第349話 北の災禍と黒炎の精霊篇3⑫ 天災に抗う精霊魔法師たち〜大開孔を塞ぐ怪獣エルザドン
* * *
【タニア連峰王国首都・セルクセス】
民たちは悪夢を見ていた。
目など潰れてしまえ。
耳など聞こえなくなってしまえ。
口から出る言葉は意味をなくせ。
皮膚からは体温が消え失せ、血流は止まり、心臓もとまってしまえばいい。
そうすればこの悪夢が終わるのか。
この現実から解放されるのか。
だが人々はまざまざと突きつけられる事実に発狂寸前にまで追い詰められていた。
大きな地揺れと共に、地平の彼方に山がそびえ立つ。それは現在進行で地響きをさせながら、ニョキニョキと丈を伸ばし、遂には雲を突き破った。
空を引き裂くような絶叫が轟く。
絶叫は祝いのような、呪いのような。
嘆きのような、歓喜のような。
そんな音だった。
ザナクトの民たちはその声と巨大な姿に、なんとなく既視感を覚えた。
自分たちが使役するモンスター、『エルグルゥ』と『レイザード』。
ちょうどそれらを醜くかけ合わせたような、そんな巨大怪獣を絶望と共に見上げていた。
*
【同時刻・王都ラザフォード】
「山が、鳴いている、のか」
王宮にある物見の塔から北に望むのは、
北に巨大山脈を望む王都は、今朝未明から不気味な鳴動を聞きつけた民たちが、各詰め所や王宮前広場に集まり、不安を訴えていた。
その知らせを受け、オットー・ハーン・エウドクソス――オットー14世は、民たちを鎮めるよう、近衛兵や警邏の兵士たちへ命じてた。
「一体、何が起きている……!?」
かつてこれほど長く地揺れが続くことなどなく、また、ミュー山脈全体が鳴動することなどもなかった。
いや、過去に事例はあるのだが、それはもう遠いおとぎ話に出てくるほどの大昔のことなのだ。
語り継がれる真実が伝説や伝承となり、どこまでが真実でどこまでが虚構なのか、もはや現存する者たちでは判断できなくなってしまった――それほどの昔。
あるいはアストロディア・ポコス――宮廷魔法師の最高位がいればミュー山脈全体が炎の魔素に包まれているのを看破していたかもしれない。
そして、夜明けともにやってきたのは新しい朝などではなく、かつて体験したことのないほどの大地震だった。
王宮が建つ湖面が泡立つように弾け、建物が大きく揺れる。
オットー14世は危うく物見の塔から転げ落ちそうになりながら、必死に露台の淵に掴まった。
「いかん……!」
揺れが収まるや否や、王都の各所からいくつもの火の手が上がるのが見えた。
朝餉の支度のために火を使っていたためだろう、それが家屋に引火したのだ。
「誰か、誰かある!」
ハーン14世は己の迂闊さを呪った。
物見の塔は傾き、石造りの階段は崩れて中程が塞がれてしまっていた。
再び露台に戻り、声の限り叫ぶ。
すると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、眼下に現れる偉丈夫を見つけた。
「陛下!」
パンディオン・ダルダオス将軍は、傾いだ塔に孤立するハーンを見つけるなり、悲鳴を上げた。
「落ち着け、俺は大丈夫だ! それより、急ぎ動けるものを集めよ。ここから火の手がいくつも見える。今の地揺れのせいだ。今後も増えるかもしれん。すぐに消火させるのだ、行け!」
「か、畏まりました!」
軍部の頂点にたつパンディオンならば問題ない。
すぐさま混乱した王宮内をまとめ、城下の火の手を消してくれるだろう。
「これも聖都の呪いの影響なのか……」
現在レイリィ王女を始め、タケル・エンペドクレスが聖都の浄化作業をするためにアクラガス入りしている頃だ。
ほど近いドーリア駐屯地からは半日後れで伝書鷲が届けられ、最期に文を受け取ったのが昨日の夕方。アクラガスで生き残った町民たちを可能な限り救出し、一時的にドーリア駐屯地近くに避難させるという知らせだった。
