第325話 北の災禍と黒炎の精霊篇2⑤ エミールに吹く守りの風〜近衛兵団団長暗殺事件・未遂

 * * *



 王宮前広場で行われていたレイリィ王女応援示威運動。


 夕暮れが迫り、三々五々に人々が帰っていく中、エミールの前に現れたのは怪しい風体の男だった。


「そなた、これをどこで手に入れた……?」


 エミール・アクィナスは男から視線を落とし、部下から渡されたばかりの書簡を見た。


 羊皮紙を織り込んで作られたその風合いは、間違いなく王宮御用達の高級品であるとわかる。


 そしてなにより、その裏側のとじ口には、チコの実で色付けされた赤い蝋燭で封がされており、何者が閉じたものなのかわかるよう封蝋印が押されている。


 王冠と太陽サンバル、そして脇に小さくあしらわれた花はペンタス。王家の王女四名それぞれに与えられた四種類の花弁は、そのままその王女を象徴する花として有名である。


 封蝋印に描かれたペンタスの花は紛れもなくレイリィ王女を現した花であり、それが描かれた印も、彼女のみが持ち得ることを許されている。


 だがエミール――エミィにはそれが本物か偽物か見分けることができない。


 王家王女の封蝋がされた書簡は、特別な効力を発揮し、必ず法務大臣、あるいは大公爵、宮廷魔法師の高位、またはハーン14世自らが閲覧をしなければならない法的拘束力を持つ。


 まさに国を動かし得る命令さえも付与することができる書簡をしたためる

ことも可能なのだ。


 そのため、レイリィがこの封蝋を使うことは殆どなく、エミィも実際に使用している場面を見たことは一度もなかった。


「私が今、これの真贋を確かめる術はない。申し訳ないが、そちらの身分を明かした上で、照会をさせて欲しい」


 エミィは改めて男を見やる。

 見事な鎧甲冑に身を包んでいる。


 書簡を差し出した際、真紅の外套衣の下に見えた身体もまるで鋼で出来た筋肉のようだった。


 恐らくあの鎧は全身装甲だろう、とエミィは当たりをつける。


 王都でも全身装甲の鎧甲冑を身に着けているものは誰もいない。


 なぜなら製造が難しく、どうしても高価になってしまうからだ。


 王都の兵士が身にまとう胸甲、肩部、腕、手甲、そして脛当ては部分装甲に分類される。全身装甲を一領を作るためには、部分装甲が最低十領以上の予算がかかってしまうものなのだ。


 男の纏う鎧は、装甲同士が阻害し合う擦過音もさせず、実に滑らかに、男の動きを妨げずにいるようだ。これほどまでに見事な鎧をエミィは見たことがなかった。


「いずれ名のあるお方とお見受けする。申し遅れた、私はエミール・アクィナス第七近衛兵団団長を務めている。して、そちらの名を頂戴してもよいだろうか」


 悪魔を模したような仮面の奥、金色の双眸がキラリと光った気がした。男は鎧越しのややくぐもった声で告げる。


『流星の君』


「なに……? 失礼、聞き取れなかった。もう一度お願いする」


『流星の君、である』


 沈黙が流れる。

 エミィは自身の顔が強張るのを自覚した。


「冗談はやめていただきたい」


 ただでさえ――、ただでさえ昼間にレイリィと口論となり、ささくれていた心が急速に冷えていく。


 すー、はー、と深呼吸をして、湧き上がる怒りを逃していく。だが、鎧の男はさらに挑発的なことを言ってきた。


『我も少々恥ずかしいが、故あって今この場で名を明かすことはできない。したがってレイリィ王女には『流星の君』が来たと告げてもらえれば通じるはずだ』


「そ、そのようなふざけた名前の者を、照会などできるわけがないであろう……!」


 すぐ近くに部下がいることも忘れ声を荒げる。

 エミィはすぐハッとしたあと、部下に視線を走らせる。


 最初に鎧の男の対応をしていた兵士は戸惑いの表情を浮かべて、鎧の男とエミィとを注意深く見守っていた。


 エミィは無言のまま兵士の眼前に手を掲げ、パッと五指を広げる動作を二回したあと、クイクイっと手招きをした。至急応援、十人。という意味の手信号だ。兵士は弾かれたようにその場を離れていく。


