第343話 北の災禍と黒炎の精霊篇3⑥ 少女と野盗共は呉越同舟〜庇い合うは美しきかな

 * * *



「王女、私の後ろに!」


 死体の腕を抱いたまま、レイリィ王女はエミールの背後へと庇われる。

 その間にも、屋根の上からの狙撃は続いている。

 だがその悉くを、セーレス、パルメニ、ソーラスの三名が撃ち落としていた。


 ソーラスは獣人種らしく、その圧倒的な運動能力と反射神経を以て、飛来する矢を、両手の短剣だけでなく、振り上げた足も使い、撃ち落としている。


 一方、パルメニさんの動きは対称的だ。

 抜き放った刀を、最小限の動きで切り払い、迫り来る矢をまとめて何本も叩き伏せている。


 ソーラスが激しい『動』の動きとするなら、パルメニさんは理合いを追求した『静』の動きといえる。


 そして、セーレスはと言うと、その場から一歩も動くことなく、雨のような矢の一斉射を受け止めていた。髪の一部を水精の蛇に変化させ、金色と藍色の鮮やかなグラデーションを纏った蛇が、降り注ぐ矢を全てキャッチしているのだ。


 十本打ち込まれれば十匹の蛇が。

 二十本打ち込まれれば二十匹の蛇。

 三十、四十、五十と。


 翼を広げた孔雀のように、水精の蛇がどんどん放射状に広がっていく。

 その蛇の口には全て、撃ち込まれたはずの矢が咥えられている。


 やがて、何か様子がおかしいと気づいた狙撃手たちが手を止めた。

 あれに見えるのは一体何だ!? と恐慌を来たしていることだろう。


「タケル、これどうしよう、全部返しちゃっていい?」


 ニコっと満面の笑みを浮かべてセーレスがそう言うと、うちの誰かが「ヒッ」と悲鳴を漏らした。エミールかな?


「お、お待ち下さいセーレスさん、私たちは救援に来たのです。戦いにきたわけではありません!」


 レイリィ王女が慌てた様子で止めに入る。仏さんの手はまだ胸に抱いたままだ。


「えー、でもぉ、最初に仕掛けてきたのはあっちだよ。こっちが助けに来たんだって、おまえらより強いんだってわからせないとどうしようもないんじゃない?」


 王女に異を唱えたのは、なんとセレスティアだった。

 今までセーレスの真後ろにいて、水精の蛇を駆使して矢を捕らえ続ける母の姿を「はは、上手上手、お母様!」と手を叩いて大喜びしていたのだ。


 そんな一見無邪気で愛らしい少女の好戦的な物言いに、王女は絶句した。

 最近すっかり忘れていたが、元々セレスティアは非常に戦い好きで容赦のない性格なのだ。


 子どもが虫の手足を引っこ抜く感覚で、彼女は笑いながら残酷なこともできる。母であるセーレスが目覚め、本人も精神年齢にふさわしい見た目になったことでここしばらく落ち着いていたが、戦いを目の前にするとどうしても好戦的になるのだろう。


『取り敢えず、全員反撃は禁止。やりすぎちゃうからね』


 僕がそう言うと、アズズなどは『なんでぇ、詰まんねえの』とボヤき、セーレスもキャッチしていた矢を一纏めにして、水精の蛇を解除した。カン、カラカラ……ザザザザザッ、とおびただしい数の矢が地面に落ちて、ソーラスとパルメニさんが目をむいて驚いていた。