その後、数日をかけて聖都へと赴き、精霊魔法師たちによる浄化作業が開始される手はずになっている。
それが、果たしてどのような魔法によってなされるのか、さしものハーンにもわかりはしない。だが、精霊を介した魔法とは、あらゆる魔法の頂点に立ち、通常ではありえない奇跡を齎すという。
ハーン自身、精霊魔法は知らずとも、それがとてもすごいことは、歴史が証明する常識であり事実だ。だからこそ、聖都の浄化がなされることにはなんの疑問も抱いてはいない。
いないが――やはり不安はあった。
上に立つものとして、決して他者に見せはしない、気弱な面相が顔に出そうになってしまう。
ハーンは大きく息を吸い、ゆっくりと深呼吸をする。
勇ましくも末娘が、現地入りしているのだ。
如何な防備に身を固めていても、呪いに侵される危険を顧みず、額に汗し、泥に塗れていることだろう。ならばこそ、父として、王として、男として、毅然としていなくてはならない――
ハーンは傾いだ塔に孤立しながらも、自身の救助は後回しにし、徐々に鎮火されていく市井の様子を眺めていた。
やがて中天にも差し掛かろうかという時分、顔をすすだらけにしたパンディオンが工兵たちを引き連れ、物見の塔の下へと集まりだした。崩れた階段を補強しにきたのだ。瓦礫も取り除かれれば、平行な地面に足をつけることが叶うだろう。
ハーンは安堵し、再び顔を上げた――その瞬間だった。
「うおっ!?」
ハーンはとっさに顔を覆いうずくまる。
空が砕け散ったのではないか。
そう思うほどの衝撃が空間を走り抜けたからだ。
耳鳴りが酷く、視界が安定しない。
下手に立ち上がっては露台から落ちてしまう。
ハーンはうずくまった状態から顔を上げ、可能な限りの視野から情報を集めんとした。
「な――あ……!?」
飛び込んできた光景が理解できない。
ミュー山脈が燃えていた。
火柱と噴煙が、まるで鉄砲水のように吹き上げている。
その噴煙はたちまち雲の高さを越え、
煙が噴出する根本、山稜の各所からは火柱がいくつも立ち上り、噴水のように山脈全体に撒き散らされていく。空が昏くなったせいで、その赤はまたたく間に王都を紅の光に染め上げた。
「何ということだ……!!」
ハーンは蒼白になって震えていた。
ミュー山脈の噴火。
それは、王都存亡の危機を意味する。
この後、ハーンは王都に非常事態宣言を発令し、全市民の避難を決定するのだった。
* * *
「状況を整理しましょう」
ドーリア駐屯地へと無事にたどり着いた僕たちは、イリーナが決然と放った一言に、一にも二にもなく、「異議なし」とうなずいた。
状況は加速度的に緊迫の度合いを増している。
だが、だからと言って焦りは禁物だ。
僕たちにはまず情報が必要だった。
全員が集まっているのは、駐屯地の中庭に設置された仮設テントの中だ。
そこには地球から持ち込んだ各種機材が並んでいる。
そしてテントの周辺では、ドーリア駐屯地の兵士たちが忙しく行き来をしている。アクラガスから避難してきた町民たちの対応は彼らに丸投げするしかなかったのだ。
僕たちが駐屯地に帰還して早々、イリーナは自身が魔改造を施した観測用プレデタードローンを緊急発進させた。コントロールを真希奈に委任しながら、地震計や観測気球などで集められるデータをまとめ始めた。
その間に僕らは休憩を取りながら、イリーナのデータ収集が終わるまで待つこととなったのだった。
「昨夜未明から急激に活発に成り始めた地震。これは明らか今朝の本震のための頻発していたもので間違いないと思う。体感からしても震度は6〜7はあったと思う」
イリーナの言葉は真希奈を通じてリアルタイムでヒト種族の言語に変換されている。
