第341話 北の災禍と黒炎の精霊篇3④ 邂逅・異世界の賢者様〜希望を載せて旅立つ車・後編

 *



『あー、みんな、この子がイリーナ。今回地球からわざわざ来てくれた賢者様だ』


 ズラリと居並ぶメンバーに、僕はイリーナを紹介する。


 ちなみに今回はホストであるレイリィ王女たちに併せて、共通言語はヒト種族のものを使用している。エアリスとセーレスは精霊というOSがついているので自動翻訳されて安心だが、オクタヴィア母娘は片言の理解、アイティアとソーラスはスパイをしていた経験があるのである程度わかるようだ。補助としてパルメニさんが随時翻訳をしてくれている。


「まあ、賢者様。まだ小さく見えますのに、たくさんの魔法具に囲まれてすごいですね!」


 真っ先に反応したのはレイリィ王女だ。


 今回、聖都跡の浄化部隊として、正式に王都の要請を受けた魔族種龍神族のタケル・エンペドクレスは、精霊魔法師であるエアリス・セーレスを筆頭に、客分であるオクタヴィアやパルメニ、そしてこの度ラエル・ティオスから預かることになったアイティア・ソーラスを総動員してことに当たることになったのだ。


 大変危険な任務であり、正直不死身の僕を除けば、セーレスのアクア・ブラッドの加護がなければ、常人には絶対の死が待つ地獄――それが聖都である。


 そんな場所へ赴くことに、なんとレイリィ王女は自らも志願した。

 当然ハーン国王は難色を示したが、やはり上に立つ身分の者が現地に入らなければ、ハーン王家は腰抜けの誹りを受けかねないと言われ押し黙った。


 もちろん僕も、昼間っから散々説明しているとおり、健常な身体を害する呪いが蔓延していることを告げるが、レイリィ王女は頑として譲らなかった。


「タケル様の元にはすごい精霊魔法師様がいらっしゃるのですから、なんとかなるのでしょう?」


 まさしくそのとおりなのだが、でもだからといって安々と覚悟を決められることではあるまい。やはりこの王女様の胆力は一国で収まる器にない。


「い、いざとなれば、私が身代わりとなってレイリィ王女を、お、お守りします!」


 決死の覚悟が伺える様子でエミールが志願する。彼女のような反応こそが正しい。ただそこにいるだけで死ぬ場所など、ただビトにとっては自殺に行くようなものだ。


「そんじゃ私もええかの」


 陽気な声を上げたのはポコス爺さんだ。


「王女とエミールだけじゃちと不安じゃしの。それに浄化の様子も逐一観察し、我が君に報告せねばならんしのう」


 そんなポコス爺さんも、今はアクア・リキッドスーツを着用している。

 枯れ木のような細っこい身体に藍色のアクア・ブラッドが添加されている。ちなみにこの魔法を見た瞬間の彼は、一瞬召されてしまったのかと思うほど固まってしまった。瞬き一つせず静止した彼は、ヒト種族最高の魔法師であるが故に、精霊を介した魔法の高レベルっぷりを悟ってしまったようだった。


 ちなみにレイリィ王女は、アクア・リキッドスーツの上から仕立てのいいサテン地のオーバーシャツを着込み、腰元を革製のベルトで締めている。するとワンピースのような感じになって非常に見栄えがいい。胸元には例の風の精霊の加護を封じたドルゴリオタイトのペンダントが輝いている。このまま地球の街を歩いても違和感ないくらいだった。


 エミールの方はアクア・リキッドスーツの上から、胸や腰元、肩や腕に近衛兵団の鎧を纏っている。下地に藍色に輝くボディスーツを着ているので、ボス戦に挑む最終装備みたいな高級感が醸し出されていた。


「ど、どうもご丁寧に。……タケル、なんかこのヒトすごくお姫様っぽいんだけど誰?」


『よくわかったな。ヒト種族最大国家、ハーン王家のレイリィ王女様だ』


「ホントにお姫様!?」


 ビックリして飛び上がるイリーナ。

 ねえ、実は僕も今は王様なんだよ?


