第371話 キミが笑う未来のために篇⑨ 深夜・男同士の戦い〜イオとジャン・暁の告白後編

 *



「聞き間違いか? 今なんて言った?」


「どうか、どうかイオ・フォン・ロイダーズをあなたの庇護下においてほしい、と言った」


 僕はウォーターソファから身を乗り出し、まじまじとジャンの顔を覗き込んだ。

 冗談を言っているようには見えない。怖いくらい真剣な眼差しがまっすぐ僕を見ていた。


「理由を――」


『理由を話しなさいそこのあなた!』


 突如として僕が胸から下げている手鏡――に見えなくもないスマホから大音量が響き渡った。そりゃあ魔法を行使したらスリープモードから起きるよね。


「な、なんだ、突如として少女の怒声が!? 一体どこから!?」


 周辺数十キロに及び、獣たち以外ヒトっ子一人いない荒野に、いきなり少女の声が轟いたらそりゃあ誰だって驚くだろう。ジャンは剣の柄に手をかけながら、周囲をせわしなく警戒している。


「あー、紹介するよ。娘の真希奈だ」


「は?」


『お初にお目にかかります。真希奈は真希奈です。以後お見知りおきを』


 スマホ画面の中で、前髪パッツンの美少女が深々と頭を下げる。さすが、どんなに怒っててもキチンと挨拶をする真希奈は可愛い。


「な――中にヒトが? それは手鏡ではなかったのか。手鏡を持つ男だからこそ男色の気があるのではないかと言われていたのだが」


「そうだったのか!?」


『そうだったのですか!?』


 僕も真希奈もびっくりだ。

 まさかそんなことも相まってモーホー疑惑をかけられていたとは。


『そこのあなた、タケル様はきちんと異性愛者です。ちなみに真希奈は娘ですが妻でもあります』


「なっ――近親愛者!? それは、なんと罪深い……!」


「まてまて、僕に新たな属性を付与するな!」


 僕はジャンに真希奈は精霊であり、精霊とは高度な情報生命なのだと教えた。ジャンはなかなか聡い男のようだったが、さすがにちんぷんかんぷんだったようだ。


「精霊、その手鏡の中の小さな少女が?」


『そうです、真希奈はタケル様の御手によって創り出されました』


「精霊を創造するなど、もはや神の領域ではないか……」


 ジャンは頭を抱え懊悩しだした。

 自身の常識をたやすく凌駕する存在が目の前にいて、ショックを受けているのだと思われる。


「いや、彼の魔導王、伝説の教師、三代目エンペドクレスならば可能なのか。とても信じられないが、ならばこそ改めてお願いする。イオを何卒、あなた様の庇護下に置いてほしい」


「だから――」


『だからその理屈がわからねえっつってるんですよ! ただでさえライバルが多いのに、これ以上増やしてどうするつもりなんですかゴラァ!』


「ヒィ!?」


 真希奈癇癪により、周辺の空気が爆ぜる。

 純粋な魔力の発露。僕の魔力を借りて暴力的なことはしないでほしいな。


「落ち着け真希奈。僕はイオをどうこうするつもりは元よりないから」


『それならばいいのですが……。今後このような申し出は増えていくかもしれません。前例を作ってしまっては――』


「作らない作らない。ただでさえ今僕にそんな余裕ないのに……」


 自分で言っていて情けないが、どうすれば自身の問題を解決できるのかまるでわかっていない。自分のことさえままならないのに、これ以上他人の人生なんて背負いたくない。


「イオは、魔法の才能がある。俺が子供の頃にはそんな話は聞いたことがなかったから、会わなくなってからわずか数年で魔法を習得したようだ。これはすごいことだと思う……」


 うん、なるほど。

 多分それはすごいことなのだろう。この世界の一般レベルでは。

 だが、精霊魔法使いを日常的に見ている僕からすれば、ピンと来ない話でもあった。


「タケル・エンペドクレス王が、かの伝説の魔法教師ナスカであるのならば、俺と一緒にいるよりも、あなたの側にいたほうが魔法師として大成できるはずだ。あの通り、イオは美しい。あなたの寵愛を賜るには十分な器量を持っている。性格は、多少アレだが……」


