キミが笑う未来のために篇

第363話 キミが笑う未来のために篇① 異世界ダンジョン討伐指令〜謎の女冒険者からの求婚!?

 * * *



「え――、迷宮だって?」


 一泊二日のバカンスから帰ってきて3日が経った。


 王都からの帰り脚、僕は気の向くまま皆を連れて地球へと降り立ち、百理たちの計らいで、高級温泉宿に泊まることができ、たっぷりと羽根を伸ばしてきた。


 そう、しっかりと静養ができたはずだったのに、僕はとある事情で人生の岐路に立たされ、失意の中にあった。


 翌朝、みんなが朝風呂浸かり、朝食バイキングをたらふく平らげるのを横目に見ながら、魔法世界マクマティカへと帰還したのだった。



 *



「そうなんです、今大変なことになってるんですよ!」


 冒険者ギルドの職員、ハウト・エマニエルさんが、テーブルから身を乗り出しながら僕へと指を突きつける。


 魔法世界マクマティカに帰還した僕を真っ先に待ち受けていたのは、我竜族のミクシャ・ジグモンド、町長から行政担当官に昇格したパオ・バモス氏、騎族院(警察)初代長官になったホビオ・マーコス氏、さらに商人エンリコ・ウーゴだった。


 現在ダフトンでは、エストランテ王国から寄港予定の交易船受け入れのため、港湾工事が急ピッチで進められている。


 ダフトンから東へ10キロほどにあるルレネー河の袂、そこは本来領地永住を認めた我竜族の町が建設される予定だった場所であり、彼らの町と共に港や、船員の宿泊施設、食堂、雑貨屋が作られ、さらに、ダフトンとを結ぶ幹線道路も合わせて整えている真っ最中だった。


 僕がおらずとも、ミクシャやパオ氏、ホビオ氏の協力によって、港湾建設は着々と進んでおり、僕にできることと言えば、進捗確認と資金提供をすることくらいしかなかった……。


 それでも長い時間留守にしていたため、色々と報告が溜まってしまい、三人から詰められるように書類確認や決済印などを求められてしまったのだ。


 ウーゴは、現在エストランテ王国にて唯一のドルゴリオタイト専門の宝石店を出店していたのだが、僕が戻ったタイミングでちょうどよく、ダフトンへと戻って来ていた。久しぶりに顔を合わせたウーゴに僕はビックリした。


『太ったな、おまえ』


 そう、イケメンスマイルはそのままに、顎や頬に肉が付き、お腹も若干ボッチャリとしている。


「いやあ、お恥ずかしい」


 などと頭を掻いていたが、どうやら毎晩、貴族や商人仲間と接待ばかりしているらしい。


 精霊の確かな加護を受けられるドルゴリオタイトの宝飾品を出汁にしながら、いずれ他の商取引をするために、今は人脈づくりに勤しんでいるのだとか。さすが、もうちゃんと次のことを考えているなんてさすがだな。


 そんなこんなで帰還してから僕は精力的に仕事をこなし、なるべく地球でのできごとを思い出さないように努めていた。


 ちなみに、パルメニさんと、アイティア、ソーラスはそれぞれの故郷に帰省中だ。「そろそろ一度帰って安心させておかないと」とパルメニさんはリゾーマタの宿場町で食堂を営む叔父、ロクリス・ヒアスさんの元へ。アイティアもソーラスに付き添われ、一度主人であるラエル・ティオスの元へと帰っている。


 そしてふと僕も、「そういえば、せっかく冒険者登録したのに、全然ギルドに顔だしてないなあ」などと思い出し、何の気なしにフラっと立ち寄ってみると、「あー、やっと来た! 皆さん確保ですーッッ!」とハウトさんが叫び、僕は屈強な冒険者たちに押さえつけられ、奥の部屋へと連れて行かれるハメになってしまったのだった。



 *



 ギルドへとやってくるのはもうどれくらいぶりだろう。エストランテのお家騒動が終わったばかりの頃に一度行ったきりだから、もう3ヶ月ぶりくらいかもしれない。


 まあその間にラエル・ティオスの伝言を携えたハウトさんが龍王城にやってきて会ったりはしていたが、ヒト種族の冒険者ホシザキ・ナスカとしてギルドで会うの本当に久しぶりだ。


