第342話 北の災禍と黒炎の精霊篇3⑤ 救いの手を拒絶する町〜手痛い歓迎を受ける龍神様

 * * *



 荒廃。

 一言で現すならその言葉しか無い。


 ドーリア駐屯地はミュー山脈の入り口と、アクラガスの宿場町のちょうど中間にあり、僕らは一路町を目指していた。


 僕は偵察も兼ねて一同を見渡せるくらいの上空を飛び、眼下には大きなトラックが徐行運転をしながら街道を突き進んでいる。


 運転席にはイリーナと真希奈が。助手席にはレイリィ王女とポコス爺さんがいる。最初はエミールが王女の隣に居たがったのだが、流石に老骨に荷台は厳しいと譲ったのだ。


 トラックの荷台には大きな木箱がいくつも積まれており、その中身は町への救援物資だ。水や食料、薬草の類や衣類などが入っている。一応僕の方でも、地球産のガーゼや包帯など、簡単な医薬品は一通り持ってきている。


 木箱の後ろには、エアリス、アウラ、オクタヴィア母娘、アイティアにソーラス、パルメニさんとアズズ、そしてエミールがいる。


 エミールは初めて顔を合わせた面々を前にやや緊張気味のようだ。もしかして人見知り? いや、真っ当なヒト種族が誰もいないからか。


 さらにトラック後、土煙を上げながらラプターがズシンズシンと二足歩行している。


 肩の上や手のひらの上にいたセレスティアやセーレスの姿はなく、ふたりは今、大きく開け放ったコックピットブロックに仲睦まじく座っていた。


 最初はワイワイガヤガヤとおしゃべりに興じていたみんなだったが、次第に口数がなくなっていく。


 霞がかかってそびえ立つ巨大山脈を背にしながら向かう道中、僕らは驚きの光景を見せつけられることとなったからだ。


 駐屯地の周辺は、恐らく兵士たちが手入れをしていたのだろう、だが、ある時を堺に、街道はあぜ道へと変わり、そして掻き分けなければ進めない程に、異常成長した植物が進路を侵食してしまっている。


 その様は、僅か半年の間放置しただけとはとても思えない規模であり、まるで来るものを寄せ付けまいと拒んでいるようにも見えた。


 アクラガスへ救援物資を最後に届けたのはもう半月も前のことだという。荷馬車が通った轍は辛うじて見えるものの、道脇から伸びた草がそれを覆い隠してしまっている。


 当然のことながら、街道は無人だった。

 王都に次ぐ大都市として、かつてはこぞって人々が聖都を目指したが今は見る影もない。


 聖都での居住が許されるには厳正な審査と、なによりお布施が必要だった。その金額は、一般市民には破格であり、文字通り全てを捧げなければ門戸が開かれることはなかった。


 アクラガスの宿場町は、そんな聖都を目指す人々が多く滞在する町だった。いっときは宿の数が足りなくなり、町の人口が倍以上にも膨れ上がったこともあったそうだ。


 そんな聖都が消滅し、人々は露頭に迷うことになる。審査前の者はまだ潤沢な旅費があったが、審査中で滞在費の大半をお布施にした者たちは泣き寝入りするしかない。直ちに生まれた国へと戻ることを選択する。


 だが、王都はそれを許さなかった。

 ドーリア駐屯地に聖灰として持ち帰った放射性降下物フォールアウトは、重篤なレベルの放射性物質であり、当時、持ち帰った兵士は馬上で、馬の首にもたれるように息絶えており、彼が腹に抱えていたものこそが聖灰だった。