 あばたもえくぼ、ということなのか。

 というかつまりこいつは――


「それは、イオの幸せを願ってのことなのか?」


「もちろんだ!」


 それ以外に何があるのだと言わんばかりに、ジャンは迷うことなく即答した。


「つまり、おまえはイオに惚れてるのか?」


「い、いや、それは、ない……」


 途端ジャンは迷いだらけになった。

 わかりやすーい。


「はあ……、なんで僕なんだよ。お前が幸せにしてやればいいじゃないか」


「それは、無理だ」


 ジャンは静かな口調で断言する。

 僕は画面の中の真希奈と顔を見合わせた。


「俺は将来になんの保証もない生活をしている。冒険者になって食べていけるのなんてほんの一握りだ」


「でもお前、剣の腕前はなかなかだったじゃないか。それに頑張ればもうすぐ冒険者1級に上がれるんだろう。そこらで日銭を稼いでるだけの冒険者連中よりよほど将来有望だと思うんだが……」


「1級になるためには、盗賊団や賞金首の討伐が必要になってくる。相手は決して一筋縄ではいかないし、返り討ちに遭うかもしれない。よしんば討ち果たしても、仲間から恨みを買い、生涯命を狙われる可能性だってある。そんな俺はイオにはふさわしいはずがない」


「じゃあ、冒険者をやめてお前がまっとうな仕事についたらどうなんだ?」


「俺は多少の教養があるだけで、大して器用でもない。剣を振る以外にこれと言って優れたものもない。とてもイオに贅沢な暮らしをさせることはできない」


「お前ね、僕が城で毎日贅を尽くした生活をしているとでも思っているのか?」


「だが確実に一般人よりはまともな暮らしをしているはずだ……。ダフトンはこれから発展する。エストランテとの交易船の出入りに加え、ドルゴリオタイトを用いた宝飾品は一年先まで予約で埋まっていると聞く。噂ではさらに貴族や領主相手に大規模な商売をする予定もあるとか。あなたは間違いなくその中心にいる人物だ……」


 確かにジャンの言うとおりだ。

 今でこそ出ていくお金の方が多いが、それもいずれ回収できる算段がついている。

 ディーオコレクションのローンも半分まで返すことができた。


 貴族や領主相手の商売とは魔法石を使った花火のことであり、今度組み立て工場を建設して、大規模な雇用創出を行う予定だ。


 まだ全然オフレコだが、これでさらに王都との国交が正式に樹立してしまえば、僕ホントどうなっちゃうんだろうね?


「改めてヒトから聞くとなんか……真希奈、僕ってもしかしてすごいのか?」


『もしかしなくてもタケル様はすごい方なのです! いい加減そこらの凡人とは器も才能も違うのだと自覚してもらわないと困ります!』


 そうか、そうなのか……。

 考えてみれば今まのでの僕は、どちらかというとジャン寄りの考え方だったのではないだろうか。


 自分に自信がない。

 人間を辞めても、不死身になっても、王様になっても、偉業を達成しても。

 どこかでそれらを他人事のように捉えてはいなかっただろうか。


 もともと僕はセーレスを助けられればそれでよかった。

 その目標を達成したあとのことなど考えてもいなかった。


 ただなんとなく、リゾーマタにいたときのような暮らしができればいいと思っていたが、ディーオの力を引き継いでしまった僕には、それは許されないことだった。


 各種族がきっちり棲み分けをしながらも、混沌としているこの世界において、僕の存在はあまりにも大きすぎた。周りが放っておかないほどに。


「だから、俺などといるよりも、きっとイオはあなたといたほうが幸せになれる。幸いにしてイオもあなたに対してはまんざらでもないらしい。自らの伴侶は自分よりも優れた男をと、彼女もあなたを認めているのだろう」


