第312話 北の災禍と黒炎の精霊篇⑥ 木漏れ日の下でロマンスを〜救助要請を受ける龍神様

 * * *



 それはある種幻想的な光景だった。

 尋常一様ではない黒い炎が辺り一面を灼いている。


 炎の勢いは凄まじく、床も壁も天井も、全てを包み込んでいた。


 そこに、奇妙な物体が転がっている。

 黒い炎を纏いながら、藻掻くように、苦しむように身を捩り、だがやがて静かになって小さく、丸くなっていく……。


 マンドロスはその様を――連れてきた部下たち全員が赤子のように手足を縮め、物言わぬ消し炭に変わり果てていく様子を眺めていた。


 何故か、マンドロスの周りだけ炎が避けている。

 それでも室内の温度はヒトには致命的なものになっている。


 幸か不幸かマンドロスは汗腺や痛覚など、正常な感覚機能は呪いのせいでなくなっていた。こうしている間も、皮膚が爛れるほど熱いはずなのに、まるで熱さを感じない。炎を巻いた空気を吸い込み、喉がれ、肺が火傷しているはずなのに、何も感じられないのだ。


 ただひとつ、感じるものがあるとすれば、それは心だけ。

 自らの死期を悟り、最後の心残りを解消するためアイティアを探した。


 崩壊した混沌の聖都で求めた麗しき獣人の少女。組み敷いて陵辱を尽くそうとしたあのときほどの興奮を、マンドロスはかつて味わったことがなかった。


 故にもう一度、少女を求めた。少女を奴隷の頃に戻すため、絶望の淵に叩き落とすこともやってのけた。


 だが、これは違う、と。

 こんな光景など望んではいなかった。

 こんな地獄の顕現など、誰も想定してはいなかった。


 アイティアという無垢な少女を辱め、犯し、生きながらの絶望を与える。

 そうして嗜虐心を満たしてから終わりの時を迎えるはずだったのに――――


「おお……!」


 水分が完全に失われた口腔から掠れた感嘆が漏れる。膨れ上がった舌が邪魔で喋ることは適わないが、もうそれはどうでもいいことだ。何故ならマンドロスは、言葉を失い、魂さえ抜けたように、放心してしまったから。


 炎の向こうから、美しい少女が現れる。

 裸身を晒し、漆黒の髪を棚引かせ、まるで我が子のように黒い火の粉を従えている。


 その口元には亀裂のような笑みが刻まれており、一歩、また一歩と近づくたび、少女から放たれる圧力と熱量がマンドロスを炙りあげていく。


 天からの御使いだと、マンドロスは思った。

 枯れたはずの涙腺から、熱いモノが溢れてきた。

 それは赤い色をしていたが、マンドロスは拭うことはしなかった。


 黒炎の中、神々しいまでの美しさを持った少女が、両手を広げる。


 マンドロスはベリリっと、高温で床に張り付いた足を引き離しながらアイティアを受け入れる。ほっそりとした手が伸びてきて、それは顔に触れる直前に方向を変え、マンドロスの腹部へと突き入れられた。


 まるで水面みなもけるように、何の抵抗もなく入り込んできた真っ白い手が、腹の中でグネグネと蠢く。


 痛覚がないマンドロスからすれば、絶大な違和感のみが自分の腸をかき回しているのだが、やがてそこに灼熱が生まれた。


 体内で太陽サンバルが生まれたのではないかと錯覚するほどの熱は、眠っていた彼の痛覚を呼び起こし――起こした途端、これまでの生涯を引き換えにするほどの激痛がマンドロスを貫いた。


 火ぶくれで声が出せないマンドロスは、天を向き、口をパクパクと喘がせた。のたうち回りたいほどなのに、身体は棒立ちのまま動かない。アイティアがマンドロスの腹の中、指先を曲げるだけで、雷撃のような痛みが奔った。


 マンドロスは泣いていた。

 血の涙を流し、血の泡を吹き、激痛に脳髄を支配されながらも、呪いによって失われた感覚を取り戻し、歓喜していた。


 ――――やはり、あなたは最高だ――――


 奴隷らしからぬ美貌を持った少女。

 もし彼女がヒト種族だったら。

 もし自分が人類種神聖教会アークマインの信徒でなかったら。

 おそらくマンドロスは少女こそを生涯の主と崇め讃えていただろう。


 だが少女は下賤な獣人種で、マンドロスも教義を捨てられなかった。

 聖都の呪いに侵されていると知り、周りの者が次々と死に絶えていくのを見て、マンドロスは是が非でもアイティアにもう一度会わなければならないと思った。


 死にゆく自分を少女に深く刻むため、陵辱の限りを尽くそうと決意したが――本当は、こうなることを望んでいたのかもしれない。


 呪いなどではなく、少女の手ずから逝くことができれば、それはなんという幸福だろう……。


 ついに、マンドロスの体内を突き破り、黒炎が吹き出す。

 燃え尽きる最後の瞬間まで意識を支配され、気を失うこともできない。


 酷薄で冷淡に笑うアイティアの顔を目に焼き付け、全身を黒炎の燐光に溶かしながら、マンドロスという男は完全に、未来永劫この世界から消滅した。

 