ちなみにヒト種族の言葉がわからないオクタヴィア母娘たちには、僕のスマホが貸し与えられている。真希奈が並行して魔族種の言語を流しているので、彼女たちの理解も問題なかった。
「イリーナさん、よろしいですか?」
緊張した面持ちで挙手したのはレイリィ王女だ。
目的のひとつであるアクラガスの人命救助が成功したのもつかの間、新たな危機に直面し、精神的な疲労からか顔色が優れないようだった。
「今おっしゃった本震や、震度とはなんでしょうか?」
「私とタケルがいた地球にも当然地震――地揺れがあるの。大きな地揺れが起こる前には、必ず余震といって、短い間隔で地揺れがたくさん起こるものなの。私達の世界では膨大なデータ――情報の蓄積や、経験則からそれを知っているの」
『加えて、僕が住んでた日本では地震が日常的にあった。今回のような大きな地震も、数年から十数年おきに起こっているんだ』
「まあ、そうなのですか……!」
レイリィ王女は隣のエミールの腕にすがり、唇を戦慄かせていた。
この世界のヒトたちにとって、地震は僕が考えているよりも恐ろしいものなのだろう。
「ちなみに王女さん、今朝のような大きな地震を過去に体験したことは?」
「いいえ、ありません……!」
イリーナの問に、レイリィ王女はふるふると首を振る。エミールも「私もだ」と頷き、「私もあれほどの地揺れは始めてじゃ」とポコスじいさんも追従した。
齢100歳になろうというアストロディア・ポコスでも初体験なら、今のヒト種族たちは全員が初めて体験する超巨大地震ということになるだろう。
「オクタヴィアはどうなの?」
イリーナから質問が投げられると、オクタヴィアはスマホの画面から顔をあげる。
「無論、今までの生の中で、幾度かはあった。じゃが、さしもの儂であっても、
7万年の記憶の中になら、当然天変地異クラスの地震に見舞われたこともあるだろう。だが、そんなオクタヴィアであっても、地震と共に目撃した
「なんだったのアレは……!?」
パルメニさんの声は震えていた。
ソーラスとアイティアはお互いを抱きしめ合っている。
巨大地震と共に地平線の彼方に見えたものは、怪獣としか言いようのない巨大生物のおぼろげな輪郭だった。
聖都から距離を隔てているはずなのに、肉眼で確認できるほどの大きさ。それは数百から、下手をすればキロメートル単位の大きさを有してることを意味する。
『よう、実は俺はあのデッカイのに見覚えがあるんだがな』
皆がぎょっとしながらパルメニさんを見る。
正確にはパルメニさんが頭に引っ掛けている半仮面――アズズだった。
『アレな、なんかレイザードに似てなかったか?』
『ほう……乗っかるようで申し訳ないが、私にはエルグルゥにも見えたんじゃが』
『レイザードにエルグルゥ?』
アズズとポコス爺さんから出てきた聞き慣れない名前。
僕に説明をしてくれたのはオクタヴィアだった。
「ふむ。どちらもザナクト人が使役する小型の
『モンスターをヒトが使うのか?』
僕が関心しながら聞くと、「そうじゃ」とオクタヴィアがふんぞり返った。
『もしかしてその技術を教えたのっておまえか?』
「よくわかったの。そのとおりじゃ」
「えっ!?」
なんとなくそんな雰囲気がして、試みに質問すると、レイリィ王女が驚きの声を上げた。ヒト種族の最大国家のお姫様としては、敵に塩を送った張本人がオクタヴィアでびっくりしているのだろう。
「まあ聞け、ヒト種族の姫よ。儂は基本的にお主らの争いには干渉せんが、当時の場合はあまりにも不均衡だったゆえな。少々知恵を貸してやったのよ」
オクタヴィアが言うには、肥沃な土地を求めて戦争をしかけたはいいが、オットー初世という稀代の王に敗れ去り、あとは潰えていくばかりだったザナクト人が、最後の希望を求めてやってきたのが魔の森だったという。