 確かに僕は王としての自信や自覚はないのかもしれない。でも自分が惚れた女まで他人任せにしようとは思わない。こんな、自分より優れた男を見つけたら、自分の惚れた女をほいほい差し出そうなどとは思わない。


 ジャンは僕に似ている。

 そう思ったがとんでもない。


 少なくともセーレスやエアリスを他人になんて渡してやらない。

 その一点だけでも、僕とこいつは違いすぎる。

 ……なんかだんだん腹たってきたぞ。


「お前なあ、本気で言ってるのか。僕がイオを幸せにできるわけないだろう」


「そんなことはない。彼女がひと目会っただけの男に求婚を迫ることなど今までなかった」


「あれか。あれも実は本気で言っているわけではないと思うぞ」


「本気で言ってない? それはどういう……?」


 こいつは……彼女がどうしてお前の前でだけ他の男にアプローチしてるのかマジでわからないのか。


 僕はことさら威圧的にジャンを見る。

 全身からほのかに魔力を立ち上らせながらにらみを効かせる。

 おお、などと息を漏らし、ジャンが僅かに後ずさった。


「なんだ、気づいてなかったのか。僕と結婚がしたいだのと腕を取り、魔法の業前をことさらに称賛するとき、彼女の視線が常にどこに動いていたのかを……」


「おっしゃる意味が……、それは当然、好意をささやく相手にこそ向けられるものなのでは?」


「そうだな、そのとおりだ。だがその理屈で行けばおかしなことになる。彼女は他の男を褒めそやしながらその実、視線は常にお前へと注がれていたぞ」


「なッ――……なぜそんな……俺が目障りだったのだろうか……」


 こいつバカじゃないのか。

 前言撤回。聡くなんてない。アホだこいつ。


『ここまで言われてわからないとは筋金入りですね。そんなの、本当に好きなのはあなただからに決まっているではないですか』


 一を聞いて十を悟る本物の賢者たる精霊・真希奈が衝撃の事実を告げる。

 ジャンは「なッッ!?」と叫び、言葉もないようだ。


「真希奈の言うとおりだ。イオは僕に婚姻を迫りながらも、その時のお前のリアクション――反応を伺っていた。他の男に愛を囁やけば、さすがのお前でも嫉妬を抱いてくれるのではないかと期待したのだろう。だというのに……」


「馬鹿な、そんなことはあるはずが……。彼女は俺がジェローム家の血を引いているとは、子供の頃に会ったジャンだとは気づいていないはず……!」


「だったら再会してから以降の、冒険者としてのジャン・ジェロームに惚れたんだろう。良かったな。冒険者なんていう先の見えない仕事をする男に惚れるほどの女だ。一緒に苦労もしてくれるだろうよ」