 * * *



 火急の伝言を持ってきたのは冒険者ギルドのハウトさんだった。


 その日、僕ことタケル・エンペドクレスは、ついに放置し状態だった龍王城の周辺の整地に乗り出していた。


 僕の最近の仕事と言えば、ウーゴ商会を通じてやってくるドルゴリオタイト製の装飾品の発注と、ダフトンの街と我竜族が建設中の港との折衷。さらに魔法花火の作成などなど多岐にわたる。


 ようやく諸々の仕事が軌道に乗ってきたところであり、領地を治める王として、実に多忙な日々を送っている。


 それでも、慣れてくれば余裕も出てくるもので、主に内装の修繕と整理整頓を行っているエアリスに対して、城の周りの整地は僕がやろう、というくらいには時間的余裕が出て来るようになったのだ。


 家族揃っての朝食を済ませたあとは、セーレスは街の診療所に向い、子どもたちは今日も風のように飛竜とラプターを従えて吹っ飛んでいき、オクタヴィアと前オクタヴィアはなにやらコソコソと出かけてしまった。


 エアリスは一通りの家事を済ませた後は、最近の日課となっている、ディーオコレクションの片付けをひとりでのんびりと行っていた。


 平和だ。

 実に平和である。


 ついつい僕も、さて午後はミクシャのところに顔を出すか、それとも市街の僻地に隔離……引っ越ししてきたリシーカさんのところに顔を出すかと考えあぐねてしまう。


 そうそう、ついにリシーカさんがナーガセーナから単身引っ越しをしてきたのだ。

 彼はその特殊な技能と秘匿性を守るため、町から少し外れた丘の上に呪印工房を構えた。


 龍王城からも町からも均等に離れた場所であり、職人が集中して仕事をするにはなかなかよい環境と言えた。


 ただ町までは歩きで小一時間ほどかかるので、生活能力の足りないリシーカさんが倒れていないか、定期的に様子を見に行く必要があるのだ。


 リシーカさんは根が貧乏性らしく、せっかく僕が渡した報酬には殆ど手を付けず、その生活は質素なものだった。本人曰く、贅沢に慣れると腕が鈍る、だそうな。僕にはまったく理解できないが、職人の繊細なこだわりなのだろうと思うことにしている。


 そんなわけで。

 さて中天までは暇だなーと思っていた矢先、城の周りで好き放題群生する鬱蒼とした木々がちょいとばっかし気になってしまったのだ。


 龍王城は町を見下ろせる小高い絶壁の上に建っている。龍の膝下であるノーバの歓楽街からは城を見上げることができるのだが、それは木々に囲まれた城の屋根がちょこんと見える程度のものなのを思い出す。


 別に魔王城というわけでもないんだし(いや、臣民達の中には僕のことを魔王と呼ぶ者もいるようだが)、もっとオープンな感じにしてもいいのではないだろうか。


 例えばそう、町にあるランドマーク的な存在になれれば最高だ。「ねえ、じゃあお城が見える噴水前で待ち合わせね」みたいな使われ方をすれば言うことナシである。噴水なんて洒落たもの、ダフトンの街にはないけれど。うん、いずれ作ろうか。


「よし決めた。もうちょっと見栄えがいい感じにしよう」


「一体なんの話だ?」


 不意に背後から声をかけられる。振り向かなくてもわかる。彼女が側にいるだけで、まるで空気感が違う。清涼な風が僕に纏わりつき、露出した腕や首を悪戯っ子のように撫でていくからだ。


「うん、せっかくだからもっとこの龍王城を、オープンな感じにしようと思ってさ」


「おーぷん? すまんが地球の言葉であっても全部は網羅しておらん。どういう意味だ?」


 エアスト=リアス。

 蒼みがかかった銀髪に褐色の肌。

 地球に居た頃は専ら制服かスカジャン姿で。

 出会ったばかりの頃は、革製の戦装束を纏っていた。


 それが今ではメイド服姿であり、頭の上にはブリムまで乗っかっている。

 当初そのメイド服は、ラエル・ティオスの家臣たちから貰い受けた由緒正しきクラシカルメイド服――ワンピースタイプでロングスカートのもの――だったのだが、今では袖丈が短く、スカートも膝上のタイプのものになっている。