そして魔の森に根城を構えるオクタヴィアは、彼らの境遇に同情し、多少の知恵を授けたそうだ。それが、自分たちの手足代わりになるモンスターの飼育と使役方だったという。
「戦の強い国は情報の有用性に無頓着なところがある。対して戦が弱い国は、戦いを避けるためにも情報戦に長けているものよ。儂はもう自ら戦は仕掛けない、静かに生きていくというザナクト人を信じたのじゃ」
「そう、でしたか……いえ、私達も今こうしてタケル様のお力を借りているのですから、ザナクトの民ばかりを責めることはできませんね」
口ではそう言っているが、レイリィ王女も複雑そうだった。
「そのとおり。彼らは試行錯誤をして、術者の魔力を魔物族に付加することで、ある程度の意思疎通と視覚の共有を可能とした。通常はエルグルゥが空を、レイザードが地を偵察するのじゃが…………」
オクタヴィアが突然押し黙った。
ふむ、と小さな体で腕を組んで、何事かを考え込んでいるようだった。
「どうしました、オクタヴィア。お腹が空いた、なら、飴をどうぞ……」
今までの話しを聞いていたんだかいないんだか、ずっと無言だった前オクタヴィアがスッとキャンディを差し出した。てっきり突っぱねるかと思いきや、オクタヴィアは素直に真ん丸キャンディを口に入れた。
「ふむ……(カラ)、なるほど(コロ)……そういうことか(ガリ)!」
口の中で飴を噛み砕く音がした。
「レイリィ王女よ、確か近々
「ええ、そのとおりです」
「議題には当然、直近の懸案、聖都跡の呪いの件も話し合われるはずじゃな?」
「はい」
首肯する王女に得心したとばかりにオクタヴィアは説明する。
「ヒトが立ち入ることができぬ呪いの坩堝と化した聖都に、ザナクト――タニア連峰王国は数多くのエルグルゥとレイザードを投入したことじゃろう。少しでも自分たちに有利な情報を得るために、王都をさらに糾弾するために」
『それじゃあ、あの巨大モンスターってまさか?』
おいおいマジかよ。僕は驚愕の声を上げていた。
「唯一の目撃者であるお主の言葉どおりなら、聖都の中心には呪いを吐き出す巨大な大開孔があるそうじゃな。そこを目指して呪いに倒れていった魔物族たちの成れの果ての姿やもしれん……」
オクタヴィアの出した結論に、その場の全員の顔がこわばった。
あまりに荒唐無稽。あまりにも常識の埒外。
聖都の呪いは生きとし生けるものの細胞を破壊する。
それがどうしてあんな醜くて巨大な姿へと変貌することになるのか――
『イリーナ、お前はどう思う? 本当にそんなSFじみたことが起こると思うか?』
「いや、思うかどうかじゃなくて、もう現実としてあると、それを最初に認めるべきだと思うわよ」
イリーナは手元のパソコンをクルリと反転させ、僕らの前に指し示した。
彼女が急ぎ、放射線シールドを施して緊急発進させたドローンは、数時間の飛行を経てついに聖都跡上空へと到達していた。
「おお〜っ!」
全員が感嘆の声を上げた。
それは地球の文明の利器を通じて見る初めての遠隔映像。
不鮮明ながら瓦礫に埋め尽くされた聖都の元市街地と、そしてすり鉢状に窪んでいく爆心地跡が見て取れる。
カメラに映し出される俯瞰映像は、暫くの間何もない漆黒の大地を写していき、やがて、爆心地の中心――
『これは……!』
そこにはあり得ざるものが鎮座していた。
怪獣と、一言で言ってしまえばそれに尽きる異形の巨大生物。
まるで巣穴から顔を出した魚類のように、ツルリとした体毛のない表面にはしかし、夥しいまでの目鼻のようなものが見て取れる。
そう、まるで聖都の呪いによって朽ち果てていったすべての
そんな醜悪で凶悪な姿をモニター越しに見て、レイリィ王女やアイティアは完全に恐怖に震え、涙さえ流していた。