 ……久しぶりすぎて、ハウトさんの怒りが爆発した。


「今まで一体どこをほっつき歩いていたんですかナスカさん!」


「えっと、ちょっと自分探しの旅に出て言いました」


 ギルド内の応接室に担ぎ込まれた僕は、椅子に雁字搦めに縛られていた。


 ダフトン冒険者ギルドの花、ハウト・エマニエルさんは黄猫族の獣人種だ。


 生え際から毛先までウェーブがかかったソバージュの髪が、彼女が動くたびにふわふわ揺れている。


 本人はそろそろ結婚したいお年頃で、エアリスよりひとつ年下くらいだったかと記憶しているが、見た目は中学生くらいにしか見えないほど幼い。


「何が自分探しですか! せっかく魔法師一級資格という立派な肩書があるにもかかわらず、商家や新設騎族院と契約を結ぶでなく、いつまでもフラフラして! 恥ずかしくないんですか!」


「はい、すみません……」


 言われたい放題だが、彼女からすれば僕は才能を腐らせる不良冒険者にしか見えないのだろう。本当は王様として色々頑張っているのだが……アンダーカバーの辛いところである。


「……はあ、もうホントに、特に用事がなくても最低10日に一度くらいは顔を出してください。そうじゃないと死んじゃったかと思うじゃないですか」


 ため息をつきながらハウトさんは俯いた。

 涙こそ流してはいないが、その瞳は悲しそうに伏せられている。


 もしかしたら今までも誰か顔見知りが音信不通になって、実は死んでましたということを繰り返してきたのかもしれない。


「いや、本当に反省してます。これからは定期的にハウトさんに会いに来るようにしますから」


「わ、私に会いに来る必要はありませんが、でもそうしてください。約束ですよ」


 ハウトさんは何故か顔を赤らめてあさっての方を向いた。なんだ、僕また変なこと言ったかな。


「あいた」


「はい? どうかしましたか?」


「いえ、大丈夫です。いい加減解いてくれませんかね?」


 胸の奥から刺すような痛みが走る。

 虚空心臓に格納した真希奈のコアから怒られたようだ。何故だ? 僕なにか機嫌を損ねるような真似をしたか?


