第315話 北の災禍と黒炎の精霊篇⑨ 幕間・精霊魔法師の按摩治療〜ソーラス寝台に散る

 * * *



 赤猫族のメイド、ソーラス・ソフィストはこの世の極楽を味わっていた。


「はあ、はああ――ひぅ!」


 寝台の上で全裸となり、上質な肌触りの布を素肌の上から被せられ、その上から暖かな手のひらが撫でてくる。


 青々とした太陽を纏いしその御手は、瞬く間に傷ついたソーラスの身体を癒やし、白く細くたおやかなる指先は、的確に血流の滞った部位を探り当て、雪解けのように溶きほぐしていく。


「ああ〜、ああ〜、ダメ〜、これヤバいぃ……!」


 全身にムズムズとしたこそばゆい感覚が生まれ、それが白い指先の導きによって中心に寄り集まっていく気がする。


 それは気の所為などではなく、ムズムズが取り除かれた手足の末端は、ポカポカとした熱と清涼感だけが残り、得も言われぬ気持ちよさだけが滞留している。


 だがそれとは裏腹に、身体の中心――下っ腹のあたりにより集められたムズムズは、今や看過できない恍惚へと変貌を遂げ、ソーラスをさいなんでいた。


「は、はにゃ、にゃー、にゃーっ!」


 ソーラスは寝台の上、まるで盛りのついた雌猫のように鳴いた。


 とっさに手で清潔な敷き布をギュッと掴む。

 両の足の指もぐぐぐっと丸めている。

 固く脚と脚の付け根を合わせて、お尻にもグッと力を込めた。


 そうやって耐えていないと、何かとてつもないモノが抜けていってしまいそうになる。


 それは不味い。とても不味い。年頃の娘として、嫁入り前の女として、矜持を持ってなんとか耐える。


 昨夜は炎熱地獄と寒冷地獄を味わっていたというのに、今は暖かな天上界にいるようだ。まさかこんな気持ちよさを味わえるなんて……。


 早く終わってほしい。でも終わってほしくない。

 手放し難く、けれども忌避したくもある。


 ただ、この感覚に長く浸かっていれば、遠からず頭の中身が溶けてしまうことは必至だった。


「はーい、色々悪いのが溜まってるからもうちょっとかかるからねー」


 頭上で無慈悲な宣告をされ、ソーラスは一気に切ない気持ちになった。


 こんなに叫び出したくて仕方のない感覚をまだ味わわなければならないのか――


「だらしない顔してぇ。そんなに気持ちいいの?」


「え?」


 言われてから気づく。

 いつの間にかソーラスは口端を釣り上げて笑っていた。


 口角からはだらしなく涎が伝い、真下の敷布をぐっしょりと濡らしていた。


 軽く触れれば、着火したように頬が火照り、鏡に写せば、目尻もだらしなく下がっていることだろう。


「感じやすいんだねソーラスは。じゃあもう少し……タケルの世界では『さーびす』っていうんだっけ。『さーびす』してあげるね?」


「セ、セーレス先生、お手柔らか――にぃぃぃ! にゃあ”あ”あ”〜ッ!」


 藍色の水球を纏った手がソーラスの尻を真上からグッと力強く押してきたのだ。


 下っ腹に集まっていた恍惚が全身――両手足の末端にまで逆流し、ビリビリとした痺れが脳天を貫いた。


「今ね、タケルの世界の『あんま』っていうのと『せいたい』っていうの勉強してるの。私の魔法と併用して使うと効果がすごいんだよ。あ、今押したのはね、『せんこつ』と『びていこつ』の中間なんだよ。ちょうどそこが『たんでん』って言って、ヒトにとって一番重要な部位と重なってるんだけど……女の子だと子宮も近いからすごいでしょ?」


「は、はひぃぃ〜……!」


 ソーラスは――ちょっと家族が見たら卒倒するような蕩け切った表情になっていた。


 信じて奉公に出したはずの娘が、口を半開きにして声を上ずらせ、顔を真っ赤にして、ボロボロ涙を流しているのである。


 弟のクレスがが見たらきっと「姉ちゃん、何やってんだよ!」と嫌悪も顕にドン引きすること間違い無しである。


 だが、ことはこれで終わりではなかった。


「はーい、また戻すね〜」


「ひぎッ、ぎぃ、あ”あ”あ”ッッ……!」


 藍色の水球を纏った手が、末端、関節、背骨の順番に撫でていく。


 全身に拡散していたはずの恍惚が再び『たんでん』という身体の中心に集められていく。


 波が引いたあとの手足には、ポカポカどころか、煮えた湯を流し込んだような熱が宿り、下っ腹には先に数倍する恍惚が溜まっているのがわかった。


 不味い。

 このままでは死んでしまう。

 あまりの快楽に脳をかき回され、死因も死に顔も家族に秘密にしなければならない有様で果ててしまう。


「セ、セーレス、ぜんぜいッ! も、も”う、十分、ですから……!」


「そう? じゃあ終わりにするね?」


「ひッ――」


 無邪気な声に怖気が走った。

 稀代の精霊魔法使いによる回復施術が最終段階に入ることがわかったからだ。


 寝台の上で喘ぎながら、ソーラスは肘を曲げて両脇を締め、股をキツく閉じてお尻に踵をつける勢いで膝を曲げた。


 そうして胸を反らし、喉を反らし、お腹の下に僅かな空間を作るように尻を上げる。


「はい、悪いの悪いのとんでけー!」


 恍惚が昇天した。

 尻の上から尻尾を通り、その先端から灼熱が抜けていく感覚。


「ふひゅ――」と息を吸い込むと、ソーラスは溜まりに溜まった快感を爆発させた。


「んにゃあ”あ”あ”あ”あ”ッッッ――――――あ、あ”ーあ”ーあ”ー…………」


 これまでの生涯で経験したのことのない感覚だった。濁流の波から解放され、滝壺へと無限に墜ちていくようだった。


 ソーラスの顔面は涙と洟と涎でグシャグシャになっていた。


「はーい、お疲れ様でしたー。治療は終わりでーす。どうだった?」


 これまで勉強してきたことも全て加味した渾身の施術を終えて、白衣姿のセーレスは満足そうに額の汗を拭った。


 そう、ここは龍王城の一室。

 ノーバにあるクリニックの施術室を再現したセーレスの自室である。


 治療中は邪魔になるからと最近髪はお馬の尻尾ポニーテールにしているセーレスが満足げな顔でソーラスに感想を求めた。


「らめ、こんらの、れったい、らめれす、せんせー……あ、ああ……ごめん、なさ……!」


 手足を投げ出し、全身弛緩仕切ったソーラスがさめざめと泣いていた。


 緩みきった彼女の下腹部を暖かな体液が濡らしていく。


 それは寝台の上にみるみる広がっていき、床にさえ滴り始めた。


 その正体を一瞬で悟り、セーレスは血の気の引いた青い顔で呟いた。


「これは……使えない。封印します……」


 バハのおばあちゃんに今度施してあげよう、などと思っていたが、これはいけない。


 施術したが最後、天へと召されてしまう。孫娘のビオには決して見せられない表情で天国へ逝ってしまうだろう。


 セーレスはソーラスの身体を清めるための水球風呂を用意しながら、目覚めた彼女に必死に謝り倒すのだった……。


 続く。

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