第367話 キミが笑う未来のために篇⑤ こんなこともあろうかとの治療石〜モンスター大量発生中!
* * *
「帰ってきたぞー!」
僕らが薄暗いダンジョンから光の世界に帰還した途端、歓迎の声が沸き起こった。
「おお! 最初に帰還したのはナスカのとこだ!」
わっ、と歓声が轟き、居残りしていた約半数ばかりの冒険者たちが駆け寄ってくる。
「お疲れ様ですナスカさん!」
息を切らせてやってきたのはハウトさんだった。
「さすが早かったですね! みなさんお怪我はありませんか?」
「私とナスカが付いてるのよ、そんなものあるわけないじゃない」
気遣うハウトさんに返答したのは、僕の腕を抱きしめるイオだった。
大きくはないが、決して小さくもない胸の弾力が僕の三頭筋をハッピーにしてくれる。おっといかん、平常心平常心。
「私は今班長であるナスカさんに聞いてるんです。ちょっと黙っててもらえます?」
ハウトさんはすうっと半眼になると冷たい視線をイオに向けた。
「はっ、ナスカのそばにいたのは私。誰よりも近くに彼を感じて戦っていたのよ。彼の見たもの、聞いたものは私も共有してる。なら私が答えても問題ないはず」
「屁理屈はいりません。改めてナスカさん、お疲れ様でした。詳しい報告をお願いします。そこの犬娘のいないところで」
「犬じゃなくて狼の獣人種よ私は! ナスカと二人きりになって何するつもり? メス猫が盛ってるんじゃないわよ!」
「なんですって!?」
「なによ!」
お互い鼻がくっつきそうなほど至近距離でメンチの切り合いをするハウトさんとイオ。実は出発前にイオが問題を起こし、ふたりはすっかり険悪になってしまったのだ。まあようするに、僕と同じチームになりたいと、イオがわがままを言ったのが原因である。
貴重な魔法師を遊ばせる余裕はない。ハウトさんは当然それを却下して、僕のとは別のチームにイオを編入させるつもりだったようだが、イオは譲らなかった。絶対僕と一緒に探索をするんだと言って聞かなかったのだ。ほとほと困り果てていると――
「すいません、イオはまだ魔法師の技量に不安があるんです。魔法師一級の資格を持つナスカについて色々と学びたいんだと思う。しばらく同じ班で組ませてやってくれませんか」
そう言って助け舟を出したのはジャンだった。
イオは「そうそう、そうなのよ!」と首肯する。
さすがに実力不足の魔法師にチームを任せることはできないとして、結局僕が面倒をみることになったのだが……。
「いや、魔法師としての戦力ならイオは十分だと思うぞ」
僕が報告の中でそう言うと、イオは一瞬嬉しそうな顔をしたあと、隣のハウトさんに「しまった」という顔をした。
「それはそれは、まず真っ先に皆さんの無事を喜んだ次くらいに有益な情報ですね。ナスカさんから見て問題はなさそうでしたか?」
「ああ、炎の魔素による魔法しか使えないが、牽制や足止めとしては十分過ぎる威力を持ってる。それに発動時間も短縮できたんだよな?」
「そ、それはそうなんだけど……、ああん、ナスカったら、褒められるのは嬉しいけど、不用意な発言は謹んで欲しいわ。この猫女は隙あらば私とあなたとの仲を引き裂こうとしているのよ。ナスカは婚約者である私と離れてもいいっていうの?」
「何度も言ってることだけど、断じて僕はキミとは結婚するつもりはないからね?」
なんなら全ての会話の枕詞にしてるくらい、僕はこのセリフを多用しているはずなのである。だが、そんなことはお構いなしにイオは僕との婚姻状態をほのめかし、半ば既成事実化しようとする。なんなのだろうこの子は。おかげで真希奈のストレスが凄まじいことになって、胃とか心臓が痛い痛い。
「もうナスカったら照れ屋さんなんだから。でもそんな奥ゆかしい男性、今まで私の周りにいなかったわ。ますます好き……!」
この調子である。話が進まないのでいい加減困っていると、やはりというかなんというか……。
「イオ、今は報告を優先しよう。後でいくらでも愛を囁く時間はあるだろう」
「むう……そうね。晩御飯の準備をしておきましょうか。ナスカ、私の手料理食べさせてあげるわね!」
「あ、ああ……」
