第372話 キミが笑う未来のために篇⑩ 帰宅と家族のお出迎え〜修羅場に至るまであと1時間?

 * * *



 セーレスを助けるためにディーオ・エンペドクレスの力を引き継ぎ、これまでやってきた僕だが、色々と事情が複雑になってきたので整理しようと思う。


 えーと、僕元ニート。親にはネグレクトされていたのさ。

 ある日気がついたら魔法世界マクマティカにワープ? テレポーテーション? していた。


 でっかい獣に襲われていたのを長命長耳族エルフのセーレスに助けられるよ。


 一緒に生活しているうちに好きになったよ。

 好きな女の子を喜ばせるためにライフオブクオリティをあげようと町に行くよ。


 大失敗だったよ。

 町は人間――ヒト種族の町で、セーレスは鼻つまみ者だったよ。

 僕もおんなじだから別にいいか。

 オムレツ作ってあげたら超好感度上がったよ。


 セーレスのお父さんが死んじゃったよ。

 実はセーレスってば領主の隠し子だったみたい。

 蔑まれてもヒト種族の領域に住むって、よほどエルフの里って悪いとこなのかな?


 新たしい領主は嫌なBBAだよ。

 色々住みにくくなりそうだから遠くへ逃げるよ。

 セーレスと一緒なら全然平気さ。


 僕は死んだ。

 セーレスも捕まった。

 このままじゃ死ねないよね。


 神様みたいな男に力をもらったよ。

 魔族種っていう人間とは違う存在になっちゃった。

 セーレスを助けるためなら後悔はないさ。


 エアリスって変な女に付きまとわれる。

 僕はセーレスを助けたいだけなのに、色々口うるさい奴だ。

 正直邪魔すぎ!


 地球にセーレスがさらわれちゃった。

 聖剣の力を使って僕も彼女を追うよ。

 ヒト種族の軍隊が邪魔してくるー。


 エアリスが助けてくれた。

 ただ嫌な奴だと思ったのに違ったみたい。

 なんかほっとけないから一緒に地球に連れて行くよ。


 地球は青かった。

 懐かしい故郷だけとお金がないよ。

 叔父さん夫婦に頭を下げて援助してもらったよ。


 カーミラ、ベゴニア、百理っていう地球にもいる人外の戦いに巻き込まれたよ。

 表の社会で確固たる地位を築きながら、裏では骨肉の争いをしてるみたい。

 いい加減にしろって怒ってやったよ。借金が増えたよ(涙)。


 カーミラと百理がセーレス探しに協力してくれることになったよ。

 すぐに見つかるかと思ったけどなかなか難しいみたい。

 僕はパワーアップのために人工精霊を作ったよ。


 人工精霊は女の子だよ。

 1400光年の彼方で創り上げた最愛の娘さ。

 正直セーレスとエアリスとかどうでもいいから、このままこの子と結婚した――


「待て待て待て!」



 *



「……僕が話して聞かせたこと、僕が話してないことも加味して、すごく良かったから黙って聞いてたけど、今のはいくらなんでも願望入りすぎじゃないか真希奈?」


『おや、そうですか? タケル様の御心を正しく代弁した我ながら最高の語りだったと思うのですが……』


「ホントにな。最初は僕もそう思ってお前の一人語りをずっと聞いてたけど、でも自分が出てくる段になって暴走したよね?」


『暴走などと、何をおっしゃいますやら。常日頃からタケル様の胸の内に格納されております真希奈の賢者の石シードコアがヒシヒシと感じ取っている御身からの愛情を勘案しますれば当然のこととご推察いたしますはい――』


