第344話 北の災禍と黒炎の精霊篇3⑦ 最期はせめてヒトらしく〜ポコス爺さんの素朴な疑問

 * * *



『オーライ、オーライ、オッケー! ストップだイリーナ!』


 町の正門前にトラックが停車する。

 荷台の物資はすでに町中に下ろしてある。

 空っぽになった荷台には、これから大量の遺体を載せて、町外れで火葬を行う予定なのだ。


「ふいー。待ってる間お尻固くなっちゃたわよ」


 イリーナはそう言いながらバタン、と運転席から降りてくる。お尻をさすってはいるが、実際はアクア・ブラッドに保護されてるのでお尻が痛くなることなんてないはずだ。ようするに「私を待たせるなんて何様?」と言いたいのだろう。やれやれ。


「他になにか手伝えることは? この際だから肉体労働もして上げるわよ」


 生まれてこの方キータイプくらいしかしたことがない天才少女様が殊勝なことを言う。だが『あの光景』を見れば無理もないかもしれない。イリーナが見上げる先には、まとめて放置するしかなかった町民たちの遺体が山のように折り重なっていた――


 まるで時を止めてしまったかのようなキレイな遺体もあれば、外部被曝により肌を爛れさせたものや、ごっそりと頭髪の抜け落ちたものまで、さまざまな死相が存在する。


 聖都が崩壊してから、アクラガスの町にはたまたま難を逃れた信徒たちが雪崩込んだという。だが彼らはみなすべからく被爆しており、次々と生命を落としていったそうだ。その死に様を見るに、これは恐ろしい呪いの類に違いなと誰もが思ったという。


 最初は町外れに大きな穴を掘り、遺体をそこまで連れて行って処分していたそうだが、作業に従事していた者までも息絶えるようになり、人手不足から町の片隅に遺体をまとめて放置するしかなかったそうだ。


 ここに積まれている遺体はまだ比較的新しいものであり、腐り始めるまで、動けるものが少しずつ町外れまで運んでいたようだ。


 若く活発に動いていたものほど、外で放射性物質に触れる機会が増えるため、外部被曝してしまうリスクが高まる。実際もう町には年寄りと女子供ばかりしか残っていないみたいだ。


 そんな労働力不足に陥った町に、たまたまやってきたのが『カフラー野盗団』だった。


『カフラー野盗団』――ヒト種族の間ではかなり名の知れた犯罪者集団であり、冒険者組合から懸賞金もかかっている犯罪者集団である。


 魔法世界マクマティカに於いて、魔法に継ぐ強力な武力・弓矢を全員がハイレベルで使いこなすことができる野盗団である。


 だが、彼らはその高い実力により慢心していた。

 その結果、全滅の憂き目に遭ったのである。


 なんと彼らは聖都跡に火事場泥棒にでかけたのだ。聖都は飛ぶ鳥である王都を蹴落とす勢いで発展を続ける大都市だった。その内部には信徒しか使うことが許されない、門外不出の魔法アイテムが在ると評判だった。


 魔法を使わずとも光る玉――電球。

 捻ればお湯が出てくる蛇口――電気式湯沸かし器。

 食料を冷たくして保存できる箱――冷蔵庫。


 それらはどれをとっても最高のアーティファクトであり、万金を積んででも欲しいという商人や貴族はごまんといた。


 かねてより窃盗団や野盗の間では、聖都へと侵入しそれらのお宝を盗み出すことが課題とされていた。だが、聖都の外苑は巨大な城壁で覆われており、入出は厳しく監視されていた。


