第357話 浄化の勇者様御一行バカンス篇④ ハーン国王の胸の内〜救国の英雄は閨で唇を奪われる

 * * *



『大至急説明を求む』


 人類種ヒト種族合同ヤヌルタ会議開催を目前に控えた王都ラザフォードに諸侯連合本部アーガ・マヤから使者がやってきたのは、すべてが収束した三日後のことだった。


 王都にあるアーガ・マヤ大使館を通じるでなく、本部から直接の使者とあっては、未だ混乱と収集の最中にある王宮であっても対応せざるを得なかった。


 だが、使者がやってきたとの報告を聞くにつけ、ハーン14世は庶務に忙殺される事務机から顔を上げることなく言い捨てた。


「捨て置け」と。


 肝をつぶしたのはアーガ・マヤ担当の王都政務官だった。これから人類種ヒト種族合同ヤヌルタ会議を控え、極力多国間との摩擦は軽減すべき時期である。


 だがハーン14世は、なかなか引き下がろうとしない政務官に、煩わしいとばかりに言い放った。


「王都が国難の時にあって尚、第一声が己の興味本位を満たすことを由とする者は捨て置いてよい。報告に上げるのはまず見舞いの言葉を述べたもの、さらに支援を申し出るもの。それらの条件を満たすものがあれば俺のところへ話をもってこい。それ以外は通すな。他にも徹底させよ!」