「…………」


 僕らは今ダフトンの街を目指して空を飛んでいる。

 僕の足元には今にも沈みそうな真っ赤な太陽サンバルがある。

 進んでいく内に段々と夜の色が濃くなっていき、松明やろうそく、魔法の鬼火が精々の人里には頼りない光がポツポツと灯っていく。


 寝返りを打つように直上を見れば群青の空が。

 さらに僕の進む先――前方には、地球でもめったに見られない真っ暗闇が広がっている。


 やがて地平線の向こうに薄ぼんやりと人工の光が灯り、自然と僕の飛行スピードは落ちていく。


 そう、家に帰れるとあって逸るのではなく、鈍くなる。

 僕はこれから自分の正直な気持ちをありのままに話し、そして捌きを受ける。

 セーレスとエアリスのふたりから――


「ああ……」


 僕は飛行のために集めていた風の魔素を手放した。

 深緑の淡い輝きが包んでいた身体が夜闇と同化し、そのまま僕は高度を落としていく。


『タ、タケル様!?』


 優秀な娘が即座に魔法を補助し、僕の身体は宙に静止した。

 そのまましばし、空に抱かれながら僕の頭はこれから起こる修羅場を想像する。


 ――想像するだけで恐ろしい。

 何が恐ろしいのか。それはもちろん、彼女たちに失望され、蔑まれ、彼女たちを失ってしまうことがだ。


 でも、それでもこれだけは避けては通れない。

 僕は男として、いやさヒトとして、決して無視してはいけない因果を背負ってしまった。


 もしかしたら、僕はこのまま地球との縁をすっぱり断ち切って、この隔絶された魔法が存在する世界でセーレスやエアリスと暮らしていくこともできるだろう。


「でもそれって最低だよなあ……」


 そうなれば僕は一生涯――いつ死ねるかもわからない長い長い時間を、ずっと後悔と罪悪感に苛まれながら生きていくことになる。


 共に戦った地球の仲間を裏切り、生まれてくる新しい生命に責任を負うことなく、誰かの犠牲や不幸のもとに成り立った幸せを享受していくことになる。


「やっぱり嫌だな……」


 そんなのちっとも幸せなんかじゃない。

 嘘をつき続けて彼女たちの顔がまともに見られるわけがない。

 でも、でもなあ……。


『タケル様。いつか真希奈が言っていたこと覚えていますか?』


 空中にひとり寝っ転がったまま、ウンウン唸っている情けない僕に、真希奈が唐突に語りかけてくる。


 もちろん、真希奈が僕に語りかけるのなんて日常茶飯事なので、彼女が意図しているのがいつのことなか見当もつかない。


『真希奈と共に、こんなちっぽけな星など飛び出して、見果てぬ銀河の先の先を目指そうというお話です』


「それって……」


 遥かなる遠い未来。

 セーレスもエアリスも、カーミラも百理もいなくなって、完全なる孤独に陥る時が、僕には必ず訪れる。


 今は考えても仕方がないことだとしても、ディーオの生きた途轍もない時間を思うと、少しずつでも覚悟をしていくことは必要なのだと思ってしまう。


『タケル様には逃げられる場所があります。どうしようも無くなったら、真希奈と一緒に星の彼方へと行きましょう。どこまでもお供します』


 真希奈は真希奈なりに僕を慰めてくれているのか。

 彼女からすれば、自分以外の女に僕が愛を囁くのは面白くないかもしれない。

 それでも彼女には僕と同様無限の時間がある。

 例え傷ついても、心を癒やす時間だけはいくらでも――


「その時はぜひお願いするよ」


 僕はその場でシャキーンと背筋を伸ばすと、地面なんだか空なんだかわからない漆黒の方へ向かって90度のお辞儀をした。すると『クスっ』と笑い声が漏れる。


『承りました。ではでは、今は王様らしく、男らしく、タケル様らしく、どどんと当たって砕けてみましょう!』


「砕けたくないよー、超怖いよー、考えただけでガクブルだよー」


 真希奈の懐の深さに甘えて、つい弱音が零れてしまう。

 だが真希奈は『はあ……』とため息ひとつ、僕を諭すように言う。


『怖いということは失いたくないということ。つまりそれくらい大事なものなのです。それならタケル様にできることは真心を持って誠実に、嘘偽りなくご自分の気持ちを正直に話すことです。そこから先は、恐らく女の問題です。男があれこれ考えても仕方がありません。静かに判決の時を待ちましょう』


 真希奈がそう言うと、僕は再びダフトンのある方角へと直進を始める。

 そうして僕は到着までの少しの間、これまでの短い人生でいっとう頭を使って、最初の第一声を考えるのだった。



 *



 とっぷりと日も暮れて。

 龍王城へと続く坂道を、僕は大荷物を抱えて歩いていた。


『タケル様、ちょっと買い込みすぎでは?』


 浅知恵と笑わば笑え。だが少しでも機嫌を良くしてもらうことが大事なのだ!