 そんな彼らが待ちに待った報告が、聖都消滅の報だったのだ。

 これ幸いにと聖都に出かけていった彼らだったが、目論見は完全に裏目に出てしまう。


 立ち上る光の柱。直後に空を覆う黒雲。

 城壁の向こうは炎が燃え盛り、近づくことなど不可能。

 せめて火の手が収まってから、使えるお宝がないか瓦礫を漁ろう。


 そうこうしているうちに黒い雨が降り始めた。

 カフラー野盗団にとっては恵みの雨などではなく、文字通り死の雨となった。


 次々と倒れ、絶命してく仲間たち。

 全身に付着する黒い泥。触れた素肌がやけどのように変色した。

 これはただごとではないと、怖いもの知らずのカフラー野盗団は恐怖した。


 彼らは逃げた。聖都お宝を前にして撤退した。

 だがその途中にも馬は息絶え、仲間は死に、次第に数を減らしながらたどり着いた先には町があった。


 それがアクラガスの町だった。助かったと安堵したのもつかの間、町民たちは冷たかった。聖都から呪いを運んできた者として、彼らを見殺しにしようとしたのだ。


 当然といえば当然の報いに、カフラー野盗団は死を覚悟した。だが、町長であるセトト・アンテフ氏だけは彼らを見捨てなかった。


 町に入れるために「彼らは聖都の様子を探るために自分が雇った冒険者だ」と嘘までついてくれた。


 ヒトの世の情けを知った野盗団はその後、町長の恩義に報いるべく、生き残ったものたちで自発的に町の警護を買って出るようになったのだった……。



 *



『よーし、積み込みを始めるぞ』


 ウィース! と威勢のいい声が上がる。

 僕の前には全員鋭い目つきの男たち――カフラー野盗……おっと。カフラー野盗団の面々がいる。全員で二十名にも満たない彼らだが、数百体ある遺体の積み込みを買って出てくれたのだ。


 脱毛や肌に被爆痕などは残ってはいるが、全員セーレスの治癒のお陰で、命の危機からは脱することができた。


 あの後――町の警護を行っていたカフラー元野盗団に誤解され襲われた後、僕らは救援にきたのだと告白して事なきを得た。


 何が誤解って、普通救援部隊と言えば、町の規模に合わせてもっと大所帯になるものだし、王都の正規兵の装備を僕らはしていない。何より彼らは遠くに停めたラプターとトラックを攻城兵器の類だと思い込んでいた。


 一キロほども離れていたのに、彼らは全員優秀な弓兵でもあるため、それらをバッチリ視認し、全力で僕らに牙を剥いてきた。こんなことなら魔法で隠蔽しておくべきだと思ったが後の祭りだ。


 セーレスによる治癒魔法は効果絶大だった。

 彼らは呪いさえ癒やすセーレスの姿に驚嘆と感謝を繰り返し、最後は涙まで流していた。


 そして現在セーレスはセレスティアと一緒に町の中に入っている。ラプター――神像を従える水の精霊魔法師として、重傷者の治療と、家屋に取り残された遺体の確保をアズズ、そしてパルメニさんと一緒に行っている。


 現在、セーレスが行っている治療は一時しのぎに留めている。

 何故なら、この町にいる限り、新たな放射性物質は飛来するし堆積するからだ。


 現在、エアリスが風の魔法を大規模に展開し、町の上空に結界を張ってくれている。この結界は気流を操作するもので、聖都から放射性物質がやってきても、町に降り注がないようコントロールしてくれるという優れものだった。だがこれも町の人々を避難させるまでの対処療法というのが実情だ。


 セーレスの治癒魔法でヒトを、そしてエアリスの浄化の風で町そのものを除染することは可能だ。だが、それだけでは根本的な解決にはならない。そのため、町民たちにはアクラガスから避難してもらい、その間に聖都跡の浄化を急がなければならなかった。


 ――とはいえ、まずは目先の作業を終わらせる必要がある。

 僕は脆くなっている遺体を気をつけて抱き上げながら、トラックの荷台の側へともっていく。そこには元野盗団の団員たちが、できるだけ無駄なく、けれども傷めないように気をつけながら積載作業をしている。


 彼らの指揮を執っているのはまだ年端の行かない幼い少女だ。

 テティ・アンテフ。歳は13になったばかりだという。

 町長であるセトト・アンテフの一人娘であり、セトト氏は娘を残し、ひとりドーリア駐屯地へと救助要請に向かい、その後死亡が確認されている。


 野盗団を改心させるほどの懐の深さを持ち、たったひとり、死の荒野を行軍し、町の危急を知らせた英雄とも言うべき人物だ。彼の要請がなければ、救援物資の配送もなく、町民は餓死していただろう。