『もしや、我は今疑われているのだろうか?』


「この状況で危機感を抱かぬ者がいたら、明日からは無職になるであろうな」


 言いながらチャキっと剣の柄に手をかける。

 エミィは殺気を隠しもせず、目の前の男に再度問いを投げかけた。


「そちらの名前と身分を明かしてもらいたい」


『それは――先程も言ったが、現時点では出来かねる』


「何故だ。名前を明かせない理由がわからぬ。ますます持って疑惑が深まるばかりだぞ」


『そうか。書簡を見せれば容易いかと思ったがことはそう単純ではないらしい。……真希奈、どうしようか――』


『そうですねえ』


「なっ!?」


 不意に聞こえた第三者の声に、エミィの警戒心が跳ね上がる。


 男の一挙手一投足を見逃すまいと目を皿のように観察していると、不意に男の頭部から伸びたたてがみがモコっと膨らんだ。


『ぷはっ、……王宮の警備を預かる衛兵としては当然の反応だと思いますし、ならもういっそ名乗られてはいかがですか?』


 男の髪の上を、トコトコとした足取りで踏みしめ、小さな少女がお辞儀をするように真下の男を覗き込む。それは限りなく精巧に作られた人形のようだった。小さな背中には、四枚の翅がついている。


 王都にはまるで生きているように人形を動かす劇団がいるが、少女を模した人形はまさしく生きているように表情が動き、傀儡糸など介在せずとも、自分だけで動いているように見える。


『忘れたのか、王都で僕の名前はご法度だぞ』


『そうでした。大変遺憾ながらここではそうでしたね。はっ――でしたら、真希奈は今タケル様のことをなんとお呼びすればいいのですか!?』


『なんとでも好きなように呼べばいいだろう。あと今一回アウトだぞ?』


『なんとでも、ですって……? 真希奈の好きに呼んでいいと?』


『おーい、聞いてる?』


 愛くるしく表情を変えた人形の少女は、夕暮れであるにもかかわらず、そうとわかるほど頬を赤らめている。本当にどのような構造になっているのか気になり、エミィは何故かハラハラしながらふたりの会話を見ていた。


 人形の少女は『ゲフン、ゲフゲフ』と念入りに声を整えると、鬣をひとつまみ、それをギュッと抱きしめながらそっと囁いた。


『あ、あなた……?』


『却下』


『なんでですかー!?』


 ゲシゲシと頭の上で少女が地団駄を踏む。『痛、やめろ!』と鎧の男が本気の様子で抗議した。


『じゃあじゃあ旦那様。これで行きます!』


『なあ、隙あらば婚姻関係をねじ込んでくるのやめないか? 僕とお前は父娘の関係だろう?』


『今はこのような小さなナリですが、いつかもっと大きくて生身に近い肉体を手に入れたら、父娘関係を夫婦関係にクラスチェンジさせる所存です!』


『超具体的な未来設計だなおい。っていうか当てがあるのか? イリーナとコソコソやりとりしてるのはやっぱりそれなのか?』


 言葉の端々に聞きなれない単語が交じる。

 エミィを置いてきぼりにして、ふたりで漫談じみた会話を始めてしまう自称父娘。


 実はこれは今度王都立劇場で発表予定の新作人形漫談を見せつけられているのかもしれない……。とにもかくにも、ふたりの微笑ましい掛け合いは、よくも悪くもエミィの警戒心を引き下げる結果となった。


 全身装甲で悪鬼を模した仮面の男も、口を開けば存外気さくで明るい。肝心な手綱は緩めるつもりはないが、頭から敵愾心を抱くことはないのかもしれない……。


「あー、いいだろうか?」


『む。いや、こちらこそ申し訳ない。我の娘が失礼した』


『真希奈の方こそ、真希奈の旦那様が失礼しました』


 軽く頭を下げる鎧の男の頭頂部で、これまたペコリとお辞儀をする少女がなんとも滑稽だ。エミィは頬をピクピクとさせながら、応援が来るまでの間、相手の正体を探ろうとする。


「少し聞き方を変えよう、そちらが今明かすことができる情報を教えて欲しい」


 仮面の奥で金色の瞳がせわしなく瞬きする。人形の少女もまた目を丸くしていた。


『そんな風に聞かれるとは思っていなかったな。なかなかどうして、キミは柔軟な思考の持ち主のようだ』


 鎧の男からの評価にエミィは「当たり前だ」と内心で呟く。オットー・レイリィ・バウムガルデン王女と一体どれだけの付き合いになると思っているのか。


 エミィは昔からレイリィ王女の突拍子もない行動に振り回され続けてきた。ここ最近では、専ら長耳長命族エルフの領域に行きたいと、暇さえあれば旅立とうとする彼女をなだめ透かし、たしなめてきた自負がある。