「いや、いやいや、そんなことは――イオほど最高の女性が俺なんかに……!?」


 まだ言うかこいつ。あとイオを美化しすぎだ。

 未だ信じられないのだろう。頭を抱えてウンウン唸っている。


『しかしタケル様、よく気づきましたね。正直真希奈もわかりませんでした』


 スマホから微かな声が漏れてくる。

 感心したように尊敬の眼差しが向けられるが、実際はそれにはあたいしないのだ。


「まさか、全部嘘だよ」


『えっ!?』


「でもまあ、全くハズレってわけでもないと思うけどね」


『嘘も方便ということですか……』


 真希奈は腕を組み、こちらもうーんと唸り始めた。

 あれ、不味いかな。真希奈に良からぬことを教えてしまったような……。


「うおお、俺はどうしたらいいんだーッ!!」


 バカの叫びが荒野に木霊した。

 どうしたらいいんだって、もう答えは一つしかないのに。

 しょうがない、ここは悪役に徹するか。


「わかったわかった。ジャン、イオのことは僕に任せろ」


「えッ、あ、ああ……そうか、そうだな……」


 本来自分が望んでいた回答を得て、ジャンはおとなしくなった。

 だがやっぱり腑に落ちないのだろう、目が泳ぎまくっている。


「ただなあ、僕のところには他にも色々な子たちがいるんだ」


「む……、エンペドクレス王ならば、当然后のひとりやふたり……」


「水の精霊魔法使いに風の精霊魔法使いだろ、あと近々炎の精霊魔法使いも僕のところに来ることになると思う」


「水、風、炎!? 四大精霊のうち三つまでも!?」


「あと魔族種白蛇族の王も僕のところに入り浸ってるし、ヒト種族の王都から、近々高貴な身分の者を受け入れることになるかもしれないんだ」


「ま、魔族種の王に、さらに王都ラザフォードからも!?」


 ジャンはガクガクと震え出した。

 錚々たるメンツに完全にビビってやがる。


「ああ、それで、お前が一押しのイオちゃんだっけ。彼女が使える魔法ってどの程度だっけ。魔法師7級とかだっけ?」


「あ、あう、そ、それは……!」


「どうもその程度の魔法師なら僕のところは間に合ってるんだ。じゃあどうしようかな……そうだった。最初におまえが言っていたじゃないか、お妾さんでいいって。じゃあそうだな、僕の性処理道具としてならもらってあげてもいいかな――」


「ダッッ、ダメだ――! やっぱりそんなこと、絶対に認められない!」


 絶叫と共にジャンは抜剣していた。

 真希奈が目を剥いて警戒するが、僕は余裕しゃくしゃくだった。


「お前、頭大丈夫か? 誰に対して剣抜いてるか分かってるのか?」


「じ、重々承知している……、だが今のあなたにイオを任せては、ふ、不幸になると判断した!」


「最初から気づけよ。お前以外誰に嫁いだって不幸になるっての」


 言いながら僕は立ち上がり、切っ先を向けるジャンと対峙する。

 僕が一歩近づく度、ジャンが後ずさる。


「逃げるのか? じゃあイオはもらっていくぞ。なあに、衣食住は保証してやるよ。ガリガリに痩せ細った女を抱いても楽しくないからなあ」


「くッ――!」


 僕が挑発すればジャンは目に怒りをたたえて踏ん張った。

 カタカタと剣が震えているが、もう後ろに下がることはしなくなった。

 さて、じゃあ最終テストだ。


「聖剣よ」


『え、タケル様!?』


 耳を疑ったのだろう、真希奈が素っ頓狂な声を上げる。

 ジャンの目が見開かれる。怒りに染まっていた瞳が一瞬で恐怖に支配される。

 僕は心の刃を開放し、手の中に白銀を握っていた。


「あ、ああ――あああああ……!!」


 かつてゼイビスアスが言っていた。

 その銀色の剣だけは得体が知れない。

 故に恐ろしくてしょうがないと。


 オクタヴィアも言っていた。

 この剣を恐れるのはヒトとしての本能だと。

 故に僕は無垢なる刀身の先にジャンを見据えたままゆっくりと歩を進める。


 ジャンは歯の根が合わないほど震え上がり、もはや動くことさえできないのか、その場に膝を屈しそうになっている。そうなる直前、僕は口を開く。


「イオをもらってほしいんだろ、この僕に。僕はお前なんかじゃ逆立ちしても勝てないくらい強いぞ。そんな相手ならお前だって安心して任せられるんだろう?」


「――ち、違う! お、俺は、懐が深いというあなたなら、イオのような気の強い娘でも愛してもらえると思ったから――」


「うんうん、ちゃんと愛すよ。僕の愛玩動物としてな。素っ裸にして首輪をつけて、城の中で放し飼いにしてやる。それでもお前と一緒になって暮らすより、ずっといい生活を保証してやるよ」