「ほらアイティア、もっとしっかり持って。ああ、ダメダメ、死んでるからって怖がっちゃダメだよ。もうこの世界とはお別れするヒトなんだから、優しく、丁寧にね」


「う、うん、わかった……!」


 死が充満する陰惨な現場に似つかわしくないふたり。

 ソーラスとアイティアだ。

 ふたりは今、頭と足を持って、遺体を運んでいる最中だった。


 それぞれ赤猫と黒猫という獣人種である彼女たちは、ただでさえ特徴的なケモミミのお陰で注目を集めていた。


「いいかいアイティア、死んじまったらみんなおんなじ屍なんだ。そこには老いも若きも男も女もないんだ。しかも今回は聖都の呪いのせいなんていう、自分たちの力ではどうしよもないもののせいで死んでしまった。せめて私達くらいは怖がらず、温かな気持ちでいてあげようよ」


「そ、そうだね……、私もね、ソーラスちゃんと一緒に色々なヒト種族の町を歩いたけど、結局獣人種となんにも変わらない、普通の優しいヒトたちなんだってわかってるよ。だから、このヒトのことも怖くないよ」


 なんだか健気でいじらしい会話だと思った。

 元野盗団の面々は、そんなふたりの話を聞きながら、ピクピクと事あるごとに動くケモミミに注目している。気になるか。僕もだ。僕も気になるぞ。


「はい、おじさん、このヒトお願いね」


「お願いします」


「あ、ああ……」


 ふたりはトラックの荷台に乗り上げていた元野盗団の男に遺体を渡す。顔を赤くして、目をそらした彼は仲間ウチから冷やかされている。そんな様子を、同じく荷台の上で仏さんの衣服の乱れを整えていたテティ嬢が微笑ましそうに見ていた。


『なあ爺さん』


「……私は仮にも宮廷魔法師の最高位であって爺さん扱いは……まあええ。で、なんじゃタケル・エンペドクレスよ」


 土の魔法で足元や体幹を強化しながら、えっちらおっちらと遺体を抱きかかえていたポコス爺さんは、ふいーっとため息をつきながら僕を見上げた。


『この町のヒト種族、当初僕が思っていたよりもずっとフレンドリーなんだけど?』


「まてまて、今なんと言った? 『ちきゅう』の言葉が混ざっとらんか?」


 おっといけない。失敬失敬。


『随分友好的なんで驚いてるんだけど、ここは人類種神聖教会アークマインの信徒だらけじゃないのか?』


 王女が同行を志願したのも、魔族種と獣人種だけの救出チームだけだと反発を招きかねないから――だったはず。


「確かにその懸念はあった。じゃが、先程テティ嬢の話を聞く限り、人類種神聖教会アークマインの信徒は、無謀にも聖都を目指して行ったらしいのう」


 そうなのだ。アクラガスの宿場町に集まった審査待ちの信徒たちは皆、聖都消滅の報を信じられず、聖都を目指して旅立ったというのだ。


 無論町長は止めたが、それでも行くという者たちを抑えきることはできなかった。そしてその者たちは皆、聖都にたどり着くまでに死んでしまったことだろう。


『じゃあここにいるヒトたちってのは、人類種神聖教会アークマインとは関係のないヒトたちなのか?』


「いいや、そうとも言い切れん。関係者は関係者じゃ」


『どういうことだ?』


 僕らは遺体をそれぞれ元野盗団のメンツに渡しながら次なる仏さんの元へと急ぐ。遺体を傷つけないよう、かつ効率よく載せているのだが、あと何十回も往復はしなければならないだろう。日が暮れる前に終わらせなければ。


「この町は元々人類種聖典教会アークホリストの拠点じゃった。人類種聖典教会アークホリストこそ、開祖ハーン初世が立ち上げし原点教なのじゃ。そこから派生するように人類種神聖教会アークマインが立ち上がり、あっという間に勢力を拡大していったのじゃ」


 そしてポコス爺さんは「ここだけの話、私はあの教皇クリストファー・ペトラギウスの排他的な姿勢は気に入らんかったが、その政治手腕だけじゃ認めておったんじゃ」と囁いた。


