第359話 浄化の勇者様御一行バカンス篇⑥ 新時代の英雄誕生〜その頃本人に違う衝撃奔る!
* * *
一年に一度開かれる
開催まで日数があったにもかかわらず、異例の前倒しで始まったそれは、アーガ・マヤ側からの要望に他国が同調したことにより実現。王都ラザフォードは水王宮・大会議室にて行われる運びとなった。
議場はすでにして紛糾の様相を呈していた。
議長国である王都ラザフォード代表、オットー・ハーン・エウドクソス――ハーン14世は、目をむいて立ち上がったアーガ・マヤはダブレスト本部代表、クレメンテス・アルキダモス・プリュタクス・ソウス最高議長を涼やかな瞳で見ていた。
「これは内政干渉ですぞハーン国王!」
初老に差し掛かりながら、元武人を思わせる引き締まった体系をしているハーンに対し、クレメンテス・アルキダモス・ブリュ――――ソウス最高議長はしゃべるたびに頬肉が震えるという、単純に言って欲の肥えた見目をしていた。
目をむいてツバを撒き散らすソウスに、ハーンはしれっとしたものだった。
「内政干渉? 俺はそうは思わんな」
「なにをッ!? あなたは今、我が国が被った災害を軽んじた発言をされたのですぞ!」
議場にはヒト種族を代表する各国の王や代表者が集まっている。
海洋国家グリマルディからは、ガイオス・エマ・グリマルディ皇が。大小1000以上の島が集合し、陸地面積が最低の国土にありながら、海こそを母なる大地とし、健康的に焼けた地肌に隆々とした筋肉を纏った益荒男である。
年齢はこの場では、アストロディア・ポコスに次ぐはずだが、ハーン国王と同年代に見えるほどに若々しい。今は腕を組み、どっしりと椅子に腰掛け、瞑目している。
軍事要塞国家ドゴイからは王子、フィリップ・グリンヒルド・ドゴイ王太子が駆けつけている。
戴冠式はまだだが、もはや誰も疑いようのない将来の王である彼は、未だ三十路を越えたばかりの若輩ながら、怜悧な双眸の左に
最後はこの中で最も発言権の小さい、タニア連峰王国連峰国王、ナジムッディーン・アル・アジエフ・ザナクトである。
発言権の小ささに比例して、この場の誰よりも恵まれた体格にありながら、枯れ枝のようにやせ細り、背中も丸まってしまっている。そしてまるで幽鬼のようにやつれた顔つきで、怯えるように己を抱きながら震えていた。
「私はただ宣言しただけだ。獣人種列強氏族を対象とした布告行為を取り下げると。もともとはアーガ・マヤ単独での国内問題なれば、被害を受けた地域住民にはお悔やみを申し上げつつ、さりとてそれはやはり、アーガ・マヤだけで対処するべき問題でもあろうと判断する。よってハーン王家の名代にて宣戦の布告は取り下げると、そう言ったのだ」
「そ、それがどのような意味を持つのか、十二分に承知してのことなのでしょうな、国王陛下ッ!」
約一月と半前、アーガ・マヤの沿岸都市において、謎の大火災が起こり、港湾施設を全焼全壊するという未曾有の災害があった。
その下手人として指名手配されたのは、とある獣人種であり、近年台頭してきた列強氏族のひとつ、ラエル・ティオスの間者であることが判明している。
「火付けは元より大罪ですぞ、しかもそれを成したのが劣等種族たる獣人種とは、尚のこと許すことができない。この際奴らには人類種ヒト種族が一丸となって、厳しい態度で望まれるのがよいと、そうハーン国王も理解され、ここに集まったお歴々を代表して布告をなさってくださったのではありませんか!」
「なんと、あなたはそのようなおつもりであったのか。ならばこそ、もっと早く言ってくださればよかったものを」
ホッ、と。ハーンより理解を得られたものと思い、ソウスは胸を撫で下ろす。撫で下ろしたところで出っ張った腹が突っかえるのだが、本人も含め誰も気にもしなかった。
