第366話 キミが笑う未来のために篇④ 地下迷宮ファーストアタック〜ジャンの無関心とイオの嫉妬?

 * * *



「前方、スライム三体だ」


 僕の警告に七名からなる冒険者チームが戦闘態勢を取る。


「ナスカ、『すらいむ』ってなんなのかしら? あれはシーラームっていう魔物族モンスターなのだけれど」


 イオが言った通り、僕がいち早く発見した魔物族モンスターの正体は青色の粘体を撒き散らす半球状の物体――スライムだった。大きさは大人の膝下くらいまである山なりの形で、その表面にはうねうねとミミズのようにのったくった触手がうごめいている。僕が知る愛らしいスライムの姿とは一線を画した姿だった。


「悪い。まだ慣れてないんだ」


「慣れる?」


「ほら来たぞ。先制は任せる。一発かまして動きを止めろ」


「う、うん!」


 敵が目視の距離になった途端、隣りにいた少女――イオが炎の魔素を集め始める。


「イオの名に於いて炎の魔素に願い奉る。我が右手に集いて暴威を成せ――ファイアーボール!」


 空気を切り裂く――とまではいかなくとも、スライムには到底回避不可能な速度で火球が打ち出される。


 鬼火を焚いていても尚薄暗い地下迷宮の中を、紅蓮が染め上げる。炎に炙られたスライムが触手を蠢かせながらその体積を減らした。一回りも小さくなったそれに、冒険者たちは突撃する。


 それぞれ得意とする獲物、戦斧であったり、剣であったり、鉄槌であったりと、子犬サイズのスライムに対してはやや過剰と思われる鋼の武器を振り下ろしていく。


 中には毒を持っていたり、強力な酸性粘液でできた個体もあるそうだが、そんなことはお構いなしに、スライムの身体を削り取っていく。


「おっらぁ!」


 哀れスライム――シーラームは、最後には魔石のみを残して、ダンジョンの地面へと還っていった。


「いただきだ!」


 粘液に塗れた一人の男が魔石を拾い上げる。深緑の鬼火に照らされながらも、尚赤々としたルビーのような紅玉。それが魔物族モンスターの核となる魔石だった。


「てめえ、さっきも取っただろうが!」


「ああ? こういうのはな、早いもの勝ちなんだよ!」


 三体のスライムに対してアタッカーとなった冒険者は五名。

 ドロップする魔石の数からして二人があぶれることになるのだが――


「おい、最初に約束しただろうが。僕の支援を受けるなら魔石は基本山分けだ。その上で、僕から見て攻撃回数、致命打ラストアタックの多いやつに色をつけていく。だからここでの喧嘩はご法度だぞ」


「そ、そりゃあわかってるけどよう」


「ああ、いくらなんでももう結構戦ってるぜ」


「俺らの支援もしながら、ちゃんと数えてるのかよ」


 冒険者たちの疑問はもっともだ。

 なので僕は指をさしながら告げる。


「右から順番に攻撃回数18、致命打2――攻撃回数11、致命打5――攻撃回数21、致命打3――」


 自分たちですら把握していない攻撃回数と致命打を言われていき、男たちがあんぐりと口を開けていく。隣のイオも目を丸くして僕をじっと見ている。


 別に適当なことを言ってるわけじゃない。僕の手の中にはスマホがあって、真希奈が正確無比なカウントをしてくれているのだ。


「で、最後はダントツだ。攻撃回数15、致命打15――やるな、ジャン」


「すごいな……本当に全員分数えてるのか」


 粘液がついたロングソードを手ぬぐいで拭いながら感嘆の息を漏らすのはジャン。ヒト種族であり、実は貧乏貴族の四男坊という男だった。


 なんでも家督や領地や田畑は全部兄貴たちに取られてしまい、穀潰しになるくらいならと自ら覚えのあった剣だけを頼りに冒険者になったのだという。


「剣一つで生きてきただけあるな、一撃必殺で、相手を一刀のもとに斬り伏せてる」


「そんなことはないよ……魔法師が先制攻撃を入れてくれているからさ」


 それにしたって、少なくとも他の四人の冒険者よりは技量が確実に上だ。

 条件は同じなのに、四人で仕留めた魔物族モンスターの数とジャンは同等を仕留めているのだから。


「すごいわナスカ、あなたって魔法の腕前だけじゃなく、指示も的確なのね!」


 言いながらイオが僕に抱きついてくる。

 せっかくおまえの相棒を褒めてたっていうのに。


「敵を事前に察知する能力といい、魔物族モンスターの属性を瞬時に見分けて、対になる魔素を選択するし、放たれる魔法も凄まじい威力のものばかりだわ!」


 イオの言う通り、僕はパーティの殿を務めながら、誰よりも先にエンカウントしそうな魔物族モンスターの存在に気づく。


 それもこれも、ダンジョン内に張り巡らせた『魔素情報星雲エレメンタル・クラウド』のおかげだ。


魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』とは違い、情報収集や隠密性を重視した無色のフィールドは、僕以外の誰にも知られることなく、このダンジョンの中を満たしている。自分たちの現在地はおろか、敵味方がいる位置もすでに把握済みであり、万が一にも不意打ちされる心配はない。


 その御蔭で僕たちパーティの進撃速度は他のチームより断然速い。なにせ魔法師ふたりがバックアップをしながら戦っているのだ。イオは炎の魔法しか使えないながら、高威力のファイアー・ボールを放つことができ、それ以外の魔素による攻撃は僕が行うことで、全ての属性の魔物族モンスターに対応できていた。