 僕は閉店間際の冒険者ギルドに駆け込み、ダンジョン討伐目録を印籠のように掲げながら報酬を受け取ることに成功した。いや、僕の討伐報酬は多額になるようなので、今後分割でもらうことになった。


 今日はその一回目の支払いをもらい、その全額をはたいてこれまた閉店間際の商店で食べ物を買い込んだのだ。


「これだけ食料を前にすればセーレスの機嫌は上々、さらに調味料やらハーブも購入すればエアリスだって喜ぶはず!」


『はあ、そうですか……。まるで叱られることがわかっている子どもが一生懸命お手伝いをしてご機嫌取りをするみたいですね。……お可愛いことで』


「うるさいよ」


 なんだか父と娘という立場が逆転しつつないだろうか僕ら。

 まあ元々真希奈は高次元生命体。僕なんかとっくに超えちゃってるのかもしれない。


 よいしょっと大きな布袋を担ぎ直す。

 この世界にビニール袋なんてあるわけもなく。

 なのでみんなは自分で作った袋や買い物かごを持参してくる。


 もちろんそれ専用のお店もあって、僕が担いでいるのもそれだったりする。

 一番上に置いたクルプの卵、割れてないよな? などと思っていると――


「あっ、お父様帰ってきた!」


「……きた……!」


 丘の上にそびえ立つ古城の正門前、ガーデンライト代わりに煌々と焚かれた深緑と濃藍の鬼火の元に、小さな少女の影がふたつ。


 セレスティアとアウラだ。ふたりは僕の姿を見つけるなり、タタタッと駆け寄り抱きついてきた。


「おまえたち……。もしかしてずっと外で僕が帰ってくるのを待ってたのか?」


「うん!」


「……うん」


「くっ――!」


 その無垢な笑顔が胸に刺さる。

 僕は今からお前たちのお母さんを悲しませることをしてしまうかもしれないのだ。

 それなのに、こんなハッピー・サプライズは――


「おっかえりータケルー!」


 僕らの声を聞いたのだろう。

 正面玄関の扉が開き、元気の化身みたいなセーレスが飛び出してきた。


「おっと!」


 まさに一直線。

 物理法則を無視した跳躍で、僕の胸へとダイブしてくる。

 左右の腕にセレスティアとアウラを避難させ、僕は胸をそびやかして彼女を受け止める。キラキラとした瞳が正面から僕を捉える。セーレスは僕に抱きついたまま、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。


「地下迷宮はどうだった? 魔物族モンスターいっぱい出た? 私の魔法を吹き込んだドルゴリオタイトはどうだった?」


「あ、ああ、魔物族モンスターはたくさん出たよ。治癒石はすごく役に立った。一人重傷者が出たけど、おかげで無事回復できたよ」


「よかったー!」


 僕の首にしがみついたまま、セーレスがホッと息をつく。

 そしてそのまま僕の頭をギュウっと胸に抱きしめた。


「タケルはやっぱりすっごいね! 私は思いつきもしなかったよ、治癒の魔法をどこでも誰でも携帯できるようにしちゃうなんて……!」


「まあ、応用だよ応用。黄龍石に込められる魔法は、防御、攻撃、治癒って分かってたし、セーレスだけじゃなく、他の治癒魔法師さんにも協力して貰えれば、今までは助からなかった生命をたくさん救えるかもしれないし……」


「うん、そうだね、そうなるといいなあ」


「そうなるよ。というか僕がそうする。そうさせて見せるさ」


 医療技術が民間療法の域を出ないこの世界で、治癒魔法は最後の希望だ。

 本来なら直接顔を合わせて適切な治癒を都度行う方がいい。でも、生命の危険が迫っているとき、近くに治癒魔法師がいない場合には絶大な効果を発揮する。


 実は今後地球から医薬品などの輸入なども検討している。

 もっと民間レベルでの病気対策や予防がされるようにと考えてのことだ。

 もちろん、今後現地人への服用を実験して効果の有る無しを判断してからになるが。


 貴重な精霊魔法師であるセーレスの負担を軽減させつつ、民間の治療レベルを向上させる。どんなことでもベストミックス――複数の手段を用いて効率的に解決を図るのが一番いいのだ。こと生命に関わることならなおさらである。


「とりあえず残った治癒石は、信頼できるギルドの職員さんに預けてきたから、有効活用してくれると思うよ。冒険者もたくさん応援に行ってるから滅多なことはないと思うけど――」


 僕を抱きしめるセーレスの腕に力が籠められる。

 平気なふりをしてるけど、僕の心臓はバクバクだ。

 なんてったって服に隔てられてるとはいえ、セーレスのお胸に抱かれているのだから。


「すごい。タケルは本当にすごいよ……」


「そ、そんなことは……ないと思うけど」


「私なんかリゾーマタで何十年もただ生きてただけだったのに、タケルに出会ってから停まってた時間が動き出したみたいに色々ないいことが次々起こるの」


 一時期は本当に停まっていた彼女がいうと重みのある言葉だ。


 セーレスは汗だらけで埃だらけの僕の髪を梳き、鼻先を頭に埋めて匂いを嗅いでくる。抵抗したいができない。そんなところ汚いからァ……。


「はあ……タケルの匂い落ち着くなあ……」


「お母様ばっかりズルい! 私もお父様の匂い嗅ぐ!」


「私、も……」


 重要な話をしているときにはすこぶる聞き分けのいい我が家の娘たちが、ついに堪えきれないとばかりに割って入ってくる。途端僕は三人からにもみくちゃにされてしまった。


 ウザい、鬱陶しい!