あっさり過ぎるというかなんというか。
いつもいつでも、イオが周りから
彼自身がイオの扱い方が抜群に上手いのもあるし、何故かイオもジャンの言う事なら素直に聞くのだ。ホントこのふたりってどんな関係なんだろう。
そんなことを思っていると――
「先触れ、先触れだー!」
ひとりの冒険者の男が大声を上げながら息を切らし、ダンジョンの入口から飛び出してきた。
「ふ、負傷者一名、コーブルの大群だ! すまねえ!」
足をもつれさせ、地面に倒れながら、男は喘ぐように叫んだ。
コーブル――ゴブリンか。ダンジョン内で自分たちのキャパシティを超える敵と遭遇し、対処しきれずに撤退したのだろう。だが、追いかけられ、このままでは地上にまで連れてきてしまうとして、足の早い男が伝令として先に警告しに来たのだ。
今まで和気あいあいムードだった周囲の冒険者たちが騒然とする。敵は一体どれほどの大群なのか、未だダンジョンに潜っているものは大丈夫なのか、気になることは多々あれど、とにかく戦闘だ。もともとダンジョンの入口から敵を溢れさせないための討伐隊。上がってくるものはなんであれ殲滅しなければならない。
「来たッ!」
誰かが叫ぶと同時に、負傷者を両脇から抱えた冒険者が入り口から飛び出てくる。続けて最後の一人も脱出すると、その背後には無数の小さな人影が。
体躯はヒトの子供サイズ。だが、その皮膚の色は緑だったり青だったり紫だったりとおぞましい体色。前頭部が低く、後頭部が飴のように伸び、突き出た鼻と顎が醜悪な面構えを助長している。
地球で言うところのリトルグレイに少し似たゴブリンの群れは、ひしめくようにダンジョンの入口に殺到し溢れそうになる。その瞬間――
『ぎぃぃぃぃッッ!!』
断末魔の悲鳴が轟いた。
入り口には、僕が張り巡らせたグランドランスを、その先端で迎え撃つように密集させていた。さらにそこからスピアは枝分かれし、鋭利なトゲでゴブリンを串刺しにしている。
後から後から入り口に殺到するゴブリンたちに押され、先頭集団はますます深く身体を突き刺され、絶叫を上げながら絶命していく。
「全員下がれ」
僕から立ち上る魔力はすでに無色透明ではない。
可視化するほどに高まった魔力は、湯水のように僕の全身から立ち上り、そのただならぬ圧力から何かをすることを察した冒険者たちが即座に道を譲る。
「ナ、ナスカ、あなた……!?」
突然豹変した僕に、イオが戸惑いの声を上げる。
ふらふらとおぼつかない足取りの彼女の肩を、後ろからジャンが支えた。
「――ふッ」
ただ一拍の呼気だけを置き去りに、僕は閃光となる。
拳に纏った魔力が大気を切り裂き、帯電した空気から紫電がほとばしる。
僕が通った後の地面は大きく抉れ、ゴブリンを押し留めていたグランドランスは粉砕。死体を押しのけようと圧を増していた後続たちを巻き込みながら、僕は拳の手応えがなくなるまでダンジョン内を突き進んだ。
『タケル様』
真希奈の声を合図に硬いダンジョンの床を削って急ブレーキ。背後を振り返ればそこには、僕の拳撃のみならず、床や天井に叩きつけられ、ズタズタに引き裂かれた屍が死屍累々と転がっていた。
『個体数108体、撃破しました』
生きているものはひとつとしてない。
全てのゴブリンが魔石を砕かれ、あるいは肉体を破壊され、疾く砂のように解けながらダンジョンへと還っていく。
僕は光の方角――ダンジョンの入口へと駆け出す。
「ゴブリン――コーブルは全滅させたぞ」
伺うように入り口を囲んでいた冒険者たちに告げる。
全員「はあっ!?」と疑問の声を上げるが、そんなものにかまっている暇はない。
「ハウトさん、怪我人は!?」
「は、はい、えっと、こちらです……!」
未だに何が起こったのか理解しきれていないのだろう、ハウトさんは僕とダンジョンの入り口とを交互に見ながら、負傷した冒険者のところへと連れて行く。
地下迷宮討伐本部とされたそこには物資を積み込んできた木箱が並べられてテーブルのようになっている。ハウトさんの事務道具が置かれていたそこは今簡易ベットになって、血まみれの冒険者が横たわっている。
これは酷い。