 ならば当然、そこには生足がこんにちはしているのかと思いきやそんなことはなく、ニーソックスのような靴下でお御足を固めている。そして驚かないで聞いて欲しいのだが、短いスカートとニーソックスの間には、わずかに露出した彼女の素肌が覗いていた。


 ゴクリ。

 こいつ、こんな高度な技を……。

 男の琴線に触れるポイントを的確に攻めてきやがる。


「なんだ、随分と熱心だな。私のここが気になるのか?」


 僕の視線に気づいたエアリスは、不機嫌になった様子など微塵もなく、むしろ笑みを深めながらチラッとスカートを持ち上げてみせた。


 なんてことだ。

 見えそうで見えない。

 最強のチラリズム。

 絶対領域とも呼ばれる部位。

 エアリスはそれを意図的に作り出したり消したりしている。


「って、おい! お、女の子がはしたないぞ、いい加減スカートをチラチラさせるのはやめるんだ!」


「む。やめていいのか。見たいのなら心ゆくまで見てもいいのだぞ?」


 え、嘘、マジで?

 ジッと目を凝らせば……おお、エアリスさんの太ももが……ニーソックスと太ももの境目がムチッと若干盛り上がっていらっしゃる。


 この盛り上がり方に男はぐっと来てしまうのだが、理解できる同士は手を挙げて欲しい。


 ってちょっと待て。

 落ち着け僕。ふしだらな目でエアリスを見てはいけない。


「お、おまえ、その改造メイド服といい、今の仕草といい、一体どうしちまったんだ。ら、らしくないぞ……!」


 なんか今日はエアリスが綺麗すぎてドキドキするの僕。

 いや、元から綺麗なのはわかってるし、エストランテでドレスアップした姿も見てるからエアリスの美貌には慣れていたはずなのに、なんだか今日はまた違うエアリスの魅力に気づいてしまった気がする。


 そんな僕の内心とは裏腹に、エアリスは「こういう私は嫌だったか?」などと聞いてくる。


「いや、別に……嫌じゃ――」


「む。しばし待て。今のはちょっと聞き方が悪かった」


 は? 聞き方? なんのこと?


 エアリスはコホンとわざとらしい咳払いをしたあと、何かを思い出すように視線を虚空に彷徨わせた。そして――


「あ……その、い、嫌だった……か?」


 しおらしく眉をハの字にし、瞳をうるませ、さらに両手は祈るように胸元に添えながら、若干の上目遣い。声だって可愛らしく、でも保護欲をそそるように震えている。


 ――ドキーンと、虚空心臓ではない、僕のちっぽけな心臓が高鳴ったのは言うまでもない。


 でも僕のときめきは次の瞬間には霧散していた。

 今エアリスが行った仕草は全て計算されたものだとすぐ気づいたからだ。


「エアリスさん、どこで今みたいなあざとい仕草を覚えたの?」


「無論、前オクタヴィア先生だ」


 何してくれてんだアイツは!

 いや、エアリスが前オクタヴィアに師事しているということよりもなによりも、なんでアイツが僕の心に触れる女性の仕草や、絶対領域のことを知っているかの方がずっと気になる。今度アイツとはじっくり話し合う必要があるだろう。


「とにかく、そんな小芝居なんてする必要ないから。ありのままのエアリスで十分魅力的だから」


「――ッ!? ……ほう、そうか。なるほど……」


 なにがなるほどなのか、エアリスは急に難しい顔をして押し黙ってしまった。口元を手で隠しながら「これが天然か……」などと呟いている。なんか顔が若干赤いのは気のせいか……?


「そ、それで、先程言っていたことはなんだったのだ?」


 エアリスは深呼吸を何度かした後、メイドにあるまじき腕組をしながら胸を反らし、僕に挑みかかるよう尊大に問いを投げてきた。


 これはいつもどおりの自分を演じようとして無理しているパターンではないだろうか……などと野暮なことは言わず、僕は周りの鬱蒼と茂った庭木を指差しながら言った。


「ここさ、かなり手付かずな感じになってるから、もうちょっと開けた感じにしようかと思って。切るべく木を切って、整えるべきを整える。そして、ここの絶壁から城下町がちゃんと見えるようにしたいんだ」