「そのような腹づもりに加担するつもりは毛頭ない。やはり改めて宣戦の布告は取り下げる」
「なんですとぉ――ッッッ!?」
ソウスは顔面を蒼白にし、黄ばんだ口内をあんぐりと開けた。
ガイオス皇は依然沈黙を守り、フィリップ王太子は口元の前で手を組みやはり静観を続ける。ザナクト連峰国王のみが、キョロキョロと忙しなくハーンとソウスを交互に見ていた。
「ハーン国王陛下……これは大変な裏切り行為ですぞ。よもや人類種の代表たるあなた様が、下等で下劣な獣人種の肩を持つようなことをするなど――」
握り込んだ拳が震え、ついでに顎肉もブルブルと震える。ソウスは真っ赤を通り越して赤黒くなったおぞましい顔色で、人類種の顔たるハーンを睨みつけた。
「下等で下劣か。生憎と俺は、自分以外の何かを貶めて自身の優位性を証明しようとは思わぬ。そのようなことをしてもなんの意味もないからな。そこまであからさまに他種族をこき下ろすのは、最早ヒト種族の中でも少数派の意見であると、いい加減自覚したらどうだ?」
「ど、どういう意味ですかなそれは……?」
ソウスは議場内を見回し、他国の代表たちを見る。ガイオス皇とフィリップ王太子は相変わらず。ザナクト連峰国王の挙動不審なままで、ソウスの意見に賛同を示すものは誰もない。
「その選民思想たる根拠は
天を焼く光の柱。
聖都100万人を諸共に、一瞬で聖都が消滅した大災害から間もなく一年が経とうとしている。
たまたま難を逃れた信徒たちは僅かな数であり、だがそのほとんどが、かつての栄光が忘れられないのか、呪いに侵されることも厭わずに聖都を目指し、絶命の憂き目にあっていた。
「それはそれは、なるほど、確かにそうかもしれませんなあ……」
不心得者筆頭ソウスはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ハーン最大の泣き所を口撃し始める。
「我らも聖都の消滅には大変な衝撃と悲しみを受けました。何せ
ハーンは挑発的なソウスの笑みを、黙したまま受け入れている。痛いところを突かれてぐうの音も出ないのだと思い、ソウスは得意げに続けた。
「
ソウスは自身の勝利を信じて疑わなかった。
あれほど強く勇猛を馳せるハーン国王の泣き所を自分が責めるのは、寝所で獣人種の雌奴隷を嬲りものにするのに通じた興奮がある。
ソウスは「ぐっふっふ」と、もはや自身の愉悦を隠そうともせずに、ハーンの次なる言葉――言い訳や謝罪を今か今かと待ち望む。
だが、ハーンは静かに息を吐き出すと「アストロディア・ポコス翁、例のものを」と指示を出した。
「ご用意していますぞい。皆様にお配りしなさい」
ハーン国王の後ろに控えていたのは宮廷魔法師最高位アストロディア・ポコス。齢100歳にして現役最強の魔法師。未だ実力でヒト種族の頂点に立つ男である。それが手元の紙束と思わしきものを、自国の兵士へと渡し、兵士はそれを各国代表の後ろに控えた側使いの兵士へと配っていく。
各国につき一名ずつ、帯同を許された生え抜きの兵士たちから息を飲むのが聞こえた。瞑目していたガイオス皇がその気配に片目を開く。フィリップが冷たく静かに「早く見せなさい」と告げた。
「し、失礼をいたしました!」
各国代表の脇から手が伸ばされ、長大な机の上に置かれたのは羊皮紙ともつかない薄い紙ペラ。フィリップは一瞬でそれが現在研究が進められているパルプ紙であることを看破したが、問題はそこに描かれていたものだった。
「こいつは……」
「おお、なんと精細な……」
両の眼を見開いたのはガイオス皇とフィリップ王太子。B4サイズのコピー用紙に印刷されているのは、大きな湖の俯瞰絵図だった。