「とても信じられん……こんなものが現実に存在するなど……!」
王女を支えるエミールの言葉は全員の心情を表していた。
「通常、被爆した体細胞は破壊され、生物としての生理機能を失い、最後は死ぬしかない。でも、ヒトの手によって、幾度も改良を施されたエルグルゥとレイナードというモンスターは、環境に適応する能力が極端に高まっていた可能性がある……」
誰もがイリーナの仮説に耳を傾けていた。
たとえそれが正解からは程遠いものだったとしても、なんらかの理由を当てはめ、あの巨大生物が現実に存在するのだと、僕らは受け止めなくてはならないからだ。
「呪いによって死を待つしかなかったモンスターたちは、
『あの姿が進化だっていうのか?』
「進化としかいいようがない。何故ならこいつは呪いにも決して負けない強い身体を現に手に入れているから」
破壊される体細胞。
破損するDNA。
もはや正常な姿形など保てるはずもなく。
それでも生きていくためには、身体をより大きく、強くして行かなくてはならない。
「前に言ってたよね、聖都の地下には魔原子炉があったって。それは地脈と呼ばれるものとも密接につながっていたって」
ならば、突然変異を起こし、自己増殖を始めたモンスターの体細胞は、地脈から得た星のエネルギーをも吸い上げ、アレ程のサイズにまでなってしまったというのか。
「なんということでしょう……もう、世界は終わりです」
無感情に告げたのは前オクタヴィアだった。
一切の感情が込められていないが故に、その言葉は誰しもの心にストンと落ちた。
『確かに、俺の剣でもどうしようもねえな』
「生半可な魔法も通用せんじゃろうなあ」
「そんな……!」
アズズとポコス爺さんは決して悲観して言ったのではない。厳然たる事実を告げただけだ。だがアイティアが絶望するには十分だったようだ。
「タケル様……本当にもう、私達はおしまいなのでしょうか」
レイリィ王女が僕を見上げる。
目尻から堪えていた涙がポロポロと溢れる。
僕はそんな彼女を正面から見据えて言い放つ。
『いや、全然。僕たちがやることは変わらないよ』
えっ!? と、全員弾かれたように顔を上げた。
イリーナだけは「まあ、そうよね」とつぶやいた。
『正直、大開孔を塞がれているのが邪魔なだけで、あの化け物さえどうにかできれば、あとは作戦通りに浄化作業をするつもりだよ。な、セーレス、エアリス』
「そうだね!」
「問題ない」
僕に呼ばれてセーレスは嬉しそうに、エアリスはふんぞり返って返事をする。
そんな僕らにアズズとポコス爺さんが一斉に食って掛かってきた。
『おいおいおい、聞き間違いか? おめえはこのデッカイ
「ヒト種族の歴史を紐解いても前例のない究極の巨大
『まあ、銚子沖の
「そりゃあ、全長10キロの空中要塞に比べたらそうだけど……ああ、私も自分で言っててバカバカしくなってきた」
はあああ、とイリーナは息を吐き出し、ブキっと自前のゼリー飲料を開栓して飲み始めた。みんなはどうやら、ついに僕の正気を疑い始めたようで、パルメニさんとソーラスなどは痛々しいものを見る目で、アイティアは鼻の頭を真っ赤にして、オクタヴィアは妙に生暖かい視線を僕に送っている。
「ちょっとちょっと、みんな諦めるの早すぎだから! お父様はもっとすごい化け物だってやっつけたことあるんだから!」
「……だから」
セレスティアとアウラという精霊娘たちの援護射撃を受けて、ようやく皆が僕を正面から見据える。それでもまだ半信半疑という感じではあったが。
『当初の作戦はこうだ――』
僕の考えた聖都跡の浄化作戦。
フェイズ1、エアリスとセーレスの魔法によって、雨雲を起こし、聖都周辺に大雨を降らせる。