「……貴様、それは……」


 エアリスは僕の言葉に目を見開いたあと、背中を向けながらさくさくと草地を踏みしめる。


「晩年、だったのだろな今思えば」


 一瞬なんの話かと思ったが、すぐにディーオのことだと思い至った。


「私を引き取って下さったばかりの頃は、ここはまだ、このように荒れ放題などではなかったのだ。ディーオ様もよく、あちらの書斎から外界のことを眺めておられたよ」


 そう言ってエアリスは城を見上げた。視線の先には書斎の窓があった。


「ディーオ様は滅多に市政に関わることはなかった。いい意味で不干渉というか。だがディーオ様に畏怖と畏敬を抱いて集まった臣民たちはそれでもよかったのだ。重要なことはディーオ様がいらっしゃること。ただいつもと変わらずこの街におわすこと。それだけでよかったのだ」


 最強という称号により保たれる対外圧力。

 それが無くなった瞬間、臣民たちは希望を失い、我竜族の蛮行を許してしまった。

 ディーオという王の存在なくしては存続することができないのがこの街なのだ。


「貴様はよく、自分なんかとへりくだった物言いをするが、そういう点ではディーオ様より、よほど貴様の方が王らしいことをしているぞ」


 中天の強い日差しが、木々の林冠から注いでいる。

 その光は、エアリスの姿を淡く浮かび上がらせ、どこか神秘的な雰囲気を形成する。彼女は木漏れ日の光線に目を細めながら、口元に柔らかい笑みを作っていた。


「この世界ではない、別の世界の価値観を持ち、この世界の秩序を乱すことなく、異世界の技術を調和させ発展させる。そのようなことはディーオ様でもできなかったことだ。タケルよ、改めて礼を言う」


 そう言ったエアリスが、不意に僕の胸に飛び込んできた。

 僕の両肩を抱きながら、心臓の上に耳を密着させる。

 すー、はー、と深い呼吸が聞こえる。

 虚空心臓ではない、僕の鼓動が途端に疾くなる。


「ありがとう、私の故郷を救ってくれて。ありがとう、私の生家に住んでくれて。ありがとう、たくさんの幸せを教えてくれて」


 ああ、と胸に落ちるものがあった。

 僕はどうして王様なんてやって、内政なんてやって、お金のために商売を始めて、いろいろなことに苦心しながら、毎日を生きているんだろうと。


 その理由が、ようやくわかった。


 この子のためなのだ。

 エアリスに喜んでもらいたいから。

 彼女から感謝の言葉が欲しくてしていたことなんだ。

 それが今、ようやくわかった。


「本当か? 本当に今、エアリスは幸せなのか?」


 僕の胸から顔を上げて、エアリスが見上げてくる。

 キョトンとした顔のあと、一層笑みを深めながら静かに頷く。


 やばい、と思った。

 吸い込まれる。

 その笑顔には引力がある。

 自分では抗えない力に導かれ、身体が勝手に動いてしまう。


 何かを察したエアリスがスッと目を閉じた。

 僕は彼女の唇を見つめ、そのまま――


「すみませーん、なんかこちらから話し声が――えっ!?」


 抱き合う僕とエアリスの背後から声がかけられる。

 振り返った先には目を皿のように見開いたハウトさんが立っていた。


 ハウト・エルマニエル。

 16歳、獣人種と魔人族のハーフ。

 ノーバにある冒険者ギルドの受付職員さんでみんなのアイドル的存在。

 頭部には小さめの猫耳が乗っかっていて、今はその猫耳と尻尾がピーンと総毛立っていた。


「ナ、ナスカさん、どうしてあなたがここにいるんですか? それに、エアリス様と何をしてるんですか……?」


 ヤバイ。

 ほんとにヤバイ。

 どう言い訳しよう……?



 *



「もー、超ビックリしましたよー!」


 龍王城は正面玄関を入ってすぐはロビーになっており、その左手奥が食堂。右手奥が茶室になっている。


 エアリスが入れてくれたお茶で喉を潤したハウトさんは「はふー」と息を吐きながら突っ伏した。


「いや、もうホント間の悪いときにくるんですから、こっちの方がビックリしましたよハウトさん」


「だってー、いくら呼び輪を叩いても誰も出てきてくれないんですものー」


 ハウトさんは頬杖をついて不満そうに僕を見つめていた。


 あの後、固まって何も喋れなかった僕とは違い、冷静さを取り戻したエアリスはすぐさま僕から離れながらこう言った。


「済まなかった、草地が荒れ放題で足を取られてしまった。支えてくれて助かったぞ」


 ――と。


「え?」


 と声を上げたのはハウトさんだ。

 僕は「いやあ、全然大したことないです、怪我がなくてよかったですねえ!」と全力で乗っかった。


「もうホント、心臓が止まるかと思いましたよー。傍から見たら完璧にお二人が抱き合ってるようにしか見えなかったんですから!」


「はは……」


 抱き合ってたんだよ。

 あまつさえあと少しでキ――――ちくしょう!