 即座に返事をすると、政務官はすっ転びながら執務室を出ていく。

 ハーンは寝不足によって青ざめた顔で天井を仰ぎ、大きく息をついた。


 王都の被害は甚大だった。

 ただしそれは地揺れによる被害によるものが主だった。


 耐久年数が過ぎていた家屋は軒並み倒壊し、その下敷きになるものが続出した。

 さらにミュー山脈の噴火に伴う避難の際に怪我をするものが後を絶たなかった。


 もっと普段から避難の訓練をしておけば。

 もっと家屋の建築基準や補強補助を行っておけば。

 それらをもっと市民へ周知しておけば。


「いまさらだな」


 そう、いまさらである。

 そしてこうも思う。

 よくぞこの程度で済んだものだと。


 恐らく、ミュー山脈から吐き出される火砕流、溶岩流が王都まで押し寄せていたら、被害の桁は二つは違ったはずだ。


 さらに、帰還したレイリィとエミール、アストロディア・ポコスの証言を信じるならば、人類種ヒト種族は絶滅の危機にあったことがわかる。


「げに恐ろしきは精霊魔法師――いや、タケル・エンペドクレスか」


 あらゆる生命を殺す呪いを跳ね除け、聖都跡に発生した巨大生物を圧倒し、さらに汚染されていたミュー山脈より北の大地すべてを浄化してしまった。


 現在調査中ではあるが、聖都跡には巨大な湖が出来ており、そこは精霊の加護を受けた大変清らかで神聖な水で満たされているという。


 もしそれが本当なら、呪いによって離れていった人々がこぞって北の大地に戻ってくるかもしれない。報告にあったアクラガスの町が再び復興することも叶うだろう。


「誰か、誰かある!」


「は、はい!」


 執務室の前、歩哨兵が慌てて入室してくる。

 別に怒っているわけでも不機嫌なわけでもないが、緊張した面持ちの兵士の様子に、今の自分はそんなに人相が悪いのかとハーンは頬をさすった。


「桶に湯と手ぬぐいを持て。軽食も用意するようメイドに伝えよ」


「はっ、畏まりました」


 兵士が退出する間際、ハーンは「しばし待て」と呼び止める。

 今まさに扉を閉めようとしていた兵士は慌てて室内に戻った。


「あー、なんだ、王宮内の噂程度でいいのだが、『客人』たちになにか動きはないか?」


「は――いえ、特には。皆様まだ疲れが抜けていないご様子とのことで、メイドが食事を頻繁に運んでいるようです」


「そうか……。相手は救国の英雄である。逗留中は不自由のないようにとメイドたちに伝えよ」


「はっ――、それでは失礼します」


 兵士の気配が遠ざかるのを待ち、ハーンは執務椅子に倒れ込むように腰を下ろした。


 自分の予想では人類種ヒト種族合同ヤヌルタ会議は開催が早まることになるだろう。


 恐らくある程度の復興の目処が立ち次第王都で開催するか、規模を縮小してアーガ・マヤで行うことになるだろう。


 聖都跡の呪いは浄化され、他国は手ぐすね引いて王都を攻撃するはずだった口実を失ってしまった形だ。


 それどころではなく、今度はこちらが攻勢に出る番なのである。

 聖都100万人を犠牲にし、呪いを撒き散らした張本人、アダム・スミスとやらから引き出せる賠償は、きっと今後のヒト種族の発展に欠かせないものになる。


 あの目もくらむような、東西南北の地平にどこまでも広がる巨大な街並み。

 どのような御業で造られたのかまるで見当もつかない天空の塔。

 夜の闇を削る、洪水の如き光の渦、渦、渦――


 聞けばそれは、聖都にかつて齎されていた神なる恩恵の正体だったというではないか。


 すぐさま湯が出る蛇口や、モノを冷やす白き箱、街頭を照らす魔法によらない常夜灯。なんのことはない、それらはすべて『あの世界』からやってきたものだったのだ。


 金などではなく技術。

 魔法に勝るとも劣らないそれらを手にすることができれば、人類種はさらに進化することができるだろう。


(金など即物的なものは、物の価値もわからんアーガ・マヤの連中にでも渡してしまえばいい。それで目が曇る連中などおそるるに足りん。真に警戒するべきは、ドゴイかグリマルディか……)


 その二国は油断がならぬ。

 もし王都と海を隔てず地続きになっていたら、必ずや血で血を洗う戦争になっていたはずである。


(だが、本当の価値あるものに気づいているのは俺ひとりよ。タケル・エンペドクレス。あやつとの友好関係が盤石でさえあれば、他はなにもいらぬ。利益など後からいくらでも湧いてくる。打てる手段は打っておくべきか――)


 そのためには『当事者に寄らない視点』が必要と判断し、ハーンは再び、アストロディア・ポコスを呼び出すべく、家令を呼ぶ。


 その際、ハーンが他国からの問い合わせに応じるとした条件、『お見舞いの枕詞』と『迅速な支援の申し出』を行ってきた大使が現れたと報告を受けた。


 果たしてそれはハーンの予想通り、軍事要塞国家ドゴイと、海洋国家グリマルディの親善大使であった。


 ハーンはやはり油断ならん相手と警戒しながらも、今回自分が見たものも含め、新時代に誕生した新たな聖剣の勇者、タケル・エンペドクレスの力を持って、ヒト種族が救われた事実を、政務官を通じて知らしめるのだった。



 *



『タケル様、もう間もなく到着するようです』


 真希奈の明るい声に夢うつつから帰還する。

 輸送ヘリの中は快適そのものの空間だった。


 というのも出発した途端、「ずいぶんとうるさい乗り物だ。どれ……」と言ってカーゴ内からは音が消え去ったのだ。


 本来空気を伝播する音の波――それも騒音に類するものだけを選別し遮断――などということができるのはエアリスのみであり、隣と会話するにも大声を出さなければならなかったヘリの中は、ノイズキャンセルがされた空間へと変貌した。


「え、なに? これってエアリスちゃんが……?」


「よかった、耳が聞こえなくなったのかと思った……」


 イスカンダルさんと佐智さんが胸を撫で下ろしながらそう言った。


「椅子も硬いよね。ちょっと待ってて」


 今度はセーレスが水魔法を展開し、機体の内壁に据え付けられた椅子を、ウォータークッションでコーティングする。まるでふかふかのソファのようになった椅子により、無骨な輸送ヘリの内部は、安眠さえ可能な揺り籠となった。