フェイズ2、エアリスの起こす竜巻によって、汚染物質を一纏めにする。雨を振らせたのは、汚染物質の飛散を抑制するため。
フェイズ3、大深度地下に突入した僕が聖剣の力を開放し、原因となる放射性物質を根こそぎ暗黒の宇宙へと吸引する。
フェイズ4、聖都のさらに北に位置する
以上、これら4つの工程を経て、聖都の浄化を完了させる予定なのだ。
あの巨大モンスターがいることで、手間は確実に増えてしまうが、まあ大筋に変更はない。
むしろあの怪獣が汚染物質を吸収してくれていればだいぶ手間が省ける可能性がある……。
「変更はないって、本当ですか龍神様。無理してませんか? ごめんなさいするなら多分今のうちですよ? 私も一緒に謝りますから……!」
なんだろう、アイティアにそんな哀れんだ目を向けられるとすっごく癪に障る。ムカつくから頭を撫でておこう。ついでに猫耳も触っちゃえ。
「ふわっ!? 龍神様!?」
『大丈夫だアイティア、僕を信じろ……!』
なんてガラにもなく熱血キャラを演じてみる。
この中で当事者以外、地球でのサランガ災害の顛末を知っているのはイリーナだけだ。みんなが不安に思うのはしょうがない。ならせめて僕だけでも自信を持たなくては。
「龍神様……」
なんだかアイティアの様子がおかしい。
熱に浮かされたみたいに真っ赤になってきている。
慣れない黒炎の魔法を使ったことで疲れているのかな?
「わ、私はもとよりタケル様を信じています!」
突然僕とアイティアの間に割り込んできたのはレイリィ王女だった。
その瞳は怖いくらい真剣味を帯びていて、こっちがのけぞるくらい気合満々だった。
『ありがとうございます。必ず期待に応えてみせます』
「ええ、ですからその……」
王女は頬を染めながらもじもじとしていた。
猫耳をコシュコシュされて「ほえ〜」なんて声を漏らすアイティアと僕とをチラチラ見ている。一体どうしたというんだろう。
「タケル様の意地悪……!」
「何故!?」
レイリィ王女はツーンと唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。
僕何か機嫌を損ねるようなことした?
「はいはい、そこまで」
パンパンと手をたたき、イリーナがまとめに入った。
「いつまでもイチャついてないで行くんならさっさと行きなさいよ!」
「別にイチャついてはないだろう」
「うわ」
「本気ですか」
僕の発言はパルメニさんとソーラスには不評だったようだ。冷ややかな目を向けられてちょっとショックだった。
と、その時、再び地震が起こった。
僕らは慌ててテントの外に出ると、ダダダダーンッと、今朝に比肩するほど大きな揺れが襲いかかる。兵士や避難民たちはとても立っていられずその場にしゃがみこんだ。
「これは……不味いぞい!」
ポコス爺さんが珍しく叫んだ。
彼が見つめる先には、はるかな距離を隔ててミュー山脈が見て取れる。
それが、今は真っ赤に染まっていた。山全体を炎の魔素が包み込んでいるのだ。
それはかつて未遂に終わった僕の凶行を彷彿とさせる光景。
ミュー山脈は、僕たちが見守る中、ついに大噴火を起こした。
噴煙とともに重しになっていた岩盤が吹き飛び、周囲に落石となって降り注いでいる。
まるで間欠泉のように溢れ出したのはマグマ。
それは火砕流を発生させ、山肌を滑り、麓目掛けて一斉に雪崩始めた。
『真希奈、来い!』
『畏まりました!』
僕は炎を吹き上げまるでロケットのように飛び上がった。
はるかな距離を隔てているとはいえ、ミュー山脈の大噴火はとてつもない規模だ。
大きな放物線を描いて、巻き上げられた岩盤や噴石が雨のようにドーリア駐屯地にまで降り注ぐ。
ここには僕らだけではない、一般の兵士たちや避難してきたアクラガスの住人たちもいるのだ。彼らを守らなくては――