「初めましてイリーナさん。この度はハーン王家にご協力いただき感謝の念に堪えません」


「い、いえ、こちらこそ、悪いのは全部タケルなのでお気になさらないでください」


 ちなみにイリーナへの翻訳は、彼女の肩に留まった真希奈が全て行っている。真希奈がイリーナの意図をわかりやすく伝えると、「ぷっ」とレイリィ王女は吹き出した。


「そうですわね、タケル様は大変罪作りな御方ですので、お互い苦労しそうですわね」


「そうそう。こいつってば初めて会った時から無茶しっぱなしで、気が気じゃなくてさー」


「まあ、一体どのような出会いでしたの? 是非聞かせて欲しいですわ」


「えっとねー、まず私ってちょっと生まれが特殊で……」


『待った待った。後にしてくれるか』


 あと僕をネタに盛り上がるのはやめてくれ。


『イリーナ、こっちがオクタヴィア・テトラコルドで、その隣もオクタヴィア・テトラコルドだ』


「うむ、遠き異世界の賢者よ。儂が魔法世界マクマティカの生き字引、魔族種根源貴族の一角、白蛇族のオクタヴィアじゃ」


「どうも……」


 エヘン、とふんぞり返った現オクタヴィアと、起きてるんだか寝てるんだかよくわからない佇まいの前オクタヴィア。イリーナはふたりの外見的特徴から当たりをつけたようだ。


「母娘なの?」


「ほっほ。そうとも言えるし主従とも言える。儂らは200年周期で自己妊娠し、自己出産する種族なのよ。その後に代々受け継いできた7万年の記憶を継承するのじゃ」


「自己妊娠って単為生殖!? 7万年って、アンタでざっと350代目ってこと!?」


「その通りじゃ」


「ふーん、でも脳の構造上、私達と記憶のプロセスはそんなに違わないはず。物忘れが激しいおばあちゃんってとこ?」


 ついペロっと言ってしまった言葉も、真希奈が翻訳してしまう。

 するとオクタヴィアは余裕の表情をキョトンとさせ、しきりにまばたきを繰り返した。


「お、おもしろいことを言うのう、この娘子は。寿命が70年ほどしかないヒト種族には7万年と言われてもピンとこなんだか?」


「はん、ダラダラ生きてきただけでしょ。あいにくと人間は時間が限られてるの。それにご長寿自慢したいのかもしれないけど、私だって人類史数千年の知識を頭に入れてるから。一処ひとところに踏みとどまってないで、進化していかないと同じことの繰り返しよ」


 イリーナの発言を聞いて、正直僕はハラハラした。

 もしかしてオクタヴィアのプライドが傷つき、怒り出すのではないかと。

 でもそれは杞憂だった。


「ほう……、さすがはタケルに賢者と呼ばれるだけのことはあるのうお主。確かに長すぎる生に倦怠感を感じておったのは事実じゃ。進化か……白蛇族も新たな位階に進む時期が来たのかもしれんのう。イリーナと言ったか、今度是非じっくりと話を聞かせてくれんか」


「いいよ。それまでに私もこっちの言葉覚えておくから」


「そんなに短期間で覚えられるのかの?」


「一週間もあれば多分いけると思う。私って天才だから」


「ほっほ! ……タケルよ、感謝するぞ。この娘子はおもしろい」


 お気に召していただけたようで何よりです。

 最後はアイティア、ソーラス、そしてパルメニさんとアズズである。


「ふーん、この子が厄介な炎の精霊を宿してる子なのね?」


 めつ《すが》眇めつアイティアを観察するイリーナ。

 いままで同性からそんな無遠慮な視線を受けたことがないのだろう、アイティアは若干怯えている。


「ど、どうも、アイティアです。よ、よろしくお願いします」


「ねえ、アイティアって歳いくつ?」


「えっと、14かな」


「あと二年か……」


 何が二年なのかは知らないが、自分の胸元に視線を落としているので、多分そういうことなんだろう。でも無理だと思うぞイリーナ。何故ならアイティア彼女は特別な存在だからです(胸的な意味で)。


