屋は僕の寝室となり、書斎は一階の広めの部屋に移されている。
エアリスは幼い頃からいつかディーオの部屋の床が抜けるのではないかと危惧しつづけ、一度まっさらになってしまったのを機に、書斎の場所を移すことにしたのだ。
「異論は認めん。貴様以外が使うには誰も納得しない。私も、他の者たちもだ。黙ってこの部屋を使え」
ということをディーオの愛娘であるエアリスから申し付けられ、僕は元の殺風景極まる部屋から、広くて殺風景な部屋へと移ることとなる。小さくて手狭で機能性に優れていた元の部屋はたちまち物置となり、僕は大きなベッドがあるだけの、入り口からも窓からもクローゼットからも遠い元ディーオの寝室で惰眠を貪ることになったのだった。
そんなこんなでウーゴ商会へのツケも順調に払い続け、コレクションの整理も少しずつ進んでいく日々のなか、ラエル・ティオスのところから正式に預かることとなったアイティアやソーラスを改めて迎えた翌日のことである。
我が龍王城では食事は基本的に全員で摂る。
形式とか上下関係とか、そのんなのは誰か第三者の目があるときに気にすればいいのであって、プライベートな空間でまで拘る必要はない。
今までは客分としての扱いだったため、辛うじて一緒に食事をすることを了承していたアイティアとソーラスは、僕の正式なメイドとなったことで、今後はそのような関係を是正すると言ってきた。
キミたちは見ろと、僕は言った。メイドの格好をしていながら全くメイドらしくない態度のダウナー系薄命美人――前オクタヴィアを。
アレみたいに仕事をまったくしなくなるのは困るが、僕に対してもエアリスやセーレスに対しても、ましてや高次元存在であるアウラやセレスティア、真希奈はおろか、自分の主であるオクタヴィアにすら臆することなくいつもどおり接してくる姿には感動すら覚える。
ぜひキミたちにはそれくらい気楽に接して欲しいと。僕にそう告げられたアイティアとソーラスは大変恐縮した様子だったが、ぎこちないながらも言いつけを守ろうと――家族になるための努力をしてくれている。あとは時間が解決してくれるだろう。
そうして朝食が終わり、アイティア、ソーラス、前オクタヴィアは、城の掃除と庭の手入れの仕事へと向かい、セーレスは鼻歌まじりに元気よく診療所へ出勤していき、真希奈は鎧のメンテナンス、子どもたちは
僕も午後からは我が家の新たな事業、ドルゴリオタイトを使用した花火工場の建設のため、出資者のウーゴとの商談を控えている。
それぞれがそれぞれの予定を消化していく中、みんなの食事担当とディーオコレクションの整理をしているエアリスさんは、全員の姿が見えなくなった途端、有無を言わさぬ力強さで僕の手を引っ張り、埃っぽいディーオの書斎へと連れ込んだのだ。
窓を締め切っているため、日中でも薄暗い部屋の中、僕はなすがまま壁際へと追いやられ、どん、と顔の真横に手をついたエアリスが、じいっと正面から見つめてくる。
「セクハラという言葉だけじゃなく壁ドンまで使いこなすとは……」
「壁ドン? なんだそれは?」
厳しい表情をしていたエアリスが、途端とぼけた顔をする。眉間にシワを寄せた表情もいいけど、キョトン顔も可愛い。いかんな。惚れ過ぎだろう僕。
「いや……、それで性的な嫌がらせを受けてるって、一体誰にだい?」
「とぼけるな! セーレスに決まっているだろう!」
近い近い。
今朝食べたばかりのスープとおんなじ匂いの吐息がかかってドキドキする。
少しでも彼女が肘を曲げると、途端僕の胸板に彼女のツイン・ビッグパイが押し付けられてしまう。やばい、目が離せないよう。
「ぐ、具体的には一体どんなことをされているんだ?」
「聞きたいのか? いいだろう、貴様の嫁の極悪非道っぷりを思い知るがいい!」
*
【事例1】
「ふむ……今日はこの辺にしておくか」
山積みになっていたディーオの蔵書。
羊皮紙製で巻物のようになっているものから、細長い木板を紐で結びつけたもの、重たくて頑丈な石版に書かれたものまで様々なそれを、可能な限り分類し、整理していくのがエアリスのここ最近の日課だった。
ディーオ存命のときは、手を触れることすら憚られたそれらは、今では故人の思い出の品として大切に保管されている。一時は質流れになっていたが、奇跡的にもひとつとして欠けることなく、無事取り戻すことができていた。
「私は、幸せ者だな……」
