第337話 北の災禍と黒炎の精霊篇2⑰ 幕間・奈落へ消えるモンスター〜天才少女異世界に召喚す
* * *
タニア連峰王国は海を挟んで軍事要塞国家ドゴイ、ミュー山脈を挟んで王都と軍事境界線を接する小国家群が集まった王国だ。
彼らの祖先となったのが、かつてはプリンキピア大陸全土を手中に収めようとした北の蛮族ザナクトの一族だった。
ザナクトは強く猛々しく、寒冷地の気候であっても決して屈しない鋼の肉体を持っていた。
それは潜在的に魔力を体内で循環させる術を開発していたからであり、その歴史は南の地で勃興した王都よりも古いほどだった。
だが強い肉体を維持するため、より多くの食料を必要とした彼らは、作物がろくに育たず、寒さから家畜もすぐに死んでしまう生まれ故郷を捨て、山脈の向こうへと進軍を開始した。
これがヒト種族の歴史に名を刻むザナクト戦役である。
これに対し、当時は小さな国家に過ぎなかった王都ラザフォードが全力で反撃。
恐ろしい怪力を誇ったザナクト人を、その剣技のみで撃退し続けた者こそ、後のオットー初世――オットー・ハーン・エレクテウスである。
勇猛なるハーン初世の姿を
最後は圧倒的な武力の差を持ってザナクトを退けることに成功し、
敗退し、捨てたはずの故郷に舞い戻ったザナクト人は生き残った部族をまとめ上げ、天然の要塞であるタニア連峰に国家を樹立。これが現在のタニア連峰王国創設の歴史である。
相変わらず食糧難は続くものの、沿岸で漁業を始めたり、そもそもの体内魔力の循環を最小限に留め、細く静かに、息を潜めて彼らは生活を続けるようになる。
そんな中、魔力の使い方に秀でていた彼らは、様々な実験を行うため、少人数のキャラバンを組み、プリンキピア大陸を横断する旅へと出た。
キャラバンが目指したのは魔の森。すでに王都ラザフォードの勢力下に入っていたアクラガスの宿場町とリゾーマタ領を抜け、彼らは数年をかけて魔の森へとたどり着いた。
魔の森は
神話の時代に生きた本物のモンスターがヒルベルト大陸に匹敵する広大な土地で独自の生態系を築き上げている。
中には魔の森を離れ、人里まで降りてくるモンスターもいるが、それらは魔の森と生活圏を接する獣人種が警備隊を敷いて対処に当たり、あるいはテルル山脈の袂から、リゾーマタ――果てはヒルベルト大陸を縦断する大河川ナウシズに阻まれ、滅多なことではヒト種族の元までやってくることはない。
ザナクト人が注目したのは、比較的小型の鳥類型モンスターと、竜弓類のモンスターの捕獲だった。
それらに属する動物は、ヒト種族の領域にも居たが、ザナクト人が欲したのはあくまで、体内に魔力を保有するモンスターという存在だった。
多くの犠牲を払いながら捕獲した鷲型のモンスターの雌雄、さらに蜥蜴に類するモンスターの雌雄。それらに加えてモンスターの卵を大事に持ち帰り、タニア連峰王国での人工繁殖を目指した。
彼らが本来欲したのは情報だった。
だが生来身体が大きな彼らは、他国への潜入が難しく、諜報活動には多額の金銭を払い、冒険者を雇うしかなかった。
そこで彼らは、モンスターを使役して、空と陸の両方で諜報活動を行おうと考えたのである。
魔の森から持ち帰ったモンスターを何世代にも渡って繁殖飼育し、それこそザナクトの子どもたちより以上に金をかけ、大事に育てていった。
ザナクト人は魔力の扱いに長けていた。
その中でも稀有だったのは、他者に魔力を分け与えるという秘術だった。
ザナクト戦役のとき、ハーン初世を苦しめたザナクト人の猛撃は、後方に控える魔力補給部隊によって、どんなに疲弊した兵士であっても、翌日にはケロリと戦線に復帰していた。そのためザナクトの戦士は不死身と恐れられたものだった。
そうして、鳥類型のモンスター『エルグルゥ』と、竜弓類のモンスター『レイザード』は、ザナクト人の飼育係に預けられ、食事と魔力を与えられ、我が子同然に育てられた。
雌雄同士で子どもを成し、生まれた子どもは再び雌雄を残し、他の飼育係へと預けられる。預けられる先は飼育係の係累、親類縁者に限られた。
飼育係の魔力を与えられて育てられたエルグルゥとレイザードは、子を産み、世代を重ねていくごとに、飼育係の者の魔力に感応していく特性を見せた。
やがて第五世代を数える頃には、自分の体内に流れる飼育係の魔力に感応し、生みの親以上に飼育係を敬愛し、命令への忠誠、さらには一部感覚の共有――視覚や聴覚――といった貴重な情報を、飼育係へと届けられるようになっていった。
そうして、それらのエルグルゥとレイザードには、諜報活動に必要な訓練が課せられるようになった。多くの失敗を重ねながら調教された二種のモンスターは、王都やアーガ・マヤ、ドゴイやグリマルディへと送り込まれ、次々と王国に利する様々な情報を齎すこととなるのだった。
*
当然、彼らの諜報先には聖都も含まれていた。
王都ラザフォードから派生し、憎きハーン初世が立ち上げた
彼らは自分たちと同じ痩せた土地に集まり、ほそぼそとした暮らしを始め、やがては
ことさら近年の聖都発展は凄まじく、夜を削る魔法以外の光源の存在や、井戸水に頼らない各家庭の生活用水の供給、入れておくだけで冷凍保存が可能な箱などなど。
王都にすらない魔法具の存在は、何を隠そう、一番最初にタニア連峰王国に知られることとなったのだった。
そしてそれは、聖都の滅びの瞬間もまた同じだった。