『
『虚空心臓内、
それはいつかの再現。
空爆をしようとしたSu−34戦闘機から市街地を守るため、当該地域の上空全てを
今行うのはそれと同じこと。
突如としてドーリア駐屯地上空は色鮮やかな極彩の雲に覆われ、降り注ぐ炎をまとった噴石はそれに触れた途端、次々と爆破され――あるいは炎の魔素を抜き取られ、細かい石になって地面に降り注いでいく。
さらに僕はミュー山脈の北側――山肌を伝い、麓に押し寄せようとしていた火砕流の前に立ちはだかる。
火砕流は、高温のマグマの破片が気体と混合して一気に流れる現象である。溶岩流、土石流も危険だが、より緊急対処を要するのがこの時速100キロを超える土砂移動現象である。
『開門』
抜き放たれた無垢なる刀身を大上段から振り下ろす。
パックリと口を開いた暗黒が、周囲の地層を巻き込みながら、迫り来る火砕流を、まるで掃除機のように吸い込み始めた。
聖剣が開く先は無明の大海。
あらゆる物質の存在を許さない暗黒の宇宙。
マグマだろうが火砕流なんだろうが、その宇宙に囚われた瞬間、即座に形を失い無へと還っていくだけである。
まだだ、さらにダメ押しを――
『土の魔素よ――』
ヒルベルト大陸とヒト種族の領域を隔てるテルル山脈は、たったひとりの男が作り出した。その男、ディーオ・エンペドクレスの伝説をなぞるように、僕の呼びかけに集った真黄の魔素たちに呼びかける。
『新たな尾根と化し、以て炎を防ぐ盾となれ――!』
僕のイメージした形を真希奈が翻訳し、土の魔素へと語りかける。
大きく盛り上がった岩石群が、次々と並列し連なっていく。
僅かな間に周辺地形は急変し、なだらかなUの字を描く城壁が完成する。
とりあえずこの城壁があれば、土石流や溶岩流がドーリア駐屯地に迫るのを防いでくれるだろう。
『だけどあんまり時間はないな……!』
見上げるミュー山脈は、未だに噴火を続けている。
なんとかしてあれを止めないと。
「タケル!」
頭上から降りかかる声。
見上げた先には神像――ラプターに騎乗したセーレスとセレスティア、さらにアウラを伴ったエアリスが舞い降りる。
「レイリィ王女からの要請だ。この噴火の勢いでは南側、王都の方が危ないと。貴様はまずそちらの救助を優先するのだ」
『わかった。エアリスたちはどうする?』
「私達は先に聖都に向かうよ」
『お前たちだけでか!?』
迷いのないセーレスの言葉に、僕は思わず聞き返していた。
「貴様が来るまでの間に周辺の浄化と、あの化け物――エルザドンは片付けておく」
僕はガクッと全身から力が抜けるのを感じた。
『おい、なんだそのエルザドンって……?』
「無論、あの巨大な
「イリーナがつけたんだよ。『エルグルゥ』と『レイザード』だから『エルザドン』だって」
「エルザドン! エルザドン!」
「エルザドン……いい……!」
『うん、気に入ってるならいいんだけどね』
ホント、死ぬほどどうでもいいけどね。
「だからタケルは、まずヒト種族たちを助けてあげて」
その力強い願いに、はたとセーレスを見る。
彼女は満面の笑みを浮かべ、エアリスは絶対の信頼を宿した瞳で僕にうなずいた。
迷っている暇はない。
こうしている間にも、渓谷を伝い、火砕流や溶岩流は王都へと流れ込もうとしているのだ。
『わかった。ふたりとも無茶はするなよ。アウラ、セレスティアもお母さんたちを助けてくれ!』
「うん……!」
「任せておいて!」
四人に向けてひとつ頷くと、僕は風と炎を纏い、急上昇する。
噴火雲を遥かに越えて上昇し反転、彗星となって一路王都を目指すのだった。
続く。
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