薄っすらと雲がかかるほどの高度から、一杯に広がる青々とした湖の姿は、とても清く、そして美しく見えた。
「しゃしん、というそうだ。そこに映っているのは、絵画などではなく、今現在の聖都跡を忠実に写したものである」
「これが今の聖都の姿だと……?」
「聞いたところでは、焼け野原になっていたはずでは?」
ガイオス皇とフィリップ王太子の言葉に、ハーンは頷く。
「そのとおり、聖都はその外壁を残し、市街地は全滅。光の柱が観測された中心地には、底さえ見えないような深い深い大開孔ができていたそうだ。ヒトを死に至らしめる猛毒は、そこから絶えることなく吐き出されていた。もちろん、俺は見たことがなかったが……ザナクト連峰国王殿」
ビクリっ、と唐突に名前を呼ばれ、枯れた大木のような男は恐る恐るハーンを見た。
「あなたは独自の方法でそのことを知っていたそうだな?」
「ッ、そ、それは……!」
ザナクトは途端ハーンから視線をそらした。
だがそらした先に片目でギロリと睨むガイオス皇の顔が待ち構えており、咄嗟に下を向く。息は荒く、玉のような汗がダラダラと顔面から吹き出していた。
「顔色が優れぬようだが、いかがされたのか。断っておくが俺は別に責めているわけではないぞ。それらの事前情報を持っていたのにもかかわらず、当事国である王都に対して非協力的であったことなどもはやどうでもいい」
聖都跡の事態収束は当然王都がすべしと、アーガ・マヤと共に賛成に回っていたのはタニア連峰王国だ。
地形や現在の状態すら把握困難だった聖都跡の情報を隠した上で王都を糾弾していたとなれば、それは罰の対象となる。最悪人類種反逆罪が適応されてもおかしくない。
だが、それはしないとハーンはいう。誰もがその意味を測りかねていたが、衝撃の事実が開示された。
「10日前、ミュー山脈の噴火があったその日に、事態はすべて終息した。聖都跡は愚か、ミュー山脈北側の大地は余さず浄化され、もはや呪いの影響を受けることはない。大開孔跡は現在しゃしんの通り、蓋をするように巨大な湖となっている」
「――馬鹿なッ、そんな馬鹿なッ!?」
パルプ紙の両端を握りつぶして叫んだのはソウスだった。
鼻と口から体液を溢れさせ、零れ出るほどに目を見開き、写真とハーンとを幾度も見ている。
「馬鹿、とはどういう意味か、ソウス最高議長よ」
問いただしたのはハーンではなく、ガイオス皇だった。
「そうですね、ヒト種族の憂慮が減ったことは、喜ぶべきことなれど、馬鹿なことでは断じて無いはずですが。まさかあなたは、北の大地が呪いに汚染されたままの方が都合がよかったと?」
「ち、違う、断じてそのようなことは――!」
先まで沈黙を守っていたガイオス皇とフィリップ王太子――いずれも実力で王都と比肩する強大国に真意を問われ、ソウスは慌てて弁解を始めた。
「そう、そうだ、聞けば聖都跡の呪いは広範囲に渡って拡がっていたと聞く。ミュー山脈から北の地域がまるごと死の大地となってしまうほどだったとか。ハーン国王よ、あなたが嘘を言っているなどとは思わぬが、にわかには信じがたい。それほどの広い範囲が本当に浄化されたというのかな?」
常識的に考えればソウスの疑念は最もなものだった。
西側沿岸部にタニア連峰王国があるが、それ以外は広大な寒冷地が延々続いており、呪いはほぼその全域に拡がっていた。
だが幸いタニア連峰王国は偏西風のおかげで最小限の被害だけに留まっている。逆を言えば、東側に位置していたアクラガスの被害は目を覆う規模となったのだが。
「そもそも浄化とは言うが、一体どのような手段を用いて? 誰が? まさかそちらに控えているアストロディア・ポコス様が? それはおかしいですなあ、そんな浄化魔法が使えるのならなぜ半年以上も聖都跡を放置をされていたのか――」