寿ぎの日に起こった巨大地震と獣人種の襲撃、そして天を突き刺す巨大な光の柱。
その瞬間、聖都へと諜報活動へ出ていた全てのエルグルゥとレイザードもまた死に絶えた。
聖都は消滅し、周辺地域へと呪いを撒き散らす毒の坩堝と化したことが判明した。
タニア連峰王国は、それを好機と受け取った。
弱小国家の常として、武力で劣る一方、情報戦や外交戦略に長けるという一面がある。
タニア連峰王国もまた、かつては武勇で名を馳せたが、今ではどの国よりも情報の大切さを知っている。
聖都消滅後の責任を真っ先に王都に擦り付けたのはタニア連峰王国であり、王都の諜報部隊より以上の諜報モンスター、エルグルゥとレイザードを投入することで、他国よりも多くの情報を得ることに成功していた。
そして、この度行われる
だが、その殆どが無駄に終わっていた。
陸からも、そして空からも、聖都の中心に近づけば近づくほど、呪いの度合いは強くなっていく。ときには風向きによってさえ、呪いは凶悪さを増して、諜報モンスターを悉く死へと至らしめた。
それでも、自分の命がかかっていない分、タニア連峰王国は執拗だった。
試行錯誤を繰り返して開発した諜報モンスターを、さらに彼らは進化させることに成功した。
それこそが他種族との異種交配によって生み出された『エルザード』という新種のモンスターだった。
その名の通り、鳥類のエルグルゥとトカゲのレイザードをかけ合わせたモンスターであり、見た目は翼とくちばしを持った蜥蜴である。
手のひらサイズだった従来の諜報モンスターよりも身体は大きく、保有できる魔力量も多い。さらには呪いを防ぐと噂のビスマス甲で出来た特注の鎧を着せて、今、前人未到の聖都中心部上空へとたどり着こうとしていた。
タニア連峰王国内部にある司令本部では、飼育係であり、視覚情報を共有する術者に注目が集まっていた。
彼の集中力を妨げないよう、物音一つ立てずに息を呑む首脳陣達。
術者は精神統一のため、床に座禅を組んでいるが、時折苦しげに胸を上下させている。
これは使役するモンスターとの深い繋がりにより、自身の分身とも言うべきエルザードが、その心身に受けている苦痛をも再現しているためだ。
そしてついに、「うぐあああッッ!」という悲鳴を上げ、術者はその場に崩折れた。
「どうした、一体何を見た!?」
国を揺るがすほどの一大事として、司令部にはタニア連峰国王ザナクト・チャネルガラーも参上していた。
術者は肺腑が破れんばかりに胸を上下させ、荒い息をついている。他の者に介添えされ、ようやく身を起こすと、両の眼から血の涙を流しながら訥々と報告する。
「聖都はもはや聖なる都に非ず……、近づくだけで肉が崩れ、血が吹き出る呪いの地。そしてその中心には――」
「中心には――?」
ゴクリと、思わず喉を鳴らしたザナクト王が続きを促す。術者は己が見たものに怯えるように肩を抱き、ガタガタと震え始めた。
「巨大な孔が――ぽっかりと口を開けた、まるで地獄の入り口のような奈落が――そして、私のエルザードはその奈落の中へと落ちて――ああッ!!」
頭を抱え、苦しみ始める術者。
ブチブチっと自身の髪を引き抜き始めたため、周りの者が羽交い締めにする。
もはや王を前にしているということすら忘れているのだろう、目をむき、涎を撒き散らしながら、狂ったように叫んだ。
「どこまでも深い孔、動かない身体ッ、でも浮遊感だけが延々とッ、そしてその先には――先にはッ!」
そこまで口にした途端、術者の全身から力が抜けた。糸が切れたように四肢を投げ出し、それっきり動かなくなる。
押さえつけていた一人が首筋に手を当てる。「死んでいます」と、単なる事実を重々しく告げた。
「一体、奈落の底に何があるというのか――?」
王都を攻撃できる情報があればと思い、独自の調査を続けてきたタニア連峰王国だったが、これ以上の独自調査は打ち切ることとなる。
そして、この後から数日後、オットー・ハーン・エウドクソスが聖都跡に『浄化部隊』なるものを投入するという知らせが舞い込む。
ザナクト・チャネルガラーはオットー・ハーンの失点を望みながらも、国家間を越えた未曾有の大災害に決着がつくことを祈らずにはいられなかった。
*
「シールド処理が甘かったかー。三重コーティングでも無理ってどんだけー?」
宿場町、アクラガスにあるドーリア駐屯地は、王都の調査兵団が聖都跡の調査のため拠点としている軍事基地だった。
そして今、その基地があるすぐ側には、野営テントが設置され、王都の兵士が見たことも聞いたこともない魔法具がズラリと並べられていた。
「お疲れさん、取り敢えず機材はまだまだあるんだし、トライ&エラーで頑張ろう」
僕がそう声をかけると、監視モニターの前でプレデタードローンを操っていた少女が柳眉を釣り上げて爆発した。
「アンタねえ……確かに私はこっちの世界に来たいって言ったわよ!? アウラちゃんにだって会いたかったし、他のみんなとだって……それなのになんで連れて来られた先がこんな汚染まみれの地獄なのよーッ!?」
僕が地球から召喚した天才少女――イリーナ・アレクセイヴナ・ケレンスカヤは、漆黒のボディスーツ、アクア・ブラッドスーツに身を包みながら絶叫したのだった。
続く。
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