 なるほど。

 教皇クリストファー・ペトラギウスはアダム・スミスの傀儡だった男だ。ヒト種族の中に選民思想を植え付け、他種族を排斥することで優越感を抱かせ、狂信者を増やしていったその手腕はすべて、アダム・スミスによるものだ。


 恐らく敬虔な人類種聖典教会アークホリストの信者を抱き込むよりも、暖簾分けしてもらって新しい思想の宗教を立ち上げた方が都合がよかったのだろう。


『じゃあ、人類種聖典教会アークホリストっていうのは?』


「元々他部族や他種族に対しての罪の意識から出来た宗教じゃ。当然他種族を排斥する考えはない。恐らくこの町に古くからいる町長の娘さんなら敬虔なる人類種聖典教会アークホリストの信徒じゃろう」


 その言葉を聞いて、僕は内心で胸を撫で下ろした。

 どうやら王女の威光を使ってアイティアたちを守らずに済みそうだったからだ。


「それよりものう、私の方からもお前さんに相談があるのじゃが」


 再びそれぞれ遺体を抱きかかえ、トラックまで運ぶ道中、ポコス爺さんは僕に耳打ちをしてきた。


「お主はアレか、風と水の精霊魔法使いとは結婚しておったりするのかの?」


『はあ?』


 話が途端に生臭いものになった。

 日本の老人ときたら、男と女を見ればあけすけに関係を聞いてきたり、「赤ちゃんはまだ?」みたいなプライベートな質問までしてくるが、どうやらこの世界でもその辺は同じらしい。


『いや……でも大事な家族だと思ってる』


「内縁関係にあるということかの?」


『そういう制度を利用して関係を構築したわけじゃない。いうなれば長い旅や戦いを経て今の形に収まっているんだ』


 セーレスは僕のことをこの世界で最初に助けてくれた女の子で、エアリスはそんな彼女を救うため側で支えてくれた女の子だ。魔法世界マクマティカ帰還後の僕の行動原理の中心には常にふたりがいるほど大切な存在だ。


「好きか嫌いかで言ったらどうなんじゃ?」


『嫌いだったら一緒にいるわけないだろうが……ってなんの話だこれ?』


 これがイヤらしそうな顔を浮かべてニヤニヤ聞いてくるなら突っぱねてもやるのだが、ポコス爺さんはえらく真面目そうな顔をして質問をぶつけてくる。なんかやりにくいな……。


「アウラ様やセレスティア様にも随分懐かれておるようじゃし、あの黒猫族こくびょうぞくの娘も炎の精霊を顕現させたそうじゃな」


 ポコス爺さんは息を合わせながら遺体を運搬するソーラスとアイティアを眺めながら言う。


「あの子も確かお主の庇護下に入るんじゃったかの?」


『そうだ』


 アーガ・マヤの町に被害を出した精霊・モリガンを体内に宿すアイティアを抱えることは、ラエル・ティオスには荷が勝ちすぎる。


 その点僕ならば、実力でモリガンを押さえ込むこともできるし、同じ存在である精霊が三人もいる。彼女らを通して力の使い方を学ぶことは、アイティアにとってはいい勉強になるはずだ。


「ふーむ。そうかそうか。ときにタケル・エンペドクレスよ」


『さっきから質問が多いな。何なんだよ』


 僕は若干ウンザリしながら、元野盗団に遺体を引き渡す。

 ふたりして踵を返しながら、「えっほえっほ」と協力して遺体を運ぶアイティア・ソーラスとすれ違う。


「うちのレイリィ王女のことをどう思う?」


「うひゃあ!」


 ビックリして振り返れば、遺体の頭を抱えたままアイティアが尻もちをついていた。


『どうした、大丈夫か?』


「は、ははは、はい! ごごご、ごめんなさいです、ご遺体を乱暴に扱ってしまってへっ……!」


 アイティアは何故か僕から目を逸しながらまくし立ててくる。その顔はなんだか赤くなっていた。


『いや、よく落とさなかったな。エライぞ』


 手を貸して立ち上がらせ、その肩をポンポンと叩いてやる。


「え、あ、……えへへ」


 青い顔をしていたアイティアは途端嬉しそうに頬を緩めた。


「アイティア〜?」


 足の方を抱えていたソーラスは半眼になってアイティアの名前を呼ぶ。


「ご、ごめんなさい! りゅ、龍神様、失礼しました! どうぞお話を続けてくだしゃい!」


 しゃい?