「浄化をしたのは私ではないぞい」
ハーン国王の背後に控えたポコス翁がそういうと、ソウスは肥えた顔面にますますの喜色を浮かべた。
「それはそれは、……ハーン国王、私の中でますます疑念が深まってしまいましたぞ。ヒト種族最高の魔法師、アストロディア・ポコス様にもできないことを一体誰ができるというので――」
「聖都跡を浄化したのは私ではなく、偉大なる精霊の加護を受けし、風と水の精霊魔法の使い手が行ったのじゃ」
「は――?」
言われた言葉が理解できないのか、ソウスはしきりに瞬きを繰り返し、まるで正気を疑うような奇異な視線でポコス翁を見た。
「風の精霊魔法使いエアスト=リアスが大地を清め、水の精霊魔法使いアリスト=セレスが清めの大水で湖を成したのじゃ。私はドーリア駐屯地にて、遠見の魔法を用いて全てを見ておった。間違いないぞい」
「せ、精霊魔法使いなどと、そのような夢物語の存在を持ち出されても信じるわけには……」
「ザナクト連峰国王」
ポコス翁はソウスなど一顧だにせず、聖都近隣国の王へと問う。
「国土を密に接するあなた様ならば見ていたのではありませんか? あの日、大開孔から出現した身の毛もよだつほどの巨大な
「うあああッ、そ、それは……!」
ザナクトはのけぞった勢いで椅子を引き倒し、その場にひっくり返った。駆け寄るおつきの兵士の手を振り払い、床の上で無様に泣き叫ぶ。
「わ、私のせいではない……! 決してタニア連峰王国の、ザナクトのせいでは……!」
その国王にあるまじき狂態にガイオス皇は眉を潜め、フィリップ王太子は侮蔑の表情を浮かべた。だがポコス翁は年の功を感じさせる穏やかな笑みを浮かべ、幼子を諭すよう言った。
「落ち着きなされ。あのような化け物はもう存在しない。貴方様が自責の念に駆られ、悪夢を見続けることはありません。すべては済んだことなのです」
「す、済んだ? もういないというのか、あの化け物が……?」
床の上で膝を抱え、枯れた巨木のような身体を小さくしているザナクト連峰国王。その姿は幼子のように稚拙で、とても一国を預かる王の態度ではなかった。
「そうですじゃ。私の見ている前で、その化け物は滅び去ったのです。あの黄金の龍――タケル・エンペドクレスの手によって」
*
王都ラザフォード、水王宮大会議場に集まったヒト種族の代表者たちは、最古参にして最高位の魔法師、アストロディア・ポコス翁から出たエンペドクレスという名前に首をひねった。
その名は、魔法師養成学校の教科錬成書に登場する一番最初の名前だからだ。
種族による棲み分けがされるよりはるか太古の時代、マクマティカは戦が絶えぬ混沌と暴力に満ちた世界だった。
その時、ヒトや獣に別け隔てなく四大精霊による『魔法』を教え広め、それによって強者との間に力の拮抗を促し、結果的に世界に秩序をもたらした者――それこそがエンペドクレスである、というのが一般的なヒト種族の常識だった。
そして今日に至るまで、魔法は人々の戦う手段、あるいは身を護る術として浸透し、ヒト種族において無くてはならない存在となったのだ。
「アストロディア・ポコス翁よ」
グリマルディの皇、ガイオスが重く響く声で呼んだ。
「察するに、聖都の浄化を成したのは、その二名の精霊魔法師に加え、タケル・エンペドクレスなる者、ということなのか?」
「左様ですじゃ」
頷くポコスに今度はドゴイの王太子、フィリップが質問する。
「エンペドクレスとは四大精霊による魔法術を広めた始祖の名。そしてその名は、今は魔族種の根源貴族の一角に収まっていると記憶していますが?」