「それにしても意外でした、ナスカさんってば龍王城に出入りしてたんですね」


「いやあ、まあね」


 ヒト種族の領域から流れてきた冒険者ホシザキ・ナスカ。

 それがこの街で素顔を晒した僕の公式な立場である。


 なんでそんなことをしてるかって?

 もちろん王として市井の声に耳を傾け、臣民たちと密に交流を持つためである。

 あと徳田新之助のマネをしてみたかったのもあるかも……。


「僕の祖父がはるか昔にディーオ様にお世話になったというので、その御礼も兼ねて訪ねたのが最初でしたね。それ以来、エアリス様にたまーに風の魔法を教えて貰っていたんですよ」


 僕は素人がカンペを読み上げるみたいに棒読みで言った。


 出るわ出るわ適当なウソが。それでもハウトさんは疑う様子もなく、「なるほどー、ナスカさんの魔法の技量は精霊魔法師様との修行で培われたのですね」などと都合よく解釈してくれる。


 なんとか誤魔化せたかと胸を撫で下ろしていると、テーブルの対面に座る僕に、「でもですね」とハウトさんは身を乗り出してきた。


「エアリス様はあの通り大変お綺麗な方ですので、変な気を起こしちゃダメですよ」


「い、いや、変な気だなんてそんな。仮にも魔法の師匠にそんな気持ち、抱くわけないじゃないか!」


「ホントですか〜?」


「ホントホント」


「まあいいです。とにかく、エアリス様にはタケル・エンペドクレス様がいらしゃいますで。魔法師資格1級のナスカさんだって、タケル様には絶対敵わないんですから!」


「はは、もちろんだよ……」


 なんだろうね、この自分自身に負けるという腑に落ちない状況は。

 僕は気を取り直して、「今日はお城になんの用事なんです?」と訪ねた。


「は――、そうなんです! 私、ナスカさんに構ってる暇はないんでした。実はタケル様宛に伝書鷲が届いて――」


「え、伝書鷲? 一体誰から?」


「それは――って、ご本人以外に言えるわけないでしょう!」


 ごもっともです。

 でも今キミを相手に僕が話してる限り、一生タケル・エンペドクレスは現れないんだよ。タイミングを見て席を立ち、急ぎ鎧を着て戻らなければ――


『またせたな』


 不意に茶室の扉が開き、全身装甲を纏ったタケル・エンペドクレスそのヒトが現れた。


 僕が目を丸くする中、叩きつけるようにティーカップを置いたハウトさんが飛び跳ねるような勢いで立ち上がった。


「わ、わわわわ、わざわざ足をお運びくださり、ありがとうございます! わ、私は冒険者ギルド職員、ハウト・エルマニエルといいます!」


 直立不動になり、叫ぶように自己紹介するハウトさん。

 本来王が自ら下々の者を訪ねるなんてするわけがない。

 キチンと謁見室はこの城にもあって、ロビーを真っ直ぐ行った突き当りの扉奥だったりする。


 というより、まずどうして僕がここにいるのにタケル・エンペドクレスが現れたのかというと……鎧の肩には真希奈(人形)が止まっている。なるほど、中身が空っぽのプルートーの鎧を真希奈が動かしているのか。声はおそらく僕のサンプルボイスを組み合わせて、鎧に仕込んだスマホあたりから発しているのだろう。考えたね。


『よい、許す。それよりも何か火急の用件とのことだが?』


「は、ははは、はい、実は先程、ギルド宛に伝書鷲が届きました。発信は一週間前、お相手は獣人種列強氏族がひとり、ラエル・ティオス様です」


『なに――!?』


「なんだって!?」


 鎧の僕と、冒険者ナスカが叫ぶ。

 当然ハウトさんはしまった、という顔をしたあと、僕を睨みつけてきた。


『よい、この男ならば信頼できる。それより差出人と一緒に内容も見たはずだな。教えてくれ』


「は、はい、では恐れながら、読み上げさせていただきます――!」


 ハウトさんは懐から、伝書鷲の足にくくりつけられていたであろう、濁った色の羊皮紙のかけらを取り出した。


 そしてそこに書かれていた驚愕の内容を発表した。


「アーガ・マヤにて人類種ヒト種族アークマインの残党あり。アイティア、ソーラスを助けられたし」


 そうして僕はふたりを助けるため、ヒト種族の領域へと飛び立つことになるのだった。


 続く。

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