第336話 北の災禍と黒炎の精霊篇2⑯ 続・ハーン御一行様in東京〜レイリィ王女のしたたか交渉術
* * *
言葉を飾るのをやめてはっきり言おう。
聖都跡から発散される呪いの正体とは『放射線』、あるいは『放射性ヨウ素』のことである。
未来のひとつの可能性から
そして『寿ぎの日』と呼ばれる巡礼祭の日、僕と獣人種の襲撃を受ける中、見事その目的を達成して見せた。
アダム・スミスの目的とは、魔法の素養のある者を地球世界へと連れ帰ること。
その人身御供に選ばれた者こそが僕の愛するヒト、セーレスだった。
減速材を投棄し、暴走を始めた『魔原子炉』のさらに地下施設に、人工的に再現された『ゲート』は存在した。
今から脱出している時間はなく、セーレスの命を救うためには、アダム・スミスと共に『ゲート』を潜り、地球へと彼女を送り出す以外に救う手立てはなかった。
その後、爆心地から帰還した僕は、異世界である地球へと渡る手段を求めて、この世界の生き字引き、7万年分の記憶を有する魔族種根源貴族、オクタヴィア・テトラコルドに知恵を借りることにした。
彼女は言う。本来『ゲート』の魔法とは特別な魔法であり、聖剣によってのみしか発現し得ない魔法であると。
そして聖剣とはこの世界の調停者であり、突出した危機にのみその姿を現し、全てを平定して消え去る異界への鍵。三度目のとき初めてヒト種族の青年の手に渡り、剣の姿形を得ることができたと。
僕はその伝説をなぞらえるために、ミュー山脈の中腹にある聖剣の祠――最後に聖剣が消えた場所へと赴き、再び聖剣を召喚するために、ミュー山脈の活火山を復活させようと試みた。
その過程で見事聖剣は姿を現し、災いの元凶である僕を排除するため、この世界とは物理法則そのものが異なる別の宇宙へと連れ去られた。
そこは電磁気力拡散という、あらゆる原子結合を阻害する暗黒の宇宙だったのだが――――
*
「というわけで、聖剣を手に入れて舞い戻ったときに鉢合わせしたのが、王都の討伐軍だったのです」
ここは東京都墨田区にあるスカイツリーの天望回廊の屋根の上。
そろそろ傾き始めた夕日に照らされた僕らは、魔法で創り上げた半球系の防風ドームの中で会談を続けていた。
やはり相手を自分の土俵に引きずり込んでからの話はスムーズだった。圧巻のコンクリートジャングルを見せつけながら、ポツポツと灯り始めた街の灯り。
それはまるで空の星星が地上に舞い降りたかのような光景であり、そんな文明レベルが異なる街並みを背景に事の真相を語り続ける僕を、ハーン国王たちは食い入るように見つめ、聞き入っていた。
喋り続けていて喉が乾いた。
と、真希奈が操る鎧がスッとラムネの瓶を差し出してくれる。
ぬるくなってて炭酸も抜けてるけど美味いなあ。
「あんの、ちょっとええかの?」
恐る恐ると言った感じでポコス爺さんが枯れ木のような腕で挙手した。
「聖剣を手に入れたくだりがごっそりと省略されておったんじゃが、具体的にはどのようにして聖剣を手中に収めるに至ったのかのう?」
「それは企業秘密です。ただ、龍神族の最秘奥を応用した、としか答えられません」
自身の中にある内面世界――神龍の心臓が格納された虚空心臓に聖剣を取り込み、膨大な魔力と引き換えにその制御権を無理やり奪う。
僕がしたのはそれだけだ。話したところでヒト種族にはどうすることもできない領域だが、こちらの手の内を全て明かしてやることもないだろう。
「先程タケル様がおっしゃった『でんじきりょく』や『うちゅう』とは一体なんでしょう?」
今度はレイリィ王女だ。
真剣そのものといった顔つきで質問してくる。
「昼間、王宮内の応接室で僕達の身体は細胞という小さなモノの集合体で出来ているという話を覚えていますか。その細胞はさらに分子と呼ばれる小さなモノで構成され、その分子はさらにさらに小さな原子で出来ています」
さらに言えば、原子は原子核と電子で構成されていて、原子核に電子を引き寄せている力が『電磁相互作用』――電磁気力だ。
さらに原子核を構成している陽子と中性子を強固に結びつけている力こそ『強い相互作用』――強い核力である。
電磁気力が拡散、無効化されれば、物質世界は成り立たない。あらゆる原子、分子は結びつきを無くし、散逸霧散してしまう。