「然り。初代から数えて三代目のエンペドクレスが今、根源貴族の王をしております。先に申した二名の精霊魔法師は、彼の王の寵愛を受けし者のようですじゃ」
「なんと……!」
「ほう……そうでしたか」
ガイオスもフィリップも、唸るように押し黙った。
時の彼方に忘れ去られた存在、精霊魔法師。たったひとりであっても、必ずや歴史に名を刻む偉業を残すという。
既にそれは達成された形だが、加えてヒト種族とは隔絶した寿命と魔力、生態と価値観とを併せ持つ魔族種。
特に根源貴族の王は滅多なことではヒルベルト大陸は愚か、自国領から出ることがなく、その存在は謎とされてきた。
そんな精霊魔法師と魔族種の王とが一丸となってヒト種族未曾有の危機に対処したという事実は、ガイオス、フィリップをして驚愕に値するほどの衝撃を受けていた。
だが――
「冗談ではないですぞ」
唐突に言い放ったのは、今まで黙していたソウス最高議長だった。
「精霊魔法師が何者かは知りませんが、加えて魔族種の王などと、なんと嘆かわしい。ヒト種族以外の者の手によって、問題の解決を図るなど言語道断。これは大変由々しき問題ですぞ!」
ソウスは興奮気味に机を叩き、議場の各国代表者たちへ切々訴えかける。そしてその矛先はハーンへと向かった。
「失望しましたぞハーン国王! よもや己の実力不足を棚に上げて、魔族種の王に頼るなど! 国難にあってはヒト種族がまとまらねばならぬというのに、他種族に付け入られる隙を作ることになりかねませんぞ!」
「つけ入れられる隙、とはどういう意味か、ソウス最高議長?」
ハーンは凍えるような眼差しで、激昂するソウスの言を受け止めていた。
先よりも一段と侮蔑の込められた視線にも気づかず、ソウスの熱弁は続く。
「決まっております、きっとそのタケル某とやらは、ヒトルベルト大陸を渡り、ヒト種族のいるプリンキピア大陸を支配せんと行軍してくる腹積もりに決まっております。聖都跡の浄化の対価にそれくらいのことは要求してくるに違いない。ハッ――そうなれば、ニオブ海を接するアーガ・マヤに戦端が!?」
ソウスは肩を抱き、戦慄いた。
地政学的にその可能性が最も高いのはアーガ・マヤだ。
王都へと連なるヒルベルト大陸の北にはテルル山地が立ち塞がっているため、進軍がし辛いのも事実である。
「どのように責任をお取りになるつもりか、これはとんでもないことですぞハーン国王――」
厄災を退けるために、さらなる災厄を呼び込む。
まずその犠牲となるのはアーガ・マヤ。ハーンへの追求をより一層強めようとするソウスだったが――
「いやかましいわッッ!!」
返ってきたのは裂帛の怒声だった。
打ち付けられた拳が立派なしつらえの議場机を粉砕している。そのあまりの迫力に、ソウスは息を飲んで絶句した。
「さっきから黙って聞いておけば、まだ起こってもいないようなことで徒に喚き散らしおって。貴様それでも上に立つ者か? それとも扇動者か? 貴様が今言ったようなことなど、すでにしてこちらは想定済みよ!」
ハーンは憤怒の形相で、ソウスに反撃する。
片や千年にも渡ってプリンキピア大陸の名君となった由緒ある血脈の王と、ひとりではハーン王家に敵わぬからと徒党を組んだ烏合の衆の長。始めから役者が違うのだ。
「聖都跡の浄化は、最早ヒト種族だけで収まる問題ではなくなっていたのだ。死を撒き散らす呪いは大地の表層のみならず、深層をも侵食し、結果ミュー山脈までもを噴火させ、さらにその影響は、マクマティカ全域へ波及する危機となっていたのだ!」
そもそも、聖都の消滅が異世界技術の産物によるものであり、人工的に再現された『ゲート』の魔法によるものであることも、タケル・エンペドクレスに出会うまでは知り得るはずもない情報だった。
