第329話 北の災禍と黒炎の精霊篇2⑨ 命をかけて紹介したいヒト〜国賓として認められる龍神様
* * *
『ぷは、タケル様、終わりましたですかー?』
無人となったプルートの鎧の鬣の中から真希奈(人形)が顔を出す。僕がイジェクトしたあとも、鎧を操っていたのは真希奈である。
僕から供給される膨大なる魔力があれば、真希奈の裁量で鎧を動かすことが可能なのだ。ただ、顔を出していると危ないので、僕の視界を共有しながら操っていた。
鎧が前衛を務め、僕が後衛から魔法を放つ。
それを理想として、以前まではそのような訓練もしていた。
だが僕が『魔素分子星雲装甲』を編み出したことで、微妙に役割が変わってしまった。二人で防御、二人でアタッカー。そのような運用も可能になったのは今後の課題だ。
まあそれは置いておいて。
「この世界のジジイは、ホント物量攻撃が大好きなんだなあ」
ヒルベルト大陸最強の風魔法使い、ブロンコ・ベルベディア。そして魔法衣に身を包んだあのジジイ――アストロディア・ポコス、と言ったか。
その攻撃は凄まじく、まさに人類種最強という肩書に偽りなしと言ったところだった。
なんでもあのジジイは炎以外の三大魔素を同時に使うことができるらしい。是非ともその攻撃も見たいところだが――
「おお、これこれ」
僕は床に落ちている剣を拾う。
水精の槍が降り注ぐ直前、真希奈に言って守らせたデカイおっさんが使っていた剣である。
察するにデカイおっさんは、魔力で身体能力を強化できるスキルを持っているようだった。そうでなければ、玉座のある最上段から飛び上がり、僕を直接斬りつけることなど不可能である。
そして、おっさんの剣が直撃する直前、全身を巡っていた魔力が剣へと収束し、刀身を赤黒く染めながら僕へと叩きつけてきたのだ。
その威力は――クレーター状になっている僕の足元を見れば一目瞭然だろう。恐らくこの剣は、使用者の魔力を吸収・増幅する力があるのだ。瞬間的な魔力量だけなら、ビート・サイクルレベルに換算して10は確実に越えていたと思う。
なかなか、宮廷魔法師以外にも面白い男がいるものである。
「真希奈、この剣解析」
『畏まりました、タケル様の視界と魔力線によるリンクを構築。記録開始。どうぞ』
「龍慧眼」
僕は金色の瞳を妖しく光らせながら、手にした剣を
『地球上には存在しない未知の金属組成をしています。検索範囲をディーオ・ライブラリにまで拡大。有力候補多数。さらに検索……最有力候補【マクマタイト】と認定』
「へえ。この世界にある金属で、魔力を吸収する特製があるなら、プルートーの鎧と相性がいいかも……」
現在地球製のシルバーチタニウムによって不足分を補っている鎧が、100%魔力を吸収する素材で構成されれば、プルートーの鎧Ver,3.0が誕生するかも……。
などと僕が、自分が置かれた立場も忘れて変な色気を出していると――――
「タケル様!」
白みが掛かった蒼――
気品のあるドレスの裾を持ち上げ、息を切らせ、時々瓦礫に足を取られながら危なっかしくも僕へと近づいてくる。
混乱状態だった近衛兵たちは目を剥いている。
立ち直りが早いものは、王女を止めようと走り出している。
王女の後ろからは、決死の形相で追いつこうとするエミール・アクィナスが。
取り敢えず僕は帯刀したままだと不味いと思い、無人の鎧に剣を預けようとする。
あ、魔力を吸い取る剣に、魔力が充填された鎧が触れて大丈夫かな、なんて思ってたら――
「タケル様っ」
「うわ」
首っ玉に抱きつかれた。
僕はたたらを踏み、全身で抱きついてきた王女が落ちないよう腰に手を回す。
軽い。鎧越しに感じていた重さよりもずっと。
思わず正面から顔を覗き込む。やっぱりちょっと窶れた感じがする。監禁されていた心労のせい、だろうか。
「お怪我は、お怪我はありませんか!?」
「え、はい、大丈夫です……というか、素顔では初めてだよね?」
「まあ、そういえばそうですね……?」
僕はエストランテにいる最中、あの鎧を脱いだことはない。
レイリィ王女が裏通りで暴漢に襲われていたときも、それを助けて宿に連れ帰ったときも、そして晩餐会の最中もだ。
それなのに王女は
正直言って、鎧を纏っていない僕はどこにでもいる子どもである。
こちらの世界では元服が15歳とのことではあるが、一人前と認められるには数年を要するという。
そして僕は不死となってからもう歳を取ることはない。永遠に子どもの顔のままで過ごさなければならない。