 鎧越しだったのにもかかわらず、皮膚には赤斑ができており、馬の表皮には脱毛と火傷の痕が見られたそうだ。


 そのことから逆算して、おそらく1500〜5000ミリシーベルトの放射線量を浴びて、短時間に急性被爆したものと思われる。


 その後も、聖灰に触れたものは次々と倒れていき、そこでようやく、兵士が持ち帰ったものが聖遺物などではなく、極大の呪いの塊なのだと認識される。


 そしてそれは同時にミュー山脈の中腹にも存在していた。聖灰を持ち運ぼうとしたのはドーリア駐屯地と王都の2箇所だったからだ。


 駐屯地で聖灰が猛威を振るっていた頃、幸いにも山脈の途中で絶命した兵士により、放射性物質が王都に運ばれることだけは防がれることとなる。


 ドーリア駐屯地の司令官はすぐさま王都へと伝書鷲を飛ばし、指示を仰いだが、そうしている間にも被害は拡大していく。


 ドーリア駐屯地内でも、外部被曝の症状が多発したのだ。吐き気、嘔吐、倦怠感の症状に加え、発熱や意識障害を起して倒れる者が急増。


 急性被爆よりも一段から二段低い症状から500〜1000ミリシーベルトの放射線被曝とみられる。


 その頃になってようやく駐屯地では、聖都の呪いが降り注いでいるのだとして、戸締まりを厳にし、籠城することを選択する。


 兵士たちが職務を放棄し、自己防衛に走ったことは責められるべきだろう。


 だが、彼らもまたパニック寸前まで、身も心も追い詰められていたのだ。


 目には見えない呪い――被爆の恐怖に怯えながら。


 幸いにも籠城作戦は大変理にかなったものだった。分厚い石造りの駐屯地には地下塹壕も存在し、放射性物質を防ぐにはもってこいだったからだ。


 それから一ヶ月後、兵士たちは食料の続く限り立て籠もるつもりだったが、王都からの応援がやってきて、命をつなぐことになる。


 やってきたのは伝書鷲の知らせを受けた救援部隊だった。彼らもミュー山脈の中腹で死亡した兵士たちを弔ったあとであり、呪いの聖灰を地中深くに埋め、ようやくここまで進軍することができたという。


 その時点ではすでに外にいるだけで呪い殺されるという事態はもう収束していた。ミュー山脈で絶命した兵士の聖灰も、即死級のものではなくなっていた。


 これらの事実からわかるように、聖都から降り注いだ放射性核種は、半減期が8日であるヨウ素だったと考えられた。


 王都からの指令は、【直ちに街道を封鎖せよ】というものだった。


 ミュー山脈で絶命した兵士の遺体は王都に運ばれ、呪いが人体にどのような影響をおよぼすのかつぶさに観察された。その結果から導かれた命令だった。


 放射線は可視光の何百倍ものエネルギーをもっている。有機物、無機物を問わず、あらゆる物質の分子結合を破壊する。


 イリーナが一生懸命、ドローンにシールド処理を施しているのは、絶縁体や被覆線のゴムやプラスチックが劣化し、内部の電子回路やコンデンサーが破壊されないための処理なのだ。


 これが人体に至れば、どうなるかは言うまでもない。細胞のみならず、ヒトがヒトたる設計図、DNAすら破壊されてしまえば、果たしてヒトは正常な姿かたちを保つことが困難になってしまうのだ。



 *



「なんというか、荒れ放題ですね」


 トラックの荷台に乗ったアイティアが呟く。

 花の都だった聖都絶頂期の内部で、アイティアは僕とともに少なくない日数を過ごしたのだ。


 エアリスも偵察として当時聖都内部に入り込み、ソーラスは奴隷という身分で、一般の信徒が入ることができなかった貴族区画の内部に入り込んでいた。


「今は全然、面影すらないね」


 荒れ果てた街道を見渡し、ソーラスが遠い目をする。この光景を目撃して、過日の姿と重ねて見ることなど絶対に不可能だろう。


 僕はふわりと高度を落とし、オクタヴィアへと声をかける。


『どうだ、町の様子は見えるか?』


「うーむ。やはりというか、操縦が甘いのう。儂の眷属たちもいつもの性能がだせん」


 オクタヴィアの眷属、エーテル体の蛇のことだ。

 だがどうも聖都周辺ではコントロールが上手くいかないらしい。


 それは恐らく、聖徒が地脈の真上に創られているため、通常とは違う電磁波の影響を受けていると思われる。


「ただそれでも、町にはひとっこひとりおらんようじゃのう」


『見える範囲には居ない、ということだろうな』


 それっきり僕らはしばし無言だった。

 ガサガサと伸び放題の草をかき分ける車輪の音と、ズシンズシンという重い足音、そしてどこか物悲しい心深のバラードがカーステレオから響いている。


 どれだけそうしていただろうか、僕は運転席に近づくとイリーナに指示を出す。


『よし、停車してくれ』


 荒れ放題の道が途切れ、荒涼とした砂地が続く向こうに、うっすらと町の外縁が見える。トラックはゆっくりと止まり、エンジンを切った。


『このまま大所帯で行ってもしょうがない。取り敢えず町の偵察に行こう』


 班分けは最前面にパルメニさんとソーラス、センターにセーレスとセレスティア、そして僕である。


 取り敢えずイリーナや王女たち、オクタヴィア母娘やアイティア、エアリスとアウラには待機するようお願いする。


「タケル様、私も行きます」


 レイリィ王女だった。

 強い決意を感じさせる声だ。

 当然彼女がそう言うと、他の二人もついてきてしまうのだが……。


「アクラガスの宿場町はいわば半年もの間、世俗から隔離されています。そして中にいるのは人類種神聖教会アークマインの敬虔なる信徒たちが大半です。魔族種や獣人種は拒絶される可能性があります」