その結果、地脈の汚染に、ミュー山脈の噴火、超巨大
どれひとつとってもヒトの身に余る厄災であり、それを治めようと思えば、もはや神の力でも借りるほかない状況だったのだ。
「だというのに、終わったあとで犬の遠吠えのようにグチグチと……! この際だからハッキリと言わせてもらう、タケル・エンペドクレス王は聖剣の担い手――勇者の再来である! 伝説に
「なッ、精霊が……?」
思わぬ機会に犯人を告げられ、ソウスの中に疑念が渦巻く。何故精霊がアーガ・マヤ領を襲わなければならないのか――と。
「そもそも貴様は先程言ったな、
教皇が代々、王家にも比肩する絶大な権力を持っていたのも過去の話。
クリストファー・ペトラギウスはただの傀儡。
黒幕に利用されていただけの愚かな男に過ぎなかった。
もちろん、これらの情報源もタケル・エンペドクレスである。
「他種族を弾圧することで強烈な選民思想を信徒に植え付け、それを都合よく解釈し、ヒト種族以外を弾圧しても構わんとしていたそうだな。そしてその傲慢の最たるものが獣人種を対象とした奴隷商いだったそうではないか」
プリンキピア大陸と繋がっていない海洋国家グリマリディとドゴイのふたりには寝耳に水の話だった。ガイオスもフィリップも、強靭な理性で驚愕の表情を隠すと、ただただ冷たい視線をソウスへと向けた。
「奴隷商の名前はアナクシア商会のマンドロス、だったか。かつて聖都全域の物品を扱っていた一大商会の番頭だ。運良く聖都の消滅から難を逃れたが、すべての基盤を失ったマンドロスにはやはり奴隷商に手を染めるしかなかった。何故かはわかるだろうソウス最高議長よ?」
「な、なにをっ、ハーン国王が何をおっしゃりたいのか、私には皆目……!」
ハーンの迫力に気圧されていたソウスだったが、奴隷商いの話が出てきた時点で、顔面は蒼白になり、全身を小刻みに痙攣させている。言い訳ばかりで答えようとしないソウスに代わり、合いの手は別のところから差し伸べられた。
「商売というのは需要と供給の均衡によって成り立ちますからね。買い手がいないのに手間のかかる商品を用意する商人はいない。そこには必ず奴隷を欲するものがいた、ということですね?」
フィリップ王太子が明朗に告げると、ブワッとソウス議長の顔面から汗とも涙ともつかぬ脂ぎった体液が噴出し始めた。
「――チッ」とガイオスは嫌悪も顕に舌打ちし、フィリップは汚物を見るような目をする。
「フィリップ王太子の言う通り。マンドロスには消滅した聖都以外にも商品を卸す顧客先があった。獣人種の間諜どもは、聖都亡きあとも、同胞を拐かし続ける者を突き止めるためにアーガ・マヤへと潜伏し、そこで逆に追い詰められた」
さらに補足するなら、追い詰められたアイティアと、追い詰めたマンドロスは、聖都に居た頃は奴隷と主人という立場であり、アイティアに対する妄執がマンドロスを突き動かしていたのだ。
「その際に目覚めたものこそが炎の精霊であり、加担していた奴隷商いどもごと、港湾を破壊した……というのが、当人とタケル・エンペドクレスから得られた証言だ」
虎の尾を踏んだのはあくまでもマンドロスの方であり、精霊の怒りを買った方が悪いと、この場合は言えるだろう。
「さらにいうならば、聖都が消滅した当日、獣人種による襲撃があったのも、聖都に奴隷として囚われていた同胞たちを救い出すための一斉蜂起だったようですな」
ポコス翁が告げた事実も、奴隷解放作戦に参加していたタケル・エンペドクレス本人からもたらされた情報だ。
バラバラだった情報が集まり、矛盾なく繋がっていく。物的証拠能力がない場合、その話の整合性そのものが証言力を持つ。今回の瑕疵はどちらも獣人種を虐げていたヒト種族側にあると言えた。