もう今は、ディーオのことを思い出しても辛くない。タケルと出会い、いつの頃からか、胸の痛みが消えていた。
今ではとても穏やかな気持ちで、ディーオとの記憶を思い出すことができる。
一度はすべてを失い、この城や国までも、他者の手に落ちていたというのに、すべては元通り――いや、それ以上に上手くいっている。
まさかディーオ様はここまでのことを予見していたのか。否――さすがにそうは思えない。全てはあの者――タケルのおかげなのだ。
そうして最近、またエアリスの元に新しい幸せが訪れた。
それは愛する男と尊敬すべき女との婚姻である。
この国を統べる王が妃を娶るのだ。
これ以上の慶事はない。
「本当によかった……」
エンペドクレスの繁栄は、そのままダフトンの発展へとつながる。
臣民たちは生きる活力を得、その証拠に、今巷では龍王にあやかりたいとばかりに結婚が流行しているのだとか。
もちろん、すべての恋が叶うわけもなく、同じくらい振られた男女――(主に男。この世界でも告白は男がするのがほとんどだ)がいるそうだが、それを凌駕する恋仲が誕生している。
恐らく来年の今頃は、たくさんの新生児たちがこのダフトンにあふれることだろう。
そしてその中にはもちろん、タケルとセーレスの子どももいるはずだ――
「来年は大変になるよ! なんてったって私もエアリスも赤ちゃん生んじゃうからね!」
「――ひッ……!」
背後から伸びた両の手が、やにわにエアリスの胸を鷲掴みにする。
こぼれそうになる悲鳴を飲み込みながら振り返れば、そこには出勤したはずのセーレスがいた。
今や異世界の白衣を身にまとったセーレスの評判はとてつもないものになっている。もともとが貴重な水の精霊魔法師なだけに、病気や怪我を治癒された者たちが称賛と尊敬を惜しみなくセーレスに捧げているのだ。
一説には、腕のいい治癒魔法師が居を構える街は経済的な発展を遂げるらしい。怪我や病気がなくなれば、誰しもが毎日を安心して暮らせ、仕事に精を出すことが叶うからだ。
さらに先日深夜のダフトン市上空で行われた痴話喧嘩により、彼女は有名人になってしまった。それとは別に、診療所のセーレス先生に憧れていた独身男たちが血の涙を流している事実はあまり知られていない。
「セ、セーレス!? そなた仕事にでかけたのではなかったのか!?」
「んー、忘れ物したの思い出したのー」
むにむにむにっと、背後から抱きついたまま、両手でエアリスの乳房を揉む。その手つきは非常にイヤらしいものであり、悔しいことにエアリスは身体の奥が熱っぽくなってくるのを自覚した。
「やめ、やめないか……! 最近挨拶代わりに私の胸を揉むのはやめろ……! さっさと忘れ物とやらを持って仕事に行かぬか……!」
「うん、わかったー」
乳房を弄んでいた手が、エアリスの
「んー」
「ん!? んんんっ!?」
「むちゅー」
「ふぐっ、ふぐぐぐっ!」
「レロレロ……」
「んふーっ! んふーっ!」
「――っぱぁ!」
つつ――、と唾液が糸を引き、パタタと床に落ちる。
エアリスは不覚にも口を半開きにし、陶然とした表情のままセーレスを見つめた。
「忘れ物。エアリスに行ってきますのちゅー。これから毎日するからね」
先程まで元気いっぱいに笑っていたかと思えば、今は他所では決して見せない妖艶な表情をセーレスはしていた。
「それじゃ、行ってきまーす!」と再び元気に告げてから、セーレスは出かけていった。エアリスはしばらくの間、唇の余韻のせいで動くことができなかった。
*
【事例2】
その日の夕食時。
エアリスはいつものように、家族全員の食事を調理している最中だった。
本日は城下町から献上された根菜類を使ったスープである。
タケルの故郷では『とんじる』と言ったか。
調味料も地球産のものを使った本格的な異世界料理である。
この世界では固くてボソボソとしたパンが一般的な主食であるが、龍王城では『米』なる穀物が主食になることが多い。
エアリスが覚えた日本食にはとにかくこの『米』との相性が抜群である。隣のかまどでは、落し蓋をした鍋からシュンシュンと蒸気が漏れ出しており、そこからなんとも瑞々しい薫香が漂ってくる。
既に火を落として、あとはこのまま蒸らすだけだ。蓋を開ければ白く艶めいた米粒が現れることだろう。それがまた『とんじる』によく合うのだ。