そんな世界で一切の攻撃手段を持たなかった僕は、自身を構成する水素原子――その中にある原子核――陽子と中性子の結合を引き離す――核分裂させるという、今思えば無茶苦茶な手段を用いて暗黒の宇宙を打破したのだ。
聖剣を得る前の、神龍の心臓から魔力をフルパワーで得られていたときだったから可能な離れ業だったのだろう。その後聖剣を手に入れた代わりに魔力が弱体化した状態では、一切量子世界に干渉することはできなくなってしまったが。
でも、今ならできるんだろうなあ……多分。
「タケル様?」
「簡単にいえば、ヒトがヒトとしての形、物体が物体としての形を保っていられなくなる、とてつもなく広い空間に閉じ込められてしまったんですよ僕は」
「ヒトがヒトとしての形を……? なんと恐ろしい……! タケル様はご無事だったのですか!?」
「まあ死にかけましたけど、今はこうして生きています」
目に見えてホッとした様子を見せるレイリィ王女。
そうしてようやくと言うか、ハーン国王が重い口を開いた。
「経緯はわかった。結局のところ、すべてはこちらの勘違いだった、ということか」
聖都を破壊したのはオッドアイであり、聖都の爆心地から出てきた僕を下手人と勘違いしたのは死にかけていた調査兵団。
僕がミュー山脈にいたのは、聖剣を手に入れるためであり、王都に仇なそうとしたわけではなかった。
全ての誤解は今解かれたわけだが、だからと言って軽々しく謝罪などできる立場にはないのだろう。ハーン国王は床に大きくあぐらをかいた状態から、実に面白くなさそうに僕を見上げてくる。
「聖剣を召喚するためとはいえ、ミュー山脈を噴火させようとしたのは事実ですから、討伐軍を襲わせたのは間違ってなかったと思いますよ?」
せっかくこれから『ゲート』を開き、地球へ行こうかと思っていた矢先に、討伐軍はとことん邪魔をしてくれたのだが……まあ、今だから言えることだよね。
「そうか、そうだな。全ては誤解されるような行動をとり、その後も弁解することなくずっと放っておいたお前が悪い。まったくもってその通りだ。ふん、俺は謝らんぞ」
「お父様……」
「我が君……」
レイリィ王女とポコス爺さんは頭を抱えるのだった。
「タケル・エンペドクレス、それからのことを教えてほしい。貴様はこちらの世界にやってきて、それでどうなったのだ? オッドアイとやらはどうなった?」
こちらはエミール・アクィナスだ。
今いる四名の中では一番格下ではあるが、話の進行をスムーズにするため、王族や宮廷魔法師と同等の発言権が認められている。
「色々ありました」
まさにその一言に集約されると思う。
セーレスを助けるために、まずは自身の生活基盤を立ち上げるために仕事をし(ニートだったのに!)、その課程でベゴニアと出会い、カーミラに引き合わされ、百理と戦った。
協力者となってくれた彼女たちにより、僕は自身の魔法を制御するために高次元生命体――人工精霊を創造することに成功し、やがてはオッドアイを含め、大きな戦いに巻き込まれていく。
「オッドアイが
サランガ災害。
まだ僅か半年前のできごと。
ハワイ島民の全滅。
北半球、太平洋沿岸都市部での大量虐殺。
それはかつて二度に渡って人類を絶滅へと追い込んだカタストロフの再現。
約束された滅びの時を回避するべく、そのための戦力を整えるために、オッドアイ――アダム・スミスは魔法を科学的に再現し、魔力を失った人類へと応用する手段を模索していた。
それこそが『歩兵拡張装甲』と呼ばれるロボット兵器であり、その最終形態があの白き翼のダンブーガだったのだろう。
「先程も言ったとおり、こちらの世界において、オッドアイは強大な力を有しています。如何な王都ラザフォードであっても、戦に於いては太刀打ちできないでしょう」
本人曰く、彼は人類史をその身に宿す群体の王、人類の頂点に立つために選ばれた人間だという。
アダム・スミス自身に、僕のような大きな力はない。
だが彼はありとあらゆる年代を生き抜き、そこで様々な人脈を構築してきている。
彼がその気になれば、世界最強の軍隊であるアメリカ軍の四大隊が即座に集結する。そんなことができる人間は、彼以外にはいないだろう。
僕が告げる事実に、やはりハーン国王は怒りの表情を露わにする。
だが、腹に据えかねてはいるが、納得せざるを得ないともわかっているのだろう。決して異を唱えることはせずに黙している。そうなのだ、そのために僕はこの世界を――地球の大都会の姿を見せつけたのだ。
