第368話 キミが笑う未来のために篇⑥ 晩餐と風呂と本日の成果〜冒険者ナスカ、夜のお誘いを受ける!?

 * * *



「そんでよう、オルメガの大群に追いつかれるって思った瞬間、いきなりでっかい剣が飛んできてなあ。驚いたわあ。青いのと緑と黒いのが次々と。あれも魔法なんだべか……オルメガ共がすり身みたいにグチャグチャになったんだもんよ」


 日も沈んだゴルゴダ平原。

 満天の星空の中、ふたつのムートゥの照らされて、僕らはみんなで大きな焚き火を囲んでいた。


 あれから、単身ダンジョンに潜入した僕は、真希奈ナビゲートの元、オルメガ――オーガの群れに襲われていた冒険者チームを救出した。


 極限まで質量を高めた水の刀や、真空を内包した風の槍、純鉄を分子結合させた漆黒の剣を次々と投擲し、問答無用でオーガたちを薙ぎ払った。


 その後、他の冒険者チームにも合流して警告を促し、どうにかこうにか全員無事に危機を脱することに成功した。


 僕は冒険者たちから称賛され、ちょっとしたヒーローに祭り上げられていた。九死に一生を得た奴らが、その時の様子を身振り手振りを交え興奮気味に周囲へと話している。やれやれ、モーホー疑惑をかけてたくせに現金な奴らだ。


「ほんっ――とうにありがとうございましたナスカさん。あなたがいらっしゃらなかったらたくさんの犠牲者が出ているところでした!」


 そう言ってハウトさんが頭を下げてくる。

 僕は「いえいえ、みんな無事でよかったです」と言いながら、焼けたばかりのクルプの燻製もも肉にムシャリと齧り付いた。うーんジューシー。


「もっと早くに気づくべきでしたね。ナスカさんがあまり冒険者ギルドの方に顔を出さないのは、エンペドクレス様のお仕事をお手伝いしていたからなのですね」


 ハウトさんは小袋の中から治癒の魔法を込めたドルゴリオタイトを取り出す。あれから何人か負傷者が出てしまった。命に別状はなかったが、僕はドルゴリオタイトを使うように促した。「こ、こんな貴重なものを……!」とハウトさんが言うので、エンペドクレス王からの施し、ということにしておいた。


 僕は魔法の才能を買われてタケル・エンペドクレス王の仕事や研究を手伝っているということにし、その成果のひとつがドルゴリオタイトの中に封じた治癒魔法。そしてその魔法を込めた張本人が、最近評判になっている水の精霊魔法師であるアリスト=セレスなのだと教えると、ハウトさんを含めた冒険者一同は、エアスト=リアスのみならず、アリスト=セレスというふたりの精霊魔法師をも庇護下に置くタケル・エンペドクレス王に改めて敬愛と畏怖を抱いたようだった。


(本当は真希奈とアイティアもいるんだけど……)


 まあとにかく。

 ダンジョンの入り口は、僕が創り出したグランドランスで十重二十重に取り囲んで封鎖している。念の為見張りも交代で立たせているので、寝込みを襲われる心配は少ないと思われる。


 今日を無事に生き抜き、誰一人欠けることなく生還できたことに喜びながら、その日の夜はかなり豪華な晩餐となった。もともと日持ちしない食材ばかりを持ち込んでいたので、50名からなる冒険者たちの旺盛な食欲を満たすためには、出し惜しみをしている場合ではないのだ。