付け合せは、エアリスが漬けたダフトン産の野菜の塩漬けと、ルレネー河で採れた新鮮な魚のつけ汁掛けである。お酢や酸味のある果実汁、香草を加えたそのつけ汁掛けは、エアリスの試行錯誤で生まれた『米』との相性が抜群のおかずである。
これと『とんじる』を同時に出した時の我が家の食卓と言ったら、大嵐そのものの様相となる。
『米』も『とんじる』も大鍋いっぱいに作ってはいるが、正直これ以上家族が増えるなら、もっと大きな鍋を買わなければならないだろう。
「馬鹿な……今朝方セーレスが言ったことを気にしているのか」
セーレス、そしてエアリスもタケルとの子どもを――
意識した途端、エアリスの顔がカアーッと熱くなっていく。
通常第一妃が嫡子を、それも男子を産むのが良いとされている……が。あまりそういうことにタケルとセーレスは拘っていないような気がする。
ふたりに出会う前なら、エアリスもこの世界の常識に照らし合わせて、男子の世継ぎを作るのがよいと考えていただろう。
だが今は違う。
生まれてくる子が男でも女でも構わない。
タケルとの間に授かる子が可愛くないはずがない。
そもそも長命が約束されているタケルに跡継ぎが必要とも思えない。
ならば伸び伸びと自由に育ててみるのも面白いかもしれない。
地球の高度な文化や知識を学ばせるのもきっと本人のためになるだろう――
「ひっ――!」
鍋から小皿にひと掬い、味見をしようと口をつけようとした直前、エアリスはビクンと身を震わせた。
「たっだいまーエアリスぅ」
またしても背後から忍び寄ったセーレスが、エアリスの引き締まった腰を抱きしめながら、首筋にピッタリと顔を寄せていた。
ちょうど首筋のうなじの部分に唇を埋め、「すぅー、はぁー」などと深呼吸を繰り返している。
「や、やめぬか、こら! 今日はまだ身体も拭いてないのだ……!」
朝から働きづくめで汗っぽかったエアリスは羞恥に身を捩った。
だがセーレスは「んん? 気にすることないよ。朝よりずっとエアリスのいい匂いが強くなってる」などと言う。それが恥ずかしいというのに……!
「なんなのだそなたは。まるで子供のように甘えてばかりではないか!」
「エアリスは嫌だった?」
「いや、そういうことではなく、もっと慎みをだな……」
嫌なはずはないが、慣れないのでどうしたらいいのかわからなくなる。
セーレスの好意は真っ直ぐすぎて、受け止める方にも必然覚悟を迫られるのだ。
言葉を濁していると、セーレスは「ちゅう〜」っとエアリスの首筋に吸い付きながら、腰元の両手を移動させていく。
「んあっ、待て、どこを触っている!」
「エアリスのおっきなお尻ぃ」
両手の五指がしっかりと
さらに左右に円を描くように揉みしだかれ、エアリスはキュッと内股を締めながら愛撫に耐える。
「馬鹿、もの……! 今は火を使っているのだぞ……、このような戯れ、料理中はやめるがいい……!」
「それって、料理してないときならいいってこと?」
「揚げ足を取るな……あっ!」
セーレスは尻から手を離す代わりとばかり、エアリスの首筋に吸い付いた。
唇が触れた箇所が僅かな痛みと共にどんどん熱を帯びてくる。
ついに「ちゅぽんっ!」という音とともにセーレスがそっと離れる。
「んふー、できた」
「な、なにができたというのだ……?」
エアリスは吸い付かれていた首筋を手で抑えながら、恨めしげにセーレスを振り返る。そんなことなど気にもせず、セーレスは満足げに頷いた。
「エアリスが私のものだっていう印をつけたの。タケルの世界だと『きすまーく』っていうんだって」
「バっ、こんな目立つところにそんなものを! な、治せ、今すぐ!」
手を伸ばして捕まえようとするエアリスをヒョイっと躱し、セーレスは顎を突き出しながら「べ〜」っと舌を見せた。
「ダメダメ、それはもう一生消せない印だから。薄くなってきたらまたつけてあげるからね」
「なッ――!?」
「ん〜いい匂い。ごはん楽しみにしてるからねー」
そう言い残すとセーレスは、扉へと消える。
遥か廊下の向こうから「お母様おかえりなさーい」とセレスティアの元気のいい声が聞こえる。 エアリスはうなじを抑えたまま項垂れ、その場にしゃがみこんでしまった。
「おのれセーレスめぇ……!」
絞り出すようなうめき声。
結局エアリスは、鍋が吹きこぼれるまで、セーレスが消えた扉の方を見つめ続けるのだった。
続く。
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