まあ幸いにしてセーレスはエルフだし、エアリスも魔人族という種なので、見た目が大きく変わらないのは僕と一緒だ。
だが、王様がこんな童顔ではよくないだろうと、僕は自分が治めるダフトンの臣民たちの前に出るときは、常に厳ついプルートーの鎧姿で出ることにしている。
それは先程、僕をひと目見たオットー・ハーン14世の言うとおり、己自身の弱さなのかもしれない。でも、その汚辱を受け入れていく覚悟はあるつもりだ。
でも、ことがヒト種族の領域に於いては少々話が違ってくる。
僕は聖都消滅の際に体のいい人身御供として処刑された魔族種ということになっている。だが同時に聖都消滅の真実を知る唯一の生き残りでもある。
その事実を告げるためには、今一度素顔を晒し、タケル・エンペドクレスとして名乗りを上げ、その汚名を雪ぐ必要がある。
今後龍神族の王として、臣民たちを導いていくためには、ヒト種族の巨大国家と敵対したままでは不味いという打算があった。
そして、聖都から齎されているものは、呪いでもなんでもなく、|人類種神聖教会《
アークマイン》が人為的に引き起こしたものであると、正しく教えなくてはならない。
「あのさ、正直キミがわからないんだけど、素顔の僕はこんなんだよ?」
僕は腕の中のレイリィ王女に問いかける。
決して自身を卑下するわけではないが、それでも、レイリィ王女が描いていた『流星の君』のイメージが、素顔の僕と繋がらないことくらいは理解できる。
だというのにレイリィ王女はキョトンとしたあと、じいっと僕の瞳を覗き込んできて言った。
「確かにとてもお若く見えますが、失礼ですがお年はおいくつくらいなのでしょう?」
「今年で16ですが」
「まあ、私よりもひとつ年下なのですね!」
なにが嬉しいのか、レイリィ王女は僕の腕の中で身体を揺すって笑う。そうすると服越しに密着した柔らかなるモノが押し付けられてしまう。
この子わざと? いや、天然なのか?
「魔族種という方々は見た目に反してとても長い寿命を持つと聞き及んでいます。それなのに、お慕いした方が私とそう歳が違わないというのは、とても素敵なことだと思います!」
「それだけ? そんなものなの?」
「はい? 先程からタケル様が何をおっしゃりたいのかよくわからないのですが? ――あっ!」
突然、王女が僕の鼻先で声を上げる。
一体何事なのかと思っていると、彼女はさらに僕の首にしがみつき、ぎゅううっと身体を密着させてくる。
「ひとつ忘れていました! 今は固い鎧越しではなく、直接生身の貴方様を感じられるのですね。もっと堪能しなくては……!」
その物言いに、僕は思わず吹き出した。
もちろん、彼女に息がかからないよう、脇を向いて大笑いをした。
なんだかな。大した玉だよなこの子は。
器がでかいというかなんというか。
そうだよ、常人ならショック死してもおかしくないこと――鎧を着込んだ僕の飛翔特攻攻撃を真正面から食らって爆笑する女の子なのだ。
恐怖によって気が触れたわけでもなく、いくらドルゴリオタイトの加護があったとしても、だ。
「参りました、姫様」
僕は両手を上げて降参のポーズを取る。
王女は「何がでしょうか?」と最後まですっとぼけていたが、でも少々周りを見て欲しいと思う。
「あら?」
王女の肩越しには、憤怒の形相で僕を見つめるエミール・アクィナスがいて、背後では魔剣のおっさんが、魔力を滾らせながら立ち上がる気配がする。
そして周辺では、折れた槍を腰だめにし、包囲網を形成する近衛兵の姿があった。ちなみに彼らからは明らかな嫉妬の表情が見て取れる。
王宮前広場で行われているデモといい、本当にこのお姫様はみんなから愛されてるんだな。
「貴様、今直ぐ王女を離せ。さもなくば、殺す――!」
エミール・アクィナスが抜剣し、それに併せて周囲の近衛兵たちもジャキっと槍を構える。
「あのさあ、さっきから僕、ずっと両手上げてるの見えない?」
「見えんな。レイリィ王女はやんごとなき身分のお方。このような衆人環視の中で見ず知らずの男に抱きつくような不埒者では断じて無い――!」
「だから僕が悪いってか。それって酷すぎない?」
さて、どうしたものかと僕が考えあぐねていると、レイリィ王女がパッと手を離し、ストンと床に着地する。
そして僕に背を預けながら小声で「タケル様、そちらの剣を」などと言うので、魔剣を持った手を持ち上げるてやると、何を血迷ったのか王女は、剣ごと僕の腕を抱き込み、周囲に檄を飛ばした。
「皆の者下がりなさい! 私は今からこの方の人質です! 近づけば殺されてしまいます!」
なんだってー!?