「おふたりの魔法、凄すぎです……私なんて燃やすことしかできないのに……」


 猫耳をシュンとさせながら、アイティアが項垂れる。

 精霊魔法師になりたてなんだから、ふたりと比べても仕方ないと思うよ。ドンマイ。


 とにかく、遮音とウォータークッションのおかげで、約小一時間の移動もラクなものだった。おかげでまだ本調子じゃない僕も仮眠をとることができた。


 あの金色の力。

 限界を遥かに越えたビート・サイクルレベルの発現と、共鳴する二つの虚空心臓。

 物質化さえしてしまうほどの魔力ゲイン。


 地球でサランガを倒したときは、一ヶ月近く、僕は夢の中を彷徨っていた。

 できることといえば寝て、起きて、たまに食べて、また寝るの繰り返し。


 それをサボりと、ラエル・ティオスに咎められた僕は、ナーガ・セーナにある獣人種の魔法学校で教鞭を取ることになってしまったのだが……。


(今回は10日か……)


 僕が自分を取り戻すまでにかかった日数であり、聖都の浄化からそれだけの時間が経過していることを意味する。


 僕はみんながヘリに取り付けられた丸窓からの夜景に夢中になっている間に、ひとり思索の海に沈んでいた。それはつまり記憶の整理。


 曖昧だったここ10日ばかりのことを思い出していた。


 まず浄化直後、変身を解いた僕はエアリスとセーレスに支えられながら、みんなが待つドーリア駐屯地へと帰還。その後気を失ったらしい。


 意識を取り戻したときには3日が経過し、僕は見たこともない豪華な天蓋付きベッドで寝かされていた。


「あ、起きたタケル。お腹減っていない? 珍しい果物が食べ放題なんだよ」


 ずっと傍らで見ててくれたのだろう、すぐさまセーレスが僕の顔を覗き込んでくる。僕は水が飲みたいと言い、彼女に抱き起こされながらゆっくりと、柑橘物を絞った爽やかな酸味の水を飲み干した。


 どうやら僕が寝ている間、ドーリア駐屯地には迎えの馬車がやってきて、王都へと運ばれたらしい。今は国賓待遇を受け、王宮の一区画をまるごと貸し与えられているという。


 レイリィ王女やエミール、ポコス爺さんは、すぐさま王族や軍人としての責務を果たすべく、現在は職務を遂行中だという。


 確かに王都で僕らができることはない。その最大の役目である浄化作業を完遂させたのだから、今はゆっくりさせてもらおう。


「もしかして僕が寝ている間、ずっと側にいてくれたの?」


「うん。エアリスと交代だけどね。昼間はアイティアとパルメニ、オクタヴィアたちも何度も来てくれてたんだよ」


 言われてから窓の方を見てみると、もうすっかり夜の帳が落ちていた。


「そっか…………僕らの娘たちはどうしてる?」


「ヒト種族の王宮が珍しいからって、そこら中吹っ飛んで歩ってるよ。真希奈がお目付け役になってくれてるから大丈夫」


「そりゃあ、大変だ……」


 精霊娘たちの好奇心はその興味本位を満たさないかぎり決して解消されることはない。明日までには王宮の秘密は丸裸にされてしまうだろう。逆らえる者は誰もいない。


「タケル、まだ具合悪い? それってあの金色の力を使ったせいなんでしょ?」


「うん……そうみたいだ」


「私が治そうか?」


「いや、ありがたいけど、多分、寝てれば治るから……」


 さざなみのように押し寄せる猛烈な睡魔と記憶障害、認識の齟齬。

 言ってしまえば『曖昧』『酩酊』『夢うつつ』。


 恐らくこれは限界を越えて虚空心臓を行使し、その反動で一時的に精神の回復が追いついていないことによって引き起こされているのだ。


 前回よりかは変身時間は確実に短い。

 なので回復もより早いと思うのだが……。


「タケル、無理しなくていいよ。私、ずっと側にいるから」


「いや、ありがたいけど、セーレスも休まないと……」


 聖都跡を大深度地下も含めて蓋をするべく、極北の侵食渓谷フィヨルドから大瀑布の水を運んできてもらったのだ。いくら精霊魔法使いでも、相当負担になったはずである。


「んー、私だってちゃんと休んでるよ。ほら、こうやって」


 そういってセーレスは身を乗り出し、僕の小脇にポスンと横になった。肩越しに見やれば、「ニシシ」と歯を見せて、いたずらっ子のように笑っている。


「なんだか、懐かしいな……」


 リゾーマタのあばら屋にいた頃は干し草を敷いた地面で寝ていた。

 ゲルブブを討伐し、その肉を売ったお金で調理器具を買い、セーレスにオムレツを作ったことがあった。


 いつもより贅沢な晩餐を採った夜から、セーレスは親愛の証なのか、僕のすぐとなりで眠るようになった。目覚めたとき真っ先にセーレスの顔があって、心臓が飛び出すほど驚いたのを覚えている。