『でも王女、話し合いの席に着いてもらわないとどうしようもないのは本当だと思う。このままただ近づいてもまた攻撃されるぞ。どうする?』


 僕が鬼面越しに目を向けると、王女は懊悩するように瞼を伏せ、深く深くため息をついた。


「わかりました。あくまで自衛のためということで、脅威になる者のみを無力化してください。なるべく怪我をさせないように」


『了解した』


 言うなり僕はボッ、と飛び上がった。

 風をまとい、炎を吹き出し、町を大きく見下ろす高度まで上昇する。


 ――辺り一帯には荒涼とした赤茶けた大地が広がっている。

 目を向ければ、遥か向こうにはうっすらと聖都跡が見える。

 呪いの源――放射性物質は、未だにあそこから流れてきているのだ――


『弓兵、並びに剣で武装した脅威目標を多数捕らえました』


 真希奈の声で引き戻されながら、改めて眼下の町を見やる。


『全員マークしててくれ。左から順番に行く』


 僕は上空でくるりと反転、広げた両手の先に防風殻シェルプルーフを展開して進入角度を調整、突貫を開始する。


 町へと垂直に落下し、建物にぶつかる直前で水平飛行に移行。

 刹那を切り取った僅かな時間で、弓を構えた敵――いずれもフードを目深く被った――三名の姿が僕のすぐ目の前にあった。


 彼らは無言だった。

 突如音もなく屋根の上に降り立った全身鎧姿の男に、どう反応していいかわからないのだろう。目を見開いたまま硬直していた。


『やっほ』


 手を上げて気軽に挨拶。

 などと切っ掛けを与えてやれば、途端彼らは何事かを叫びながら、弓を番え撃ち放ってきた。


 さてどうしようか。

 躱してもいいし、そのまま装甲で弾いてもいい。

 でも僕にこれ以上攻撃すると大変だぞ、とわかってもらうために一芝居打とうか。


 弓を撃ち終わった男たちに向け歩を進める。

 男たちはギョッと目を剥きながら、再び弓を番え撃つ。

 だが僕の歩みは止まらない。

 何故――


『グサーッ!』


 僕の両手には男たちの弓矢、合計六本があった。

 彼らには視認できない速度でそれを受け止め、緋色のマントの中に隠しながら歩みよったのだ。


 それを一人の男の頭の上で刺す真似をしてやると、途端三人は腰砕けになってへたり込んだ。


『クス……!』


 真希奈の含み笑いが漏れる。

 さて、あとはさっさと片付けますか。


 僕は自分の足元――屋根の上に魔力殻パワーシェルを展開。

 それを足場にしながら思い切り踏み込み、次なる敵へと突撃した。


 数十メートルは距離があったにもかかわらず、一呼吸の間に迫った僕を、次なる敵集団は剣の柄に手をかけ迎撃しようと試みる。


 だがそれよりも早く、僕は両手を広げて大の大人五人をまとめて抱きかかえた。馬鹿馬鹿しいくらいの軽量。ギリリっと腕に力を込めると「イタタ!」「離せ!」と大合唱。


 足元からアフターバーナー全開で飛び立ち、対岸の屋根に陣取った敵集団に五人をまとめて叩きつけてやる。


「ぐああッ!」


「うわあッ!」


 彼らは弾かれたピンボールみたいになって、全員屋根の上から転げ落ちていった。


『タケル様』


『はいはい』


 死角から飛来した弓矢を受け止める。


『さらに来ます!』


『鬱陶しいね、さすがに』


 右手に展開した防風殻シェルプルーフを団扇のように広げて振り抜く。

 瞬間的に突風が巻き起こり、僕に殺到してた十本近い弓矢は失速、錐揉みしながら落ちていった。


『敵、撤退を始めた模様』


『一人も逃さねえぜ、と言っておこうか』


 あとは先程の繰り返しだった。

 屋根の上を走って逃げる彼らの後ろから突撃し、四、五人をまとめて抱え、他の集団へぶちかます。


 屋根を降りて逃げる敵は、後ろから捕まえてポーンと空中へ放ってやる。その際、思いっきりスピンするように投げているので、地面に落ちてくる際には、全員目を回して気絶するという寸法だ。何回かそんなことを繰り返したところで、ようやく真希奈が終了を宣言してくれた。