僕はレイリィ王女の顔を至近距離から覗き込んだ。
チラリと目配せした彼女の口元は笑みに形作られていた。
まるで「私におまかせください!」と言われているようだった。
「この方はたったひとり、私の信書だけを持ち、正々堂々と話し合いに来たのです。それをみんなして寄ってたかって攻撃をして、恥を知りなさい!」
王女の物言いにぐうの音も出ないのだろう、全員が悔しげに押し黙り、そして何故か僕を憎悪の目で見てくる。自業自得とは言え、王女に命がけて庇われている僕が本当に気に入らないみたいだ。
魔力で点火したら大爆発を起こしそうな憎の意志力が渦巻く中、その渦中に冷たい声が投げかけられた。
「皆の者静まれ」
瓦礫を踏み越えてやってきたのは誰であろう、オットー・ハーン・エウドクソス本人だった。
僕らを除いたその場の全員が跪く。
エミール・アクィナスも、背後の魔剣のおっさんも、そして近衛兵もである。
「レイリィ、いい加減茶番はやめよ」
「茶番などではありません」
「では貴様、本気でその者のために命を賭けると言うのか」
「お父様こそ、いつまで私がふざけていると思っているのですか?」
「なにぃ?」
鼻白むハーン14世。
さすがはヒト種族の頂点に立つ王。
大した迫力だ。
でもレイリィ王女もそれに負けてないのはすごいと思う。
「私はこの御方に信書を託し、招聘をしたときよりとうに命を賭けています。ですがそれは、私が色に迷ったものでは断じてありません――!」
「ほう。ではなんだと言うのだ……?」
未だ懐疑的な態度を崩さないハーン国王だったが、次なる言葉を聞いた瞬間、その表情が一変した。
「この御方は、聖都消滅の真実を知る生き証人。そして呪いの坩堝と化した聖都を浄化する力を持った唯一の御方。この方の齎す希望に、王都の未来があるのです――!」
跪いた近衛兵たちからざわめきが漏れる。
ハーン国王はそれを咎めもせず、初めてレイリィ王女ではなく、その後ろにいる僕の目を見た。
「タケル・エンペドクレスと言ったか。それは真か」
「未だ調査中なので、絶対とはいえません。ですが、まあなんとかするつもりです」
「貴様、なんだその適当な物言いは! ハーン国王、こんな痴れ者の言葉、耳を傾けてはいけませんぞ――!」
僕と国王との会話に割って入ってきたのは、アストロディア・ポコスの影に隠れていたフリッツ・シュトラスマンだ。僕は気さくに手を挙げる。
「よう、久しぶり。おまえ太ったなあ」
「き、貴様、男爵位であるこの俺になんと無礼な……!」
「いやあ、僕もここ数ヶ月で王様になったんだよ?」
「蛮族の王など飾りにも劣るわ!」
「ああ? 潰れた果実みたいにしてやろうかおまえ……!」
「ひッ――!」
「やめよ」
ハーン国王は頭を抱えながら、重々しく息を吐いた。
「タケル・エンペドクレス殿を国賓として迎える。これは決定である」
ザワッと周囲がどよめいた。
レイリィ王女が「まあ!」と感嘆の声を上げた。
「いけません、私は反対です国王! 今直ぐこの者を排除するべきです!」
「フリッツ・シュトラスマン名誉男爵、自分にできないことを軽々しく言うものではありませんぞい」
未だに食い下がる酒樽に、アストロディア・ポコスが苦言を呈する。
最大戦力である宮廷魔法師ができないと言うのだから、この男には不可能というものだった。
ぐぬぬ、と歯噛みする酒樽を放っておいて、ハーン国王は腕を組み、顎を上向けながら僕を見た。
「先程は失礼した。所詮我らは非力なヒト種族だ。相手が魔族種とあっては臆病にもなる。許せ」
などと宣うが、まるで許しを請う態度ではなく、完全にポーズなのが見え見えだった。なので僕も皮肉たっぷりに言ってやった。
「どうぞお気になさらず。この通りかすり傷ひとつ負っていませんので」
ハーン国王の脇にいるアストロディア・ポコスが一瞬で渋い顔になる。ざまあ。
「ふっ、ふはは――ははははッ!」
瞳を怒りに血走らせ、僕を睨み据えながらハーン国王は笑った。
謁見の間の高い天井に、その笑い声は轟き渡るのだった。
「お父様、すごく楽しそう」
レイリィ王女がポツリと零した言葉に、僕はギョッとしながら耳を疑うのだった。
続く。
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