 ちなみに今の真希奈は人形ではなくスマホを介して僕とコミニュケーションをとっている。とはいえハウトさんの前ではしゃべるつもりはないようだが。


「とにかく、ほとんどお仕事をしていないであろうナスカさんに、お仕事の依頼をします」


「え、いえ、僕こうみえて忙しいんですけど……」


「ちなみに拒否権はありません。もし断ったら、ギルドカード失効と魔法資格取消にします」


「横暴だ!」


 元ニートだった僕が手に入れた確かな肩書。それを奪われるのは正直辛過ぎる。


「とにかく、ナスカさんは冒険者ランクは10級と最低なのに、魔法師資格は1級とちぐはぐな方なので、その間を取って『特別指定依頼』をこなしてもらいます」


「どんなに言葉を飾っても強制でしょそれ……」


 おほん、とハウトさんはわざとらしい咳払いをひとつ、身体を半身に開き、まっすぐ僕を見つめながらビシッと指を突きつけて言い放った。


「ずばり、ナスカさんには新たに発見された迷宮討伐に行ってもらいます!」


「え、嘘、ダンジョン攻略なんて胸熱じゃん!?」


 いやいやだった僕は、俄然やる気を取り戻したのだった。



 *



 その日の夜、龍王城のダイニングキッチン。


「そりゃあ迷宮くらいあるぞい。なんといっても、地球でいうところの『ふぁんたじーな世界』じゃからのう魔法世界マクマティカは」


 食卓に並んだ具沢山のシチューをハフハフと食べながら、オクタヴィアはパンをちぎり、口の中へと入れる。


 なんと驚くなかれ、そのパンはエアリス手製のシャンピニオンで、地球から持ち帰ったパンづくりの教本と、イースト菌を駆使して作り上げてしまったのだ。


 これで我が家はごはん食、パン食が充実する結果となり、セーレスの食欲が止まらない事態に発展している。


「聞いたところによると、もうかれこれ50年ぶりくらいで迷宮が発見されたってことなんだけど……?」


「それいくらいになるかのう。迷宮はとにかく地脈の影響によって自然と大地に精製されるものなのじゃ。つい最近、地脈に多大な影響が出てしまったじゃろう?」


「あ――、それって聖都を浄化したのが関係しているってことなのか?」


 聖都の直下、大深度地下にあった魔原子炉は地脈からエネルギーを吸い上げて可動していた。メルトダウンの後に大爆発を起こし、地上と地下の両方が汚染されてしまった。


「いやいや、お主が責任を感じることはないぞい。聖都を浄化せんかった方が弊害が大きすぎるからのう。じゃから儂から言わせれば、迷宮の出現はある程度予想ができたことなのじゃ」


 オクタヴィアが言うには、何某か大きな変動――巨大地震などが起きることによって、大地に亀裂(恐らく断層のことだと思われる)ができ、そこに地脈エネルギー――星の魔力が溜まり込み、土の魔素と結合することによって急速に出来上がる地下茎構造物――それが迷宮、即ちダンジョンなのだという。


 ダンジョンのやっかいなところは、放っておけばどんどん成長を続け、人里まで侵食をしてくる。人々が生活を営む上で、決して無視することができない存在なのだ。


 さらに、ダンジョンの性質として、近隣に生息する野生動物を内部へと集め、なんと普通の動物を魔物族モンスターに変化させてしまうのだ。


 魔物族モンスター化した野生動物の戦闘力は跳ね上がり、討伐に来た者にとっては驚異そのもの。そうしてダンジョンの中で力を蓄え、ダンジョンが成熟しきると『爆発的飽和限界デス・パレード』が発生することになる。


「飽和限界にまでダンジョンが成長すると、魔物族モンスターを無限に吐き出す巣穴となってしまう。かつてはヒルベルト大陸とプリンキピア大陸の境界、やや魔族種の領域の方に迷宮が出来てしまってのう。ヒト種族は手が出せず、迷宮が飽和限界を迎えるのを指を加えて見ているしか無い、ということがあってな」


 おい、それって今はテルル山脈がある――かつての我竜族の領域があったあたりの話じゃないか?


「悲惨じゃったのう。たまたま迷宮の入り口がヒト種族の領域を向いておったもんじゃから、魔物族モンスターどもはみーんな、今で言うリゾーマタの方へ流れていって。その混乱に乗じて我竜族もずいぶん悪さをしたようじゃが……まあ昔の話よ」