 聖剣を持って近づいていく。

 ジャンは最初こそ怯え、その場に崩れそうになっていたが、僕がイオのことを口にするたび、目に力が戻っていく。


 脚を広げ、懸命に踏ん張り、ついに聖剣の切っ先越しに、僕を睨みつけるまでに至った。そして――


「そんなのは絶対にダメだーッ! イオを幸せにするのは俺なんだーッ!」


 顔は涙と鼻水と汗でぐしゃぐしゃ。剣の構えもなってないへっぴり腰。それでもジャンは聖剣を構えた僕に立ち向かい刃を振り下ろした。


 ――まさにこの瞬間、勇者が誕生した。


「はあ、はあ、はあ、はあああ…………!」


 すべての力を出し切ったのだろう。

 途端ジャンはその場に膝を付き、大きく喘いだ。


「やるじゃないか。まさか聖剣に立ち向かってくるなんて。エストランテの王子より全然根性あるぞお前――」


「え――」


「どのみち、冒険者は今日限り廃業だな」


 ジャンの持っていた見事な大剣は、柄の部分と僅かな刃だけを残して綺麗サッパリと消えていた。それは間違いなく聖剣と刃を交えた証拠。彼は紛れもなく勇者と讃えられるほどの男だった。


「これを」


 僕は懐からペンダントを取り出し、ジャンに放ってやる。

 まるで生まれたてのように力をなくしてしまったジャンは、慌ててそれを体で受け止める。


「こ、これは――なんて美しさだ」


 それは水の精霊の加護が封じられたドルゴリオタイト。

 イスカンダル冴子渾身の一級品である。


「そいつを持って、今建設中のルレネー河の港に行け。我竜族の王ミクシャ・ジグモンド、あるいはパオ・バモス、ホビオ・マーコスという男を訪ねろ。自分の経歴と能力を告げれば、必ず仕事をくれるはずだ」