 アイティアたちはそそくさと行ってしまった。

 なんだったんだろうね。


「ふむ、やはりのう……」


 アイティアの様子を終始観察していた爺さんは、蓄えた顎髭を撫でながら真面目な顔でコクコクと頷いている。


『それで、なんの話だっけ?』


「あれじゃ」


 そう言ってポコス爺さんが指を指す方向、そこにはレイリィ王女とエミール、そしてイリーナと真希奈がいた。


 三人+一体は重なり合った遺体を、僕達が運びやすいように一体一体に選り分ける作業をしている。三人の中で一番力があるのがエミールで、ふたりはそのサポート役だ。しかしイリーナはすごい。コミュ障だった僕とは違い、相手が王族だろうが目上だろうが、あっという間に仲良くなってしまう。


 当初懸念していた遺体に対するショックも、イリーナは軽い感じで、「アンタはさっさとこっちの世界に戻ったから知らなかったでしょうけど、サランガ災害後の日本じゃ、割りと日常風景だったのよ?」と言い放った。いやはや、大したものだと思う。


 それに対してレイリィ王女はというと――


『ちょっと気負いすぎてて心配ですね、彼女は……』


 そうだ、今は何でもない風に作業をしている王女だったが、その顔には時々影が差すのに僕は気づいていた。


 ここは王女が得意としていた華やかな社交界でも外交の場でもない。

 もっと泥塗れで、埃っぽく、血なまぐさい現場なのだ。


 聖都の呪いに関して、ハーン王家には一切なんの咎もない。

 だが権力者であるがゆえに、その責任を取らされる立場にある。


 僕らの中の最高指揮官であるレイリィ王女は、その肩書きのせいで、必要以上に自責の念に駆られているように見える。


 最初、セレスティアなどは魔法を使って、効率的に遺体を運搬しようと言い出した。だがそれに異を唱えたのはレイリィ王女だった。


 呪いのせいで誰からも看取られることなく、孤独に果てた遺体を、せめて最後のときくらいは穏やかに、ヒトの手で篤く弔ってやりたい、とそう申し出たのだ。


「えー、めんどくさいー」とセレスティアは文句タラタラだったため、セーレスの治療の後ろにくっついていってしまった。もちろん王女は気まぐれを起した精霊様を責めることなどせず、もちろん私も手伝いますと健気に名乗りを上げたのだった。


『もう少し肩の力を抜けばいいのにと、思うときがありますね。まあ、僕もエストランテではそんな王女の誠実さや生真面目さに助けられた口ですが……』


 彼女のひたむきな気持ちを利用し、自分たちが用意したドルゴリオタイトの宝飾品を献上品にさせてもらった。あまつさえ、命が関わるようなデモンストレーションにまで付き合ってもらった。


 そんな彼女への大恩に報いるために、僕は約束をした。

 ヒト種族では手に余る聖都の呪いを浄化すると。

 レイリィ王女もまた、僕に信書を託し、再会をお待ちしていますと言ったのだ。


『きっと彼女は心の奥底では孤独なんじゃないのかな。エストランテでは他国の王女たちと友達になれたとはしゃいでいた。逆に王都に帰れば、心を開ける対等な相手がまったくいないのではないのかも……』


 エミールとは幼馴染のようではあるが、やはり身分の違いからお互いに一線を引いているところがある。やはり同じ身分か、あるいは同等以上の存在――エアリスやセーレスみたいな精霊魔法使いでもない限り、真の意味で王女は甘えたり頼ったりすることは難しいのだろう。


 ――などということを遺体を運びながら聞かせて見れば、おや、隣を歩いていた爺さんがいない。振り返るとポコス爺さんは足を止めて、渋い顔をして僕を見ていた。


「お主、そこまでの観察眼を持ちながら、何故自分のことには――」


 ため息とともに大きく首を振る爺さんを訝しみながら、僕は黙々と遺体を運び続けるのだった。


 続く。

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