 本当にミクシャの親父さんはロクなことしなかったんだな、と改めて思わせるエピソードだ。


「なるほど、よくわかったよ。迷宮を放っておくことはできない。王として治安を守るためにも、ハウトさんからの依頼は受けることにする」


「うむ。まあ今のお主なら、誕生して日が浅い迷宮など、なんの問題もなく攻略できるだろうよ」


 オクタヴィアからの太鼓判をもらい、僕は乗り気がしなかったハウトさんからの依頼に前向きになることができた。


 明日、朝一で冒険者ギルドへと趣き、他の冒険者たちと共に討伐隊として現地まで馬車で向かう予定だ。


 そう、今回の依頼はあくまで冒険者ホシザキ・ナスカとしてこなさなければならない。そのため、鎧を着たり、空を飛んで現地入りしたりはできないのだ。


「やっぱりメインは魔法戦になりそうだな。真希奈、頼むぞ」


『おまかせください。これはまたとない好機です。即ち町の凡百な冒険者共に、タケル様の実力を知らしめるいい機会になるでしょう!』


 いやいや、ブロンコ・ベルベディアのじいさんを倒したんだし、僕は他の冒険者たちに決して軽んじられているわけではないのだが。むしろ一目を置かれてさえいるんだけどね。


「いいなー、お父様、私も遊びに行きたい!」


 口の周りをシチューでベトベトにしたセレスティアがスプーンを振り回す。それに触発されたのか、アウラもまた口の周りを汚しながら「私も、行きたい……」と言った。


「いや、僕は遊びに行くわけじゃないから。ちゃんとお仕事だからね?」


「ええー、やだやだーずるいずるいぃ!」


「パパ、一緒に、行く……」


 やれやれ、食卓で話をしたのがまずかったか。

 ふたりをなだめるためには、また地球でアイスでも買ってきますかね。そんなことを考えながら、口を開きかけたときだった。


「そなた達、いい加減にしないか。タケルを困らせるようなことを言う暇があったら、早く食事を食べるのだ……!」


 今までずっと黙していたエアリスが、普段にはない厳しい口調でふたりを叱りつけた。


 セレスティアとアウラは、まさかそんなことをエアリスから言われるとは思わなかったのだろう、目を真ん丸に見開き、「ごめんなさい」「ごめん、さい」と言いながら、残りのシチューを食べ始めた。


「セーレス、なんかエアリスの奴、機嫌悪くないか?」


「うん、どうやらそうみたい。私も帰ってきたとき、服を脱ぎっぱなしにしてたら怒られちゃった。子どもたちが真似をするからきちんとしろって」


「セーレスにまで!?」


 これは一体どうしたことなのか。

 いつものエアリスだったら、もっと優しく諭すように注意するのに。


 はッ――――まさか。


「エ、エアリス……なにか、あったのか?」


 僕は自分の高鳴る心臓を抑えながらそう問うた。

 彼女が不機嫌になる理由。まさか、地球での『あのことが』知られてしまったのか!?


「む――いや、すまない。大人気なく、少々当たり散らしていたようだ。アウラ、セレスティア、セーレスも、申し訳なかった」


 エアリスは自嘲的な笑みを浮かべ、三人に向かって頭を下げた。むしろ謝罪された三名は困惑の表情を強くする。


「実はな、今日の昼間、とんでもなく失礼千万な女が城を訪ねてきてな。半ば無理やり追い払ったのだが……今思い出しても腹が立つ!」


 珍しい。エアリスがこんなに怒りの感情を顕にするなんて。


 それこそ僕と出会ったときは、怒っているのがデフォルトだったが、アウラが誕生してからはこんなに負の感情を表に出すなんて……いや、ミクシャがディーオコレクションを質に流した時以来か。


「あの女……不敬にも程がある。いきなり城にやってきて、タケル・エンペドクレスを出せなどと言い出しおってな」


「え、僕? 僕への客だったの?」


「断じてあんな女は客ではない!」


 ダンッ、とテーブルを叩くエアリス。

 隣でアウラがビクンと震えるのを見ると、「ああ、すまん」とその頭を優しく撫でる。


「さらに許しがたいことに、あの女、『タケル・エンペドクレスほどの男ならば、私の婚約者に相応しい……!』などと言いだしてな……」


「はあああ? なんだそりゃ!?」


 すっごく心臓に悪い単語に声が裏返ってしまう。

 よりにもよってタイムリー過ぎ!


「しかも、さらには『なんならお胤だけでも構わない』とまで言い出してな……思い出しただけでも腹の立つ!」


 エアリスの手の中でバキっと木さじがへし折れた。僕の隣から小さな声で「耳が痛いのう」とオクタヴィアが囁いたが無視する。


「へえ、エアリス、その女ってどんな感じの子だったの……?」


 ユラぁっと、笑顔のセーレスの髪が一本、また一本と逆立っていく。逆立った毛先が二股に割れ、藍色の蛇へと変化した。ひええ、怒りがセーレスさんにまで伝染した!


「髪の色は狐色。恐らく狐黄族ここうぞく。冒険者と思われるが、かなり身なりのいい格好をしていた。城から叩き出してやったが、また現れるやもしれん……!」


「そっかあ、じゃあ私も街で見かけたら、お話しておくよ」


「ああ、是非頼む」


 こ、怖い。

 そしてなんたる不幸。


 精霊魔法師ふたりを同時に敵に回してしまうだなんて、その女冒険者、ただじゃすまないだろうなあ。


 などと思っていた翌日のことだった。

 僕はホシザキ・ナスカとしてダンジョン討伐に参加すため、朝一でギルドへと向かった。


 扉を開けた途端、いきなり見知らぬ女が抱きついてきたのだ。


「あなたがナスカね! 私の名前はイオ。イオ・ファン・ロイダーズ。あなた、強いんですんってね。結婚してあげてもいいわよ?」


「はい?」


 続く。

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