「こんにちは賢者様、私はソーラス・ソフィスト。色々お世話させてもらいますので、何なりとお命じくださいね!」


 相変わらず誰に対しても屈託がないのがソーラスだ。相手が子どもだろうと、立てるべきを立ててくれる。実はかなり優秀なメイドさんだ。


「ホントに何でもいいの? だったら後で猫耳モフらせて」


 真希奈が翻訳し、しばし時間をおいてから、驚いた顔でソーラスが僕を見る。


「タケル様の世界のヒト種族も、よほど私どもの耳や尻尾がお好きなのですね!」


『ま、まあな……別にいやらしい意味じゃないぞ?』


 だってリアル猫耳と尻尾だもん。自分にない良き部分を崇め讃えるのは当然のことじゃないかな。


「初めまして小さな賢者様。私はパルメニ・ヒアス。タケルさんとは、この世界でセーレスさんに次いで長い付き合いなの」


『へっ、いつまでそんなこと言ってんだか。再会までの期間がぽっかり空きすぎて忘れられてたくせに』


 ベシッ、と自分の顔に装着した半分の仮面をぶっ叩く。途端『いてーな!』とアズズは抗議した。


「えっと、ひとり漫才か腹話術の芸人さん?」


 果たして正確な対訳がこの世界にあるのかどうか。

 真希奈の翻訳を受けたパルメニさんは全力で否定した。


「違うわ。でもだから何なんだと言われれば答えに窮するのだけど。まあこの仮面とは腐れ縁ってやつね」


『俺が居なきゃ剣ひとつ振れねえくせに偉そうにすんじゃねえや』


「私が被らなきゃ、波に揉まれてフジツボの苗床になるしかなかったくせに」


『なにを!』


「なによ!」


「やっぱり一人漫才だわ」


 この世界にもコメディアンはいるのだと、イリーナはしきりに感心していた。


『さて、自己紹介も済んだところで、さっそく現地へと行くか』


 僕が告げた途端、それまで弛緩していた雰囲気が一気に引き締まる。

 さすがにみんな、これから行く場所が尋常一様ではないと理解しているのだ。


「レイリィ王女様」


 振り返ればそこには、ドーリア駐屯地にいる兵士一同がズラリと居並び、一様に跪いていた。


「この度は王女様自らが斯様な僻地においでくださり、感謝の言葉もございません。また、我らの力が足りず、誠に申し訳ありませんでした。アクラガスの町民たちを何卒、お救いくださいますよう、伏してお願い申し上げます」


 恐らく司令官なのだろう、精悍な顔つきに口ひげを蓄えた男が頭を下げる。

 ともすれば地面に額を擦りそうになる直前、同じく跪いたレイリィに止められる。


「あなた方に無理を敷いていたのは私どもの方です。今まで苦労をかけました。僻地などとはとんでもない。ハーン14世は、あなた方を大変憂慮しておりました。その証拠に王女である私に言葉を託したのです」


 レイリィ王女は一瞬虚空を仰ぎ、顔を伏せ跪く兵士たちを見渡してから告げた。


「我が親愛なるドーリア駐屯地の兵士たちよ。長きに渡る過酷な任務、大変ご苦労である。日夜身近にある呪いの恐怖と戦いながら、王都の防波堤として身を粉にするそなたたちの献身と勇気は尊敬にあたいする。聖都の浄化が成された暁には、ラザフォードにてそなた達全員の功績を讃えたい。そのために、今しばらく力を貸して欲しい――オットー・ハーン・エウドクソスより」