東京という王都を遥かに凌ぐ発展を今なお続ける大都市。これに比肩する都市はこの世界に無数に存在し、もしオッドアイに対して敵対をするのなら、それら全てを相手取って戦わなければならないのだと――言葉ではなく、実感として悟らせたのである。
「じゃが、如何な真正面から戦える相手ではないとはいえ、このまま引き下がることはできますまいのう我が君よ」
国王の内心を代弁するように、ポコス爺さんが促す。
「無論だ。何らかの形で謝罪と賠償は引き出してやらねばなるまいて」
王の言葉は、正直僕の目論見のとおりだった。
この上、王都全軍を率いて地球に攻め入る、などと言われたらどうしようかと思っていた。だが、王の言動は未来志向であり、非常に建設的なものだった。
「タケル・エンペドクレスよ、ここまでお膳立てをしたのだから、お前には働いてもらわねばならないぞ」
「お、お手柔らかにお願いします……」
自分の領地で王様もしているのに、この上王都と地球との橋渡しまでしなければならないなんて。でもまあ聖剣を持ってて自由に行き来ができるのは僕だけなんだからしょうがないよね。でも出来れば誰か代官を立てて欲しんですけど……。
「そのためにもまず、聖都跡を浄化することが何よりも先決です。そのために必要な機材――道具や装備はオッドアイに提供させるつもりです。その上で今後一切、彼には
「うむ、当然だな」
僕の答えに満足したようにハーン国王は頷いた。
その上でとんでもないことを言い出した。
「というわけで、お前に出されていた罪状を全て取り下げる代わりに、特別な外交特使に任命する。位はどうするか……?」
「当然、名誉男爵位より上にせねば、何かと波風が立った時の対処ごとが面倒になりましょうなあ」
ちょっとちょっと?
魔族種の王が王都の特使って正気?
「お父様、ポコス様、お待ち下さい。あまりにもお話が性急すぎます」
おお、レイリィ王女。
あなただけが僕の救いです。
どうか暴走気味のおっさんたちを諌めてください。
「まずは外交特使には私がなりましょう」
うんうん、そうだよね。
元々彼女は外交の専門家なのだ。
僕なんかよりずっと交渉ごとは上手いはず。
「その上で私の補助役としてタケル様を任命いたします。王都での身分は名誉伯爵位が妥当かと。その上で私自身、こちらの言葉を覚えねばなりませんので、留学を希望いたします」
「なにィ?」
「なんと!」
「いけませんレイリィ王女!」
驚愕するハーン国王とポコス爺さんを差し置いて、エミールが叫んだ。
「こんな文明そのものが異なる世界に留学など絶対にいけません! ハーン王家最後のご息女としてあなたには王都に居てもらわないと!」
うんうんと、ハーン国王以下、僕も含めて大きく頷く。
「いつまでも女が王都の顔としてでしゃばるものではありません。そんな立場など、お父様が男子の世継ぎを作れば途端に吹いて消えるような曖昧なもの。それよりも、この優れた世界を学び、民たちへと利益を還元することこそが私の生涯の仕事と心得ます」
「う、うーん……確かに……?」
やべえ、口では誰も王女に敵わない。
もっと頑張れよエミール!
「それに私ひとりを留学させるのが不安なら、あなたもついてくればよいではないですか。きっとこちらの世界は王都にはない優れた娯楽に溢れていて楽しいですよ。ソフトクリームもたこ焼きもいつでも食べられますし」
「……このエミール・アクィナス、どこまでもレイリィ王女にお供します!」
おーいッ!
僕はあっという間に懐柔されてしまったエミールに絶句した。
ハーン国王とポコス爺さんは顔を見合わせながらやれやれなんて首を振ってる。
レイリィ王女はその場に立ち上がると、改めて夜の帳の中、キラキラと輝く大都会のイルミネーションを見下ろす。彼女の瞳は、その輝きに負けないくらい光りに満ち満ちていた。
「というわけでタケル様、今後も何卒よろしくお願い致しますね!」
「ま、まずは、聖都を浄化させないことには話になりませんので、全てはそれからということで……」
そんなこんなで。ハーン国王たちを連れての東京くんだりは、何故かレイリィ王女の一人勝ちで話がまとまってしまったのだった。
続く。
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