 ちなみに、ダンジョン内の魔物族モンスターには、魔石から魔力を与えられ、さらに四大魔素いずれかによって肉体が構成されいてる。


 現在エンカウントした魔物族モンスターは――


 スライム【水】

 トレント【風】

 コボルト【土】

 ゴブリン【土】

 オーガ 【炎・土】

 オーク 【土・水】

 ウィスプ【炎・風】


 といった具合だ。

 僕は四大魔素――炎、水、風、土、さらに冒険者たちの獲物である金属――金気を加えた五つの要素を使って的確に戦っている。


 先程のスライムの属性が【水】なので、対になる炎の魔法は非常に有効だし、水を断ち切る鋼の武器による殴打も確実にスライムを倒していく。


 まあもっとも、属性を考慮するのは一般の冒険者レベルでの話だ。

 僕がちょっと本気を出せば、スライムをウォーターカッターみたいな水魔法で魔石ごと切断することは容易いのだ。


「ナスカ、ナスカ、ほらほら時間よ。砂時計がなくなったわ!」


 僕が創り出した深緑の鬼火がイオの手元を照らす。

 ハウトさんから預けられた砂時計が落ちきれば、即ちそこから引き返すように言われているのだ。


「よーし、じゃあ引き返すぞ。帰りは速度重視で、戦闘は最低限で行くからな」


「待てナスカ、帰り道は覚えているのか?」


「ちゃんとマッピング――地図を描きながらここまで来たから大丈夫だ」


 おおっ、と冒険者たちが驚きの声を上げた。

 まあ主に真希奈のおかげなんだけどね。

 すまんね、僕だけ精霊なんていうチート持ってて。


「ステキ! ますます惚れちゃうわ!」


 さっきからイオは感激しっぱなしだ。

 つまり僕の首っ玉から離れてくれない状態なのだ。


 真希奈にはダンジョンの中では絶対に癇癪だけはやめてくれ、とお願いしているので、今の所平気なのだが、それでも彼女のコアから、ふつふつと負のオーラが漂ってくる。ひええ。


「イオ、まだ戦闘中だ。帰りも即座に打てるように、詠唱は常に半分までに留めて、口の中で唱え続けるんだ」


「それもすごいことだわ! 目からウロコの技術よ!」


 僕がイオに提案したのは、詠唱を未完成の状態でループさせ続けるというものだった。歩行の邪魔にならない程度に意識を割きながら、口の中で「イオの名に於いて炎の魔素に願い奉る――」のみを言わせ続ける。


 これは、彼女自身が自分で決めた一連の呪文を、正確に発音しなくては魔法が出せない、というジンクスに起因している。それは逆を言えば、呪文を言えさえすれば確実に魔法が出せるということに他ならない。


 ならば戦闘が始まった瞬間に後半の呪文「我が右手の集いて暴威を成せ――ファイアー・ボール」を発音すれば、即座に魔法を放てるのではないかと思い立ち、イオに実験するよう提案してみたのだ。その結果は大成功だった。


「おかげで魔法の発動時間が半分になったわ。まさかこんな方法があるなんて。ナスカ、あなたって天才だわ!」


 再びイオが抱きついて来ようとするので、僕は彼女の肩を抑えて踏み止まらせる。これ以上は真希奈のストレスがヤバ過ぎるのだ。


「まあまあ、役に立ったようでよかったよ」


 自分で言うのもなんだけど、こう見えて僕は獣人種共有魔法学校に革命を齎した伝説の教師だからね。魔法世界マクマティカの住人にない発想はお手の物ですよ。


「でもな、注意点もあるからな。不意打ちには常に警戒すること、注意力が散漫になりやすいので誰かと一緒の時にしか使わないこと、敵と遭遇したときの行動を事前に打ち合わせしておくこと――この三つは絶対守ってくれよ」


「うん、うん!」


 肩を抑えていても、両手を拡げてハグしてこようとするので、仕方なしに彼女の頭を撫でてやる。イオは獣人種とヒト種族とのハーフらしく、犬耳が若干小さい。尻尾もまた短めだが頭を撫でてやると、ピコピコっと耳を揺らし、尻尾もバッサバッサと振っている。相当嬉しいようだ。


「あーあ、イオちゃんはナスカに夢中だぜ」


「どうすんだジャンこの野郎」


「恋人取られちまったぞ〜」


「奪い返してこいよ!」


 僕らの様子を眺めながら、冒険者たちが焚き付けてくる。

 だが、当のジャンは慌てるでなく、ごくごく冷静に返していた。


「いや、俺とイオは決して恋仲などではないよ。一応冒険仲間ではあるけどな」


「あん? だからっておめえ、あんだけ可愛いんだ。好きなんだろう?」


「確かに好意的な感情は抱いてはいるが、恋愛などではない。どちらかというと妹に近い感じだ」


「おまえ、変わってるなあ」


「そうか?」


 僕はその会話を耳に留めながら、イオの明確な変化に気づいていた。

 頭を撫でているのに、耳も尻尾もピクリとも動かなくなっていたからだ。


「さあナスカ、早く入り口まで戻りましょう」


「あ、ああ……」


 まるで男たちに――正確にはジャンに見せつけるように僕の腕を取り抱き寄せるイオ。どうやら真希奈も気づいたようで、嫉妬の感情は鳴りを潜めていた。


 その後も僕らはほとんど戦闘をすることもなく、ダンジョンのスタート地点へと戻ることができた。こうして僕らの地下迷宮ファーストアタックは大金星で終わったのだった。


 続く。

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