「そうだね。今のお城での暮らしもいいけど、あの頃の暮らしもよかったなあ」


「そうか? 寝床は硬いし、隙間風だらけだし、絶対今の暮らしの方がいいと思うけど……」


 僕がそう言うと、セーレスは「むー」とあからさまに不機嫌になって唇を尖らせた。


「確かにそうだけど、あの時はずっとタケルと二人っきりだったもん」


 あ、そういう意味か。

 マズイな……拗ねたように睨んでくるセーレスが可愛すぎる。


「じゃ、じゃあ……もっと部屋にくれば? 夜とか、その……」


「え……あー、うん。そうだね。そうしよっかな」


 セーレスの顔が赤い。多分僕も同じだ。

 アクラガスの埋葬の夜以来、なんかスイッチが入っちゃってるな。

 我ながら大胆な発言だと思う。女の子を深夜、自分の寝室に誘うなんてまるで……。


「んん……、いかん、マジで眠い……」


 抗いがたい睡魔が襲ってくる。

 意識が飛んでしまいそうだ。


「いいよ、無理しないで休んで」


 そういうとセーレスはベッドから辞する――のではなく、さらに距離を詰めて、コテンと僕の胸の上に頭を載せた。反対側の肩に腕を回し、片脚も絡めてくる。


「これは……やばい。ものすごく安心する重みだ」


「私重くないよ」


「いや、そういうことじゃなくて……軽くて、暖かくて、いい匂いがする布団みたいだって思って」


「ふーん。じゃあこうしてあげる」


 セーレスはもぞもぞと移動し、完全に僕の上に乗っかった。

 仰向けに眠る僕の上、薄い掛け布越しにセーレスという重みがピッタリと密着する。


 僕の身体の上でうつ伏せになったセーレスは、そのまま首を伸ばし、ごくごく自然な仕草で「チュ」とキスをしてきた。


「おやすみなさい、タケル」


「…………ごめん、なんか今ので寝らんなくなった」


「えー?」


 やっぱり僕らの純情スイッチは永遠に壊れてしまったようだ。

 まさか僕みたいな奴が、女の子にねやで囁かれ、挨拶代わりに唇を強請られるようになるとは。


「あれ、っていうかなんか……?」


 唐突に違和感に気づく。

 セーレスにキスをされる前から唇の残滓が、ずっと色濃く残っているような……。


「試みに聞きたいんだけどセーレスさん」


「うん、なになに? もっかいチューする?」


「それは是非お願いしたいけど、でもなんか、僕が寝てる間にもしてなかった?」


 チュー的な何かを。

 いやそんな、まさかね――


「え、してたよ」


 当たり前でしょ、なんて言いながら、セーレスは僕の胸元から顔をあげる。

 その上目遣いは反則だろう。


「何回したかなチュー。うーん、とりあえず数え切れないくらいしたかな」


 わーお。それはなんとも……記憶がないことが悔しいですね。寝てたから当然なんだけど。


「あ、でも誤解しないでね」


「今の発言のどこに弁明を期待する余地があるの?」


「そうじゃなくて、タケルが寝てる間にチューしてたのってエアリスが最初だから」


 なん、だと……?