『我はこう見えてとある地方領地を治める立場でな』


「ほう、それはそれは。何故名前を明かせないのかますますもって不可解だ」


 やはり、とエミィは得心する。予想通り相手は貴族のようだ。それなら全身装甲といい、人形と戯れる芸事といい、諸々金持ちの道楽だと思えば納得はできる。


『真希奈の名前は真希奈といいます!』


「マキナ、とな。耳慣れない響きだ。だが悪くない」


『そちらの書簡はレイリィ王女たっての願いで我へと預けられたものである』


「なんと……、そなたから乞うたものではなく、レイリィ王女の方からそなたに? 中身は一体どのようなものなのか……?」


 鎧の男の言葉が本当だとするなら、レイリィ王女の方から懇願して、この男を王都へ招聘したことになる。


 レイリィ王女は破天荒な性格ではあるが、決して向こう見ずではない。自分の行動が本当に王や民たちに不利益になるようなことはしない。逆を言えば、国益に叶うことは多少の無茶を押してでも達成しようとする。


(あの人形は恐らく奇術の類い。ではあの風貌は態と? 確かに話した感触からは不思議と毒はない……)


 他者との会話に人形の奇術を用いる貴族など聞いたことはないが、ヒトとしての心根は信じてみてもいいのかもしれない。


 エミィがそう思いかけていた矢先だった。鎧の男が口にした単語を、彼女は聞き逃さなかった。


『レイリィ王女にはエストランテでの大恩がある。我はそれを返しに来たのだ』


「エストランテ、だと……?」


 それはレイリィとエミィとを不和にさせた因縁の地。東の最果てに赴いたばかりに、レイリィ王女は今、かつてない窮地に立たされている。


「そなたは永世中立国エストランテ王国でレイリィ王女と会ったと……?」


『うむ。ベアトリス殿下の晩餐会でのことだ』


 まさか、コイツが……!

 レイリィ王女の――自分の妹分を誑かした男だというのか。


 一度心にべた怒りの炎が再び燃え盛る。


 例え相手が貴族であろうと殺す。

 自分の地位も名誉もただではすまないだろうが、必ず殺す。エミィはそう決意したはずだ。


 もし目の前の男が本当にレイリィを堕落させ、エストランテ外交を失敗に終わらせた張本人だというなら、もうこの場で手打ちにしてやろう。


 そしてレイリィはあることを閃き、懐へと手をいれる。指先に冷たい鎖の感触。それを引き抜きながら、男の前へと掲げて見せる。


「名も知れぬ、いずこから来たとも知れぬそなたに聞きたいことがある。これに見覚えはあるか――!?」


 爪の先ほどの小さな宝石がついた首飾り。

 斜陽に照らされても尚、冴え冴えとした深緑の輝きを放つ、かなり高価であろう宝飾品である。


 半年前、レイリィと別れる直前にはなく、半年後、再会を果たしたレイリィの胸元を当然のように彩っていた首飾り。


 エミィは息を詰めて答えを待つ。

 そして鎧の男は確かに『それはレイリィ王女の――』と口にした。


 次の瞬間、エミィは目にも留まらぬ速度で抜剣していた。夕闇の中、幅広の刀身が真っ赤に染まる。


 都合がいい。今より目の前の男の血で尚赤く染め上げてやる――


「あのぅ」


「ッッ!?」


 エミィが突撃のため低く身構えたときだった。

 背後から声をかけられ、ギョッと身体を強張らせてしまう。振り返ればそこにいたのは、腰が曲がった小さな老婆だった。


「あなた様はもしや、レイリィ王女様の側近であらせられる、エミール様でいらっしゃいますか……?」


「そ――、そうだ……」


 振り上げた剣を下ろせず、しばし逡巡したあと、エミィは結局剣を納めた。


 老婆はシワだらけの目元を笑みに形作り、ニコッと歯を見せて笑った。前歯が欠けていて愛嬌がある笑顔だった。


「ああ、やっぱりぃ……! おふたりで街を歩いている姿を遠くからお見かけしたことがありまして、今ももしかしたらと思って、お声をかけさせてもらったんですよ。お体を崩されているというレイリィ様は大丈夫ですか……?」