 なるほど。

 確かに王女の言うとおりかもしれない。

 助けに来たと言っても、見慣れない他種族では怯えさせるだけか。


「はっ、聖都なんてもう影も形も残ってないってのに」


 鼻で笑ったのはソーラスだ。

 主人のラエル・ティオス共々、人類種神聖教会アークマインには散々な目に遭わされているのだ。自分たちを害している原因に未だ縋り付いていることに呆れているのだろう。


『わかりました。エミールとポコスの爺さんは王女の護衛だけに専念してくれ』


「言われるまでもない!」


 気合十分に抜刀するエミールだったが、さっそく爺さんが窘める。


「こりゃ、私らはあくまで救援に来たのじゃ。相手を警戒させてどうする。いざという時まで剣はしまっておれ」


 さすが年の功。やる気が空回りしたエミールは唇を尖らせながら納刀した。


「では、参りましょう」


 町までは目算で一キロほど。

 徒歩なら十五分といったところか。

 その間も町への観察と周囲への警戒は怠らない。


『タケル様』


『言わなくていい』


 殿しんがりを勤める僕の頭の上に乗った真希奈が切迫した声を上げる。


 恐らく彼女に装備されたガイガーカウンターの線量が基準値を越えたのだろう。


 皆はアクア・ブラッドの加護のお陰で無事だ。

 僕は鎧の防御力と魔力殻パワーシェルによる防護を展開してるが、これが常人ならもう重篤な障害がでていてもおかしくはない。


 ドーリア駐屯地に最初に降り注いだ放射性物質は半減期を過ぎてその影響を減退させたが、恐らく聖都により近い町には、今なお定期的に大開孔ベントから舞い上がった放射性物質が降り注いでいるのだろう。


「もし、どなたかいらっしゃいませんか」


 町の入口でレイリィ王女が呼びかける。

 両開き式の木製の門戸は固く閉ざされたままだ。


 歩哨などの姿もない。

 返事をするものは皆無だった。


「誰もいない……まさか、みんなもう……?」


「いえ、あそこを見て」


 セーレスの愕然とした呟きを受けて、パルメニさんが向こうを指し示す。そこにはトラックに積んでいるものと同じ木箱の残骸が、半ば地面に埋まるようにしてあった。


『物資に手を付けてるってことは、少なくとも生き残ってるのはいるみたいだな』


「では、なんで出てこんのかのう?」


 アズズの声にポコス爺さんが応える。

 その間も、レイリィ王女が声を大にして呼びかけ続けるが、反応はなかった。


 どのみちこのままここで立ち尽くしているわけにはいかないだろう。


「タケル様、お願いできますか?」


『ああ』


 三メートル近い門戸の前に立ち、両手で押す。

 僅かな抵抗感のあと、反対側でベキベキベキッ、と閂がへし折れる音がした。


 軽く開くかと思いきや、門の下の方はすっかり砂に埋れてしまっている。ザザァっと掻き分けながら大きく開け放った。


「うっ!」


「これは……!」


「むう」


 声を上げたのは王女とエミール、そしてポコス爺さんだった。門を入って真っ先に飛び込んできたのは町民たちの死体だった。


 町の作りはリゾーマタと大差なく、町の中央を東西に分断するように大きな通りが走っている。


 その真ん前に、おびただしい数の死体が重なるように伏している。恐らく埋葬もできずに放置するしかなかったのだろう。


 軽く見ても100体以上はある。蝿や蛆が集るでなく、ただの腐りかけた死体。中にはすでに白骨化しているものも見られた。


『生体反応はありません』


 真希奈が淡々と事実だけを述べる。

 万が一にも、もしかしたら、あの中にひとりくらい……。


 そんな希望など存在しない、どうしようもない現実が横たわっていた。


『――この遺体は、後でアイティアの黒炎で葬ってもらおう。今は探索が優先だ。生き残りがいるかもしれない――』


「でも、このままじゃ進めないよね?」


 死体の山は、バリケードのように道を塞いでしまっている。せめて最低限通れるだけの道を作ろうとセーレスが手を伸ばし、レイリィ王女もそれに続いた。


「どうか、私にも手伝わせてください。彼らは私たちの同胞なのですから」


「うん、かなり脆くなってるから、気をつけてね」


「はい」


 気丈に微笑む王女だったが、すぐさま死体に目を落とし、傷ましそうに眉を顰める。そうして死体に触れようとした瞬間だった。


「え――!?」


 驚いて顔を上げたレイリィ王女の眼前で弓矢が静止していた。いや、静止しているのではない、セーレスの水精の蛇によって、パックリと矢じりが咥えこまれているのだ。


 呆然とする彼女に向けて、二本目、三本目と矢が迫るが、それはパルメニさんの剣とソーラスの短剣によって弾かれる。


「王女、お下がりください!」


 今度こそ抜刀したエミールがレイリィ王女の手を引き後ろに下がらせる。


 ボヅン、と掴んだままだった死体の腕が肩からもげ、王女はとっさにそれを胸に抱いた。


「――ッ、い、今のは……!?」


 取れた腕を前に、悲鳴さえ上げず、とっさに打ち捨てもしないとはさすがだ。


 だが明確に命を狙われたことがショックなのだろう、少々混乱状態にあるようだった。


『タケル様、前方10時、2時の方向、距離約50!』


 真希奈の言うとおり、家屋の屋根の上に弓矢を構える影が見えた。彼らからは惜しみない殺気が、炎のように立ち上っている。


 ただ単に町のヒトたちを助けに来ただけなのだが、どうやら僕らはまったく歓迎されていないようだった。


 続く。

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