「タケルの寝室から、なかなかエアリスが戻ってこないなー、どうしたのかなーって思って、こっそり扉を開けたら」


「開けたら?」


 ゴクリ。思わず生唾を飲み込んでしまう。


「馬乗りだった」


「馬乗り!?」


「ドロドロのぐちゃぐちゃだった」


「ドロドロ!? ぐちゃぐちゃ!?」


 なんだよその擬音。おっかねえ。


「私もビックリしちゃって。だってあのエアリスがあんな情熱的に……。しばらくの間ずーっと観察してくらいだもん」


 そ、そこは止めてくれた方が……とは言い切れない複雑な年頃です。


「それでね、エアリスずるい! って言ったら、エアリスが真っ赤になって慌て始めてね。違うんだ、熱を測っていたんだとか、寝ている間に口内洗浄をしていたとか、手を振り回して狼狽えるの。もうおかしくって!」


「あのエアリスが?」


 それはまた、世にも珍しい光景だ。

 いや、よく考えればそれが当然なのか。

 エアリスは特に、恋人などの関係をすっ飛ばし、アウラを通じて一気に家族になってしまった。


 普段は冷静沈着で、一歩引いた目線からみんなを見守るおっ母さんポジションが板についている彼女だが、年相応の少女の部分が出てきたと思えば――ってなに冷静に分析してるんだ。僕も当事者だぞ。キスされてた本人が何を言ってるんだ。


「それでね、私もなんかキス……したくなっちゃって。エアリスがした後だけど、全然嫌じゃないし。彼女も負けず嫌いだから」


「ま、まさか……」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む。

 セーレスは「にしし」とまたしてもいたずらっ子のように笑った。


「うん。ふたりで交互にね、こう、代わる代わるっていうか……でも最後の方は競い合うようにね、一緒になってタケルの唇を吸い合ったの。そうしたらタケルとチューしてるのかエアリスとチューしてるのか分からない感じになって――ってタケル?」


 僕はもう寝たフリをすることにした。

 幸い目をつぶれば睡魔はあっという間に訪れた。


 僕は記憶に残ってないにも関わらず、うっかり人生の絶頂期を迎えてしまっていたようだ。まさかまさか、セーレスとエアリスが同時にそんなことをしてくれていたなんて!


「タケル、寝ちゃった? あー、じゃあ、しょうがないか。エアリスが来るまで独り占めしよっと。いただきまーす……あむ、うむぅ、ムチュ、チュパ、うふふふ……」


 そんな声を最後に、僕の意識は闇に沈んだのだった。



 *



『タケル様、お顔の色が優れませんよ。大丈夫ですか?』


「う、ああ……、ちょっとお腹減っちゃって……」


 まさか僕の唇が散々弄ばれていたのを思い出していた、などど娘に告白できるはずもなく。無難な言い訳でお茶を濁しておく。


 すでにヘリは着陸体制に入っていた。

 少し前から、窓の外は真っ暗闇に閉ざされ、人工の灯りもまばらな地域に来てしまったようだった。


「皆、到着したぞ。いやはや、エアリス殿とセーレス殿のおかげで快適な空の旅になったな。感謝しよう」


 そういってベゴニアが開閉装置を押すと、ゆっくりとカーゴハッチが開いていく。

 降りてみるとそこは、大きな旅館の、これまた大きな駐車場のようだった。


『GPS機能オン。群馬県利根郡みなかみ町――いわゆる温泉地のようですね』


「すっごい、お城が建ってるよ!」


 セレスティアの言う通り、眼の前に聳えるのは10階建てはありそうなマンションのような宿。それが広大な敷地にいち、にー、さん……四棟も建っている。


龍王城うちより、大きい……」


 アウラよ、それは言わない約束だよ。

 ライトアップされ、煌々と照らされる立派な旅館の姿に僕らが驚いていると、玄関から静静とやってくる白紬に黒髪の少女を認める。


 彼女は僕を見つけるなり、艶やかな笑顔を浮かべ、そして居並ぶ異世界の住人たちに深々と頭を下げた。


「皆様、よくぞおいでくださいました。私の名前は御堂百理。本日はささやかながら祝宴の席を設けてあります。異世界での疲れを癒やし、存分に楽しんでいってください」


 ささやかなんてとんでもない。

 後にみんなは口を揃えて言う。あんな豪華な宴、王都以上だったと。


 そして何故百理という少女は「ささやか」などと嘘をついたのかが取りざたされ、僕は謙遜という文化を説明するのに苦労することとなるのだった。


 続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る