 老婆は相手がエミィと知って、途端まくし立ててくる。恐らくこの者は王都に数多くいるレイリィ王女の熱心な愛好家ファンだろう。


 レイリィ王女は老若男女に関係なく市民から愛されている。そして王女の隣にいるエミィの顔も必然市民たちに浸透している。


 先程まで行われていた数万人規模の示威行動に、この老婆も参加していたのか。自分の声を直接王女へ届けてくれるかもしれないエミィを見つけ、思わず声をかけてきたのだろう。


「レイリィ王女は間違いなく回復へと向かっている。安心されよ。もう間もなく、元気な姿をそなたたちにも見せられるはずだ。それよりもさあ、もう日が暮れてしまうぞ。足元がまだ見える内に早く帰った方がいい」


 鎧の男に殺意を抱き、そのまま殺してしまおうとした矢先に声をかけられ、エミィの怒りは行き場を失ってしまう。だが同時に、自分が明らかに暴走していたことを自覚し、さぁっと血の気が引いていく。


 チラリと鎧の男の方を見やれば、突然割って入ってきた老婆を不快に思っているのか、金色の瞳が鋭く細められている。


 そうだ、こんなところで自分が刃傷沙汰など起こせば、レイリィ王女の風評が悪くなるかもしれない。エミィは大きく深呼吸をし、怒りの炎を完全に鎮火させる。


 それが――――決定的な隙を生み出した。


「ご丁寧にありがとうございますねえ」


 老婆はただでさえ折れ曲がった腰をさらに低くし、涙ながらにこうべを垂れてくる。大げさすぎる老婆に顔を上げて貰おうとエミィがその肩に手を触れた瞬間だった。


 ギラリと、老婆の顔の下、夕日を跳ね返す白銀の輝きがあった。それが短剣だと気づいたときにはすべてが遅かった。


 完全に間合いに入っていたエミィは回避することもできず、下からえぐられるように、腹部を刺されてしまう。


 油断した。致命傷だ。回避のしようがない。

 一瞬息が詰まり、緊張から横隔膜がせり上がり、咽る。足が縺れ、完全な死に体に陥った。


 だが、想定していたはずの痛みと脱力はまだこない。何故――――


「なッ――!?」

 

 頬を風が撫でた。

 気がつけばエミィの全身が、深緑の膜のようなもので覆われていた。


 老婆に刺されたはずの胸甲と腹部の隙間――未だ突き立てられたままの切っ先は、深緑の膜に隔てられ、もうそれ以上押し込むことができなくなっているようだった。


「なッ、なんじゃこれは――!?」


 老婆が叫んだ瞬間、切っ先が触れた部分から突風が吹いた。指向性を持った深緑の風が、短剣を持った老婆を遥か彼方へと弾き飛ばす。


 有に十間は空を泳いだ老婆は、さらに広場の地面を転がり、生け垣に頭から突っ込み動かなくなる。


 エミィは急ぎ自分の胸を、刺されたはずの部位をまさぐった。


 無事。血はおろか服も破れてはいなかった。

 当然胸甲には傷さえついていない。


「い、一体、何が――はッ!?」


 自らの右手の中、深緑の首飾りが一際強く輝いていた。次第にその輝きは失われていき――完全に消失する。辺りには宵闇と静寂が戻る。


『風の魔法によるウィンド・シールドの発動を確認。発動誤差は0.0002秒。風のドルゴリオタイトは有効に機能しました』


 言いながら、人形の少女が飛んでいた。

 四枚の翅を羽撃かせてエミィの手元――、深緑の首飾りの周囲をくるくると回る。


 この少女、操られた人形などではない。まさか本当に生きているのか――!?