『マークしていた全ての脅威目標を無力化。死者ゼロ。怪我人が多数いるようです』


『じゃあそいつらを人質代わりに、セーレスたちのところに戻ろうか』


 そう言って僕は地面に倒れ伏すフードの男たちへと近づく。

 改めて見てもこいつらは何者なのか。町の住民とはちょっと毛色が違う。

 正直言って、弓の扱いが非常に上手かったのだ。


 緩急をつけての弓の射撃に加え、ある者は完全な死角を狙い、絶妙なタイミングで矢を仕掛けてきた。


 はっきり言えば、相手が僕らじゃなければ――例えばドーリア駐屯地の兵士たちなら持て余していたほどの手練だった。何者なんだろうなホント。


 真希奈が言う重傷者――手足を骨折した者を何名か連れて、僕は一足飛びでみんなの元へと舞い戻る。


「タケル、お疲れ様」


「お父様超カッコいい!」


 真っ先に出迎えてくれたのはセーレスとセレスティアだった。

 それに続いて「さすがね」「あっという間でしたねー」とパルメニさんとソーラスが激励してくれる。


「いやはや、随分堂に入った戦い方じゃのう。見事なものじゃ。それに、空を飛べるというのは、戦いにおいて圧倒的有利なんじゃなあ」


『どうも』


 手放しで褒めてくれるポコス爺さんに軽く応える。

 宮廷魔法師の最長老様にそこまで言われると照れくさくて敵わない。


「タケル様、素晴らしい戦いでした。約束通り、誰も殺さずに倒してくださったんですね……!」


 そう言って見つめてくるレイリィ王女の瞳がなんだか熱っぽいのは気のせいだろうか。さらに僕に近づこうとする王女を遮るように、エミールが割って入る。


「だが王女は怪我もさせるなと言っていたはずだ。まだまだだな、タケル・エンペドクレス! こいつら全員重症だぞ!」


 鬼の首を取ったような騒ぎだった。

 おまえは落第だ、とでも言うようにエミールはネチネチとしつこかった。

「やれやれ子供か」とポコス爺さんは頭を抱えていた。


「セーレス、頼める?」


「骨折くらいなら簡単だよ」


 僕が効率を取って多少荒っぽい方法を取ったのも、すべては後ろにセーレスがいてくれるからだ。そのことを告げると、エミールはまたしても「他者の力を当てにするとは何たる惰弱!」なんて言って僕を目の敵にする。


 さすがにその物言いは理不尽と思ったのか、レイリィ王女はエミールの手を引きながら「お願い、これ以上恥をかかせないで」と涙目で懇願していた。


「ねえタケル、ちょっとこのヒトたち、骨折だけじゃないみたい」


『どういうこと?』


 セーレスは僕が連れてきた男たち――気絶して地面に手足を投げ出した四名ほどを触診すると、彼らのフードを脱がせにかかった。


 中から出てきたのはいかにも人相が悪そうな顔だった。

 いずれかの戦闘でついたものだろう、切創が縦横に頬や額に走っている。


 それだけではない、彼らはいずれも脱毛の症状が見られた。

 恐らく1000ミリシーベルトを超える線量を浴びた可能性がある。

 だが、僕らとは違い、エミールとポコス爺さんは全く違うモノに注目していた。


「この入れ墨は……!」


「カフラー野盗団の紋章じゃな」


 男たち四名の首元には矢じりを下にした、傷のような入れ墨が彫られていた。

 ちょうど心臓の真上でピタリと止まるような大きなものだった。


「聞いたことがあるわ。狙えば百発百中。全員が鷹のような目を持った、凄腕の弓兵で構成された野盗団……」


 答えたのはヒト種族であり、元冒険者組合の職員もしていたパルメニさんだった。


「でも、そんな奴らがどうしてアクラガスの町に? まさか――!?」


 息を飲んだソーラスの言葉の続きは、誰しもが想像できることだった。

 つまり、聖都からの呪いのせいで取り残された町を彼らが占領している、ということ。その場合、町民たちの安否は絶望的だと言わざるをえなかった。


「そんな……そんなことって!」


 最悪の事態を想定し、レイリィ王女の顔色が真っ青になった。

 エミールの肩に捕まって項垂れてしまう。


『結論を出すのはまだ早い。生き残った町民がまだいるかもしれない。こいつらに問いただそう。セーレス』


「うん!」


 彼らは全員被爆の症状を見せている。

 黒い雨――放射性降下物フォールアウトに含まれる『ストロンチウム90』などは、カルシウムと科学的性質が似ているために、体内に取り込まれると骨の内部にとどまり、β線を放射し続けて内部被曝を誘発させるのだ。彼らが容易に骨折した原因も、もしかしたらそのせいかもしれない。