 でも愛おしい!

 手放したくない!


 色々決意して覚悟してやってきたのに、こんな歓待を受けてしまっては決心も揺らぐというもの。そして彼女たちを裏切っているという事実が僕を責め立てる。まさに拷問にも等しい時間だった。


「こらこら、いい加減にしないかそなたたち」


 ああ、来てくれた。

 誰って? もちろんエアリスおっ母さんである。


「タケルは疲れているのだ。帰ってきて早々そなたたちの相手ばかりでは大変ではないか。家長を労い、安心させてやるのが我らの勤めだろう、セーレスよ」


 灯りが溢れる玄関扉から現れた彼女は、エプロンをつけたメイド姿だった。

 三人をぶら下げた格好の僕を見ながら「ふっ」と苦笑交じりのため息をついている。


「エアリスってばかたーい。なにいい子ちゃんぶってるのー」


「やれやれ……セーレスは大きな子どもみたいだな」


「タケルにくっつけるなら子どもでいいよー」


「わかったわかった。だが後にしろ。まずは夕飯だ。タケルも、まだ食べていないのだろう?」


「あ、ああ、もちろん」


 僕が頷くと、エアリスは一層笑みを深くする。


「よし、では食事だ。アウラ、セレスティア、前オクタヴィア先生だけでは不安なので、食器を並べるのを手伝ってくれ」


「は、い」


「はーい」


「セーレスはその大荷物を持っていくこと」


「ぶー、私だけ肉体労働?」


「知っているぞ、そなた見かけより大分力持ちなのだな」


「ギクっ」


「急病人を担いで街を駆ける屈強な治癒魔法師とはそなたのことだろう?」


「そ、そんな噂が……!? 屈強ってなに!? 私女の子だよ!」


「あと、不埒を働こうとする愚か者には、診療所に大穴を開けるほどの威嚇を以て報復するとか」


「それはあっちが悪いんだもーん!」


 ああ、こんな風になってるんだな、と思った。

 僕がいない間に、セーレスとエアリスには友情を越えた姉妹のような、家族の情が芽生えていた。


 僕が間を取り持つ必要もなく、すでにお互いに居心地のいい距離感を掴み、気安く冗談など飛ばしながら笑い合っている。これを、今から僕は壊すのか……。


「うんしょっと。あれ、これってもしかして食べ物? あー、クルプの卵入ってる! もー、タケルも最初に言ってよね。乱暴に持ったから割れちゃってたよー」


「あ、ああ……ごめん」


「エアリス、明日の朝はオムレツね!」


「わかった。特大のを作ってやる」


「やったー!」


 セーレスは意気揚々と、大人でも苦労する大袋をヒョイと担ぎ上げて城の中へと入っていく。エアリスはそんな彼女の後ろ姿を、子どもたちを見守るのと変わりない慈愛の笑みをもって見送っていた。


「タケル、予定していたより帰りが早まったのだな?」


「ああ、これ以上いると稼ぎ過ぎちゃうから切り上げてきたよ」


「そうだな。貴様なら地下迷宮のひとつやふたつ、一瞬で潰せるだろう。だがそれでは他の冒険者たちの稼ぎまで奪ってしまうか」


「今回は場所も都市部から離れてるしね。街の近郊に出来たら問答無用で殲滅するよ」


「そうだな……、とりあえず食事にしよう。湯殿の準備もしてあるぞ」


 そう言ってエアリスは踵を返し、玄関扉へと歩き始めた。

 僕もその背中を追ってついてく。すると――


「ん」


 突然振り返り、唇を奪われる。

 そのまま時間が静止したみたいにキスを続ける。


「――言い忘れていた。おかえり、タケル」


「た、たいだいま」


 照れ隠しなのか、振り返ることなくエアリスは行ってしまった。

 僕は動けず、そのまま棒立ちになった。


 上を向く。

 涙が零れないようにって感じで。


『やめておきますかタケル様』


「そんなわけにいかないよなあ……」


 ちくしょう。

 ホントにちくしょう。


 行くぞ。僕はやる。

 エアリスとセーレスを失いたくない。

 だからこそ、ふたりを信じて正直に話すんだ……!


 続く。

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