どうやら出会い頭の遭遇戦であの大群と鉢合わせし、いっとき群れの中に囚われてしまったそうだ。全身が噛み跡だらけ。服の上からあの乱杭歯だらけの汚穢な牙を突き立てて、バリバリムシャムシャと食べられかけたらしい。なんとか仲間を救出し、そのまま逃げ出して、デスパレード状態になってしまったようだ。
「と、とても手持ちの薬草では……!」
ハウトさんが他の冒険者と手分けしてボロ雑巾のようになった服や革鎧を脱がせる。歯型というより、全身に無数の杭を突き立てられて引き裂かれたようになっている。
肉は抉れ、手足の指は千切れかけ、破れた動脈から出血も激しい。
「こ、殺してくれ……頼む……!」
頬肉まで食べられ、奥歯が露出した冒険者が息も絶え絶えに懇願する。
確かに薬草を煎じて軟膏にして塗った程度でこの怪我はどうしようもないだろう。
ハウトさんも手の施しようがないと悟り、彼の歪になった手を優しく握っている。
仲間の一人だろう、目を見開き、腰元のシースからナイフを抜いて構えた。
僕は、背負っていたナップザックから拳大の青白い石を取り出して男の胸の上に置いた。
「治癒・最大」
僕が告げた途端、青白い石の表面に複雑精緻な文様が浮かび上がる。その途端、血まみれだった冒険者の全身が水精のフィールドに包み込まれた。
「は、え?」
握っていた手を離し、ハウトさんが戸惑いの声を上げる。
男の全身が眩いばかりに光り輝き、しばらくすると収まる。
ボロボロなのは服のみで、血まみれで虫食いだらけだった男の全身は健常な皮膚の色を取り戻し、欠けていた手足も元通りに治っていた。
「な、なんですか、なんなんですかこれは! ナナナナ、ナスカさん!?」
「ふう。念の為持ってきておいてよかった。治癒の魔法を封じ込めた黄龍石――ドルゴリオタイトです」
不死性がある故に僕はいいが、他の者はそうはいかない。
こういうアイテムもいずれ必要になるだろうと思い、以前からセーレスにお願いして治癒を込めたドルゴリオタイトを作っておいたのだ。
「本当は相手の傷の具合をちゃんと見て治療した方がいいんだけどね」
セーレスはそう言っていたが、有効性は認めてくれていた。
確かになんでもやりすぎは問題だ。花だって過剰に水を与えては逆に枯れてしまう。したがって怪我の大・中・小で治癒の具合を調整できるよう、黄龍石の大きさによって込められている魔法の強さも変えているのだ。今使ったのは手持ちで最大の効力を発揮する治癒魔法である。うん、どうやら問題ないようだ。
「お前らの分だ。手の中に握り込んで、『治癒』と囁やくんだ」
僕はデスパレードを引き起こし、全身傷だらけになっていた男たちに、ビー玉サイズの小さなドルゴリオタイトを放り投げる。彼らは訝しみながらも青白い石を握り込み、言われたとおりに呟くと、全身が淡い輝きに包まれる。傷の一切が消え失せた自分の手足を見つめながら、男たちは口をあんぐりと開けていた。
「とりあえず、こいつはハウトさんに預けておきます」
僕はドルゴリオタイトが入った小袋をハウトさんに渡す。先程のような瀕死の大怪我を治す大サイズの石はもうないが、中・小規模の治療石ならまだある。
「こ、これ本物のドルゴリオタイト!? なん、こんなん、え、なんで、なんでこんなの持ってるんですか!?」
「詳しい話はあとです。まだ地下迷宮にいる連中が気になります。これから僕が潜って全員連れてきますんで」
他の冒険者が立ち尽くしているなか、僕は入り口に向けて走り出す。
「ナ、ナスカ、私も――――ッ!」
イオが何かを言いかける。僕はそれを強く睨むことで封殺した。
悪いけどキミに気を使いながら進んでる時間はない。
イオはビクッと身を震わせ、その場に項垂れた。
ごめんよ。背後にジャンがいるから慰めてもらいな。
「真希奈!」
ダンジョンに入った途端僕は胸のスマホに呼びかける。
『
「最速で行く! ナビゲートを頼む!」
『了解しました!』
僕は全身に魔力を滾らせながら、昏いダンジョンの中を最速で駆け出した――
続く。
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