もうすでに、この場にいるもので、聖都に憧れと崇敬を抱いているものはひとりもいない。一皮めくれば、教義を隠れ蓑に、他種族の犠牲のもとに成り立っていた虚構の街だと知れてしまったためだ。
「そんな……獣人種が……下等な種族から、精霊が……?」
自分が蔑んでいたものこそが、なによりも尊い存在だったと告げられ、ソウスは呆然とつぶやいた。ハーンは明後日を向いたままのソウスに活を入れるよう、さらに声を荒げる。
「故に、俺はここに宣言する。
「そ、それは――!?」
ソウスは瞳孔が開いた目で議場を見渡し、口をパクパクとさせる。もう言い訳さえ思いつかないのだろう、「あう」だの「うう」だのとうめき声が漏れるのみだった。
「異論はない。いつの間にかヒト種族全体の品位を貶めていた者共には鉄槌が必要だろう。そもそも女を下にして自分の欲を満たすってのも気に入らん」
「調査でしたらうちからも人材を派遣しましょう。規律と規範、職務遂行能力において祖国はなかなかのものと自負しております。これを機にすべての膿は出し切ってしまった方がいいでしょう」
五カ国のうち、過半数の賛成を得て、ハーンの宣言は正式なものとして発効されることが決定した。
実は裏で、アーガ・マヤと繋がってるタニア連峰だけは迷っているようだったが、そんなザナクトにハーンは淡々と事実を突きつけた。
「ザナクト連峰国王よ、王都はいずれ、タケル・エンペドクレス王との正式な同盟関係を結ぶつもりだ。それまでにヒト種族側で協調体制を敷き、彼の者との同盟に不利になりそうな問題を潰していく。
ハーンの言葉にポコス翁が続く。
「タケル・エンペドクレス王本人はまだ若く、伝え聞く他の魔族種のように精神が摩耗している素振りはありませなんだ。今のうちに恒久的な関係を築ければ、彼の命が続く限り、ヒト種族は安泰となるでしょう」
「安泰……」
「聖剣の担い手であり、魔族種の王であり、さらに始祖にエンペドクレスを頂く魔法の大家。そして実は彼自身も、精霊魔法使いという……、言ってて自分の正気を疑いたくなるほどの実力者ですわい」
「先程言っていた四体の精霊というのは、タケル・エンペドクレス自身の、という意味なのですか? なんとデタラメな……」
「いやいや、ダメ押しをするなら、その精霊は自分のためだけに、彼自身が創り上げた、人工的な精霊だそうですじゃ」
「精霊を……創った!? 錬金術の領域ではありませんか!」
多弁なポコス翁とフィリップとの会話は続き、ますますもって、ヒト種族のお歴々は、タケル・エンペドクレスとの交戦は避けるよう心に誓うのだった。
「わかり、ました……タニア連峰王国も、賛成します」
ザナクトの言葉が決定打となった。
ソウス最高議長は真っ白になり、魂が抜けてしまったように崩れ落ちた。
かくしてハーンの目論見通り、
そして人類種は他種族との本当の意味での共存をめざし、偉大な一歩を踏み出すこととなる。
アーガ・マヤは後に解体され、同盟四カ国によって分割植民地政策が取られ、獣人種との関係改善、遠く隔てたエストランテ王国との新たな国交樹立が行われる。
大きな災害を乗り越え、ヒト種族は――王都は未来へ向かって進み始めた。人々は顔を上げ、明るい未来へむけて歩み始める。
そしてその時、大きな功労者としてともに語り継がれる偉大な名があった。
タケル・エンペドクレス。
人々は知る。新たしい時代の勇者――英雄の誕生を。
*
「カーミラ……………………どうしたの、その大きなお腹?」
「とうとう見つかってしまいましたわね。もちろん、あなたの子ですわ」
続く。
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