「ナスカナスカ、これ私が作ったあつものなの。是非食べてちょうだい!」


 並々とスープが盛られた器を差し出すのはイオだ。

 話を邪魔されたハウトさんがムッとした顔をするが、流石に今日は疲れたのだろう、昼間のように言い合いをするつもりはないようだった。


「ありがとう。美味そうだな」


「事実美味しいわよ。ねえ、ジャン!」


 後ろの立ち木の根本に寄りかかったジャンが、同じくイオのスープを啜っている。呼びかけられると、ゴクリと喉を鳴らしてから頷く。


「ああ、イオの作った羹だけは絶品だよ」


「なにそれ、引っかる言い方。この間、わざわざ石窯を組んでパンも焼いて上げたでしょう?」


「……あの鈍器のこと?」


「鈍器じゃない、パンよパン!」


「おまえが無理に食べさせるから奥歯が欠けたんだけどな」


「じゃあ食べなきゃよかったじゃない」


「俺は無理に食べさせられたと言った」


 むぅ〜、と不機嫌な顔になるイオ。

 それに対してジャンも譲れないものがあるのか決して発言を撤回しない。


「お、確かに美味いな。いいお味です」


 イオの羹はシンプルな鶏ガラスープみたいだった。脂身のないクルプの肉に、どっさりと根菜系の野菜が入っていて、数々の戦闘をこなした今日の僕には染み入る味だった。


「でしょでしょ。私煮込み料理は外したことないんだから」


 女の子はまず煮込み料理を覚えろ。失敗してもあとで味の調節ができるから、とかなんとか。そんな格言をニートだった頃、ネットでみたことがある。


 いやまあエアリスだって最初に作ってくれたのはスープだった。それはお世辞にも美味いとは言えない料理だったけど、それまで散々僕のことを毛嫌い(?)してきたはずの彼女が僕のために作ってくれたという事実がめちゃくちゃ嬉しかったっけ。


 そう――エアリス、セーレス、そしてカーミラか……。


「ナスカさん、本日の集計が出ました」


 僕の隣で、ハウトさんが食事そっちのけで作業を続けていた。並べられた大きな布袋の中身は本日みんなが倒したモンスターから得られた魔石である。


「魔石の数、合計で421個。内半分近くがナスカさんが単独で倒したものです」


「あ、そうですか」


 聞けば入り口から溢れ出てきたゴブリン軍団を僕が屠ったあとも、可能な限り落ちていた魔石は回収したそうである。オークの軍勢もミンチにしたあとは、次のチームを救出するべくその場を離れてしまった。助けられた奴らが散らばった魔石を可能な限り拾い集めたそうだ。


「そうですかって、これってとんでもないことなんですよ! 地下迷宮内の魔物族モンスターは、一体一体は大したことはなくても、とにかく集団で襲い掛かってくるのが厄介なんです」


「そうよナスカ、普通は5人から10人くらいで班を組んで、理想的なのは1班に最低1人、魔法師がついていることなんだから!」


「単独での撃破数一日で200体以上なんて聞いたことがない。普通の魔法師でもそんなに倒し切る前に魔力切れを起こしてしまうものなんだが……」


 ハウトさんとイオとジャンが、いまいちピンと来ていない僕に説明してくれる。とは言っても、群体で来る恐怖なんて、『サランガ』に比べたらまだ可愛いほうだ。奴らの場合は桁が違う。人間大で空を飛ぶサランガと数千万、数億単位で戦った僕からすれば、魔物族モンスターの集団など物の数ではない。


「ナスカさんってばもしかしなくても、魔法師としての実力は一級を越えてすでに朱雀位ボイニクスの領域にあるのでは!?」


「いいえ、あんな風に魔力を纏った拳で魔物族モンスターを血煙に変えるのなんて見たことがないわ。すでに百竜位カドゥルーの域にいるかも……」


「もしやナスカは魔族種の王の血を引いているのではないか。確か徒手空拳での戦いを追求した聖獣族というのがいたはずだが……」


 いつの間にか三人で僕の魔法師の実力を考察する流れになっていた。僕からすればべた褒めされてこそばゆい限りなのだが、スマホを覗くと真希奈は自慢げな様子で、『ふふん』と腕を組んで鼻高々になっていた。


「そうだ、風呂に入ろう!」


 話の流れを変えるため、僕はことさら大声を出しながら立ち上がった。

 何人かが僕を見ながら尻を押さえるポーズをして笑いやがったが覚えてろよ……!