「エミール団長!」


 その時ようやく、呼んでいたはずの応援が駆けつける。エミィの屈強な部下たちが十名、素早く展開すると、敵意もむき出しに鎧の男を睨みつけた。


「待て、その者は違う! それよりも向こうの生け垣で目を回している老婆がいる。いずれかの国が遣わした暗殺者の可能性がある。直ちにひっ捕らえよ!」


 駆けつけた近衛兵たちは一瞬ポカン、としたあと、すぐさま動き出す。


 完全に目を回している老婆は、総身に幾本もの短剣を隠し持っていることが判明し、気がつく前にふん縛られ、連行されていった。


 改めてエミィは自分の手の中にある首飾りと、そして闇の中に佇む鎧の男とを見やる。


「教えてくれ。この首飾りは一体……?」

 

『風の精霊の加護を封じた守りの首飾りだ。我が仲間たちと共に作り上げた、実と美を兼ね揃えた芸術品である』


「風の精霊、だと……?」


 不意打ちで致命傷を食らったはずなのに、それを防ぐどころか敵さえも無力化してしまった。このような品が流通しているとすれば、王侯貴族や大商人、軍関係者には大変重宝されることだろう。


 命が助かったはずなのに、エミィは苦痛に顔を歪めた。そして自分の素直な心情を吐露する。


「レイリィ王女が言っていた……、私は目が曇っていると。そのとおりだった。あまつさえ醜い嫉妬を抱き、そなたが贈った守りの首飾りを、王女から取り上げてしまった」


 情けない……。

 そう呟き、エミィはうつむいた。

 恥も外聞もなく泣きたい気分だった。


『その宝飾品、エストランテでは今ようやく販売をし始めたところなのだ』


 エミィは面を上げる。

 その拍子に涙が零れ、慌てて目元を拭う。


『精霊の加護を持った風と水の宝飾品は特に高い人気を誇り、数ヶ月先まで予約でいっぱいだ。買っていくのは個人であり、名のある王侯貴族や大商人、軍人が主だという』


 エミィが想像したように、やはり一般市民には手が出ない代物のようだ。


 見目も美しく、そしてまた強力な防御の魔法により身を守ってくれるというのなら万金を詰んでも買っていくものは後をたたないだろう。


『だが、購入していく者の使用用途の殆どが贈答用だという。自分の妻に、娘に、恋人に……。我が身よりなにより、危険から遠ざかって欲しい願う者――愛する者にこそ身に付けてもらいたいという気持ちがあるのだろう。だから――』


 悪鬼の仮面の奥、男が笑みを浮かべる。

 そしてそれが無二の答えと言わんばかりに断言した。


『キミの命が助かって、レイリィ王女はきっと心から喜ぶはずだ。奪ったとか、そんなことは問題じゃない。キミが窮地のとき、その首飾りを持っていて幸いだったと、胸を撫で下ろすのが彼女なんじゃないかな』


 それは――レイリィという少女を知るエミィには容易に想像できることだった。だが、そんな当然のことを名前も顔もわからぬ男に言われたことが面白くなかった。


「そなたに言われるまでもない。何を得意げに語っているのかはわからんが、そなたよりも私の方が、レイリィ王女とはずっと長い付き合いなんだ。あまり調子に乗るなよ……!」


 ゴシゴシと涙を拭い、唇を尖らせる。

 この鎧の男、第一印象こそ悪かったが、思ったより良い奴のようだ。


 だがエミィもレイリィ王女に関しては譲ることはできない。むしろ恋敵に抱くよう、嫉妬の気持ちが沸き上がってくる。


『あれ? 真希奈、僕今すごくいいこと言ったよな?』


『もちろんです。録画しておきましたー!』


『じゃあなんで僕が睨みつけられているの?』


『タケル様の知らない世界があるということだと思います!』


『どこだよその世界。【ゲート】の魔法でも行けないの?』


「ふ――」


 鎧の男と人形の少女とのやり取りに吹き出す。

 やれやれ、本当に漫談を見せられているようだ。

 このまま王都立劇場の舞台袖に連れて行ってしまおうかとさえ思う。


 だが――


「流星の君、だったか。ついてこい。ここはもう暗い。話の続きは王宮内で聞こう」


『おお、真希奈、お堀の真ん中に建つあの城に行けるぞ!』


『おめでとうございます、やりましたね!』


『どんな食事がでるのか楽しみだな』


「言っておくが」


 後ろからついてくる気配に振り返り、エミィは釘を刺すのを忘れない。


「そなたはまだ要注意人物であることには変わりない。客分として連れていくわけではないので、食事など期待するなよ」


 それだけ言うとエミィはさっさと歩き出す。

 背後では『ちくしょー!』『どんまいです!』などと姦しいやりとりが聞こえてくる。


 エミィは口元を綻ばせながら、名前も身元も不明な男を、自らの裁量で王宮へと招き入れるのだった。


 続く。

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