「おお……! なんという……!」


 司令官は愚か、一兵卒に至るまでが肩を震わせ、もはや言葉もないようだった。

 あのおっさん、浄化の手段を僕がプレゼンしなければ、こいつら全員を切り捨てるつもりだったのに……まあそれは言わぬが花だな。


「それではタケル様」


『ああ、イリーナ』


「なによ?」


 レイリィ王女に応え、イリーナを呼ぶ。

 再び野営テントの下でドローンを組み立てていた彼女は訝しげに僕を見た。


『これから現地入りするから運転頼むよ』


「は? 何を言って……」


 言うが早いか僕は聖剣を取り出し、かなり大きめに空間を切り裂く。

 現れた極彩の『ゲート』に目を真っ赤に腫らした兵士たちがざわめき始めた。


『セレスティア』


「はーい、お母様」


「うん」


 セーレスとセレスティアが連れ立って巨大『ゲートの中へと入っていく。

 そして待つことしばし。ズズズ、っと大きな物体が顔を覗かせた。


「ちょ、ちょっとまさか……!」


 現れたのはトラックのフロントである。

 真っ白いボディに安心安全の日本製。

 提供は御堂財閥でございます。


 ほろは取り除かれ、顕になった荷台の上には、王都で積載した救援物資の数々が積まれている。そしてそれを後ろから押しているのは、神像ことラプターである。


 おおおおッ! と兵士たちは初めて見るトラックと神像に大興奮だった。

 やっぱ男だったらでっかいトラックとロボに心ときめくのだろう。

 だが次の瞬間、喜びの声は悲鳴に変わった。何故なら――


『くああッ!』


 ラプターに引き続いて『ゲート』から飛竜ワイバーンが顔を覗かせたからだ。


 今は失われた古代竜の生き残りであり、魔の森の奥地で発見された卵をオクタヴィアが持ち帰り、試行錯誤の末に孵化させたのである。ナリは成体と変わらないが、中身はまだまだ子どもなのだそうな。


「コラコラ、ダメだよ顔出しちゃ。ここはとっても危険な場所なんだから。今回はお留守番って言ってたでしょう」


 ラプターの肩に乗っかったセレスティアに窘められ、飛竜ワイバーンは途端悲しそうに喉を鳴らした。


「必ず戻る。しばし待っておれ!」


 飼い主であるオクタヴィアからも叱られ、飛竜ワイバーンは諦めたように首を引っ込めた。あの向こうは龍王城の庭に続いてる。我竜族のミクシャに面倒見てもらうよう頼んでおいたから寂しくはないだろう。


「今のって本物の翼竜? ってそうじゃなくて、また私が運転するの!?」


『異世界だから法律違反でもなんでもないし、僕らの中じゃ一番運転上手いし。カーステレオ付きだから、心深のアルバム入れておいたぞ?』


 日本のサブカルチャー大好きなイリーナお気に入りのナンバーは、声優綾瀬川心深のアニソンなのである。サランガ災害で延期になった超大作アニメ映画に心深が主演しており、その主題歌も彼女が歌っている。


 そしてついこの間発売されたばかりのアルバムを本人から渡され「3850円ね」と税込みの代金を要求されたのだ。DVDがついてるから高いらしい。ってかタダじゃねーのかよ、とね。


『行くぞみんな、荷台に乗り込め!』


 わー、とばかりに全員が乗車する。レイリィ王女はイリーナの隣で助手席だ。


「では、行って参ります」


「レイリィ王女様万歳! ハーン国王万歳!」


 窓から顔を出したレイリィ王女が出立を告げると、兵士たちは全員涙ながらに手を振った。その後ろでは心深のアニソンがガンガンかかっていた。真面目なシーンなのに台無しだった。


「行ってくるねー」


 出立を告げるセーレスはラプターの手の上だ。

 ガシーンガシーンと土煙を上げながら神像が歩きだす。

 そのあまりの迫力に、一部の兵士たちは腰を抜かしていた。


『さて、最初の関門だな』


 最終目標はあくまで聖都跡全体の浄化。

 しかし取り残されてしまったアクラガスの救出は急務である。


 そしてセーレスの癒やしの魔法であっても、治せる者と、もはや手遅れなものは確実に存在するはずである。きっと僕らは厳しい現実に向き合わなければならないだろう。だが、願わくば町民の希望となれるよう、全力を尽くさなければならない。


 出発するみんなに続き、僕もまた、風の魔素を纏い、炎を吹き上げながら上空へと浮かび上がる。


 アクラガスの町を、そしてそのさらに向こうにある聖都跡を見据えながら、力強く飛び立つのだった。


 続く。

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