「あ、あなた――あなた様は、やはり俺を試して……?」


「さあな。でも、もう一度聖剣を持った僕と戦うことに比べたら、大抵のことは何でもないことだろう?」


「そ、それは――確かに」


 真顔になって頷くジャンに僕はニヤリと笑った。


「さて、もうすぐ夜明けだ。最後の大仕事と行くか」


 僕はジャンの腕を取り、再び空を舞うのだった。



 *



 暁闇。最も夜が濃いとされる時間。

 やがて世界が色づき、陽光に照らし出される。


 僕がジャンを連れてダンジョン前のキャンプに戻ったとき、すでに殆どの冒険者たちは目覚めていて、朝食の準備をしているところだった。


「おお、姿が見えねえと思ったらやっぱりだッ!」


「おめでとうナスカ、ジャン! 今日は祝い酒だな!」


「イオちゃん可哀想! あんなに熱烈に口説いてたのに、ナスカはやっぱり男がいいのねー!」


 朝から元気な冒険者共は、暁の空に現れた僕らを見て一斉に囃し立てている。

 僕はわざとらしく急降下しながら、下品な笑い声を立てている奴らのド真ん前に着陸してやった。


「うおおっ!」「な、何すんだてめえ!」「危ないからね!」などと喚き散らすが知ったことではない。


「お、おかえりなさいナスカさん、わ、私はナスカさんがどのような趣味を持っていても全然気にしないですよ……」


 そういうセリフはせめて目を合わせて言ってほしいですねハウトさん。


「ナスカ……ジャン……嘘でしょ?」


 イオが信じられないとばかりに首を振りながら、僕らの方へと近づいてきた。

 修羅場の雰囲気を察してか、僕らをからかっていた冒険者たちが離れていく。


「イオ……」


 ジャンは懐からペンダントを取り出すと、それを有無をいわさずにイオの首にかけてやる。そして――


「俺と結婚してくれ」


 真希奈曰く。

 その時、当人たちと僕以外の全員が、顎が外れんばかりに驚愕していたという。


「え――ええっ?」


 突然のプロポーズ。

 そして自分の胸元を彩る最高級の宝飾品。


「こ、これって、ドルゴリオタイト? この魔法の気配……嘘、本物!?」


「本物だ。でも今それは借り物でしかない。だがいつか必ず、本物が買えるようになってみせる。どうか俺の妻になってほしい……!」


 おおおおおっ――と、地鳴りのような声。

 今までのジャンとは違う、男らしい告白に、周りは飛び上がったり、すっ転んだりして驚いている。ハウトさんなどは口元を手で覆い、目には涙すら浮かべていた。


「……私、浮気とか、お妾さんとか作るヒト、ダメだから」


「分かってる。生涯でキミだけだ」


「……子供ができたら、私に任せっきりにするんじゃなくて、ちゃんと一緒に子育てしてくれるヒトがいい」


「男が生まれたら剣術を教えよう。女の子だったら俺は読み書きを教えて、家事はキミに任せる。魔法師の才能があったら、どうしようか?」


「色々と話し合って決めなくちゃいけないことがありそうね」


「そうだな…………それって、その、そういうこと?」


「うん、面倒くさい女だけど、よろしくねジャンにい!」


 パッと、イオがジャンに抱きついた。

 その途端、熱狂の悲鳴が、そこかしこで巻き起こった。

 ちなみに僕はホッと胸をなでおろしていた。


 やっぱりな。なんとなく好きな男を振り向かせるための行動じゃないかと思っていた。だから男色の噂がある僕なら安全パイだと思ってモーションをかけてきたのだろう。女って本当に怖いや。


「イオ、まさか、俺のこと覚えて……?」


「再会したときはわからなかったけど、その後で気づいたわよ。あなたの方からいつ言ってくるのかと思ったけど、ずっと黙ってるんだもん。知られたくないのかなって思って……」


 ニコっと笑うイオを見て、ジャンはたまらなくなってしまったのだろう、そのまま彼女を抱きしめ返した。


「イオ、大好きだ!」


「うん、私も大好きよ、ジャン!」


 ジャンは両脇に手を入れると、そのまま頭上へとイオを持ち上げる。クルクルとその場で回りながら、ふたりは幸せそうに笑いあった。すごい、ジ○リのワンシーンみたいだ。


 いつの間にか冒険者たちは拍手と喝采を送っていた。

 新しいふたりの門出と、たぶん新しい酒の肴に……。


「おまえら、僕になにか言うことないか?」


 僕が冒険者連中を見渡すと、全員が口をそろえて「ごめんなさーい」と大合唱した。やれやれだな。


 そして。

 その日の午後には、ダフトンの冒険者ギルドからやってきた応援組と入れ替わりで、ジャンとイオは帰っていった。これから新しい仕事を探してルレネー河の方へ向かうのだろう。


『お見事でしたタケル様。かわいい女の子に抱きつかれて鼻の下を伸ばしているだけと思っていた真希奈をお許しください』


「やっぱり相当怒ってたのねおまえ……」


 僕は先程まで引き継ぎの真っ最中だった。

 ダンジョンの全容を知っているのは僕だけだったので、詳細な地図を作成し、それをハウトさんを始めとするギルドの職員たちへと渡していたのだ。


 応援組も含めればダンジョンの周りにはちょっとした町並みの賑わいになっていた。まあこれだけいれば、デスパレードが起こっても大丈夫だろう。


「ナスカさん、もう帰られるんですか?」


「ハウトさん。ええ、もう十分稼いだので」


 モンスターの討伐数と魔石の獲得数を記した目録を受け取り、ギルド本部で報酬を受け取れることになっている。僕ができる仕事はもうない。あとは他の冒険者に稼ぎを譲ってやらなければ。


「たまには冒険者ギルドにも顔を出してくださいよ」


「ええ、エンペドクレス王の仕事が終わったら必ず」


 僕はハウトさんの目の前でふわりと浮かび上がる。

 風の魔素に抱かれながら、そのまま上昇していく。


「うわあ、やっぱり本当にお空を飛べるんですねー!」


 そんなハウトさんの声に振り向いた冒険者たちもまた上空の僕を指さしている。

 鎧の補助がないから亜音速飛行はしないが、それでも今から飛ばせば夕方までには帰れるだろう。


「ジャンの奴に負けてられないな」


 ゴクリと、生唾を飲み込みながら、僕は水平飛行へと移行する。

 空を行くものに地上から手を振ってしまうのは万国共通か。

 僕は眼下のハウトさんたちに手を振り返しながらダフトンを目指すのだった。


 続く。

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