「お風呂、ですか。残念ですが、このあたりに水源はないですよ」


「飲み水は貴重なのよナスカ?」


「だが、本日一番の功労者が入りたいと言うなら、誰も文句はいえないな……」


「そんなことしなくたって、僕は水の魔法だって使えるからね」


 荒野とは言え大気中に水の魔素はある。なんならゴルゴダ平原を遥かに隔てたニオブ海やジオグラシア海から魔素を引っ張ってきてもいい。愛の意思の元、それらに呼びかけてやれば――


「え、ちょっ!」


「あわわわっ!」


「ナスカッ!?」


 突如として、焚き火の上空に出現した藍色の球体。

 UFO!? なんてそんなわけはなく、僕が魔法で創り出した水球である。

 それを荒野のど真ん中に着地させると、水球目掛けてファイアーボールを次々に打ち込んでやる。


「ナスカさん、今度は何を!?」


 ハウトさんが慌てているが、僕は説明を挟まない。

 論より証拠とばかりに、打ち込んだ火球に魔力を注ぎ続ける。酸素を必要としない魔力を燃料とする炎は、水の中でも決して消えることなく巨大水球の中で燃え続ける。その炎は、藍色の水球越しに見ると、まるで白い太陽が燦然と輝いているようだった。


「ちょっと水球を大きくしすぎたな。もうちょっとかかるか」


 僕がしていることと言えばもちろん冷たい水をお湯にしているのだ。セーレスやセレスティアみたいに浄化の効果は付与できないが、僕だってこれくらいはできる。そうしていると……。


「わあ、煮立ってきたわ!」


 イオが感嘆の声を上げる。

 ボコボコと、温度の上昇とともに水が気化し始めたのだ。

 おっと、少し熱しすぎたか。あとで水で薄めよう。


「とりあえずこっちは男どもな。中に入ってもいいし、掬って頭から被ってもいいぞ」


 酒が入って赤ら顔になった冒険者たちが、すぐさま水球へと群がる。

 球体の大きさは10メートルはあるだろうか。彼らはその水球に恐る恐る手を入れ、「あちッ!」と引っ込める。いかんな、水を足しておこう。


「女湯はもっと豪華にしようか」


 僕は土の魔素に呼びかけ、頭の中でイメージした通りのモノを創り出す。

 男どもが群がる水球とは距離をおいた荒野に、四角く切り取った浴槽を創り出す。


 つい数日前に温泉に入ったから、なんとなく形も似ている。

 浴槽は漆黒の剣と同じく、純鉄を結合させた超頑丈な湯船だ。

 その中に水を注ぎ、さらに火球を入れてお湯にしていく。

 うん、今度はちょうどいい温度になった。


「ハウトさん、イオもどうぞ」


 仕上げに湯船の周りに土壁で高い衝立を作る。

 入り口を入ると正面は壁になっていて、壁を伝って歩いていくと湯船に出るようにしてある。もちろん誘導灯として鬼火だって焚いてる。我ながら仕事が細かいと思う。


「わ、私、こんな豪華な遠征初めて! まさかお風呂に入れるなんて……!」


「私だって、地下迷宮討伐中はお風呂になんて入れないって覚悟してたから……」


 ハウトさんとイオはお互い顔を見合わせるとニコ、ニコニコっと破顔した。


「きゃっほーい! 一番乗りですー!」


「ジャン、入り口見張っててよ! 覗いたら絶交するから!」


「肝に銘じておくよ」


 背後では早速全裸になった冒険者共がフルチンでお湯を掛け合って遊んでいた。そっちはあまり景観がよくないので目に入らないようにしておこう。


 そうしているうちに、そびえ立つ土壁の向こうから姦しい声が聞こえてくる。


「ひっろーい!」


「まるで湖みたいだわ!」


「それっ!」


「きゃっ、もう、おかえしよ!」


「あはははッ!」


 あんなにいがみ合っていたのに、唯一の女同士ということですっかり仲良くなっちゃって。善き哉善き哉。


「ナスカ」


「なんだよ?」

 

 女湯の入り口の前に立ったジャンが不意に僕を呼ぶ。

 女の子のキャッキャした声を聞いてせっかく耳が幸せだったのに……。


「あとで、少しいいか?」


 そう言ってジャンはクイッと顎で遥か彼方の荒野を指す。


「言っとくけど僕は違うぞ。冒険者連中が言ってること本気にするなよ」


 僕はお尻を抑えて後ずさった。


「いや、真面目な話なんだ。……イオのことで相談がある」


 ジャンは真面目くさった顔でそう言うのだった。


 続く。

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