 だがおかしい。『ストロンチウム90』はウランやプルトニウムの核分裂生成物であり、死の灰に多量に含まれるものだ。聖都崩壊後に降った黒い雨は、さすがにアクラガスの町までは届いておらず、それならばカフラー野盗団は聖都の近くで被爆したことになる。


 一体どういう経緯でこの町にいるのか……こいつらを治療してから聞き出さねばなるまい。僕がそう心に留めおくと、ついにセーレスが治療を開始する。


 水の精霊魔法使いである彼女でも被爆した者を健常に治すためには、かなり気合を入れて治療をする必要があるのだろう。自身の髪の一部を藍色の大蛇に変身させる。


 ヒトひとりを丸ごと飲み込めそうな大蛇が「グパァ」と大口を開けて、一人を丸呑みにしようとする。その直前だった。


「やめてッッッ!!」


 突如としてかけられた静止の声に、セーレスが手を止める。

 背後から走り寄った小さな影が、男たちを庇うように覆いかぶさった。


「お願い、このヒトたちを殺さないで!」


 涙ながらに必死に訴えるのはひとりの少女だった。

 年の頃はアイティアとイリーナの中間くらい。

 全身をフードで覆い、手袋を身に着け、極力肌の露出を避けている。

 それでも彼女もまた被爆しているのだろう、顔の半分を小汚い包帯で覆い隠していた。


「う……、お嬢、いけねえ、俺らのことはいいから、逃げてくだせえ……!」


 少女の重みと悲痛な叫びで目を覚ました男たちが、今度は全員示し合わせたように輪を作り、少女を背中に庇う。その間にも、少女の悲痛な訴えは続いていた。


「ダメッ、お願いだからやめて! このヒトたちは悪いヒトかもしれないけど、今は違うの! だから殺さないで!」


「アンタら、どこの誰だかは知らないが、賞金がかかってるのは俺らだけだ。こんな小娘殺したところで寝覚めが悪くなるだけだぜ」


「俺らは大人しく投降する。このガキは無関係だ。見逃してやれ……!」


「そうだそうだ……うッ、げっほ、ごっほ……!」


 ………………。

 なんという労りと友愛だろうか。

 互いが互いをかばい合い、そこには年齢も立場も越えた、本物の絆が見て取れる。


 僕らは全員すっかり生暖かい目になって、彼らを見下ろしていた。

 そんな視線を値踏みしているとでも勘違いしたのか、彼らはますます必死になって命乞いを始めた。


「ちッ、こんだけ言ってもダメか……俺らもヒトのことは言えねえが、血も涙もないとはこのことか。おい!」


「ああ、道は拓く。お嬢は逃げろ……!」


「そんな、逃げるならみんな一緒に!」


「くそ、足が折れてる。こうなったら張ってでも……!」


「あー、取り敢えず、全員治療するね」


 問答無用で展開された大蛇が、男四名+少女をぐるぐる巻きにする。

 悲鳴を上げる暇もなく、大蛇は大きな水球へと変化し、その胎内に閉じ込められた全員を藍色の光が包み込んだ。


 一瞬目を灼くほどの光量が溢れ、やがては消えていく。

 パンッ、と水球が弾けると、びしょ濡れになった男たちと少女は、不思議そうに自分の身体をまさぐった。


「痛みが、なくなった?」


「おお、足が動く!」


「全身にあった倦怠感が消えてる……?」


「水虫が治った!」


 めいめいに感想を口にする男たちを掻き分け、セーレスが少女の手を引く。ポケッとする少女のフードを取り払い、包帯を解く。赤く火傷をしたようになった顔に水球を纏った手を押し当てる。再び藍色の光が爆発し、花火のように消える。


「お、お嬢、顔の痕が!」


「き、消えた……!」


「え、嘘……!?」


「本当だよ」


 セーレスが水で鏡を創り出し、少女に見せてやる。

 包帯で隠していた醜い痕がなくなっているのを確認すると、少女はポカンと口を開けた。


「ア、アンタらは一体……?」


 折れていた足を確かめるように地面を踏みしめていた男が、恐る恐るといった様子で聞いてくる。


 僕らはすっかり今更になってしまった事実を、若干の気恥ずかしさを以て彼らへと告げた。


『えっと、救援部隊です。全員助けに来ました』


 続く。

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